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第三章 水門都市編
第十話「竜頭龍尾《フォーマルハウト》」
しおりを挟む十二使徒シモンと王和国の三人がぶつかり合っていた頃、ジュドたちは封楼灯台へと向かっていた。
高台にある灯台前には、大勢の避難民で人だかりができており、全員が燃え上がる街を不安と恐怖で見下ろしていた。
「何でこんなに人が」
困惑するジュドたちに避難民は言う。
「近衛兵の方からここへ逃げるように指示されました。この後私たちはどうすればいいのでしょうか…」
近衛兵から指示…?
現場が混乱しているとは言えオーレダリアからそんな指示は受けていない。
ましてや漠水神フィオーネがオーレダリアの動向を読み間違えることなどあるだろうか。
ジュドは疑問に思いつつも周囲に呼びかける。
「ここから離れろ!じきにここも襲撃される!ここから北西西に一軒の家がある!その辺りに避難してくれ!」
ジュドの声で人々は動き始めた。
大体の人がその場を後にし、最後の人たちが離れの家へと向かった時、一人の近衛兵が歩いてきた。
「遅くなってすみません…!って、あれ。避難した人たちは…」
息を切らしながら走ってきた男は、周囲を見渡し、誰もいない状況に驚く。
「俺たちが安全なところに避難させておいた」
ジュドに対して感謝を述べる。
「あぁ!そうだったのですね!お手を煩わせてしまい申し訳ない」
「オーレダリア近衛兵長からここを任されましたローレンス=ダリウェルです!ここは大丈夫なので、あなたたちも避難してください!」
そう言い、こちらへ歩いてきて帽子を手に、お辞儀をする。
周りに敵はいない。封印が解かれた形跡もないため、ここは襲撃されていないようだった。
ふとシスティに視線を向けられていることに気づき、そちらを向くとこちらに目配せさせている。
「わかった、ここはあんたに任せる」
ジュドたちが背中を向け立ち去ろうとした時、ローレンスの手がジュドの背中へと伸びる。
「今よ!」
システィが叫ぶと同時にジュドは剣を抜き、男に斬りかかる。
あわや手が切断されるところでローレンスは斬撃を回避する。
「あぶなっ!」
よろよろとよろけた後、落ちた帽子を拾い上げる。
「ど、どうしたんですか?一体」
「…あんた何者だ?」
近衛兵団所属・ローレンス=ダリウェルだと自身の身分を再度説明する。
ジュドは自分が間違えたのかと思い、警戒を解こうとするがダグラスがそれを止める。
「ダメだ。この状況でこの場所を空けることは賢明ではない」
ダグラスの言葉を聞いて、警戒を解く意志がないことを理解したローレンスが手を帽子の鍔にあてる。
「はぁーあ。ダメ…か。せーっかく人を集めてバレにくくするつもりだったのになあ」
「あたし戦闘は苦手なんだけどこれは流石に避けられないかー」
みるみると男は姿を変え、桃髪の少女へと変貌した。
髪をなびかせ、ジュドたちに名乗る。
「邪神教、十二使徒・カフカ」
その名称を聞いた途端、ジュドたちは瞬時に武器を手に取り、戦闘態勢に入る。
「あんたたち冒険者でしょ?見逃してくれない?別にこの都市とあなたたちは関係ないじゃん?命は粗末にするべきではないって、あたしでも親に教えてもらったよ」
「ま、その親はあたしを殺そうとしたけどね」
意気揚々とジェスチャーを加えながら話す彼女にジュドが問いかける。
「封印を解きに来たんだろ」
ピタっと動きを止めたカフカ。
「あー、そゆこと。あんたたちがここにいるのがたまたまってわけじゃないのか」
「さっき俺たちはこの都市と関係がないって言ってたが、邪神を復活させてこの世界を滅ぼすことがお前たちの目的なんだろ?だったら、俺たちはそれに抗う」
「滅ぼすけど、また作るよ?今度は綺麗になった世界でね」
「明日は、未来は。誰かに作ってもらうものじゃない…!」
ジュドが再度斬りかかる。
すかさず距離を取るカフカとの距離をダグラスとシスティが詰め、モーリスは全員に強化をかける。
「こっち来ないでよ!ストーカーかよ」
カフカは地面へと手を当てながらバックステップを踏む。
触れられた箇所の地面が形を変え、後続のダグラスたちに襲い掛かる。
「この洞窟動きずらいわね」
天井へ突き刺さった地柱を二人が砕いて、視界を広くする。
カフカは自分の腕に手を触れその形状を剣へと変えて、障害物を抜けて追撃してきたジュドの剣と打ち合った。剣同士がぶつかる拍子にもう一方の手でジュドの剣に触れ、剣身を草へと変えた。そしてそのまま草を両断してジュドへと斬りかかる。
(触れたものの形を変える能力…!)
ジュドは姿勢を低くし、向けられた剣を上へと蹴って軌道を変えた。
一瞬の隙にルシアが魔術を放つ。
「やるじゃん」
カフカの体がガラスのような鱗に覆われルシアの魔術を軽減する。
「オーロラスケイルリザードの鱗じゃ…!魔術が通りずらくなっとる!」
「モーリス!予備の剣を!!」
モーリスは浮遊させていた収納魔道具の中から長剣を取り出し、カフカから距離を取ったジュドへと投げる。
「条件はわからないが、敵は触れたものを変化させる能力だ!気をつけろ!」
ジュドは一行に呼びかける。
システィは斬魔刀を敵へ投げ、ダグラスが詰め寄る隙を作り、避けようとしたカフカの足元がモーリスにより石で固められる。
「めんどくさー」
背中に蝙蝠の羽を生やしたカフカか上空へと逃げる。
その瞬間、ジュドが空へと剣を投げカフカの羽を貫いた。
「いたっ!?」
ジュドは違和感を感じていた。触れれば形を変えることのできる能力だと思っていたが、魔術や魔力のこもった武器で攻撃した際は弾くか避けることしかしない。
「変えられないのか…?」
天井を変化させ再び障害物で辺りを動きにくくしたカフカは地面へと手を当てる。
(そろそろ気づかれたかなー、あたしの能力。一対五は流石にキツいよー)
(強い生物や物に形態を変化させても技だったり能力は半分しか引き出せないから、そもそも生態機能として色んな特性を持ってる魔物だったりしか大して使えないんだよねえ)
落ちている石を魔物の姿に変えて、ルシアとモーリスに狙いを定める。
「システィ!ルシアとモーリスを頼む!」
斬魔刀を持つシスティが後衛の二人の援護に入るために壁に刺さった大剣を抜いて、走り出す。
「ロックゴーレム、的な?」
続けて生み出された岩の魔物を模倣した岩人形がジュドとダグラスに向かってくる。
振り下ろされる重い一撃をダグラスが大斧で相殺し、ジュドが頭部のコアを切り裂く。
「マウントコアキマイラほどの硬度じゃない…!」
「…でも、これは耐えられるかな?」
ボロボロと崩れる岩の影から現れたカフカは至近距離からダグラスめがけて唱える。
「《薙ぎ払う暴風》…!」
ハーピィ・ロードを模した腕から風魔術が直撃し、強風に晒されたダグラスはルシアたちの方へ飛ばされる。
「モーリス、システィ!ジュドを援護してくれ!」
態勢の崩れた空中でダグラスは叫び、着地と同時にすぐさまカフカが鉄で拘束する。
「しばらくそこで大人しくしててよね、でっかい人」
「ダグラスさんの拘束は任せてください!三人は相手をお願いします」
ルシアが助けに走り、ジュドたちはカフカに集中する。
陣形が乱れ、全員が立て直すこの瞬間をカフカは作り出したかったのだ。
今ならいける、そう思ったカフカは両手を自身の顔に触れる。
「これ…疲れるからあんまりやりたくないんだけど…そろそろ終わらせたいよね」
ボコボコと音を立て顔や腰が変身していく。
それは徐々に肥大化していき、やがて全貌が明らかになる。
赤い鱗が皮膚から露出し、黒光りした二本の角と鋭い眼光がジュドたちを睨みつけた。
そう。その姿はまさにドラゴンそのものだった。
「あれは…インフェルノドレイク…!まずい!やつのブレスは魔術じゃ防げん…!」
拘束の解けたダグラス含めた前衛三人は武器で防御の態勢に入り、後衛の二人も各々最大級の火炎対策を講じる。
「《竜頭龍尾》!!」
次の瞬間、触れあがった竜の口から青白い炎が吐き出され、辺りは火の海と化した。
必死に炎から身を守る一行を薙ぎ払うかのように竜の尾が繰り出される。
それにより構えていた武器は弾かれ、火炎対策の防御魔術も意味をなさずに五人全員が吹き飛ばされてしまう。
◇ ◇ ◇
「クソッ…」
「ぐ…」
炎が一面を焼く中、ジュドは比較的に動ける状態だった。
火傷を負っているものの剣を握ることはできる。足も動いた。
ダグラス、ルシア、モーリスの三人もかろうじて動くことはできたが、先程までの俊敏さは失ってしまっている。
「システィさん…!」
ルシアが叫んだ方向を見ると、システィが倒れ込んでいた。
全員が致命傷を喰らった中で、特にシスティの怪我が酷い。
両手は火傷で腫れあがり、もう大剣を握れる状態ではなかった。
喉が焼けてしまったのか、虫の息の彼女にモーリスは治癒魔術をかける。
「どうする!ジュド坊!」
目の前の敵はまだ生きている。今はさっきの反動で動きはないが、動けるようになればまた襲って来るに違いない。
頭が真っ白になり、逃げるか戦うかを判断するのに手間取っていたジュドだったが、光が見えた。
それはフィオーネとの模擬線でも見ることのできた謎の光だったのだ。
「時間を稼ぐ。システィたちの治癒を任せた」
ジュドは剣を手に、よろけながら立ち上がる。
「よいしょっと。まだ体が痛い。やっぱ燃費悪いなぁこの切り札」
変身が解けたカフカも首を回しながらこちらへと近づいて来る。
「用意した〝呼び声〟も討たれたみたいだし、そろそろ目的を果たして帰らせてもらうねー」
煙が立ち込める中、封印を壊そうとするカフカにジュドが斬りかかった。
「ッ!!!うっそ!何でまだ動けんの!」
不意に煙の先から突進してきたジュドの剣がカフカを捉え、背中を斬り裂く。
「ここを通すわけには…いかない!」
鈍くなった体で剣を振るうと芯に痛みが走る。
大丈夫。まだ体は動く、動くのなら戦わなければ…。
ジュドは攻撃の手を緩めない。
―ガキンッ。
腕を変化させたカフカでも鈍ったジュドの剣技は容易に受け流すことができた。
「あんたが思ってるよりその体、ガタがきてるみたいだけど」
カフカはふっと笑う。
(さっきのは不意打ちだったから喰らっちゃったけど、動けるのはこいつ一人みたいだし。拘束して動けなくした方が早いかも)
次の一撃、次で弾いて拘束する。そう考えていたカフカに突如激痛が走る。
―斬られた?!
そう錯覚する程の鈍痛。目の前を見るがジュドの剣は確かに自分の腕と競り合っている状態だ。
(気のせい?今痛みが…)
ジュドの一撃を今度は弾く、確実に剣は宙に浮き、カフカはそれを確認した後に地面へと手を伸ばした。
次の瞬間。肩から腹部にかけて光は走る。
あまりの痛みに手をつけず、顔から地面へと倒れ込む。
「なに…これ…。わけわかんない…」
自身の体に目をやると、光る無数の傷が体を切り裂いていた。
起き上がるカフカにジュドは止めを刺しにかかる。
「よく…わかんないけど、避ければいいんでしょ…!」
避けたカフカは確かに両の眼で見た。斬られていないのに斬られる瞬間を。
―ゴボッ。
口から吐血し、地面にへたり込む。
(やばい。これ、殺されるの?あたし)
何が起きているかわからない中でジュドは踏み込む。
「これで…」
剣撃が当たる直前、カフカの背後から禍々しい気配を感じて攻撃が止まる。
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