暗澹のオールド・ワン

ふじさき

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第四章 砂塵の都編

第三話「白銀の砂漠」

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 あれから俺は四日ほど療養に専念し、身体が動くようになってからは鈍っていた剣の腕を取り戻すためにフィオーネの所で水人形と訓練をした。

 カフカの《竜頭龍尾フォーマルハウト》で焼け焦げてしまった服や武器は後日オーレダリアが替えの装備一式を見舞いに持参してくれたおかげで何とかなっている。

 一本目の剣は前に使用していたものと同じものを、二本目は前よりも薄刃になったが切れ味は好感触だ。
 オーレダリアの計らいで硬いものにも刃が通るような付与魔術が施されているらしい。

 まだあの時のことは完全に吹っ切れてはいない。でも、俺は旅立つことを決めた。


「水門都市は復興の最中で旅の物資が十分に揃えられない。ここから西にある港町ハーゼンまで行ってある程度の物を揃えよう」


 水門都市を出たジュドは利害の一致で同行することになったシャステイルと共に水門都市の西にある港街ハーゼンの貿易港を訪れた。


「大変申し訳ありません!フィオーネ古海での異常事態の影響で現在、交易路の安全を確保している状況です。なお復旧の目処は立っておりません!」


 危機を回避したとはいえ、壊滅的な打撃を受けた水門都市の余波は隣街のハーゼンまで被害を及ぼしていた。
 輸送船は運行を停止し、航路は断たれてしまったことで交易品を抱えた商人たちはまだかまだかと不満を露わにする。


「このままじゃ品がダメになっちまうだろ!」「我々はどうすればいいんだ!早く復旧してくれ!」


 ざわつく港を他所に、シャステイルが地図を開き迂回路を考案する。


「ここから西に進むと砂漠地帯が広がっている。魔物の危険度がここよりも格段に高い地域だが、多少の無茶はやむを得ない。船が動き出すのを待つよりも到着は早いはずだ」


 危険を承知した上でジュドは迂回に合意し、砂漠入り口の集落を目指すことにした。




      ◇ ◇ ◇




 半日かけて街から十五キロほど進んだ場所にある砂漠の集落へと辿り着いたジュドたちは集落唯一の質屋へと立ち寄った。


「おや?おぬしたち、見ない顔じゃな…。商人ではないと見た。ここは初めてじゃろ?」


 店の奥にいた老婆はやや不気味な笑みを浮かべて机上へと道具を並べ始める。


「ここへ来た多くの人は日中の暑さに耐え凌ぐ為に薄手の服や軽装のローブをこしらえ、暑さが和らぐ夕刻になると村を立つ」

 老婆はため息をつき、二人へ教える。


「〝白銀の砂漠〟の一番注意せねばならんことは〝夜〟じゃ」

「日が落ちると雪が降り始める。それは辺りを銀世界に染め、猛烈な寒さが薄着の旅人を襲う。入り時を見誤れば最後。天候関係の能力を有した者でない限り、待っているのは絶望あるいは死じゃ」


 ヒッヒッヒと笑い、じりじりとした暑さの中で老婆は呟く。


「今日は特に冷える…。明日出発すると言うなら、わしの孫におぬしらを引率させよう。それ込みで金貨3枚じゃ。どうじゃ?安かろう?」


 ジュドは割高なその金額に眉をひそめたが、シャステイルが横から金の入った袋を差し出す。
 俺に任せろと言わんばかりの空気を察したジュドは一歩身を引くことにする。


「金貨四枚だ。これで砂漠越えに必要な物を見繕ってくれ」


 老婆は目前の袋を目にも止まらぬ速さで受け取り、中身を数え始める。


「話が早くて助かるのぉ、情報も売り物なんじゃよ。命よりは安かろう?」


 黙々と準備を始めた老婆を横目に、店から出た二人は夜を明かすための宿を探しに向かう。




      ◇ ◇ ◇




 決して寝心地が良いとは言えない寝具を上で砂混じりの風に起こされる。

 朝日が照らし始めた頃、二人は身支度を整えて質屋へと向かった。
 店の外では老婆の話に上がっていた孫が荷物をまとめて移動用の獣と共に立っており、彼は二人に気づいて会釈する。


「あんたたちが今日の客か!すまねぇな…うちの婆さん、金に糸目がなくてな。俺の能力でさえ商売道具にする始末だ。商売人の性ってやつなのかね」


 青年は深くため息をつく。


「俺はザンディル。砂漠の民は助け合いを大切にするのが掟だ。早速で悪いがどこまで行きたいんだ?」


 青年は砂漠越えの物資を背負い、客の二人に行き先を訊ねる。


「今日中に〝砂塵の都・マハ〟へと入れるか?」


 目的の街までここから十キロほどの距離だが、砂漠では日夜の天候の他に砂嵐の影響で現地を知り尽くした人間以外が辿り着くのは困難を要する。


「俺の〝砂塵避け〟の能力ギフトがあれば日暮れまでには辿り着ける」


 シャステイルの問いに対して、自信満々にザンディルは答える。


「〝砂塵避け〟…。それであの婆さんは…」

「俺は生まれつきこの能力のおかけで砂嵐の影響を受けずに砂漠を進むことができるってわけだ」

「ただ問題が一つあって…最近この砂漠でも呼び声が発生していてな。魔物たちの動きが活発になっている。特に〝デスストーカー〟っていう蠍の魔物が厄介で」


 ザンディルは近辺に生息している魔物について進みながら二人に説明する。
 話をしながら一行は順調に砂の中を進むが、昼に差し掛かった頃砂嵐が激しくなり始める。
 ザンディルは荷物からフード付きのマントを取り出し、二人に姿勢を低くして一行は顔に砂が飛んで来ないようにする。能力のおかげもあり道に迷うことなく進んでいく。


「ところで、あんたたち二人は何でマハに行きたいんだ?他の連中と同じで、マハの砂塵闘技場コロッセオが目的か?」


 砂塵の都の称されるその街は白銀の砂漠の北部に位置しており、砂塵闘技場では〝武闘祭〟と呼ばれる大規模な催しが行われている。


「そうだ。武闘祭に参加しようと思っている」


 本来の目的である、ジュドの祖父、仲間の捜索。邪神教。諸々を公にするべきではないと判断したシャステイルは嘘の目的を取り繕う。


「あそこは確かに賑わっているが、少しばかり血生臭い場所だから気をつけた方がいい」


 ザンディルは白銀の砂漠を取り仕切る四つの部族について話をする。
 この砂漠には白亜族、死影衆、獣族、砂漠の民の四つの部族が存在しており、四年に一度行われる武闘祭でその力を競い合うというのだ。
 前回は獣族の戦士が勝利を勝ち取ったらしい。

 そういえばダグラスは白亜族の部族内で最も優れた戦士に選ばれたと言っていたが、この武闘祭にも出場する予定だったのだろうか。
 そんな話をしていると砂嵐を抜け、視界の先に大きな影が見えた。


「おかしいな…都へはまだ…」


 その陰は小刻みに揺れ、音を立てて倒れる。

 砂嵐でハッキリは見えないが、何かが横たわったそれを捕食していた。


「デザートスネーク?まずい、こいつは…!!」


 巨大な蛇を捕食していたそれはこちらへと身体を向ける。


「デスストーカーだ!!!」


 耳を劈く鳴き声を放ったデスストーカーはこちらへと直進し、襲い掛かって来る。
 音を聞きつけた他の個体も砂の中から現れ、一行は囲まれてしまった。

 荷物をザンディルへと渡したジュドとシャステイルは戦闘態勢を取る。

 襲い来る蠍の大きな爪をシャステイルが剣で受け止めた。


「後ろの二匹を任せた」

「わかった…!」


 敵は合計で四匹。二人はそれぞれ行動を始める。

 軽快な動きで攻撃を躱すジュドは剣を抜き、蠍の片爪を切り落とす。
 悲鳴を上げる一匹の後ろからもう一匹が追撃してくるがジュドは切り落とした個体の腹部の下へと入りもう一方の視界から外れる。
 その内に頭上に見える腹部へと斬撃を叩き込み、そのまま蠍の頭部まで剣を刺したまま走り出した。

 大量の青い血を噴出した蠍は地面へと倒れ、絶命する。

 振り向くともう一匹が尻尾を地面に突き刺していた。


「兄ちゃん…!デスストーカーの尻尾にある棘には強力な毒と麻痺が含まれている!気をつけろ…!」


 ザンディルが下を指さし、ジュドへと注意喚起する。

 咄嗟にジュドは走り出し、蠍の死骸を踏み台にして高く飛び上がる。

 次の瞬間地面から三本の尾が隆起し、危うく蜂の巣になる所を間一髪で回避した。
 空中で身動きを取れないジュドにデスストーカーは爪で攻撃するが、身体に回転を加えて爪の側面から頭部へと斬り刻んでいく。

 何とか二匹を倒すことができたジュドがシャステイルの方を見ると、腹部に大穴を開けた蠍が二匹転がっていた。


「そっちも倒したか」


 ケロッとした顔のシャステイルはローブについた血を布で拭っていた。
 さすがは使徒殺しのプロだ。


「たった二人で…。あんたら二人ともすげぇ強いんだな…」


 ザンディルは驚いた表情で荷物を二人に返す。
 デスストーカーの死骸の匂いで他の魔物たちが寄って来るため、三人は足早にその場から退避する。


 途中休憩を挟みつつ、数時間歩くと目的の街がうっすらと見えてきた。



「色々あったが、ようやく到着だ!」


 戦闘があったにしては思ったよりも早く目的地へと辿り着くことができた一行。
 とは言え、砂漠の日照りは短く、太陽はもうすぐ地平線へと沈もうとしていた。
 街の入り口へと到着したジュドとシャステイルはザンディルから荷物を受け取る。


「武闘祭に出場するためにはこの道をまっすぐ行って右手に見える砂塵闘技場コロッセオでエントリーをする必要がある。さっき紹介した俺のおすすめの宿付き酒場は道なりに歩いてれば見つかるはずだ」


 ザンディルは街の地図を開いて簡単に場所を説明する。


「俺は夜が明けたらこの街を出て集落へ戻る。婆さんの面倒を見なきゃなんねぇからな」

「助かった、ありがとう。帰りは大丈夫か?」


 ジュドは魔物の心配をする。


「大丈夫だ、俺もそんなにヤワじゃない。しかもさっき、デスストーカーから毒針を採取しておいたからいざとなったらこれをクロスボウでプスっと撃ち込むさ」

「商人は強いんだな」

「ああ。二人とも達者でな。武闘祭での健闘を祈ってるぜ」


 そう言ってザンディルは二人へ手を振って獣舎の方へと歩いていく。
 ジュドたちはこの後どうするのかを決めるために一度酒場へ向かうことにした。

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