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第一章 王国編
第三話「初依頼」
しおりを挟むいよいよ待ちに待った日が来た。そう、依頼を受ける日だ。
予定の時間よりも早く冒険者ギルドに到着したジュドは一人で座っていた。
「みんなは…まだ来てないか」
辺りを見渡すが仲間の姿はまだない。
昨夜は高まる気持ちであまり眠ることができなかったせいか気を抜くとあくびが出てしまう。
武器の手入れをし、時間を潰していると他の面々が続々と集まって来る。
「待たせたな」
ダグラスが初めに到着し、その後にシスティたちが一緒に到着する。
「四十分も待ってたの?!…随分と早いみたいだけど、昨日はちゃんと眠れたんでしょうね?」
少し眠そうなジュドを見て、システィは図星を突いてきた。
「あ…ま、まぁ少し寝付きが悪かっただけで…。支障はないから大丈夫だ」
図星を突かれたことで動揺したジュドは思わず誤魔化してしまう。
「はぁ…。そうやって油断して命を落とす冒険者もたくさんいるんだから、あんたも気を付けなさいよね」
そんなジュドを横目にシスティはため息をつく。
「みんな集まったみたいだし依頼を見に行くわよ」
ジュドたちは全員が集まったことを確認した後、一行は受付左手にあるボードの前へと移動した。
ボードには上から下までびっしりと依頼が張り出されており、それぞれに必要等級や難易度が記されている。
とてつもない依頼の数にも驚かされるが、この数を日々冒険者たちがこなしているというのが何よりも驚愕する事実だろう。
どおりで補助金や支援金といった整備が積極的に成されているわけだ。
「城跡にある洞窟の探索。スーベル湖にいるヒッポカンパスの討伐、失踪したペットの捜索…。この前軽く説明はされたが、依頼も色々な種類があるんだな」
ジュドは何枚かの依頼を手に取り、種類の多さに改めて感心していた。
「能力によって依頼の向き不向きがあるから色んな種類の依頼があるのよ。私たちは戦闘向けの能力だから討伐依頼がいいと思うわ」
「例えば…こういうやつか?」
ジュドは視界の先にあった討伐依頼を手に取って全員に見せる。
王国領平原に出現した呼び声の討伐〟。
依頼書には昨今各地の悩みの種である‶呼び声〟についての詳細が書かれていた。
「呼び声、最近よく聞くようになったわよね。元々生息自体は昔から確認されていたみたいだけど…急速に生息地域と数を拡大させているみたい」
それを聞いた後にボードを確認すると確かに呼び声の討伐依頼が至る所にある。
周りの冒険者たちも積極的に討伐へ向かっていたようだが、対処が追い付いていないようだった。
「この呼び声なら低位種だし、初陣としては問題なさそうね」
システィはモーリスに魔物について情報があるかを尋ねる。
「この呼び声だったらワシも一度戦ったことがある。これといって特筆すべき注意点も特にないから安心していいぞい」
「二人もこれで問題ないかしら?」
「私たちも異論はありません。とうとう初依頼ですね、頑張りましょう!」
モーリスに続いてルシアとダグラスも賛成した。
「これで決まりね」
ジュドは依頼を壁から外し、受付まで持っていく。
「こちらの依頼ですね、かしこまりました」
前回来た時とは違う受付嬢が依頼を受け取り、手続きを始める。
今回は落ち着いた対応で非常に助かる。
実は前にみたいに騒ぎを起こしてしまったらどうしようかと冷や冷やしていたのだ。
「王国領平原北での討伐依頼となります。平原の危険度に変更はありませんが、十分な準備をした上で依頼へ向かうよう、よろしくお願いいたします」
爺さんも初めて冒険に出る時はこんな気分だったのだろうか。
冒険譚を見る限り一人で旅をしているようだったが、何人だったとしてもこの高揚感は同じはずだ。
ジュドは鞄に手を当てる。
手続きを終えた一行と共に出口までついてきた受付嬢は、深々と頭を下げて一行を見送った。
◇ ◇ ◇
城下町で依頼に必要そうな道具を整えた一行は街の外門へと来ていた。
「俺とシスティ、ジュドの三人で敵の注意を買おう。モーリスとルシアは俺たちの援護を頼めるか?」
「わかりました。私とモーリスさんでみなさんの援護をします」
五人は昨夜酒場で話し合った戦闘においての各自の役割を再度確認する。
初めての依頼は、王国領平原にある街道を騒がせている〝呼び声〟の討伐。
様々な個体がいる呼び声だが、今回の敵はその中でも下位の個体である。
一行は街を出て目的地へと向かう。
「ところでみんなはどんな依頼を受けたことがあるんだ?」
目的地へ向かう途中、ジュドはシスティたちに尋ねる。
「私は王国近辺でブロブだったり、そこまで危険じゃない魔物の討伐依頼を引き受けていたわ。残念ながら等級的にも難しい依頼は受けることができないのよね、ダグラスとルシアも私と同じ感じじゃない?」
「はい、私もシスティさんと同じで討伐依頼が多かったです。魔術を使った補助依頼もありましたが、討伐依頼の方が報酬金も高いので」
「俺も同じだ。この体格を活かして戦うことが多いな」
戦闘系の能力を持った三人は討伐依頼を主に引き受けていたようだった。
討伐でなくとも肉体仕事の依頼であれば戦闘系の冒険者でも役に立つ、その点で言えば魔術は汎用性が高く、様々な依頼で活躍することができるだろう。
「ワシは呼び声の討伐に一度出向いたくらいで、他は人助けや建築の補助、戦闘以外の依頼を受けておったの。最も救助、補助依頼では〝建築適正〟や特化した能力を持った冒険者が優遇されておったがな」
「建築適正。まさに特化した能力だな」
「そうね。私も詳しくはないけど、天候に左右されない能力とかもあるみたい」
爺さんの冒険譚には〝この世界に存在する魔物以外の全ての生命は何かしらの能力を保有している〟と書かれていた。
見たことも聞いたこともないような能力がまだまだこの世界には存在しているだろう。
話をしていると、街道の先に小型の黒い魔物が見えてくる。
クラゲのようなブヨブヨとしたそれは黒々しい触手を自在に伸縮して宙を浮遊していた。
「モーリス、あれが依頼にあった呼び声か?」
「ああ、あの浮いている魔物が今回の標的じゃ」
モーリスは答える。
黒々とした身体には大きな目のようなものがついていた。
「あの目は敵意を感知する。いわばレーダーみたいなものじゃ。触手に麻痺毒が含まれておる。拘束されると厄介じゃから、みな気を付けてな」
モーリスの忠告を受け、一行は武器を手に戦闘態勢をとる。
対する呼び声も目前の敵意に気付き、こちらへと襲いかかってきた。
後衛の二人を守るようにジュド、システィ、ダグラスの三人が前へ飛び出す。
「空遊剣舞!!」
跳躍したジュドの予測不能の剣撃が容赦なく敵へ繰り出される。
剣技には、剣を鞘に入れたままカウンターを狙う〝抜剣派〟、技が豊富で対応能力に長けた〝王剣派〟剣撃の速さと手数で敵を圧倒する〝迅剣派〟があるが、ジュドはいずれにも当てはまらない。
システィは貴族で取り入れられている王剣派の剣技を使用しているが、ジュドの使用するものは剣技というには粗削りで、剣を学ぶ者に言わせれば邪道なのだ。
しかし、独学で編み出された剣技は型にはまらない読みづらさがあった。
呼び声が次々と斬り刻まれていく。
「ふんッ!!」
ダグラスの斧が呼び声ごと大地を割った。
足が届く位置を浮遊する呼び声をジュドとシスティが狩り、ダグラスは地面に接した呼び声に狙いを定める。
ダグラスは攻撃をしかけてきた敵の触手を素手で掴み、易々と切断した。
流石と称すべき戦闘技術の差にジュドは一瞬よそ見をしてしまう。
次の瞬間―。
「ッ!!」
突如、左腕に激痛が走る。
腕を見ると黒い触手が皮膚を突き破り、刺さっていた。
「よそ見とは随分余裕ねッ!!」
腕を突き刺していた背後の呼び声をシスティが一刀両断する。
ルシアと一緒に魔術で援護してくれていたモーリスが解毒の為に駆けつけてくれた。
「《拡散する飛針》」
魔力が鋭利な針へと変わり、ルシアの範囲魔術が残り少なくなった敵を一掃する。
「よし…。これで直に痺れは取れるじゃろう」
腫れた腕をモーリスが治療してくれた。
「痛そうですね…大丈夫ですか?」
敵を倒し終え、駆け付けたルシアが心配そうにこちらを見つめる。
「このくらいで済んで良かったわね、油断するからよ」
一時的に思うように動くことができないジュドに代わって、システィとダグラスは倒した呼び声から素材を取り、袋に包んだ。
一瞬の油断…。
低位の魔物だったから九死に一生を得ただけで、これが別の依頼なら命はなかったかもしれない。
ジュドは無事に依頼を達成して帰ることの難しさを身に染みて実感する。
「で…でも、依頼は達成できましたね!」
ルシアが少し落ち込むジュドにフォローを入れる。
「手を貸そう」
ダグラスが座っているジュドの手を取り、立ち上がらせた。
「みんな、ありがとう。街へ戻ろう」
ジュド個人としては手痛い経験となったが、パーティーとしては悪くない戦いだった。
もちろん仲間の助けもあっての依頼達成だ。
ポジティブにいこう。冒険はまだ始まったばかり。
次に活かすための経験を積んだ、ジュドはそう思うことにした。
一行は街に戻りギルドに討伐報告をするのであった。
◇ ◇ ◇
「今日もお疲れ様です!C級への昇格おめでとうございます」
初依頼を達成してから数週間、毎日着実に依頼をこなしたジュドたちはD級からC級に昇格し、より多くの依頼を受けることができるようになった。
C級に上がるまで基本は討伐依頼を行うことが多かったが、雨や雪の日は依頼難易度も上がってしまうため必然と王国内での運搬依頼や要人の護衛依頼など討伐以外の依頼を受けざるを得ない時も出て来る。
無理をせず自分たちにできることをコツコツと続ける。
何事も継続が大事だと学ばされる日々だった。
昇格後、初のC級依頼。
ジュドたちは依頼ボードの前で次の依頼について話していた。
「等級も上がったんだし、こういうのも行けるんじゃない?」
システィが提案してくる。
「アルナス大森林の特産品の採取、マーナガルムの討伐か」
普段は王国周辺での依頼が多かったが、今回の依頼場所は王国から少し離れた所にあるアルナス大森林と呼ばれる場所での依頼だった。
「D級は王国周辺が多かったのに比べて、C級からは少し離れた場所の依頼も増えてきたな」
「マーナガルムは非常に鼻が利く。香花草で臭いを誤魔化す事はできるが、森の特産品を採取しながら進むとなると戦闘は避けられんじゃろう」
「だからC級ってわけね」
集団で狩りをするマーナガルムはD級の魔物と比べても攻撃的で高い知能も持ち合わせているらしい。
数が多い場合はB級相当になることもある凶悪な魔物だという。
D級からC級に上がるための登竜門といっても過言ではないだろう。
「オレはこの依頼を受けてもいいと思ってるんだが、みんなはどう思う?」
残りの四人もそれを断るはずはなく、こくりと頷いた。
依頼を壁から取り、お馴染みのカウンターで手渡す。
「これで受注完了となります」
最近は毎日依頼をこなしていたこともあり、このやり取りにも慣れたものだ。
「アルナス大森林は少し離れた場所にある。移動には獣車を使った方がいいの」
「獣車…?」
聞き覚えのない言葉にジュドは‶?〟を浮かべる。
「ジュド坊も見たことはあるじゃろう。街の外で見かける荷台を引いた大きな獣じゃよ」
その言葉を聞いてハッと気が付く。
街の大通りや外の街道でよく見かけるあのでかい獣だ。
「あれ、獣車って名前があったのか」
「獣車っていうのは総称のようなもので、ライノプスは鉱食で人を襲うことはない穏やかなやつだ」
ダグラスとモーリスがジュドに獣車について説明する。
話を聞くと、〝ライノプス〟という魔物を移動手段として利用しているのはヴェルトリア王国特有の文化で、最近は他の国でも利用されるようになってきているようだ。
他の移動用魔物と比べてライノプスは総重量が多く、大量の荷物を持つことができる。
彼らは石を食べる鉱食で、餌にコストがかからないことも王国が重宝する理由の一つで、足が少し遅いのが難点だが、討伐依頼など荷物が多くなることが予想される依頼ではかなり重宝されているらしい。
獣車を取り扱っている店を来た一行は獣車を一頭借りる。
「あとは香花草ね。この角を曲がった先に薬屋なら置いてあると思うわ。そこで買いましょ」
切らしていた道具や必要な道具をいつものように揃えた一行は、外門をくぐり街の外へと出た。
「行こう。アルナス大森林に」
新たな等級、新たな土地。新たな敵を求めて、ジュドたちは足早に目的地へと獣車を走らせるのであった。
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