暗澹のオールド・ワン

ふじさき

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第四章 砂塵の都編

第六話「双炎と狩影」

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「これより各ブロック、予選決勝の対戦表ドローを開示します!」


 日が変わってから、ジュドはAブロックの決勝戦まで勝ち進んでいた。


「相手は…ハヅキか」


 普段は元気な彼女も、戦いになると目の色が変わる。
 ジュドは気を引き締めて控え室へと入った。
 定時になり、戦いの舞台へと入場するジュド。


「昨日はごめんね。でも、手加減はしないから」

「私は優勝して賞品を売ったお金でナジームの宿をもっともっと大きくしてあげるんだ」


 覚悟を決めた顔つき。その表情が少しシスティと重なって見えた。


「俺も全力で行かせてもらう」


 両者、武器を構える。



 ―ゴオオオオオン。



 戦いのゴングが鳴ったと同時にハヅキが先に駆け出す。


「《炎舞・陽の舞》」


 舞ったハヅキの身体能力が大幅に向上する。
 振り下ろされた剣からは炎が噴き出し、防御したジュドにまで熱が伝う。
 二本の剣から繰り出される連撃を受けながら、ジュドも負けじと反撃する。


「《閃光連撃》」


 素早い連撃が手数でハヅキを上回った。


「ッ!!」


 押されるハヅキは咄嗟にジュドと自分との間に炎の壁を作り、追撃を阻止する。
 次の一手を防がれたジュドは剣撃で砂埃を起こし、相手の視界から外れた。


「どこ!?」


 辺りを警戒し、砂埃の右から剣先が向かって来るのを視認したハヅキはカウンター型の技でジュドを迎え撃とうとする。


「《炎舞・陰の舞》」


 煙が晴れた時、ハヅキは向かって来る剣の奥には誰もいないことに気付いた。


「フェイク!?」


 飛んでくる剣を弾き落とす。
 再び辺りを見回すがどこにもジュドの姿はない。


「!!」


 上を向こうとしたが、それよりも先に頭上からジュドが降下してくる。
 ハヅキの腰に触れるか触れないかのギリギリの距離でジュドの剣は動きを止めた。


「俺の勝ちだ」


 ハヅキは両手をあげた。


「…あっちゃあ、もうちょっとだったのになぁ」


 悔しそうに負けを認め、審判に降参を申し出る。

 Aブロック予選、決勝はジュドが勝利を飾った。




      ◇ ◇ ◇ 




「ありがと!楽しい戦いだった!」


 控え室を出るとハヅキが前のベンチに座っていた。


「こっちこそ、いい戦いだったよ」


 お互いに激励の言葉をかけ合う。


「これで今回の武闘祭、砂漠の民は敗退かぁ~」

「私ね、バルタザールさんから声をかけてもらった時は断ろうと思ってたんだ。でも、そのことをナジームに相談したら〝ハヅキなら絶対いけるよ!〟って言われて…俄然やる気出てきちゃって」


 四部族の一つである〝砂漠の民〟。その代表選手であるハヅキが敗退したことは部族自体の敗退を意味する。


「…この後はどうするんだ?」

「ナジームが観客席でシャステイルの試合を見るみたいだからそれに合流しようかな?ジュドも一緒に来る?」


 二人の邪魔をしては悪いと思ったが、変に気を遣うのも逆に良くないと考えたジュドはナジームたちとシャステイルの試合を見ることにする。
 階段を登った先、中央左の席に座るナジームと合流した。


「二人ともお疲れ様!両方とも凄かったよ!」


 ナジームは合流しに来た二人にお手製のスイーツを手渡す。


「あ、これ…シフォニアだ!!ありがとう!!」


 ハヅキはスポンジ生地のスイーツに歓喜する。
 ジュドも試しに一口食べてみると、しっとりとした口触りのスポンジの中からシロップが溢れてくるとてつもない美味しさにすぐさま魅了された。


「うまいな、これ」

「でしょ!ナジームのシフォニアは大陸一なんだから」


 そうして三人が甘味に耽っていると、シャステイルの試合時間となる。

 相手は黒い装束を身に纏った軽装の戦士だ。
 顔は黒子のような布を被っていて良く見えないが、背には車輪型の鞘に鎖鎌のようなものを装備している。

 対するシャステイルはいつも身に着けている片手剣のみで変わった様子はない。


「相手は四部族の一つ、〝死影衆〟と呼ばれる暗殺部族の代表選手・ナガレね」

「ハヅキから見て、あいつは強いのか?」


 ハヅキはジュドの問いに一つ返事で答える。


「今回の武闘祭の優勝候補の一人よ」


 ジュドは息をのむ。


「始まるみたい」


 ナジームは出していたシフォニアを一旦紙に包み、鞄にしまう。



 戦いが始まった。


 観客席には防護魔術が張られ、至近距離で激しい攻防で観客に被害が出ないようにしている。
 シャステイルは手を剣に添え、敵の様子を見る姿勢を取る。
 ナガレは即座に車輪から鎖鎌を取り出し、走り出したと同時に片方の鎖鎌を相手に目がけて投げた。
 跳躍する鎖鎌をシャステイルは撃ち落とすが、ナガレは身体を回転させて撃ち落とされた鎖を変幻自在に振り回す。


「すごい!抜剣した剣をすぐに鞘に戻し、それを繰り返すことで最速の斬撃を常に繰り返し続けている…!ジュドさん、彼は何者ですか!?」


 ナジームは興奮した目つきで食い入るように剣技を見る。
 一方シャステイルはあり得ない軌道で襲い来る鎖鎌を的確に受け流しつつ、ナガレへの注意も怠らない。


「…なかなかやるな」


 ナガレはさらに追加で三本の鎖鎌を宙に放つ。
 流石に数が増えた鎖鎌を避けきれなくなったシャステイルは鎖を叩き斬ろうと試みるが、剣がまったく通らないことに驚く。


「あれは…!まさか〝虜囚の縛鎖〟!?」


 驚きのあまり、ジュドは声を漏らす。

 ジュドは確かに覚えていた、あの鎖が持つ独特の雰囲気を。
 かつて地底都市で十二使徒・マルクトと戦った時に感じたものと同じだったのだ。
 呪詛を帯びたその鎖は並大抵の武器では斬ることは疎か欠けさせることすら難しい。

 鎖鎌での遠距離攻撃とナガレによる近距離攻撃の連携にシャステイルは苦戦を強いられていた。
 シャステイルの着ていたローブは徐々に破れ、遂に中の鎧が露わになる。
 光を通さないその黒鉄の光沢と青みがかった漆黒の一式に観客たちは湧き上がった。


「あんな色の黒鉄見たことねぇ!」

「フルプレートじゃない?あれ!」


 騒ぎを起こしたくなかったシャステイルは剣を抜き、決着を着けにかかる。


「《強撃ハード・ストライク》」


 地面をも抉り取る強力な一撃がナガレを飲み込む。
 辺りに立ち込める砂埃を振り払い、シャステイルは瓦礫の方へ足を進める。


「《孤影葬》」


 シャステイルの後方、突如としてナガレが姿を現す。
 すぐさま反応し、反撃に転じたが、ナガレの鎖鎌はすでにシャステイルの身体を貫いていた。


「…!」


 シャステイルは何かに気づいたかのように自身の影に剣を突き刺す。
 すると、ナガレは幻影のように消え、再び姿を消した。
 目の前の瓦礫からさっき吹き飛ばされたナガレが頭に血を垂れ流しながら起き上がる。


「《孤影葬》の仕組みによく気づいたな」


 負傷しているナガレがシャステイルを賞賛する。


「相手の影を元に自分の分身を創る技か…」


 シャステイルはなぜか立ち上がることができない。


「この鎖鎌にはそれぞれ十二の状態異常を付与してある。お前に使用した麻痺はA級相当の魔物なら数秒で動けなくする強力なものだ」

「安心しろ。この猛毒で楽にしてやる」


 ナガレは毒の鎖鎌を取り出し、止めを刺しにこちらへ歩いて来る。

 嘘だろ…シャステイルが負けるのか…?
 止めを刺されそうになったその時、暴風が会場を吹き荒んだ。

 観客は目の前の風に視界を奪われ、再び闘技場へと目をやると膝をついていたはずのシャステイルは立ち上がり、ナガレは地に伏している。


「何が起こったんだ…?」

「ナガレは負けたの…?」


 困惑する観客たちはざわつき始めた。
 倒れたまま動かないナガレを他所にシャステイルは重そうに立ち上がる。

 試合はシャステイルの勝利となった。




      ◇ ◇ ◇ 




「シャステイル!!」


 控え室から出てきたシャステイルにジュドが声をかける。
 手に空のポーションを持ち、若干フラつきながらベンチに座った。


「大丈夫か!?」


 ジュドは心配しながら詰め寄る。


「大丈夫だ…、麻痺解除のポーションはすでに飲んである。その内、痺れも解けるだろう」

「暴風が吹いた時に何があったんだ?」

「…たまたま起きた風でよろめいたナガレの隙をついて倒しただけだ」


 シャステイルが何かを誤魔化そうとしているのを察し、ジュドはそれ以上何も聞かなかった。
 あの暴風は一体何だったんだろうか?シャステイルの能力ギフト
 そんな疑問を抱いていると、会場のスタッフが二人を呼びに来る。

 各ブロックの優勝者は次の本選に出場することが決定しており、明日の本選についてバルダザールから説明があるらしい。
 二人は観客席へと向かう。

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