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『黄金卿』編
第八話 羅針盤の針はどこを指す?
しおりを挟む「狂気からよく逃れた。よく生き延びた。死を目の当たりにして、己では無く調律師を庇うとは」
誰だ、なんて言葉は要らない。
俺はコイツを知っている。
火傷の具現化。茶色く焼かれた皮膚。
久遠に燃える焔。
「イスカトル!」
よりにもよって、奴が。
「何をしに……つか、何でココに!?」
家がバレてる? 不味い。
今はアストラルが居ない。そもそもあの後どうなったのか知らない。
「公園での戦を観ていた。それ以上理由が欲しいか?」
「……いや。納得はいかないし認めたくも無いけど……事実だしなぁ」
椅子から立ち上がり、睨む。
濃い褐色の男は、中年男性のような顔付きだ。その目は初対面の時の様な殺意を感じない。
「で、何しに来た?」
「その問答に意味があるかは不明だ。だが、強いて言えば、確認だ」
「確認?」
イスカトルは頷き、椅子に腰掛けた。
「勝手に座るなよ」
「済まないが、少しばかり疲れている」
「……そうかよ」
下手に追求できない。
咄嗟に言ってしまったが、本来なら絶対やっちゃいけない事だ。
ヤツの神経を逆撫でしてみろ。
俺の首が飛ぶ。
「コーヒーはあるか? ブラックがいい。砂糖は入れるな」
「……俺作り方知らない」
「……機械はあるか? 貸せ」
彼はそう言うと、台所にそそくさと入り込んだ。よく良く見れば、アイツ靴を脱いでいる。
(数日前殺そうとした相手に対して、何とも律儀だな)
心臓の鼓動を感じつつ、イスカトルの動きを監視する。
「パックはある様だな。お湯沸かすぞ」
「んな律儀に言わなくてもいい!」
「そうか。では」
ピー!
給湯器の音が鳴り響き、湯気が立った。
コップに注ぎ、棒で混ぜ込む。
コーヒー独特の匂いが鼻を通る。
(苦手だ)
あまり風味が好きでは無い。
ぶっちゃけ嫌いだ。
『──てのニュースです』
テレビは相変わらず平凡なニュースを流している。飽き飽きして、リモコンに手を伸ばす。
「あ? 反応しない?」
何度ポチポチとボタンを押しても、一向に反応しなかった。
電池切れか? そう思い、後ろ蓋を外した。
(いや、そんなわけ無い。先週取り替えたばっかりだぞ? 普通数年は持つだろ)
乾電池はあった。
だけど、電力が尽きてたらしい。
これではチャンネルを変えられない。
「さて、脱線したが本題に入ろう」
ズズズ! とコーヒーを啜るイスカトル。
その姿は優雅で、貴族の様だった。それだけで絵になる。
「で? 確認って何だよ」
「公園での戦闘時、誰が戦った?」
「誰って言われても、誰が誰か判らない」
「特徴だけで良い。全て吐け」
その目は神妙で、恐怖すら覚えた。
嘘は許されぬ。焦ることは無い。
事実だけを口にしろ。
「えっと……槍の女と、仮面の男」
「! キサマ……奴が見えたのか!?」
ドン!
机を叩かれた。勢いそのまま彼は立つ。
「う、うん」
「奴はキサマを庇ったな?」
俺は頷いた。
庇った。あれはその表現で正解な筈だ。
ワザワザ彼女の槍を弾き、俺たちの前にたった。
「キサマ、一体何者だ?」
「何者って、何だよ」
彼は黙り込んだ。
俺も返答に困り、黙り込んだ。
長い、長い沈黙だったと思う。
カチ、カチ。
時計の針は進む。いつもは刹那に感じる秒針が、とても長く、重かった。
先に口を割ったのは、どっちだっけ。
「コーヒーの代だ。二つまで質問に答えてやる」
「質問って、何でも?」
「無論」
質問か。
何にしよう。
っても、答えはすぐに決まった。
「アストラルは、どうなった?」
「守護者の子か。
現在地は把握していないが、キサマが仮面に気絶させられた後、目を覚まして何処かへ向かったぞ」
「!」
良かった。生きていた。
生きててくれた。
重荷から解放された様な感覚だ。
嬉しさを鼓動に捩じ込み、もう一つの質問を考え始める。
「他にはあるか?」
「……オマエは、いつからこの町に居た?」
聞いて、彼は目を見開いた。
驚いたのかは知らない。どう思ったのかは興味がない。
「人が文明を築き上げるより前、とでも。いつ頃、具体的には知らん」
「そうか。ありがとう」
聞いて、彼は立ち上がった。
背中を向け、一歩を踏み出している。
「……最後に一つ、忠告だ」
「?」
リビングのドアノブに触れ、彼は呟く。
「黄金卿には手を出すな。彼女にでも伝えておけ」
「……黄金、卿?」
言葉の意味を理解するまも無く、陽炎は虚空に燃え尽きてしまった。
1人、部屋に残されて、天井を見上げる。
「……訳がわからんな」
──3日後。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
「……ッァア!」
彼岸町から東に約5キロ。
森林の奥に、小さな廃病院があった。
20年前に廃業したそこは、ヨリ院。
今では有名な心霊スポットとして、度胸試しをする若者の屯場となっていた。
『止血は済んだ。肉も再生に入っている。痛むか?』
「……っが」
3階建ての病院の一室に、彼女は居た。
埃の被ったベッドを赤く染め、手元に置いた無数の手術道具を自身に刺していた。
無論、麻酔など無い。
「痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
その反応は、当たり前のものだった。
「痛い痛い!」
布団をギュッと握りしめる。
ベッドをバンバン、と殴りつけ、痛みを押し付ける。
『……』
エディアはただ、この光景を見守ることしかできなかった。
彼にできる事は既に終わった。
傷口の補修に、折れ切った骨の補助。
(ドーラに受けたダメージが、ここまでとは……)
動けない。
「……ッ。ふぅ、ふぅ、ふぅ」
『少し、落ち着いたか?』
「な、なんと、か」
(……かなり不味いな)
全身複雑骨折。首から上の骨は比較的ダメージが少ないものの、ところどろこヒビが入っている。
オマケに両腕の破壊。
肉も同じ様なものだった。
神経が残っているだけ、まだマシなのだろうか。判断はつかない。最早、判断する必要すらない。
(済まない、ウェルズヒドラ)
──同時刻
「久しぶりだねぇ、天衣ぃ」
「息災そうだな。師匠」
深淵に彼らは居た。
歪み果てた世界の一塊は、小さな小屋へと作り替えられていた。
3年ぶりの再会だ。
「見ないうちに随分と成長しちゃってさぁ」
「3年も経ったんだ。ボクだってもう17になる」
「17かぁ。時間の流れは早いねえ」
椅子らしき物に座り、青年を見つめる夜衣。
同じく正面に座るは、天衣無法。
初めて会った時に比べ、背は高く、肉付きが良くなった天衣に対し、初めの時から1ミリたりとも変化していない夜衣。
「老人か? まだボケる歳じゃ無いだろう。無いよな?」
「無いよ。まだ万歳だ。ボケる歳はまだまだ」
「はは。それは良かった……師匠、前の時よりも強くなった?」
「お? 分かった?」
「なんとなくな。ぶっちゃけ、ボクからしたら師匠の命力多すぎて誤差みたいな物だけどね」
再会を祝いつつ、彼らは話していた。
深淵は時間の流れすら曖昧だ。
人によって、場所によって、その流れは変化する。
「それで? 何も用が無い訳じゃ無いんだろ?」
「まぁね~。ソロボチ本題に入ろっか」
スイッチが切り替わった。
緩い目は、キリッとした瞳に。
「『永久機関』の封印神殿の場所を調べて欲しい」
「『永久機関』ってアレか? 数万年前の」
「そうだ。場所は10ヶ所。深淵の性質上、現在地が不明なの」
「だから、捜索ってこと?」
「うん。正解」
「あれ?」
話していくうち、彼は違和感に気づく。
数が合わない。
「11ヶ所じゃ無くて?」
昔彼女が話した神話。
史上最強最悪の飢餓『永久機関』の話だ。
その話では、『永久機関』を11個の力に分け、深淵に封印した。
なれば、封印の確認は11の筈だ。
何故、彼女は10で良いと言ったのか。
「それがさ、十数年前に何者かが『知識』の封印を破壊してさ」
「それ、かなり不味い事なんじゃ!?」
「んー。そうではあるんだけどね。現実問題、一つ解放しただけじゃ何にもならならないんだよねー」
割とどうでも良さそうに夜衣は告げる。
「ま、頼んだよ」
「ああ、分かった」
そう言って、彼は小屋を飛び出して行った。
(さて、私は私で……)
後を追う様に彼女も小屋から出る。
軽い運動をし、奥を睨む。
(やることやらなくちゃね)
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