17 / 127
17:再びヨガクレへ(2)
しおりを挟む
(――ああ、わたし、似たようなことをしたことがある)
小学生の頃のことだ。
美緒は家の庭に一人立ち、空を仰いで、降り注ぐ雪を見ていた。
ずっと眺めていると、自分が雪の降る速度に合わせ、ゆっくりと空を上っていくような錯覚に陥った。
重力の楔から解き放たれて、高く、どこまでも高く――あの灰色の空の彼方まで昇っていけるような気がした。
瞼の裏に、あの日見た雪が降る。
無限に降り注ぐ小さな雪が、全てを白く染めていく。
美緒の雑念も、焦りも、全てを等しく飲み込んでいく――
「――よし、もう目を開けていいぞ」
その言葉を受け、美緒は夢から覚めたような心地で目を開けた。
瞬間、見上げる夜空を何かが横切った。
目を凝らして見れば、星を散りばめた空の下、何かがのんびり飛んでいる。
人間ではない。あれは――
「……ねえ、朝陽くん。布に乗った猿が空を飛んでるように見えるんだけど、幻覚かな?」
呆然と呟く。
「いや、幻覚じゃない、現実だ。正しくは布じゃなくて一反木綿。一反木綿の一族は運輸業を営んでるんだ。頼めばあやかしでも物でも運んでくれる」
「へえ……って、ここ、ヨガクレなの?」
慌てて辺りを見回せば、すぐ傍にあったはずの鳥居はなく、風景そのものが一変していた。
例えるならどこかの城下町、だろうか。
通りの両脇には趣ある木造の家屋が立ち並び、満開の桜が洒落た形の外灯に照らされていた。
外灯の中では火が揺れている。上下左右に、ふらふらと。
(七年前の夏祭りのときもそうだったけど、ヨガクレの火は踊るものなのかな)
下駄を鳴らしながら、着物姿の女性二人組が通りを行く。
談笑する彼女たちの頭には角が生えている。鬼だ。
鬼の他にも、鳥の頭を持つもの、曲がった角やまっすぐな角を持つもの、鱗を持つものに、服を着て人語を話す動物たち。
道行く全てがあやかしだった。
がさっと音がして、振り返れば、茂みの向こうから伺うように何かがこちらを見ていた。
ウサギのように長い耳を生やした、全体的に丸く、可愛らしい小動物。
体毛は灰色と白の二色で、つぶらな目をしている。
これもまたあやかしの一種だろう。
(あ、可愛い)
相好を崩し、近づいて屈んだ途端、小動物は茂みの裏に隠れてしまった。
諦めて朝陽のもとに引き返した美緒の目に、空を飛ぶ二匹の鯉のぼりが映った。
暗いのでわかりにくいが、色は黒と赤のようだ。
さしずめお父さん鯉のぼりとお母さん鯉のぼりというところか。
(あ、二匹の真ん中にもう一匹小さい鯉のぼりがいた。子どもかな?)
鯉のぼりは空を泳ぎながら、家族で会話していた。
黒い鯉のぼりが何か面白いことを言ったらしく、赤い鯉のぼりがのけ反って笑っている。
小学生の頃のことだ。
美緒は家の庭に一人立ち、空を仰いで、降り注ぐ雪を見ていた。
ずっと眺めていると、自分が雪の降る速度に合わせ、ゆっくりと空を上っていくような錯覚に陥った。
重力の楔から解き放たれて、高く、どこまでも高く――あの灰色の空の彼方まで昇っていけるような気がした。
瞼の裏に、あの日見た雪が降る。
無限に降り注ぐ小さな雪が、全てを白く染めていく。
美緒の雑念も、焦りも、全てを等しく飲み込んでいく――
「――よし、もう目を開けていいぞ」
その言葉を受け、美緒は夢から覚めたような心地で目を開けた。
瞬間、見上げる夜空を何かが横切った。
目を凝らして見れば、星を散りばめた空の下、何かがのんびり飛んでいる。
人間ではない。あれは――
「……ねえ、朝陽くん。布に乗った猿が空を飛んでるように見えるんだけど、幻覚かな?」
呆然と呟く。
「いや、幻覚じゃない、現実だ。正しくは布じゃなくて一反木綿。一反木綿の一族は運輸業を営んでるんだ。頼めばあやかしでも物でも運んでくれる」
「へえ……って、ここ、ヨガクレなの?」
慌てて辺りを見回せば、すぐ傍にあったはずの鳥居はなく、風景そのものが一変していた。
例えるならどこかの城下町、だろうか。
通りの両脇には趣ある木造の家屋が立ち並び、満開の桜が洒落た形の外灯に照らされていた。
外灯の中では火が揺れている。上下左右に、ふらふらと。
(七年前の夏祭りのときもそうだったけど、ヨガクレの火は踊るものなのかな)
下駄を鳴らしながら、着物姿の女性二人組が通りを行く。
談笑する彼女たちの頭には角が生えている。鬼だ。
鬼の他にも、鳥の頭を持つもの、曲がった角やまっすぐな角を持つもの、鱗を持つものに、服を着て人語を話す動物たち。
道行く全てがあやかしだった。
がさっと音がして、振り返れば、茂みの向こうから伺うように何かがこちらを見ていた。
ウサギのように長い耳を生やした、全体的に丸く、可愛らしい小動物。
体毛は灰色と白の二色で、つぶらな目をしている。
これもまたあやかしの一種だろう。
(あ、可愛い)
相好を崩し、近づいて屈んだ途端、小動物は茂みの裏に隠れてしまった。
諦めて朝陽のもとに引き返した美緒の目に、空を飛ぶ二匹の鯉のぼりが映った。
暗いのでわかりにくいが、色は黒と赤のようだ。
さしずめお父さん鯉のぼりとお母さん鯉のぼりというところか。
(あ、二匹の真ん中にもう一匹小さい鯉のぼりがいた。子どもかな?)
鯉のぼりは空を泳ぎながら、家族で会話していた。
黒い鯉のぼりが何か面白いことを言ったらしく、赤い鯉のぼりがのけ反って笑っている。
10
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~
保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。
迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。
ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。
昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!?
夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。
ハートフルサイコダイブコメディです。
満月の夜に烏 ~うちひさす京にて、神の妻問いを受くる事
六花
キャラ文芸
第八回キャラ文芸大賞 奨励賞いただきました!
京貴族の茜子(あかねこ)は、幼い頃に罹患した熱病の後遺症で左目が化け物と化し、離れの陋屋に幽閉されていた。一方姉の梓子(あづさこ)は、同じ病にかかり痣が残りながらも森羅万象を操る通力を身につけ、ついには京の鎮護を担う社の若君から求婚される。
己の境遇を嘆くしかない茜子の夢に、ある夜、社の祭神が訪れ、茜子こそが吾が妻、番いとなる者だと告げた。茜子は現実から目を背けるように隻眼の神・千颯(ちはや)との逢瀬を重ねるが、熱心な求愛に、いつしか本気で夢に溺れていく。しかし茜子にも縁談が持ち込まれて……。
「わたしを攫ってよ、この現実(うつつ)から」

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる