上 下
3 / 92

03:夏祭りの夜に(3)

しおりを挟む
「そ、そんなことしたらアマネ様の罰が下されるよ。みんなだって怒るし、ヨガクレで暮らせなくなるよ。それでもいいの?」
 男の子の気弱な抗議を、巨漢のあやかしは鼻で笑い飛ばした。

「ははは。罰が怖くて暮らせるものか。これまで色んなものを食べてきたが、狐の子は食べたことがないなぁ。どれ、ちょいと味見してみよう」
 巨漢のあやかしは卑しい笑みを浮かべて男の子にその魔手を伸ばし、華奢な肩を掴んだ。

「止めて!!」
 美緒が血相を変えて叫んだ刹那、巨漢のあやかしは打たれたかのようにびくりと大きく震えた。

 美緒の叫びに怯んだわけではない。
 巨漢のあやかしの目線は美緒の背後、屋台の上あたりに向けられていた。

「……ああいや、怯えさせてすまなかったねぇ」
 巨漢のあやかしは手を引っ込め、口調を再び穏やかに改めた。

「どうやら調子に乗りすぎてしまったみたいだ。冗談だよ冗談。忘れておくれ」
 自らはだけた浴衣を整え、やや早口でそう言う。
「もう二度と悪ふざけはしないと誓うから、ボクのことは忘れてほしい。じゃあ、そういうことで!」
 巨漢のあやかしは早足で歩き去った。

「…………?」
 一体何が彼を怯えさせたのだろうと振り返る。
 その瞬間、視界の端――焼きとうもろこしの屋台の上でさっと何かが走ったような気がした。
 目を凝らしてももう何も見えない。
 ただ暗がりが広がるばかり。

(なんだかよくわからないけど助かった……みたい?)
 前方に視線を戻すと、既に巨漢のあやかしの姿はなく、男の子が座り込んでいた。
 俯いて胸に手を当て、大きく息を吐いている。狐の耳が垂れていた。

「大丈夫?」
 前に回り込んで屈むと、男の子が顔を上げた。
 初めて正面から見るその顔は女の子のように整っていた。
 金色の瞳は大きく、提灯が照らす髪は狐の耳や尻尾と同じ純白。
 肌も雪のように白い。

「うん。大丈夫。ちょっと腰が抜けて……」
 やはり相当に怖かったらしく、男の子は青白い顔で苦笑した。
 感謝と申し訳なさで胸が詰まる。
 自分よりも小さな子が、気力を振り絞って助けてくれたのだ。

「……立てる?」
 手を差し出すと、男の子は一瞬驚いた顔をしてから笑って美緒の手を取り、立ち上がった。
「恩返しができて良かった。おとぎ話の王子さまみたいに、格好良くできなかったのがちょっと残念だったけど」
「恩返し?」
 思いがけない言葉に、美緒は首を捻った。

「ぼく、あなたに助けられたことがあるの。四ヵ月くらい前、現世《うつしよ》を散歩してたときに。――覚えてない?」
 美緒を見つめるのは綺麗な金色の瞳。
 お月様のようだ、と思い、既視感に襲われた。

(――そうだ、わたしはこの目を知ってる)
 月を思わせる金色の瞳と、腕の中で震えながら、縋るように自分を見上げる子狐の目がぴたりと重なり、美緒は「あっ!」と声をあげた。

「あなた、カラスに突っつかれてた狐!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

こちら、付喪神対策局

柚木ゆず
キャラ文芸
 長年大事にされてきた物に精霊が宿って誕生する、付喪神。極まれにその際に精霊の頃の記憶を失ってしまい、『名』を忘れたことで暴走してしまう付喪神がいます。  付喪神対策局。  それは、そんな付喪神を救うための組織。  対策局のメンバーである神宮寺冬馬と月夜見鏡は今夜も、そんな付喪神を救うために東京の空の下を駆けるのでした――。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...