セフィロト

讃岐うどん

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『黄金卿』編

第十三話 新たな乱入者

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「嗤う人の呻き声。赤く染まった霧に、立ち昇る火薬の香り」
 彼女は夜空をなじった。冬の星を代表する大三角形。シリウスから始まり、プロキオンを通り、ペテルギウスで終わった。
 目視で言えば、人差し指と中指で挟める距離だ。でも、実際はもっともっと遠いのだろう。
「赤い銃口は美しく、喰らうアナタに儚い終焉おわりを届けよう」
 彼女の居る山は、彼岸山山頂。
 先日、ラセツと黄金卿が激突した場所だった。そこには法外とも呼べる命力の残滓がある。それを喰わんとする飢餓で溢れかえっていた。
 幸いな事に前々から閉鎖されていて民間人は誰もその光景を目撃していない。
 目撃されていれば、その瞬間に今は終わってしまう。
 どちらにとっても、遭遇しないことは望ましかった。
「久遠の夜は神樹の朝日に塗りつぶされる。そうして、世界は新しきを迎える」
 並の調律師なら絶句し、何も知らぬ人間なら発狂するその光景を見て、彼女は笑っていた。
 首が無く胴に顔がある者や、旧約聖書に登場する悪魔を模した羊。
 多種多様な地獄を、彼女は平然と指先でなじった。
「10。20。100。うーん、聖龍死骸都市ロンドンに比べたら少ないとは言え、流石に多いなー。これ処理するの大変」
 まるで他人事のように喋る彼女。
 彼女の背中に現れる、無数の魔術式。
 その数は一体当たり10。
「嗤う金切り声に、謳う極光の明輪。真紅の怒りを、緑木は赦すだろう」
 その瞬間、雷鳴が鳴り響く。
 その色は、
 極音を鳴らし、無数の飢餓を殲滅した。
「始まりを謳うあの声は、高らかにキミたちを迎え入れるだろう」
 消滅する飢餓の足場、無惨に喰われていた植物が赤い雷に撃たれ、完全に枯れ果てた。
 黒色の円から小さな湯気が昇る。
 湯気はいつしか霧となりて彼女を隠す。
 蒸発する血が混じり、透明な霧は赤く染まった。まるで蜃気楼のようになる彼女は、ただ嗤う。笑いて、ただ街の方を見やった。
「『』に従い、我が神命を果たすとしよう」
 よっ、と崖から飛び降りた。
 ビル10階以上はある高さから躊躇無く着地する。何かクッションがあった訳じゃない。生身の身体でだ。
「さぁ、調律師。さぁ、黄金卿。さぁ、人間。私が来た。千里の果てからの客人を如何にしてもてなすか?」


 その異様な光景を1人、遠くから眺めていた。無意識に彼女も気づいていた。
 彼の存在を。
「……チ」
 舌打ちをし、蹄を翻す。
 揺れるフードの内側から、目つきの悪い顔が覗いていた。右眼には、
「噂には聞いていたが、まさか実在しているとはな」
 眼帯を外し、フードを取る。
 その眼は、異常だった。
 眼の色……瞳孔と強膜の色が反転していた。
 黒は白に。白は黒に。
赤い罰レッドバレット
 聞いた名を口ずさみ、長袖を捲る。
親父オヤジ異能チカラに頼らなくちゃいけなくなるとはな」
 眼を中心に、青い紋様が浮かび上がった。その紋様は段々と下へ下へと伸びる。
 右手に達した時、彼は、
地を鎮める我が権能リゼア・イカレ・トスラカトリア
 呟き、地面に手を叩きつけた。
 その瞬間、紋様が地面に広がった。
 正確な範囲は定かではない。ただ少なくとも、彼岸市全体は網羅している。
 アリの巣の様に、血管の様に張り巡らされたそれを出した彼はゆったりとへたり込んだ。
「は、ぐ、はぁ」
 見れば、右眼が出血していた。ジワリと漏れ出る血を指先で舐め、その指先を噛む。
 指先の皮が破れ、そこからも血が漏れ出した。その血も、まとめて飲み込む。
「せめて……どれかの決着が着くまでは保てよ」
 自分に言い聞かせ、
 止まった血は地面に敷かれた紋様に触れ、一体となる。色は変わらない。海にインク一滴を入れても変わらないように。



 その変化に気付いた者が居た。
 まず1人、眠ろうとベッドに横になっていた秀。
「何だ? お!?」
 眼を瞑った瞬間、頭痛がした。寝れない。そう思ったので、換気しようと窓を開ける。そして、見た。
「何だコレ!?」
 形容し難いモノ。地面に張り巡らされた青い紋様だった。
 ただ、この正体についてある程度の察しがついた。
(間違いないよな。だ!)
 まずい。そう思いリビングへと走った。
 テレビをつける。ニュースになっていてもおかしくはない。いや、ならないとおかしい。
「な……」
 テレビはいつも通りの番組だった。つまらないバラエティが流れていた。まるで何事も無かったかの様に。
(まさか……気付いてない?)
 そう思って、外へ飛び出した。この状況を知っている者を探さなければ。
(誰でもいい、起きてろ! 誰でもいい、教えてくれ!)
 希望とも呼べぬ感情ものを抱いて走る。けれど、外には誰もいなかった。
(くそ!)
 現時刻は深夜0時。丁度、日付が変わった辺り。住宅街をふらついてる者など、存在しないのだ。
(繁華街の方に出るか? いや……流石に遠すぎる。かと言って自転車を使おうにも……)
 パンクしていた。何者かは知らぬが、秀が不在の間にタイヤに穴を開けられていた。
 その不届者を本気で恨む。次会ったら殴る。
 そう決意して、足を止めた。
(……公園)
 そこは、いつかの公園だった。
 アストラルと『飢餓』の戦闘の終結場。仮面の飢餓と出逢った因縁の場所だ。
 そこに一つ。雑草をむしるモノが居た。
 ソイツは遠目で観れば人。だが、実際は、
「グルルァァァァァァァァァ!!」
「『飢餓』!」
 顔のあるところに腹を持ち、腹のある場所に顔のある怪物だ。
 気付いたのか、喰うのをやめ、秀目掛け突進していた。その速度は猛獣に匹敵する。
「はや……おぉ!」
 唾液がかかったものの、躱せた。前転のままベンチの裏まで移動する。
(やろ。ばっか速い! それに……うっわ)
 さっきまで雑草を喰っていた足場が抉れていた。いくら砂とは言え、あんな芸当は不可能だ。
「喰……ワ……ロ!!」
 戦闘は論外だ。死ぬ。殺される。
 ハイエナに匹敵する速度でダンプカーが突っ込んでくる。
(アストラルが居れば……いや、たらればは言うな!)
 木の隙間から敵を見る。あの『飢餓』は公園の中心で咆哮を上げていた。
「グルルァァァァァァ!!」
 見逃す気は無い。捕食者は獲物を逃すわけない。
「こんなので、行けるのか?」
 拾った丸太は、かなり丈夫そうだ。人間相手なら充分だろうが、よりにもよって相手は『飢餓』。
(ぜってームリだ! でも、やるしかねぇ! もしアレが他の人を襲ったら、オレの所為だ。オレが殺したことになる。それだけは、それだけは……!)
 走る。無謀なのは解っていた。勝てないっても。
(これで人が死ぬのは、もっと嫌だ!)
 丸太を振りかざす。『飢餓』が気づく。だけど、遅い。この間合い、アイツがどれだけ速く動こうが丸太の打撃の方が先だ。
「はぁぁあ!!」
 
 俺は無意識に眼を瞑っていた。
 だから、この音が何の音なのか、解らなかった。と言うか、解りたくなかった。
 一秒も無かった。次に眼を開けたら、もう眼は閉じれない。
 覚悟を決め、眼を開けた。
「がぁぁ!」
 その瞬間、右の脇腹に激痛が走った。
 目線を下にやれば、やつの足がめり込んでいる。丸太は、折れていた。
「ごぐ!」
 喰われなかっただけ奇跡だ。
 蹴りで弾き飛ばされた。
 けれど、立ち上がれない。動けない。
 関係無く、飢餓は動く。ゆっくり、ゆっくり。獲物を追い詰める捕食者ハンターは、ニヤリと涎を垂らす。
(折れてる! どの骨が逝った!? どの臓器が逝った!? 頼む動け! 一秒で良いから!)
 すがる様に、手を震わせる。
 喰われる。喰われる。喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる喰われる!!
 恐怖で動けない。痛みで動けない。
 嫌だ。死ぬ? ──死なせない。
 まだ、死にたくない。──死ねない。
「……ッァ」
 喉が動く。奴が来る。大きな口に、大きな牙。ぐちゃぐちゃにされる。ブチって潰される。
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
 だから、叫べ。
 ありったけで、希望を叫べ!
 オマエはまだ、死なないと!!
!!」

 その瞬間まで、俺は眼を瞑った。
 簡単な話、怖くて直視できなかったのだ。
 視界が口の中で埋め尽くされるのが最期なんて、絶対にイヤだ。

「ごめんね。待たせちゃって」
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