日曜日の紅茶と不思議な猫。

星名柚花(恋愛小説大賞参加中)

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01:突拍子もない提案

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「ねえくるみ。昔から可愛い子には旅をさせろと言うわよね」

 高校受験を控えた、とある冬の日。
 夕食を終えた日下部《くさかべ》家の居間で、母がそう言った。
 母の斜め横では、のんびりと祖父母が緑茶を啜っている。

 田舎の時間は基本的にスローペースだ。
 今日もいつもと同じように、何事もなく穏やかに緩やかに時間が過ぎていく。
 少なくとも私はこのとき、そう思っていた。

「うん、言うね」
 同じように祖母の向かいの席で温かいお茶を啜ってから、私は頷いた。
 あ、茶柱が立ってる。近いうちに良いことがあるかも。

「それがどうかしたの?」
「あんたさ、高校は思い切って東京行ってみない?」
「へ」
 思いがけない言葉に、私は湯飲みから顔を上げて、目をぱちくりさせた。

 東京。四方を山で囲まれた田舎で育った私には、全くの縁遠い単語。宇宙と同義といっていいほど未知の世界である。

 たけのこみたいに高層ビルがたくさん生えていて、夜もネオンで光輝いている世界。修学旅行で行った奈良や京都も都会だったけど、きっと比べ物にならないのだろう。

 この辺りのバスは一~二時間に一本しか走っていない。最寄り駅だってとても小さい。快速電車では当たり前のように飛ばされるし、夕方を過ぎれば切符を回収する駅員もいなくなり、ポストみたいな箱に入れるだけ。
 ちなみにコンビニまでは自転車を飛ばして四十分。その際に山からの向かい風が吹いたら一時間は覚悟すべし。

 そんな田舎で育った私が、東京?
 いきなりステップアップしすぎじゃないですかね? 

「冒険者がレベルアップもせずに、いきなりラストダンジョンへ行くようなものじゃないかな」
 私は少し悩んだ後、ゲーム用語で例えてみた。
 日下部家は祖父母も含めてゲーム好きなのである。休日は皆でファミリーゲームだってしてしまう。

「無知な田舎者は格好のカモだよ。悪い人に騙されて身包み剥がされかねない。もしくは狼藉の限りを尽くされた挙句、東京湾に沈められるかも」
「東京はそんな恐ろしいところじゃないわよ。どんなイメージなの」
 私の真顔が面白かったらしく、母は大笑いした。母は私が生まれる前、父と一緒に東京で働いていた過去を持つ。

「あんたの学力ならお母さんの母校にも合格できると思うのよね。若者がいつまでも田舎でくすぶってちゃダメよ。獅子は我が子を谷底に突き落としてネズミ返しを仕掛け、それでも這い上がってきたらジャブからのストレートで仕留めるって言うじゃない」
「言わないよ!? それ絶対言わない!! 我が子を仕留めてどうするの!?」
「とにかく、行ってきなさいよ」
 私の全力の抗議を華麗に無視して、母は軽い調子で勧めた。

「えー……娘の将来に関わる一大事を『ちょっと卵買って来い』みたいな軽いノリで言われても……」
 ひょっとしてこの『東京行き』が茶柱が立った理由なのだろうか。そう思って見下ろせば、既に茶柱は倒れていた。
 これは幸先が良いのか悪いのか。
 どうにもわからず、私は眉根を寄せた。

 ――しかしその後、仕事から帰宅した父の『行ってみれば?』という、これまた軽い一言で、私の東京行きは確定した。

 私は二月に上京し、母の母校だという私立桜庭さくらば高校を受験し、見事合格したのだった。
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