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第三章 水門都市編
第十一話「別れ」
しおりを挟む視界の先。
突然、ギリギリと音を立てて空間が裂けた。
中からは白黒のメッシュをした短髪の少女が現れ、その後ろからは橙髪の女が出てくる。
「ここで、良かった?」
「ええ、流石はフィアンさん。私の要望通りですよ」
出てきて早々二人は周りを他所に話し始める。
橙髪の女も異質な雰囲気を感じるが、フィアンデルマと呼ばれるメッシュの女が明らかに邪悪な気配を放っている。
地底都市で見た顕現した邪神を彷彿とさせるような、そんな気配…。
「あらあら?カフカさんではありませんか。封印の解除が遅いなあと思えば、まさか接敵していたとは…。同行していたシモンさんはどうしたのですか?」
橙髪の女は手を合わせ終始ニコニコしている。
「シモンの気配、ない。殺ら、れた?」
フィアンデルマは答える。
「ミュセル…傷を…治して」
カフカは掠れた声で言う。
「もう治そうとしましたよ?でも無理でした。とても珍しい力のようですね…、どなたに斬られたのですか?」
ミュセルと呼ばれる橙髪の女はカフカの視線の先にいたジュドを見る。
「もしかして、あなたですか?」
ジュドは質問を無視し、満身創痍の身で問いかける。
「お前たちも邪神教なのか…?」
「あら、私の方が先に質問していましたのに…」
やれやれと仕草をした後、答える。
「そうです。私は十二使徒・ミュセル。ミュセル=パルラディーナ。彼女は十二使徒・フィアンデルマ。どうぞお見知りおきを」
ミュセルは両手でローブの裾をつまみあげる。
「覚える必要は、ない」
フィアンデルマの目から殺意が漏れ始める。
「どうしましょうか。ここであなたを片づけることもできますが…」
「お前たちは…何なんだ!!!」
言葉を遮りジュドはミュセルへと斬りかかった。
「そんなに慌ててもこの場は打開できませんよ?」
ミュセルは格闘の構えを取る。
「せいっ!」
ジュドの双剣それぞれの中心に狙いを定めた掌撃が二連、剣を真っ二つに叩き折った。
続けてジュドの顎をめがけて右フックが繰り出され、直撃はまぬがれたものの脳震盪で地面に倒れる。
ミュセルの体には光の斬撃が入っており、彼女はそれを見て不意に微笑む。
「フィアンさん。カフカさんを回収した後、彼を我々の拠点へと連れて帰ります」
フィアンデルマは光の無い虚無のような瞳でジュドを見る。
「わか、った」
カフカが裂けてできた虚空に投げ込まれ、ジュドを回収しようとしたフィアンデルマに《光輝の魔術大槍》が放たれる。
多少の治癒が施され動けるようになったものの、満身創痍に変わりないシスティたちがジュドを助けに入ろうとしていた。
「連れて行かせは…しないわ」
ミュセルは少し考えた後、指示をする。
「彼らは掃除して構いません」
掃除?誰を…?
天地がひっくり返り、視界がおぼつかないジュドは無理にでも体を起こそうとする。
「逃げろ…」
掠れた声は空を切る。
「はぁぁぁぁあ!!!」
フィアンデルマの腕が先程の空間の裂け目のように変化し、手の形をした巨大な黒いモヤになる。
「まずは、お前」
二人で同時に斬りかかったシスティとダグラスだったが、システィは足で蹴り飛ばされ、ダグラスはその手で叩き潰された。
ダグラスのいた地面は手形にくり抜かれ、ドーム状の滑らかな断面を見せる。
「がぁぁあああああああ!!」
断末魔のような叫び声は虚しく、戦える気力が残っていないジュドはただ仲間たちがやられていく姿を見ることしかできない。
フィアンデルマによってルシアとモーリスも消し飛ばされ、後には何も残らなかった。
「ジュド…。聞きなさい」
最後に残されたシスティが泣きそうなジュドへと声をかける。
「私だけじゃない、みんなここへ来ることを自分で選んだ。これだけは覚えておきなさい、あなたのせいじゃないわ。私的には…そうね。短い冒険だったかもしれないけど、すごく…すごく楽しかったわ」
「待って…」
「今まで…ありがとう」
その言葉を最後に上空から振り下ろされた無慈悲な手に彼女は飲み込まれ、消える。
歯が立たなかった。フィオーネが言っていたのはこういうことだったのか。
死を覚悟していたわけではない。だが、自分だけ残されることがこんなにも孤独感と絶望感を味わうものだとジュドは初めて痛感した。せめて自分も彼らと同じ結末を辿れたならどんなに楽だっただろうか。
フィアンデルマがジュドを掴もうとした時、ミュセルが制止する。
「やはり彼はここに残しましょう」
ジュドはその言葉に驚く。
「なん…で…。俺も…殺して…くれ」
笑みを浮かべたミュセルはジュドへ告げる。
「あなたには期待していますよ」
期待…?何を言っているのかジュドには理解できなかった。
「きっと…また会えます」
再び裂け目が開き、ゆっくりと二人は中へと消えていく。
灯台前にはジュドはただ一人佇んでおり、静寂が包む中、声をあげて泣いた。
彼の冒険に幕が閉じたのだ。
涙はとう枯れた。
目の前の惨事がフラッシュバックし、嘔吐する。
ようやくの思いで身体を起こし、徐に折れた剣を喉にあてる。
とにかく楽になろうとした。
目の前の現実から逃げ出すにはこれしか思いつかない。
「待て」
喉元に血が滲み始めた時、一人の人物が近づいて来る。
「邪神教はどこへ行った」
黒鉄の鎧に身を包んだ男は折れた剣を取り上げ、ジュドをポーションで治癒した後、虚ろな顔にきつけを使う。
鋭い匂いで若干の正気を取り戻したジュドだったが、ほとんど廃人のようになっており、覇気がない。
「ダメか」
質問を諦めたように膝をつき、ジュドへ一言放つ。
「このまま終わってもいいのか?」
鎧の男はジュドを背負い、歩き始める。
「まずは治療が最優先だ。傷が癒えたらここであったことを全て話してもらう」
そう言って、二人は灯台を後にした。
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