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16:苦い記憶

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「ねえお母さん、今日もこの絵本がいい!」
「あんたは本当にシンデレラが好きねえ」
 幼い頃、私は『シンデレラ』が大好きだった。寝る前、母に読んでもらうのは決まって何度も読み返されてぼろぼろになった一冊の絵本。
 継母と姉たちに日々いじめられていた可哀想な少女が、魔法使いのおかげで可憐に変身し、舞踏会で王子様に見初められる。

 シンデレラは女の子の夢が詰まったような物語。

 絵本に描かれているのは、透き通るガラスの靴に、宝石を散りばめたドレスとティアラを身に纏ったロングヘアの美しい少女。
 きらきらとシャンデリアが輝く立派な王城で、自分の手を取るのは世界でたった一人、私だけの素敵な王子様――。

 母が感情豊かに物語を話すたび、私はシンデレラに自己投影し、胸を躍らせたものだった。
 いつか私にも素敵な王子様が……

 ……なんて、世の中はそんなに甘くはない。
「天パはちょっと」
 とある男の子に、失笑とともに言われた言葉が蘇る。
 ああ、あれは、砂糖の入っていない珈琲のように、とても苦い記憶。


 ジリリリリ……
「わかった、わかりました、起きます……」
 枕元で大騒ぎする携帯に白旗を揚げて、アラームをオフにする。

 設定音量が大きすぎたかもしれない。隣家までそれなりの距離がある田舎の一軒家ならともかく、ここはアパートだ。今度は音量を少し下げておくことにしよう。
 徹夜したせいで瞼が重いけど、8時までにゴミを出さなければ。

「ふわぁ」
 大きな欠伸を一つ。目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭い、ベッドから下り、カーテンを引き開ける。どんなに眠くても、こうして太陽の光を浴びれば自然と意識もはっきりする。
 いい天気だ。透き通るような水色の空に白い雲が浮かび、雀が呑気に鳴いている。

 見える景色は全然違うけれど。田舎で見る空も、都会で見る空も、変わらず綺麗だと素直に思える。

「……っと」
 目の前の細道を歩く人影を見つけて、私はカーテンを閉じた。
 通りに面した庭には鉄柵の前に木が植えてある。でも、人目を避けるには完全ではない。枝葉の隙間から覗こうと思えば覗くことができる。

 しまった、ここは実家じゃないんだから。
 パジャマ姿で不用意にカーテンを開けてしまった自分を恥じつつ、レースカーテンを引いておく。陽光を取り入れ、なおかつあまり見られたくないのならこれが一番だ。

 手でセミロングの髪に触れる。今日は跳ね具合もそこまでではなく、ほっとした。母譲りの激しい天然パーマがかかった私の髪は、その日の湿気の多さで膨らみ具合が違う。梅雨の時期なんて最悪だ。冗談抜きでコントの爆発後みたいな大惨事になる。兄も天然パーマだけど、私ほどではないから羨ましい。

 さあ、毎朝の習慣としてシャワーを浴びよう。
 ついでに夢に見てしまった憂鬱な記憶も全部、水に流してしまおう。
 私は着替えを手にお風呂場へと向かった。
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