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37:非常階段の幽霊(2)
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「私は自分が誰なのかすら忘れた、名無しの幽霊なの。幽霊だけど、悪霊ではないから安心してね。誰かに危害を加えようとか、世界を改変しようとか、そんな大それたこと考えたこともないわ。クラゲみたいにふわふわ漂って、ただここにいるだけの幽霊よ。だから警戒しないでちょうだい」
「……はい」
危険な幽霊なら、銀太が無防備に眠ったりはしないだろう。
勇気を出して、美緒は彼女に一歩近づいた。
「わたし、新入生なんです。入学式が終わったので、銀太くんと一緒に帰ろうと思ってたんですけど……」
「そう。銀太くん。お友達が迎えに来たわよ」
美少女は銀太の頭を撫でて起こした。
「あ、美緒。お話終わったの?」
銀太は前足で目を擦った。
「うん。朝陽くんも待ってるよ。帰ろう」
「わかった。じゃあね、幽子《ゆうこ》さん」
銀太は身軽に美少女の腕の中から飛び降り、美緒の肩の上に移動した。
「幽子さん?」
「幽霊の女の子だから幽子さん」
銀太は尻尾を振り、平然とそう言った。
随分と安直なネーミングだがそれで良いのだろうか。
美少女に視線を向けると、彼女は立ち上がり、頷いた。
「あなたもそう呼んでくれていいわ。その代わり、私も美緒ちゃん、と呼ばせてもらっていいかしら?」
「はい。どうぞ」
「ありがとう。可愛い女の子と狐と話せて、今日は幸せな日ね。なにせ私、幽霊でしょう? 話し相手がいなくて退屈だったの。気が向いたときにでも、また遊びに来てくれると嬉しいわ。私、学校のどこかにいるから」
幽子は風になびく髪を片手で押さえた。
辺りに遮蔽物がないため、風向きによっては非常階段にはまともに風が吹きつける。
「幽子さんは、学校から出られないんですか?」
「ええ。どうも見えない境界があるみたいで、敷地外には行けないの。一度だけ強引に突破しようとしたことがあるのだけれど、意識を失ってしまったから、それ以来、おとなしくしてるの。自分の存在が消えてしまいそうで、なんだか恐ろしいし……幽霊が消滅を怖がるのはいけないことかしら?」
「いいえ」
美緒は幽霊としてでも銀太に傍にいて欲しいと思った。
他人に迷惑をかける幽霊なら除霊を検討すべきなのかもしれないが、人畜無害な幽霊が存在したって罰は当たるまい。
「ありがとう。気を付けて帰ってね。また会える日を楽しみにしているわ」
幽子は背後で手を組み、風に艶やかな黒髪を舞わせながら、ふわりと微笑んだ。
「……はい」
危険な幽霊なら、銀太が無防備に眠ったりはしないだろう。
勇気を出して、美緒は彼女に一歩近づいた。
「わたし、新入生なんです。入学式が終わったので、銀太くんと一緒に帰ろうと思ってたんですけど……」
「そう。銀太くん。お友達が迎えに来たわよ」
美少女は銀太の頭を撫でて起こした。
「あ、美緒。お話終わったの?」
銀太は前足で目を擦った。
「うん。朝陽くんも待ってるよ。帰ろう」
「わかった。じゃあね、幽子《ゆうこ》さん」
銀太は身軽に美少女の腕の中から飛び降り、美緒の肩の上に移動した。
「幽子さん?」
「幽霊の女の子だから幽子さん」
銀太は尻尾を振り、平然とそう言った。
随分と安直なネーミングだがそれで良いのだろうか。
美少女に視線を向けると、彼女は立ち上がり、頷いた。
「あなたもそう呼んでくれていいわ。その代わり、私も美緒ちゃん、と呼ばせてもらっていいかしら?」
「はい。どうぞ」
「ありがとう。可愛い女の子と狐と話せて、今日は幸せな日ね。なにせ私、幽霊でしょう? 話し相手がいなくて退屈だったの。気が向いたときにでも、また遊びに来てくれると嬉しいわ。私、学校のどこかにいるから」
幽子は風になびく髪を片手で押さえた。
辺りに遮蔽物がないため、風向きによっては非常階段にはまともに風が吹きつける。
「幽子さんは、学校から出られないんですか?」
「ええ。どうも見えない境界があるみたいで、敷地外には行けないの。一度だけ強引に突破しようとしたことがあるのだけれど、意識を失ってしまったから、それ以来、おとなしくしてるの。自分の存在が消えてしまいそうで、なんだか恐ろしいし……幽霊が消滅を怖がるのはいけないことかしら?」
「いいえ」
美緒は幽霊としてでも銀太に傍にいて欲しいと思った。
他人に迷惑をかける幽霊なら除霊を検討すべきなのかもしれないが、人畜無害な幽霊が存在したって罰は当たるまい。
「ありがとう。気を付けて帰ってね。また会える日を楽しみにしているわ」
幽子は背後で手を組み、風に艶やかな黒髪を舞わせながら、ふわりと微笑んだ。
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