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06:渋谷駅にて(5)
しおりを挟む「この階段を上ったらすぐだから、いくら方向音痴でもわかるだろ」
「はい。本当にありがとうございました」
「いえいえどういたしまして。じゃ、そういうことで」
「……本当に名前は教えてもらえないんですか?」
何の未練も見せずに片手を上げた彼に向かって、私は最後に悪あがきをしてみた。上目遣いにじいっと見つめる。念力を込めて。
「うん」
むむ。念力、通じず。
「では、せめて一つあなたを知るための情報をください」
私の言葉は予想外だったらしく、彼は軽く目を見開いた。
これは私なりに考えたが故の言葉。
少し変わっている彼の対応に合わせて、私も最後に変わったことを言ってみようと思ったのだ。彼の言葉を借りるなら『変な奴として記憶に留めてもらえると思う』から。
聞き分けの良い女の子としてすぐに忘れられるくらいなら、変な奴としてでもいいから少しでも長く記憶に留めておいてほしい。これは私のわがまま。
だって、私はきっと、今日ここで出会ったあなたのことを忘れないもの。
頑張れと励ましてくれたあなたのこと、一生忘れない。
真剣な眼差しで見つめていると、彼は小さな笑みを浮かべた。見透かしたような笑顔だった。
そして、ちょっとした秘密を打ち明けるように、真面目ぶった顔で言った。
「猫を飼ってる。普通とは違う、ちょっと変わった猫」
「猫……」
猫を飼っている人はたくさんいるだろう。
でも、彼もそうだとは、いま初めて知る情報だった。両親への報告に、ただの『名前も知らない少年』ではなく『猫を飼ってる名前も知らない少年』と、少しだけ情報量を増やすことができた。
どんな猫なのか、メスなのかオスなのか、種類はなんなのか、興味は尽きなかったけど。
「じゃあね」
彼は綺麗な微笑みだけを残して、人波の中へと混じり、すぐに見えなくなってしまった。
……都会には、あんな人も居るんだ。
格好良くて、親切で、ちょっと不思議な人。
彼のおかげで都会のイメージが一新された。
本当に色んな人がいるんだ、都会って。
怖いけど、面白いところだ。
たかだか数人の対応だけでイメージを決めつけるなんて、失礼だよね。その何十倍も何百倍も人がいるのにさ。
だいぶ軽くなった足取りで、私は階段を上った。
額はまだずきずきと痛むけど、いまは大丈夫だと言い張れるほどの気力がある。
大きなスクランブル交差点の近く、小さな広場のような場所で目当てのハチ公を見つけた。きちんとお座りして、まっすぐに前を向いているその姿からは、一種の風格すら感じられる。
私は早速スマホを構えた。実家に戻る前は、この場所でお父さんとのデートの待ち合わせをしていたという、お母さんに送るために。
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