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30:入学式日和
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「いい天気ね。絶好の入学式日和だわ」
通学路を並んで歩きながら、姫子は上機嫌だった。
上機嫌の理由は決して晴れ渡った青空のせいだけではないだろう。
彼女は今日、ようやく想い人に会えるのだ。
公園の池を泳ぐ鯉ではなく、彼と同じ種族である人として。
登校中の小学生グループが明るく笑い合い、道端では主婦たちが井戸端会議をし、街路樹の上でのどかに雀が鳴いている。
そんな景色の中で、姫子は学校指定の鞄を振り回してくるりと一回転。
小学生が唖然としているのもお構いなしだ。
通りかかった古い小さな木造住宅の前で、温和そうな顔立ちの老婆がハルジオンを右手に持っていた。
四つ白い花が咲いていて、あとはつぼみだ。
老婆はハルジオンを見つめ、一つため息をつき、足元に落として家の中へ引っ込んだ。
「?」
摘んでみたものの、やっぱり気に入らなくて捨てたのだろうか。
「復習するけど、天野優《あまのゆう》、だよな。お前の好きな人の名前」
朝陽の言葉が聞こえて、美緒は名も知らない近所の老婆から、彼らに注意を戻した。
「そうよ。天野優くん。素敵な人は名前も素敵よね」
彼女は夢見る乙女の瞳でそう言うが、多分どんな名前でも賞賛したことだろう。
姫子は優に会いたい一心で魚から半分人に変化し、大きな助力を求めるべくアマネの屋敷を探し当て、石垣を乗り越えようとして篝に捕獲された。
美緒のアパートに来てからは、朝陽の指導の下に必死で努力し、人の足を手に入れた。
慣れない足で歩き回り、よろけてぶつかり、あちこち痣を作った。
一度は流血沙汰にもなった。
短いスカートから伸びる足には二つ絆創膏が貼ってある。
それでも姫子は念願の足を、完全な人の身体を手に入れて嬉しそうだ。
姫子の想いの強さを知っている分、この恋が成就すればいいとは思う。
美緒はハッピーエンドが好きだ。
人魚姫だって、人魚と王子が結ばれてほしかったと心底思っている。
でも、美緒がもし誰かに告白されて、実は先日あなたに助けられた魚ですなんて言われたら戸惑う。それはそれは驚く。
「……天野くんが姫子ちゃんを受け入れてくれる人だったらいいね」
桜が綺麗だ、まるで自分の未来を祝福しているようだと民家の庭先で咲く桜を見上げて浮かれている姫子を尻目に、美緒は小声で言った。
右肩に乗っている銀太に向かって。
実体のない銀太は『床とみなすこと』で床に立ち、その上を歩くことができる。
自分の身体を支えるものの認識がなければ、生物の理《ことわり》から外れた銀太はどこまでも沈んでしまう。
その応用で、銀太は『ここに自分の身体を支えられるものがある』と思い込み、美緒の身体に乗ることができるようになっていた。
それでも、やっぱり触れ合うことはできない。
右肩に乗っていても質量も重さも感じない。
その事実が少しだけ、寂しい。
会えただけで贅沢なのだとわかってはいても。
「うん。そうだね」
ハッピーエンドがいい。
でも、現実がそううまくいくとは限らない。
通学路を並んで歩きながら、姫子は上機嫌だった。
上機嫌の理由は決して晴れ渡った青空のせいだけではないだろう。
彼女は今日、ようやく想い人に会えるのだ。
公園の池を泳ぐ鯉ではなく、彼と同じ種族である人として。
登校中の小学生グループが明るく笑い合い、道端では主婦たちが井戸端会議をし、街路樹の上でのどかに雀が鳴いている。
そんな景色の中で、姫子は学校指定の鞄を振り回してくるりと一回転。
小学生が唖然としているのもお構いなしだ。
通りかかった古い小さな木造住宅の前で、温和そうな顔立ちの老婆がハルジオンを右手に持っていた。
四つ白い花が咲いていて、あとはつぼみだ。
老婆はハルジオンを見つめ、一つため息をつき、足元に落として家の中へ引っ込んだ。
「?」
摘んでみたものの、やっぱり気に入らなくて捨てたのだろうか。
「復習するけど、天野優《あまのゆう》、だよな。お前の好きな人の名前」
朝陽の言葉が聞こえて、美緒は名も知らない近所の老婆から、彼らに注意を戻した。
「そうよ。天野優くん。素敵な人は名前も素敵よね」
彼女は夢見る乙女の瞳でそう言うが、多分どんな名前でも賞賛したことだろう。
姫子は優に会いたい一心で魚から半分人に変化し、大きな助力を求めるべくアマネの屋敷を探し当て、石垣を乗り越えようとして篝に捕獲された。
美緒のアパートに来てからは、朝陽の指導の下に必死で努力し、人の足を手に入れた。
慣れない足で歩き回り、よろけてぶつかり、あちこち痣を作った。
一度は流血沙汰にもなった。
短いスカートから伸びる足には二つ絆創膏が貼ってある。
それでも姫子は念願の足を、完全な人の身体を手に入れて嬉しそうだ。
姫子の想いの強さを知っている分、この恋が成就すればいいとは思う。
美緒はハッピーエンドが好きだ。
人魚姫だって、人魚と王子が結ばれてほしかったと心底思っている。
でも、美緒がもし誰かに告白されて、実は先日あなたに助けられた魚ですなんて言われたら戸惑う。それはそれは驚く。
「……天野くんが姫子ちゃんを受け入れてくれる人だったらいいね」
桜が綺麗だ、まるで自分の未来を祝福しているようだと民家の庭先で咲く桜を見上げて浮かれている姫子を尻目に、美緒は小声で言った。
右肩に乗っている銀太に向かって。
実体のない銀太は『床とみなすこと』で床に立ち、その上を歩くことができる。
自分の身体を支えるものの認識がなければ、生物の理《ことわり》から外れた銀太はどこまでも沈んでしまう。
その応用で、銀太は『ここに自分の身体を支えられるものがある』と思い込み、美緒の身体に乗ることができるようになっていた。
それでも、やっぱり触れ合うことはできない。
右肩に乗っていても質量も重さも感じない。
その事実が少しだけ、寂しい。
会えただけで贅沢なのだとわかってはいても。
「うん。そうだね」
ハッピーエンドがいい。
でも、現実がそううまくいくとは限らない。
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