美緒と狐とあやかし語り〜あなたのお悩み、解決します!〜

星名柚花

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04:夏祭りの夜に(4)

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 あれは四ヵ月ほど前の春、小学校からの帰り道のことだ。
 花見をしようと通りがかった公園の道端にカラスが集まっていた。
 近寄ってみれば、小さな白い狐が突っつかれて傷だらけになっていた。
 美緒はランドセルを振り回してカラスを撃退し、おかげであちこち引っかかれたり突っつかれた。

 いまでも右眉の上、額には小さな傷痕がある。
 でも、腕の中で震える子狐を助けられたのだと思えば痛みも何もかも平気だった。額の傷は勲章だ。

「うん、そう」
 美緒が覚えていたことが嬉しかったらしく、男の子は笑った。
(あ、八重歯)
 笑った拍子にほんの少しだけ八重歯が見えた。

「元気そうで良かった。傷だらけのまんまいなくなっちゃったから心配したんだよ。傷痕とか残らなかった?」
「うん、傷跡は残ってないし、元気……かな。うん。いまは大丈夫」
 男の子は妙に歯切れの悪い言い方をした。

「いまは?」
「ああ、ええと。なんでもないの。元気だよ」
 男の子は両手を振った。

「なんでここにいるの? 迷い込んだの?」
「うん。おばあちゃんと一緒に屋台を見てたら、いつの間にか」
「そっか。今日はここもお祭りだから、空間が歪んで繋がったのかな。一緒に来て。現世《うつしよ》に帰してあげる」
 男の子が右手を差し出してきた。

「本当? ありがとう!」
 喜んで手を取ると、男の子は美緒の手を引いて歩き出した。
 迷いなく、大勢のあやかしたちが闊歩する通りをまっすぐに。

 繋ぐ手の感触と温もりが、もう一人ではないことを教え、それまで感じていた心細さや不安を溶かしてくれた。

「わたし、美緒っていうの。芳谷美緒。あなたの名前は?」
 弾んだ声で言って、男の子の狐の耳を見つめる。
 狐の耳はふわふわの毛に覆われていて、触り心地が良さそうだ。
 頼めば撫でさせてもらえないだろうか。
 名前を尋ねながら、美緒はそんなことを考えていた。

「銀太《ぎんた》だよ」
「銀太くん。苗字はあるの?」
「苗字?」
 銀太は可愛らしく小首を傾げた。
 どうやらあやかしに苗字という概念はないようだ。

「ううん、なんでもない。さっきのあやかしはなんで退散したんだろうね。わたしの後ろを見てたみたいだけど、苦手なあやかしがいたりしたのかな?」
「あれはねえ、多分ぼくのお兄ちゃん。前にぼくがいじめられてたとき、銀太を泣かせる奴はおれが許さないって怒ってくれたから。後ろから見てて、怒ってくれたんだと思う。すっごく頼りになるんだよ、ぼくのお兄ちゃん。ぼくよりずうっと頭も良いし、喧嘩も強いし、格好良いんだ」
 銀太が顎を上げ、自慢げに言うので、美緒はくすっと笑みを零した。

「お兄ちゃんのこと大好きなんだね」
「うん。大好き! 美緒はお兄ちゃんいる?」
「ううん、一人っ子。だから羨ましいな」
 手を繋いで歩きながら、銀太がいかに自分の兄が素晴らしいか、どれほど尊敬しているかを語っているうちに、目的地に着いたようだった。
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