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第四章 砂塵の都編
第九話「魔獣群遊(モンスター・パレード)」
しおりを挟む「きゃあああああ!!!」
街では砂漠から侵入してきた大量の魔物によって大混乱が起きていた。
多くの戦える者たちが砂塵闘技場へ出向いていたこともあり、魔物に応戦できる者は限られてしまっている。
放たれた三匹の魔獣はそれぞれ街の西、東、南で縦横無尽に暴れまわり、戦禍を拡大していた。
「ハインケル…とララ!?一体何があったの!」
砂漠の舞踏団で公演の練習をしていたハヅキは異変に気付き、近くに位置する砂塵闘技場へと向かっているところ、向かいから走ってきたハインケルとララに遭遇した。
三人は走りながら街の中央へと向かう。
ハインケルは走りながら、今起こっている事態をハヅキに話す。
「砂塵闘技場の方はジュドさんとシャステイルさんが抑えてくれています。敵は‶武闘祭の覇者〟と呼ばれたウーフェイです。彼らの為にも早くここを片付けて応援に行かないといけません」
「わかった!…つまり今、私たちにできることは魔物が数を増す前にコアを宿した三匹を討つ必要があるってことね」
ハヅキは大体の状況を理解した。
「魔物の臭いがどんどん濃くなってるにゃ」
街の中心に近づくにつれて逃げ惑う人々が頻繁に目につくようになる。
「私は南に向かうわ!二人はそれぞれ西と東をお願い…!」
「わかりました!お二人もお気をつけて」
ハインケルは拳を胸にあてる。
「誰が一番先に獲物を狩るか、勝負にゃ!!」
ララは建物の屋根に勢いよく飛び乗った。
三人は中央で別れ、それぞれの方角へと走る。
◇ ◇ ◇
先に目標に辿り着いたのはララだった。
四足獣特有の移動方法で屋根伝いに走っていたララはすぐに目的地へと到着したのだ。
「んー、いっぱいいるにゃあ。どれがホンモノかわからないにゃ」
少し考え込んだ後、ハッと考え着く。
尻尾で担いでいた大剣…いや石の塊とでも称せるその武器を手で持ち直す。
「全部ぶった斬ればいっか!」
獣族の闘争本能が片鱗を表す。
「ニャアアアアアアア!!!」
街中を駆けながら、魔物を両断していくララ。
奥へ進むと一際強烈なフォロモンを放つ魔物がその場で静止していた。
「く、臭いにゃ…」
西に鎮座していた魔物、〝人喰い草〟。
A級に指定されているその魔物はララが一定の距離まで近寄ると開花し始める。
中からは巨大な口が姿を現し、花孔からは毒の霧を噴出した。
―グルルルル。
続々と集まる魔物たちを見てララは雄叫びをあげる。
見る見るうちに上昇するララの闘気。
練り上げた闘気は剣先へと向かう。
「《大旋風》!!!」
放たれた薙ぎ払いは充満する昏倒毒はおろか、周囲の魔物ごとまとめて巻き込み、両断した。
幸い周囲に人がいなかったため、巻き添えを食らわせることはなかったが、周りの家屋が軒並み倒壊している。
「にゃ…」
気づいた頃にはもう手遅れだった。
「や…やりすぎちゃったにゃ?」
焦りを覚えるララは冷や汗をかく。
コアを宿した魔物が一匹、討伐された。
◇ ◇ ◇
ハインケルは東へと向かっていた。
横道を通過した瞬間、足に糸が絡みついて転倒してしまう。
「これは…!」
絡まった糸が足を溶解し始める。
大きな影が見え、上を見上げると異様な翼を生やした巨大な蜘蛛が建物の壁面を移動して姿を現す。
A級魔物、〝デモンアラクネア〟。その背中には赤く光るコアが見える。
だが、巨大蜘蛛は捉えたハインケルを無視してそのままどこかへと走り去っていく。
そのすぐ後を五つの影が追いかけていた。
「死影衆…!」
一足先に砂塵闘技場を出たナガレが蜘蛛の魔物を迎撃していたのだ。
ハインケルを見つけたナガレは足の糸を断ち切り、協力を申し出る。
「白亜族の戦士か…。ちょうどいい手を貸せ」
「俺がやつの動きを止める、全力の一撃で背面のコアを破壊してくれ。デタラメに硬い翼のせいで攻撃が当たらん。白亜族の《衝撃波》なら芯まで届くはずだ」
そう言ってナガレはすぐに仲間の後を追いかけた。
ハインケルはデモンアラクネアを先回りするため、路地裏へと入る。
デモンアラクネアが産み落としたと思われる小型の蜘蛛が辺りを這いまわり、死影衆とハインケルの行く手を阻む。
逃げ遅れた人々へと襲い掛かる蜘蛛たちを処理しながら全力で追い駆けるが追い付けない。
―ガシャン。
ナガレは左右の建物に鎖鎌を突き刺し、弦のように鎖を張る。
「お前たち!乗れ!」
死影衆の四人がその鎖へと足をかける。
ナガレは自分ごと鎖を弾き、五人は勢いよく前へと飛び出した。
一緒に敵を追従している四人の死影衆に指示を下す。
「左右で挟み、《束縛の五寸杭》を使え!麻痺の鎖鎌を撃ち込む」
「御意」
死影衆は左右に散り、蜘蛛の全て足に《束縛の五寸杭》を使用する。
敵の全ての手足に刺さった杭は呪術としての効果は発動する。
一時的に動きが鈍くなったデモンアラクネアにナガレは急接近し、下から鎖鎌を腹部に突き刺す。
激しく身悶えた巨大蜘蛛は逃走しようとするが、麻痺が全身に回り始め、身体の自由が奪われていく。
数分走った先で、ハインケルは再びデモンアラクネアと相見えた。
「今だ!やれ!!」
ハインケルは蜘蛛の足から背部へと駆け上がりコアへ手を当てた。
深く息を吸い、精神を統一させる。
「《衝撃波》!!!」
ゼロ距離から放たれる地揺れに等しい衝撃波はデモンアラクネアの硬い装甲翼をも砕き、体内を破壊し尽くした後、腹部から大量の血と共に噴き出す。
背部のコアはバキバキと音を立てて砕け散り、本体と共に爆散した。
「ありがとう、ナガレ」
ハインケルとナガレによって、二匹目の魔物が討伐される。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ…」
南にはナジームの宿があり、彼は今日もあの場所で仕事をしていたはずだ。
ハヅキは全力でナジームの元へ向かう。
「ナジーム…無事でいて…」
宿までの道のりを魔物たちが阻む。
避難しようとしている人々に魔物たちは襲い掛かり、それを数人の戦士たちが守っていた。
ハヅキは迷うことなく彼らの助力に入る。
「もう大丈夫!他に逃げ遅れた人はいない?」
「あ、ありがとう…!倒しても倒してもキリがなくて…そろそろ限界だったから本当に助かったよ。まだこの先に退避できていない人たちがいるが、盲目の少年がみんなを匿ってくれている。そっちの救助に回ってやってくれ」
(ナジームだ…!)
どうやらナジームが逃げ遅れた人たちを宿に匿っているらしい。
ハヅキは街を闊歩する魔物を倒しながら宿へと急ぐ。
しばらく走ると、宿が視界の先に見えてきた。
それと同時に大きな魔物が咆哮をあげる。
「…!」
その魔物はかつて少女から両親を奪い、幼馴染の少年の光を奪った憎き姿をしていた。
赤い瞳がハヅキを捉える。
「砂上の暴君…ヴォルガンフ」
白銀の砂漠、その生態系の頂点に君臨する赤瞳の野獣・ヴォルガンフ。
A級の中でも危険種に指定されているその大狼は恐怖で硬直したハヅキへ牙を向く。
ハヅキは咄嗟に剣を抜くが、初手が出遅れたせいで軽々と吹き飛ばされる。
「うッ!!」
家屋を突き破り、屋内の倒れ込むハヅキ。
頭部に血が滴る。
痛みよりも足が竦んで立ち上がることができない。
唸り声をあげながら近づいて来るヴォルガンフが崩れた屋内に巨大な腕を入れ、ハヅキを掴もうとしたその時。
「こっちだ!バケモノめ!!」
金属でできた厨房の道具を打ち鳴らし、宿から少し離れたところでナジームが注意を引こうとしていた。
「だ…め…。ナジーム…」
負傷したハヅキは必死に幼馴染を止めようとするが上手く声が出ない。
「君は宿のみんなを連れて逃げるんだ…!!はやく!!」
ヴォルガンフは狙いを変えて、ナジームの方へと走り出す。
護身用の剣を抜き構えるが、もちろん敵の場所は大体しかわからない。
それでもナジームは自分が殿を務めることが最善だと判断し、逃げずに立ち向かう。
四年前のあの時のように。
(なんで…。なんでこの足は動いてくれないの…!)
ハヅキは地に突き立てた剣で身体を支えることしかできなかった。
このままでは、また目の前で大切な人がいなくなってしまう。
あれから剣技を学び、みんなを、ナジームを守れるくらい強くなった、そう思っていた。
「怖がるなッ!!!動いてッ!!!」
沈んだ心を奮い立たせる。もう、失わない為に。
ふっと何かに背中を押された。
振り返ってもそこには誰もいない。でも私にはわかる。
「ありがとう。私…もう後悔したくないから」
「行ってきます。お父さん、お母さん…!」
過去の恐怖を乗り越えたハヅキは家屋の外へと足を踏み出す。
その一歩で、心の靄が晴れていく。
「ハヅキ…!なんで!」
凶襲寸前のナジームをハヅキが守る。
「私、いっつも守られてばっかりだったよね…」
振り返り、いつも後ろで支えてくれていた幼馴染を見る。
「これからは私がナジームを守る。あなたの…剣となって!」
吹っ切れた彼女を見て、ナジームは安堵する。
ハヅキはヴォルガンフの攻撃の弾きつつ《炎舞・陽の舞》に続けて《炎舞・陰の舞》を踊り、自己強化を施した。
ナジームはその間に安全な場所へと避難する。
―グルアアアアアアア!!!
ヴォルガンフの咆哮が辺りに響き渡り、大狼の腕は毛を逆立てた。
そして、激しく左へと跳躍したあとに周囲の建物を駆け回る。
(…大技が来る!)
前後左右に高速で移動し、獲物を狙うヴォルガンフを目で追えなくなったハヅキは静かに迎撃の構えを取る。
―ガラッ。
瓦礫が落ちる。動きを止めたヴォルガンフは標的へ飛び掛かった。
「《炎舞・薄刃陽炎》」
巨大な腕から繰り出される凶撃は空を切り、直撃したはずのハヅキはゆらゆらと揺れる。
残像はやがて消え、背に乗るハヅキにヴォルガンフは気が付く。
刹那、天地が逆転し、大狼の首が宙を舞う。
鉄球のように重い音を立てて転がる狼首。
残された身体は大きな音を立て倒れ込み、魔物は動かなくなった。
「…これが、コアね」
激しい技を繰り出したせいで頭部からの出血が勢いを増す。
卒倒しそうな意識の中、倒れる前に転がった額についた赤色のコアを破壊する。
視界がグラつき、後ろへ倒れるハヅキをナジームが受け止めた。
「ハヅキ…!大丈夫!?」
「…うん。ちょっと…疲れただけ」
放たれた魔物の最後の一匹が討伐された。
倒壊した建物、死傷者…、襲撃でかなりの被害を出してしまうことになったが、四部族の戦士たちの活躍によって街は九死に一生を得ることとなる。
◇ ◇ ◇
三匹の魔物が討伐された時、街の一番高い建物の上で不敵な笑みを浮かべる奇術師。
〝邪神教、十二使徒・エデルアルト〟。
使用する技、物全ての行使可能範囲を拡大することのできるその能力で砂塵闘技場の観客を拘束し、今まさに万象の宝球で魔物に殺された人々の魂を吸収していた。
「これだけあれば十分でしょう。私の目的は達成しましたのでお先に失礼します、ウーフェイ殿」
降下し、砂塵の都の外へと向かうエデルアルト。
残存した魔物が襲い来るが難なく打ち倒す。
「《連鎖する激雷》」
眩い雷が辺りの生物全てを貫く。
街の出口へと辿り着き、外へと出た時。
―グサッ。
首に何者かの刃が突き刺さる。
「その慢心。仇となったな」
反撃しようとしたが、刃は喉を搔き斬る。
フードで顔を隠した男は、地に伏すエデルアルトを何度も刃で刺突し、確実に命を狩る。
男は息をしていないことを確認した後、懐に入っていた万象の宝球を取り出し誰かと話し始めた。
「例のものは回収した」
報告に応答が入る。
「やつらに感付かれる前に帰還して」
男は指示を了解し、気配と姿を一瞬にして消す。
「これより〝風嵐都市〟へ帰還する」
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