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03:夏祭りの夜に(3)
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「そ、そんなことしたらアマネ様の罰が下されるよ。みんなだって怒るし、ヨガクレで暮らせなくなるよ。それでもいいの?」
男の子の気弱な抗議を、巨漢のあやかしは鼻で笑い飛ばした。
「ははは。罰が怖くて暮らせるものか。これまで色んなものを食べてきたが、狐の子は食べたことがないなぁ。どれ、ちょいと味見してみよう」
巨漢のあやかしは卑しい笑みを浮かべて男の子にその魔手を伸ばし、華奢な肩を掴んだ。
「止めて!!」
美緒が血相を変えて叫んだ刹那、巨漢のあやかしは打たれたかのようにびくりと大きく震えた。
美緒の叫びに怯んだわけではない。
巨漢のあやかしの目線は美緒の背後、屋台の上あたりに向けられていた。
「……ああいや、怯えさせてすまなかったねぇ」
巨漢のあやかしは手を引っ込め、口調を再び穏やかに改めた。
「どうやら調子に乗りすぎてしまったみたいだ。冗談だよ冗談。忘れておくれ」
自らはだけた浴衣を整え、やや早口でそう言う。
「もう二度と悪ふざけはしないと誓うから、ボクのことは忘れてほしい。じゃあ、そういうことで!」
巨漢のあやかしは早足で歩き去った。
「…………?」
一体何が彼を怯えさせたのだろうと振り返る。
その瞬間、視界の端――焼きとうもろこしの屋台の上でさっと何かが走ったような気がした。
目を凝らしてももう何も見えない。
ただ暗がりが広がるばかり。
(なんだかよくわからないけど助かった……みたい?)
前方に視線を戻すと、既に巨漢のあやかしの姿はなく、男の子が座り込んでいた。
俯いて胸に手を当て、大きく息を吐いている。狐の耳が垂れていた。
「大丈夫?」
前に回り込んで屈むと、男の子が顔を上げた。
初めて正面から見るその顔は女の子のように整っていた。
金色の瞳は大きく、提灯が照らす髪は狐の耳や尻尾と同じ純白。
肌も雪のように白い。
「うん。大丈夫。ちょっと腰が抜けて……」
やはり相当に怖かったらしく、男の子は青白い顔で苦笑した。
感謝と申し訳なさで胸が詰まる。
自分よりも小さな子が、気力を振り絞って助けてくれたのだ。
「……立てる?」
手を差し出すと、男の子は一瞬驚いた顔をしてから笑って美緒の手を取り、立ち上がった。
「恩返しができて良かった。おとぎ話の王子さまみたいに、格好良くできなかったのがちょっと残念だったけど」
「恩返し?」
思いがけない言葉に、美緒は首を捻った。
「ぼく、あなたに助けられたことがあるの。四ヵ月くらい前、現世《うつしよ》を散歩してたときに。――覚えてない?」
美緒を見つめるのは綺麗な金色の瞳。
お月様のようだ、と思い、既視感に襲われた。
(――そうだ、わたしはこの目を知ってる)
月を思わせる金色の瞳と、腕の中で震えながら、縋るように自分を見上げる子狐の目がぴたりと重なり、美緒は「あっ!」と声をあげた。
「あなた、カラスに突っつかれてた狐!?」
男の子の気弱な抗議を、巨漢のあやかしは鼻で笑い飛ばした。
「ははは。罰が怖くて暮らせるものか。これまで色んなものを食べてきたが、狐の子は食べたことがないなぁ。どれ、ちょいと味見してみよう」
巨漢のあやかしは卑しい笑みを浮かべて男の子にその魔手を伸ばし、華奢な肩を掴んだ。
「止めて!!」
美緒が血相を変えて叫んだ刹那、巨漢のあやかしは打たれたかのようにびくりと大きく震えた。
美緒の叫びに怯んだわけではない。
巨漢のあやかしの目線は美緒の背後、屋台の上あたりに向けられていた。
「……ああいや、怯えさせてすまなかったねぇ」
巨漢のあやかしは手を引っ込め、口調を再び穏やかに改めた。
「どうやら調子に乗りすぎてしまったみたいだ。冗談だよ冗談。忘れておくれ」
自らはだけた浴衣を整え、やや早口でそう言う。
「もう二度と悪ふざけはしないと誓うから、ボクのことは忘れてほしい。じゃあ、そういうことで!」
巨漢のあやかしは早足で歩き去った。
「…………?」
一体何が彼を怯えさせたのだろうと振り返る。
その瞬間、視界の端――焼きとうもろこしの屋台の上でさっと何かが走ったような気がした。
目を凝らしてももう何も見えない。
ただ暗がりが広がるばかり。
(なんだかよくわからないけど助かった……みたい?)
前方に視線を戻すと、既に巨漢のあやかしの姿はなく、男の子が座り込んでいた。
俯いて胸に手を当て、大きく息を吐いている。狐の耳が垂れていた。
「大丈夫?」
前に回り込んで屈むと、男の子が顔を上げた。
初めて正面から見るその顔は女の子のように整っていた。
金色の瞳は大きく、提灯が照らす髪は狐の耳や尻尾と同じ純白。
肌も雪のように白い。
「うん。大丈夫。ちょっと腰が抜けて……」
やはり相当に怖かったらしく、男の子は青白い顔で苦笑した。
感謝と申し訳なさで胸が詰まる。
自分よりも小さな子が、気力を振り絞って助けてくれたのだ。
「……立てる?」
手を差し出すと、男の子は一瞬驚いた顔をしてから笑って美緒の手を取り、立ち上がった。
「恩返しができて良かった。おとぎ話の王子さまみたいに、格好良くできなかったのがちょっと残念だったけど」
「恩返し?」
思いがけない言葉に、美緒は首を捻った。
「ぼく、あなたに助けられたことがあるの。四ヵ月くらい前、現世《うつしよ》を散歩してたときに。――覚えてない?」
美緒を見つめるのは綺麗な金色の瞳。
お月様のようだ、と思い、既視感に襲われた。
(――そうだ、わたしはこの目を知ってる)
月を思わせる金色の瞳と、腕の中で震えながら、縋るように自分を見上げる子狐の目がぴたりと重なり、美緒は「あっ!」と声をあげた。
「あなた、カラスに突っつかれてた狐!?」
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