暗澹のオールド・ワン

ふじさき

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第一章 王国編

第一話「旅立ち」

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「気を付けてね」


 母は少し泣き出しそうな笑顔で声をかける。


「わかってる。行ってくるよ!」


 少年は十八歳になり、成人を迎えたのだ。
 この六年間、わが身一つで剣の腕を磨いてきた少年の剣の腕前は、祖父から引き継いだ能力ギフトのおかげでみるみるうちに上達し、引き締まった身体は王国までの道のりを易々と越えられるものへと成長していた。


「これが街の地図だ。一緒に入れておいた紙に冒険者ギルドの位置と手続きについて簡単に書き記しておいたから、困った時はこれを見なさい」


 麻の袋へジュドの父親は冒険に必要な道具を入れる。


「これは…」


 ジュドは父親が入れてくれた物の中に重みのある小袋が混ざっていることに気が付く。


「少ししかないが、これから必要になるだろう。持っていきなさい」


 ジュドは麻袋の口を絞り、肩へと担いだ。


「ありがとう。父さんと母さんも元気で」


 冒険者を目指している以上、危険は付き物だということをジュドは理解していた。
 もしかすると、親と話す最後の機会かもしれない。
 名残惜しさが残る中、両親は不安を感じさせないよう前向きな言葉を息子へとかける。


「父さ…、爺さんに会ったら、よろしく伝えておいてくれ」


 父親の後、母親が話し始める。


「ご飯はしっかり食べてね。それと毎日ちゃんと寝ること、もちろん怪我にも気をつけること。英雄色を好むというけれど、あまり手を出しすぎないように。それとそれと…」


「母さん。わかってるよ」


 息子の言葉に母親は言葉を止める。
 そして深呼吸し、口を開いた。


「仲間を大切にね。楽しんできて」


 目には涙が滲む。
 ジュドは二人と目を合わせた後、自分の夢へ歩みを進める。

 この十八年間はとても長いようで一瞬のことでもあった。
 住み慣れた村、両親と離れる悲しさがないと言えば嘘になる。
 だが、それと同じくらいの期待と好奇心が足を前へと進ませる。
 十八年間抱き続けた“冒険”という名の夢が今、幕を開けたのだ。


「…親父に似て、立派に育ったね」


 息子の背中が徐々に遠ざかっていく中、父親は言葉を零す。


「ええ、でも…やっぱりお父様と同じで、旅立ってしまうのね」


「大丈夫だよ、〝旋刃卿〟と呼ばれた人の孫だから」


 二人は旅立つ息子を静かに見送った。
 かつてこの村を出て冒険者になった男の面影を息子の背に感じながら。

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