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『黄金卿』編
第十六話 にかく
しおりを挟む「神技──『木蓮・秘術千都』!」
チャクラムが駆ける。左右から高速で進むそれを、手のひらの瞳で見つめる。
間合いを詰めるそれは、常人なら絶対に目で追えない。それを、平然と掴むあたり、さすがと言うべきか。
「黄金弾!」
指先に命力が集中する。その塊はまるで弾丸だ。それを、
「喰らうか?」
ラセツ目掛け撃った。その数は十発。
「私が止めます」
一歩前に出る『天下蒼天』を、彼は手で制止した。その意図に気付いたのか、彼は振り上げた右手を下ろした。
「……手出すな!」
声と同時に、弾丸が命中した。
「ほぅ。本当に喰らうとは」
脳天を擦り、ラセツを怯ませる。二発目の着弾地点は、右手だ。手のひらを打ち抜き、甲までの風穴を開ける。
「両手両足、脳、心臓、脇腹、両肺、首。重要な部位は撃ち抜いたつもりだが?」
全身から滲み出る血、痛みを受けて、ラセツは虚に空を見上げている。その表情には高揚が浮かんでいた。
「ああ、痛えな。撃たれるってのは。人らしい傷を負うのは、何年ぶりだろうな」
傷が癒える。空いた風穴が、まるで何事もなかったかの様に再生していったのだ。
調律師の再生力は確かに高い。
簡単な傷ぐらいなら1分も掛からず再生しきるだろう。だが、風穴は訳が違う。
肉、神経、骨、禊孔道、血管。
最低でもこれらを治さないといけない。
調律師だとしても、一時間は掛かる。
それを、もう完全に修復しかけていた。
「銃撃ですか。資料と違いますね」
そんな光景を不思議がることなく、彼は状況を分析していた。協会から配布されたデータとの剥離を埋めるために。
「そんなモンと実物を一緒にすんな。協会のデータが役に立った試しがない」
治している彼も大概ではある。痛みは引いたのか、『木蓮』のチャクラムを投げつけている。
「彼等を責めてやりなさんな。我との敵対は、即ち死だ。真実を知らぬのも、仕方あるまい」
「舐められてんじゃん」
横目に『天下蒼天』を見る。
彼は笑って、タバコを吐いた。月を蜃気楼にする煙は、むかむかと上にいく。
「うるさいですね。不満は上に言ってください。私は派遣です」
エルドラドは飛んできたチャクラムを掴み、次に投げ込まれたチャクラムに向け、破壊した。
それの繰り返しだ。
時間だけの過ぎていく消耗戦だった。
ただ、お互いに目的はあった。
(早く『黄金郷』を出せよ。このままじゃジリ貧だろ?)
(前回の傷を完治させる時間を稼がなければ)
着実。その着実のペースに進めるため、お互いは時間をかけていた。実際、ラセツ達にはアストラルがいる。
先に『黄金郷』を展開させて、命力を削っておく判断は正しい。
ただ、それは相手にペースを握られているのも同義。だから、彼は第二プランを作っていた。
「黄金律の化身!」
その瞬間、彼の身体を中心に巨大なゴーレムが出現した。その体に、チャクラムが命中する。だが、呆気なく砕かれた。
「へぇ、リップサービスか? 気前が良いじゃねえか」
「少し、ペースを上げるとしよう!」
エルドラドが飛ぶ。彼等は見上げた。
拳が迫る。その大きさに、乾いた笑いがこぼれた。
「おぉ……デカい」
彼らは勿論、近くの住宅街まで範囲に入っている。その直径は、およそ一キロメートル。勿論、飛ぶ前はそんな大きさではなかった。
「流石に出ます。被害が洒落にならないので」
彼はそう言って、両手を掲げた。
「理の盾」
その瞬間、拳と同じ大きさの盾が出現し、その一撃を受け止めた。
ゴーレムの着地と共に、『理の盾』は消える。
「凄えなそれ。神技だろ?」
「ええ。『理の盾』。私の唯一制約無しで使える神技です」
「神技は『飢餓』の専売特許だ。こうも使われると、バーゲンセールか何かと勘違いしそうになる」
神技は本来、調律師は使えない。
幾つかの条件を満たせば調律師でも使用可能にはなるが、その条件は余りにも厳しい。
「さぁて、そろそろ本気でやるぞ、レード」
「ええ。討伐目標『黄金卿』エルドラド」
二人は構える。黄金色のゴーレムの中から見ていた彼は、両手をパッと広げて笑った。
「さぁ、ウォーミングアップは終わった。ここからは情け不要の殺し合いだ!」
「はぁ!」
槍を振る。横一閃、飛び跳ねた水柱を切り裂く。その一撃を、僅かに躱したベリアルは笑う。そして、回し蹴りを打ち込んだ。
「ぐっ!」
(クリシュナが発動した上で、躱すか!)
一撃が重い。だが、ドーラ程ではない。
ガードした左腕が逝きそうになったが、まだ動かせる。その点で言えば、彼女より随分と優しい。
「グハハハハハハ!! まだまだまだまだァァァ!!」
水面を走るベリアル。その姿はまさしくアメンボだ。それとも忍者と言うべきか。
ローラースケートの様に自由自在に走り回り、アストラルに体術戦を仕掛ける。
「ドォォォォォォォォンンンン!!」
「舐め……るなぁ!」
一撃を受けた上で、カウンターを狙う。
力任せに振るう槍は、微かにベリアルの服を裂いて空を斬る。
斬られた彼はニィ、と笑い、拳に命力を込める。その形、正しく神技。
『まずい。一旦潜れ!』
エディアに引っ張られる形で、彼女は川に潜り込んだ。体に纏わせていた球体を酸素ボンベにして、奥へと沈む。
(何……すんの!?)
『時期にわかる』
すると、バン! と爆発が起きた。
その爆発に注視するアストラル。
その瞬間、エディアが動き出した。
「ほぉ? 機械の分際で、俺の攻撃を受けるか」
彼女をボールの様に包み、ベリアルの拳を僅かに逸らした。
その勢いのまま、球体は彼女の足に纏わりつき、命力を込める。意図に察した彼女も、全身全霊を右足に込めた。
『貴様を我は知っている』
エディアの声。
「だぁぁぁ!!」
その身体に思いっきり打ち込んだ。
水上に飛び上がるベリアル。
悪魔の翼を生やし、鳥のように浮いている。
「俺はオマエを知らん。人違いだ」
『……正確に言えば、肉体だ』
「肉体だと?」
興味を引かれたのか、彼は薄ら笑いを浮かべている。胸に描かれた魔法陣は、激しく脈を打つ。
『製作者が入れたデータにな。その緋の眼、特徴的な大剣。胸の紋様は知らんが、それ以外完全に一致している』
「……」
アストラルは、息を整えていた。
エディアの時間稼ぎが役立っている。
彼女の潜水時間は約一時間。
ぶっ続けで戦い続けて息の持つ限界地点だ。だが、それは万全状態でのこと。
(肺が……!)
ドーラにやられた傷は、まだ完治していない。万全を10とすれば、今の彼女のコンディションは3。
今の彼女が戦えている。それだけで奇跡なのだ。限界スレスレ。
『だがな、我は疑問を抱いている。仮にそれが真実だとして、何故我らに拳を向ける?』
「さぁなさぁなぁ!! そんな事はどうでもいい! 血湧き肉躍る戦い。それが俺たちの生きる意味だ!」
はぐらかし、命力の刃を飛ばす。
無言で弾くエディアに、バタバタと翼を靡かせた。
『守護者の異名が泣くぞ! 我が父の古き盟友よ!』
「……は!」
その光景に、アストラルは目を見開いた。
「ハハハハハハハハハハハハ!!」
高らかに大笑いするベリアル。
空を見上げ、両手を広げ。その姿、正しく悪魔。まごう事なき、災厄の存在だ。
「ピルグリム、ピルグリム、ピルグリム」
かと思えば、首を下に振り、右手で抱えている。やはり、笑っていた。
「ククク……! ガーネットの言霊は、やはり間違っていなかったか!」
『答えよ。守護者──ファウスト!』
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