29 / 93
29:狐と人魚の口論(2)
しおりを挟む
急に祖母を亡くした美緒には、その感情はよくわかった。
祖母が亡くなって、叔母一家が引っ越して来るまでの間、美緒はあの広い家で独りぼっちだったから。
だから、美緒は彼女を歓迎した。
この部屋には既に二人――一人は幽霊だが――の居候がいる。
いまさら一人増えるくらいどうってことはない、我が家だと思っていつでもおいで、と。
そう言うと、彼女は文字通り、水を得た魚のように喜んだ。
そして彼女は今日もこの部屋で暮らしている。
「黄身を割って、醤油と混ぜて食べるのも美味しいよねえ」
と、銀太が兄の肩を持った。
「ほら二対一」
「あっずるい。銀太も票数に入れるわけ? あんたたち兄弟なんだから同じ味で育つに決まってるのに」
姫子は形の良い唇を尖らせ、ツインテールを揺らし、隣に座る美緒を見た。
「でも世間一般の常識として目玉焼きには塩と相場は決まってるはずなのよ。ってわけで美緒、人間代表として意見を聞きたいわ。あんたは塩なの醤油なの?」
(おっと、微笑ましく傍観者に徹していたつもりが、意見を求められたおかげで当事者になってしまいました。しかも人間代表として。これはなんだか責任重大の模様です。よって報告を終わらせていただきます)
亡き祖母たちへの脳内報告を打ち切り、皆を見返す。
姫子も朝陽も美緒と同じ光瑛高校の制服姿だ。
姫子が大胆にスカートの丈を短くし、ツインテールにした髪にリボンを結って校則の許容限界に挑んでいるのとは対照的に、朝陽はきちんとネクタイを締め、ボタンを留めていた。
銀太は朝陽と美緒の間にちょこんと座っている。
人型を取れるほどの霊力はないらしく、再会してから彼はずっと狐のままでいる。
もっとも、特に不都合はない。
可愛い狐と四六時中一緒にいられて美緒は幸せだ。
再会した夜は話が尽きず、朝陽も交えて夜明けまで語り合った。
「えっと、わたしは塩も醤油も好き」
「何よその軟弱な意見は。どっちかに決めなさいよ」
「無理だよそんなの。気分によって変えたりもするし、世の中にはケチャップとかマヨネーズ、ソースをかけたりする人もいるんだよ?」
「えっ」
初耳らしく、二人は驚き顔。
「これじゃなきゃダメっていう決まりはないんだから、好きなように食べればいいんじゃないかな。味を強制されるより、美味しいって思いながら食べるほうが養鶏業者さんも喜ぶと思うよ」
「うん。こだわらなくても、美味しいならなんでもいいと思う」
幼い銀太の言葉が目玉焼き論争を終わらせる決定打になった。
「…………」
二人は顔を見合わせ、以後は黙して箸を進めた。
祖母が亡くなって、叔母一家が引っ越して来るまでの間、美緒はあの広い家で独りぼっちだったから。
だから、美緒は彼女を歓迎した。
この部屋には既に二人――一人は幽霊だが――の居候がいる。
いまさら一人増えるくらいどうってことはない、我が家だと思っていつでもおいで、と。
そう言うと、彼女は文字通り、水を得た魚のように喜んだ。
そして彼女は今日もこの部屋で暮らしている。
「黄身を割って、醤油と混ぜて食べるのも美味しいよねえ」
と、銀太が兄の肩を持った。
「ほら二対一」
「あっずるい。銀太も票数に入れるわけ? あんたたち兄弟なんだから同じ味で育つに決まってるのに」
姫子は形の良い唇を尖らせ、ツインテールを揺らし、隣に座る美緒を見た。
「でも世間一般の常識として目玉焼きには塩と相場は決まってるはずなのよ。ってわけで美緒、人間代表として意見を聞きたいわ。あんたは塩なの醤油なの?」
(おっと、微笑ましく傍観者に徹していたつもりが、意見を求められたおかげで当事者になってしまいました。しかも人間代表として。これはなんだか責任重大の模様です。よって報告を終わらせていただきます)
亡き祖母たちへの脳内報告を打ち切り、皆を見返す。
姫子も朝陽も美緒と同じ光瑛高校の制服姿だ。
姫子が大胆にスカートの丈を短くし、ツインテールにした髪にリボンを結って校則の許容限界に挑んでいるのとは対照的に、朝陽はきちんとネクタイを締め、ボタンを留めていた。
銀太は朝陽と美緒の間にちょこんと座っている。
人型を取れるほどの霊力はないらしく、再会してから彼はずっと狐のままでいる。
もっとも、特に不都合はない。
可愛い狐と四六時中一緒にいられて美緒は幸せだ。
再会した夜は話が尽きず、朝陽も交えて夜明けまで語り合った。
「えっと、わたしは塩も醤油も好き」
「何よその軟弱な意見は。どっちかに決めなさいよ」
「無理だよそんなの。気分によって変えたりもするし、世の中にはケチャップとかマヨネーズ、ソースをかけたりする人もいるんだよ?」
「えっ」
初耳らしく、二人は驚き顔。
「これじゃなきゃダメっていう決まりはないんだから、好きなように食べればいいんじゃないかな。味を強制されるより、美味しいって思いながら食べるほうが養鶏業者さんも喜ぶと思うよ」
「うん。こだわらなくても、美味しいならなんでもいいと思う」
幼い銀太の言葉が目玉焼き論争を終わらせる決定打になった。
「…………」
二人は顔を見合わせ、以後は黙して箸を進めた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
こちら、付喪神対策局
柚木ゆず
キャラ文芸
長年大事にされてきた物に精霊が宿って誕生する、付喪神。極まれにその際に精霊の頃の記憶を失ってしまい、『名』を忘れたことで暴走してしまう付喪神がいます。
付喪神対策局。
それは、そんな付喪神を救うための組織。
対策局のメンバーである神宮寺冬馬と月夜見鏡は今夜も、そんな付喪神を救うために東京の空の下を駆けるのでした――。
砂漠の国の最恐姫 アラビアン後宮の仮寵姫と眠れぬ冷徹皇子
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
旧題:砂漠の国の最恐妃 ~ 前世の恋人に会うために、冷徹皇子の寵姫になります
【2025年1月中旬 アルファポリス文庫より書籍発売】
砂漠の国アザリムの西の端、国境近くの街バラシュで暮らすリズワナ・ハイヤート。
彼女は数百年前に生きた最恐の女戦士、アディラ・シュルバジーの生まれ変わり。
今世ではバラシュの豪商の娘として生まれたリズワナは前世の記憶も力も引き継いでいたが、全て隠してひっそりと暮らしていた。
ある夜、リズワナは愛猫ルサードの姿を探しているうちに、都からバラシュを訪れていた第一皇子アーキル・アル=ラシードの天幕に迷い込んでしまう。
運悪くアーキルと鉢合わせしてしまったリズワナは、アーキルから「ランプの魔人」であると勘違いされ、アーキルの後宮に連れて行かれることに。
そこで知ったのは、隣国からも恐れられる悪名高い冷徹皇子アーキルの、意外な姿で――?
最恐ヒロインが砂漠の後宮で大活躍。前世と今世が交差する迫力いっぱいアラビアンファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる