セフィロト

讃岐うどん

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『黄金卿』編

第九話 偽りと平和

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 昔、誰かが言いました。
『世界の果ては、どこにある?』
 果て。又の名を、理想郷。
 世界のどこかに存在し、誰も知らぬ、誰もが望む希望の場所。
彼奴等きゃつらは皆、口を揃えてこう言う、「理想郷は深淵アビスだ」と』
 実際、その答えは間違ってはいない。
 この世の裏側。ねじれの終着点。
 未だ解明しきれていない其処は、確かに隠れ場として優秀だろう。
 人間は勿論のこと、調律師ですら相当の事が無いと訪れぬ魔境。
 ここ数年前に現れた『天衣無法』や、クレイを除けば、自分たちの敵はここには居ない。
 なれば、それは理想郷と言っても良いだろう。
『だが、私はそうは思わぬ』
 ですが、その誰かは否定しました。
 幾千の月日を過ごした誰かは、違う、と明確に口にしたのです。
『この世界に、理想郷など、果てなど、存在しない』
『或るのは殺戮と復讐。永遠に続く、弔い合戦の上で造られた仮初の平和に過ぎぬ。其に希望など、存在しない』
 なれば、と、問うてみたのです。
 
。それこそ、その結末こそ、理想郷と呼ばれるモノだ』
 大願。
 誰かは言い切り、ニィ、と不気味に笑った。
『永久機関が成し得れなかったこと、その真価を』
 最強最悪の危機「永久機関」。
 その昔、世界そのものを変革しよう。
 『神』に反旗を翻し、永きに渡る激闘の末、敗れた怪物だ。
『我々はできる。主が望んだ結末を、希望の未来を、この手に掴むことが』



「おはよー」
 アレから、更に一週間が経過した。
 この一週間、特筆すべき事は起こらず、とても平和な日常が繰り返されていた。
 未だ、イスカトルの言ったことが耳に残っている。
『黄金卿には手を出すな』
 その意味を理解できていない。
 黄金卿とは何なのか?
 何故彼は、俺に警告したのか?
 謎がナゾを呼ぶ。
 考えれば考えるほど、真相はより遠くへ離れていく。
 それに、ナゾはそれだけじゃ無い。
『仮面の男を見た?』
 槍の女を撤退させた、白い仮面の男。
 あの女よりも禍々しい命力のクセして、随分と心地よかった。
 幻影とも取れるユラユラと定まらない姿。
 敵か味方か。
 正直なところ、黄金卿とやらよりも危険度が高い。
「よ! 遅かったなぁ秀」
 思い悩んでいると、声が聞こえた。
 ぼんやりとした幻想が、くっきりとした現実に塗り替えられていった。
 和也の声に続く様に、実瑠の声が聞こえる。
「珍しいね遅刻って」
 そうだ。
 俺は遅刻した。
 理由は寝坊。言い訳の仕様がない寝坊だ。
 現在時刻は午後2時。
「何だろうな。疲れてる訳じゃないのに、めちゃくちゃ眠いんだよな」
 今日に限って早帰りだ。
 と言っても、いつもより1時間早い程度だが。
「分かる。でもさぁ、流石に寝過ぎじゃね?」
「言うて……いや、寝過ぎか」
 学校までは約1時間。
 用意する時間は訳15分。
 うちの学校は8時半までに登校すれば良い訳だ。つまり、最高7時半まで床に着ける。
「10時寝って、言ってたよなぁ? 起きたの何時だ?」
「正午ぴったり。14時間だ」
「……よく起きなかったな」
「ホントだよ」
 和也は乾いた笑いと共に、トントンと机を叩いた。
 席に座り、背筋をうんと伸ばす。
 指先から疲れが取り除かれていくのを感じた。
「オマエ、大して疲れてないだろ」
「いやいや。14時間も寝るってことはだな? 相当疲れてたってことだからな?」
 言い訳と言う名の弁明を繰り返す。
 呆れ果てた2人はただ、うんうんと頷き、ノートに何かを書いていた。
「まぁ、いいか。これ以上、問い詰める理由もねぇしな」
 目を合わせず、和也は言い放った。
 秀はカバンから筆箱を取り出し、中身を取り出しながら言う。
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
「……ふふ」
 実瑠は微笑み、ただ天井に手を翳した。
 当然、届かない。でも、その姿はどこか美しさを感じた。
「ほら、これ」
「ノート?」
 差し出されたノートを開くと、そこには綺麗にまとめられたページ。
「受けてなかった分」
「マジか。ありがとう」
「どうもー」
 ノートを受け取って、引き出しに入れる。
「さて、やるかぁ」




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
 月の空の下、彼女は息を荒げていた。
 夜はまだ始まったばっかり。
 カラスも泣き止み、オオカミが自由の咆哮をあげている。
 廃病院の一室から、悲鳴が鳴り響く。
 横たわり、己のお腹を揺する。包帯を巻いた箇所に手が触れると、
「!」
 激痛が迸り、また、
「痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い!!」
 声を荒げ、のたうち回る。
 骨折は既に完治した。
 だが、未だ痛みは続いている。
 彼女の傷は、これまで受けたものとは一線を画すモノだった。
 ドーラの神技『骸なる狂気クルカイ』は、発動地点を中心とした範囲の命力を術者に集める、といった能力だが、その集めた命力がかなり特殊なのだ。
 その力は、一言で言い表すのなら、だ。
「あ、……が……ぐぁ!」
 命力、と一概に言っても、様々な種類が存在する。
 黒曜石が如く、全てを切り裂く性質、刃物はもの
 岩盤のように、何も通さぬ防御性質、高壁こうへき
 霊薬のように、全てを癒す治癒性質、湯楽とうらく
 例を挙げていけばきりがない程、の性質は多岐にわたる。
「が、ァァァァァァァァァ!!」
『刃物』は多くの飢餓、調律師が戦闘用に使用している。
 その状況、その者によって、柔軟に変化させていた。
 数ある性質の中、1番危険度が高いのが、だ。
「ッッッッッッッ!!」
『毒』は性質の中ではマイナーな方であり、そも、その性質が存在する事を知らぬ者も居るほどだ。
 その性質は、
「ァァァァァァ!」
 
 何が凶悪か?
 命力の暴走は、被害者の名力が多ければ多いほど強くダメージを受ける。
 彼女の命力は、並の調律師20人分だ。
 然りて、『毒』によるダメージも常人の20倍だ。
 凶悪性。その一点は、全ての属性を超えていた。
『湯楽』ですら『毒』は回復できない。
『毒』による永続破壊スリップダメージは防ぐことができないのだ。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
 一週間以上苦しみ続けれているのも、当然だと言える。
 その痛みはやまぬ事を知らぬ。
 永遠に彼女の肉体を破壊し続けるのだ。
『アストラル、アストラル、聞けるか?』
 ベッドの下から、黒い球体『エディア』が話しかけてきた。
 エディアはスライムの様な形で、ゆっくりと這いずり周り、彼女に近づく。
 悶え苦しむ彼女は、ゆらりとエディアに振り向き、目を思いっきり瞑った。
(やはり……『毒』のスリップダメージが)
 目は無い。顔も無い彼に、もし顔があったとすれば、彼は目を細めただろう。
 歯を食いしばり、目を開けるアストラル。
「ナ……二?」
 ゆっくりと深呼吸をするアストラルに、彼は口を開いた。
『先程、十分前に、
 連絡。
 その言葉が意味することを、彼女は知っていた。
(まさか…………が?)
 それは、最も恐れていたこと。
 下手をせずとも、痛みよりも彼女の精神を潰すことのできる可能性だ。
『いいか? 送られてきた宣告メールを、そのまま読み上げる。ちゃんと聞くこと』
「……」
(嫌だ。嫌だ)
 読み上げるより前、彼女は絶望した。
 だが、その絶望感はものの数秒で打ち砕かれた。
 新たな希望となりて、諦めを塗り潰す、新たなる可能性となりて。
『この街に、1調その者と協力し、『黄金卿』を討て』
「新たな、調?」
 疑問は、次の読み上げで終わる。
『称号を、『天下蒼天ウェルザルド』と申す者也』
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