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12:隣のデリバリーキャット(2)

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 トントン。
 ベランダに面した大きな窓を、誰かが叩く音が聞こえた。

「…………?」
 顔を上げて、カーテンが閉じられた窓を見る。
 聞き間違いだろうか。こんな深夜に窓を叩く人がいるとは思えない。
 私に用事があるとしても、ベランダから訪れるなんてありえない。
 一階だから、忍び込むのは簡単だろうけど……って、忍び込む?

 総毛立つのを感じた。

 都会には色んな人間がいるということを、私は今日学んだ。冷たい人、マナー知らずの人、優しい人、愛想の良い人、親切な人。
 私が知らないだけで、都会には他にもたくさんの人がいるのだ。

 たとえば、痴漢とか。

「…………」
 護身用の武術を習ったこともない、ごく一般的な女子である私は、どうしたら良いのかわからず固まった。

 緊張に心臓は跳ね回り、噴き出た冷や汗が背中を濡らしていく。
 一人であることにここまで恐怖を覚えたのは初めてだ。

 ど、どうしよう。

 警察に電話するべきなんだろうか。いや、不審者だと決め付けるのはまだ早い。
 大丈夫、鍵はきちんと掛けてある。窓ガラスを割るなんて暴挙に出られない限りは大丈夫。そっとカーテンの隙間から覗いて、確かめてからでも遅くはない、大丈夫……

 大丈夫と繰り返し自分に言い聞かせながら、唾を飲み込み、そっと立ち上がろうとしたところで。

「ちょっと、起きてるんでしょう? それともテレビつけたまま寝てるの? 寝てるなら寝てるって返事しなさいよ」
 聞き覚えのある声がして、私は目を見開いた。

「ミヤビさん、無茶言わないでください。寝てたら返事なんてできるわけないじゃないですか。本当に寝てたら悪いですよ。声をかけろなんて言われてませんよ?」
 たしなめるような声も聞こえた。まだ若い、子どもの声だ。恐らくは男の子。

 緊張が消えていくのを感じながら、私はベランダへ向かった。
 リビングの扉を開けるとすぐにベランダで、その前にはちょっとした庭がある。

「だって、カーテンがきっちり閉まってて見えないんだもの。どうやって寝てるか起きてるか確認しろって言うのよ。声をかけて反応を窺うしかないじゃない」
「それはそうかもしれませんけど……」
「安眠を妨害するほど大きな音を立てたわけでもないしさ。あと十秒だけ待って反応がなかったら、寝てると判断して帰りましょ」
 カーテンを引き開けると、何やら小声で話している二匹の猫がいた。

 細い通りの外灯に照らされて、猫の体毛の色まではっきりとわかる。一匹はオッドアイを持つ白猫、もう一匹は緑色の瞳の黒い子猫だった。白猫に比べて一回り小さい。

 黒猫は突然カーテンが開いたことに驚いたらしく、耳を立てて固まっている。
 白猫は左右異なる瞳の色でじっと私を見上げ、その目を細めた。

「あら、律の言った通りね。起きてた」
 私は窓を開け放った。薄着のパジャマに夜気が身に滲みて、寒い。
 でも、私は寒さよりも二匹の猫の存在に戸惑っていた。
 一匹はミヤビ。それはわかる。けれど、もう一匹は初対面だった。

 この子が高坂くんのもう一匹の飼い猫のノエルだろう。これで全くの他人ならぬ他猫だったら衝撃だ。世の中には一体どれだけ喋る猫がいるのかと本気で悩んでしまう。
「……どうしたの、二匹とも。こんな夜更けに」
「どうもー、突撃・隣のデリバリーキャットでーす」
 ミヤビはおどけたように言って、前脚を上げた。
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