暗澹のオールド・ワン

ふじさき

文字の大きさ
上 下
27 / 47
第四章 砂塵の都編

第二話「嵐の兆し」

しおりを挟む
 ジュドの療養室を後にしたフィオーネはオーレダリアに都市の再建をお願いしますと告げ、自室へと帰ってきた。


「……」


 ある事を思い出していた。
 街に邪神教が攻め入るずっと前。
 ジュドたち、そしてフォーレタニア一行がフィオーネを初めて訪ねて来た時よりも前。

 水門都市、その統治を退くと決断した数時間前の出来事。


「オーレダリアと近衛兵団の方々、都市管理組織はよくやってくれています。ですが近々魔物の活性化や周辺諸国での黒い噂などまだまだ不安要素は絶えませんね…」

「ですが、人々にはもう…神は…」


 考え込んでいると後ろから一瞬懐かしい気配を感じる。

 しかし、感じた気配が異質なものであると気づいたフィオーネは瞬時に水を刃へと変え、目で視認する前に目標へと斬りかかる。


 水が音を立てて弾ける。フィオーネが対象を視認した頃には水刃は霧散していた。
 リビングのテーブル、その前の椅子に灰髪で眼帯をした男が片手をフィオーネの方へ向け、座っていた。


「いきなり斬りかかってくるとは随分とここの主神は物騒だな」


 次の攻撃を仕掛けようとする前に男が口を挟む。


「やめておけ」


 フィオーネが追撃の手を止める。
 臆したわけではない。先程の水刃が効かなかったことを警戒して、冷静に攻撃の手を止めた。


「漠水神はお前だな?」


 向けられた男の手は漆黒の小手に覆われている。
 あれで攻撃が弾かれたのか?まだ敵の能力を把握しきれていないこの状況で水を操作できることが露呈した今、アドバンテージはあちらにある。フィオーネはそう考えていた。

「無視か。ならいい、ここの主神は口も聞けないようだ」


 席を立つ男をフィオーネは制止する。


「私が漠水神フィオーネです。何が目的なのですか」

「近々、この都市に邪神教の‶十二使徒〟が強襲をかける」


 にわかにも信じがたいその情報にフィオーネは警戒を緩めない。


「そう警戒するな、お前を殺そうと思えばいつでも殺せている」

「今回は個人的に交渉をしに来ただけだ」


 男は再び席へと着く。


「使徒の一人は街の中心から近衛兵団本部へと進行。そちらは単純に戦力の弱体化が目的だ。本命はガタノゾアを封印している封楼灯台の触媒の破壊。もう一人の使徒が近衛兵団に向かっている使徒を陽動にし、封印の破壊へと向かう」

「あなたは何者ですか?」


 男は表情を変えることなく続ける。


「封楼灯台は全部で三か所。使徒は全部で二人。どうやっても三か所の破壊は困難。それがお前の考えだ」

「確かに理にかなった考察だ。いくら使徒が強力だろうと残り一か所の封印に神であるお前が向かえば破壊は阻止できるかもしれないからな。上手くいく可能性は高い、使徒が二人なら…な」


 フィオーネは何となく察しがついていた。


(この男は間違いなく十二使徒)

(自身の気配を絶つのが異常に長けている。私でさえ気取るのに一瞬の時間を有してしまった)


 沈黙するフィオーネを他所に男は切り出す。


「この部屋に入った後、俺に気づかないお前に対してあえて気配を放った」

「この意味がわかるな?」


(厄介な相手です…。いつでも殺せるということですか)


 フィオーネは心の中で打開策を考えようとしたが、力量の差は歴然だった。


「交渉が成立した場合、俺はこの件から手を引いてやっても構わない」

「つまり、襲撃に参加しないということですか…?」

「ああ」

「交渉…と言いましたね。そちらの要求は何ですか?」


 男は正面の扉の方を向いたまま要求を言う。


「この都市の統治を降りろ」


 フィオーネが自身の考えが読まれているのではないかと勘繰ってしまう程にタイムリーな要求だった。
 この要求はここで飲まなくても近く実現するつもりだったのだ。


「…私を統治から退かせてあなたたちに何か利益があるのですか?」

「それはお前が知る必要のないことだ」

「要求はもう一つ、お前の旧神としての権能をこの襲撃で使い果たせ」


 間髪を置かずに次の要求が来る。


「私が出る事態にならなかった場合は?」

「その時はこの要求を反故にしてもらって構わん」


 確たる自信。それほどの邪神教はこの都市に戦力を割いているということ…。
 二つの要求を果たしたとしても、襲撃は免れない。
 残り二名の使徒に滅ぼされる可能性がある以上、これは交渉ではなく脅迫だ。


「要求が守られなかった場合は…?」


 男はこちらを向き、瞳に殺意が宿る。


「その時は俺がこの都市を滅ぼす」


 フィオーネは深く息を吸い、吐き出す。


「こちらには拒否権がないようですね」

「わかりました。その要求であなたを回避できるというなら受け入れましょう。ただ…」


 フィオーネは向けられていた殺意を顧みず、真剣な顔で男へと伝える。


「こちらからも一つ要求があります」


 男は「何だ」と返す。


「あなたの主に伝えてください。その企みに意味はあるのですか、と」


 言葉を聞いた男は席を立ち、扉へと歩き始めた。


「俺は見ているぞ」


 一瞬立ち止まり、一言告げた後に男はその場を後にする。
 外に出た眼帯の男の気配は扉を通ると同時に無くなり、そこには静かに流れる水の音と静寂を凪ぐ風が吹いていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

転移想像 ~理想郷を再現するために頑張ります~

すなる
ファンタジー
ゼネコン勤務のサラリーマンが祖父の遺品を整理している中で突如異世界に転移してしまう。 若き日の祖父が言い残した言葉に導かれ、未知の世界で奮闘する物語。 魔法が存在する異世界で常識にとらわれず想像力を武器に無双する。 人間はもちろん、獣人や亜人、エルフ、神、魔族など10以上の種族と魔物も存在する世界で 出会った仲間達とともにどんな種族でも平和に暮らせる街づくりを目指し奮闘する。 その中で図らずも世界の真実を解き明かしていく。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...