セフィロト

讃岐うどん

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『黄金卿』編

第三話 すくって

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「また明日」
 その光景を、ある一体が見ていた。
 男は白い仮面を被っており、ローブとマントで身体を隠している。
 月明かりすら、彼を映さない。
 まるで、こべりついたシミのように。
 焼きついた影のように。
 男は見ていた。
 彼が『久遠の狭間』に襲撃される所を。
 彼がアストラルに助けられた所を。
 全て、全て見ていた。
 どちらの手助けをするわけでも無く、どちらの妨害をするわけでも無く、ただ静観していた。



「あー疲っかれたぁ」
 そう言い出したのは、死んだ目をした秀。
 金曜日も7限目。これさえ乗り切れば土日。最後の関門だ。
(何で高校は7時間なんだよ! 6時間ですらキツいのに!)
 疲労困憊の身体を机に這わせる。
 いつもはロングホームルームがある。
 だが、今日に限って自習だ。
 担任が持病で休んだからである。
 慢性的貧血。持病と言っていいかは怪しいが、とにかく体調を崩しやすい。
「てかお前、大して自習してないだろ」
「いやいや、暇潰すのだって辛いんだぞ?」
 やる事がない。モチベーションが無い。
 英語? 数学? 国語?
 知ったことか。どうせテストは取れる。
「そんなんだからいつも赤点スレスレなんでしょー」
「大体、ウチ赤点高すぎるんだよ! 何だよ40点て。高専じゃねぇんだぞ」
「「それはそう」」
 和也と実瑠は声を合わせていった。
 窓側奥端。ある意味最強の席だ。
 クラスの人数は35人。
 4人1班だ。
 秀、和也、実瑠、朱花しゅか
 朱花は少し前まで普通に登校していたが、最近はめっきり見なくなった。
 彼女は秀の隣の席で、秀は窓。
 つまりは隣がいなかった。
「つってもなぁ、内容自体はそこまでだろ? 特別難しいわけでも無いし」
「数学Aとか何言ってるのか分からん」
「それはお前の問題だバカ」
 キーンコーンカンコーン。
 そうしている内に、チャイムが鳴る。
 他愛もない時間は終わった。
 夜の喧騒が嘘の様な、夢の時間。
「えー、わかっているとは思うが、もうすぐテストだ。テストが終われば秋休み。テストまで残り2週間、気を引き締めていけよー」
 副担任の話が終わり、皆、各々の道を行こうとしていた。
 ある者は部活動に。ある者は家に。
 ある者はショッピングに。
 様々である。
 秀はというと、
「悪い、今日早く帰るわ」
 そう言って、そそくさと帰っていった。
 彼の脳裏に浮かぶ、昨日の記憶。
 それに恐怖を覚え、早く帰りたくなったのだ。
「じゃあな、また」
「おう!」
「じゃぁねー」


 夜は10時。
 ある公園のブランコは揺れていた。
 ギィ、ギィ、と。その上に、1人の少女が乗っていた。ただ、漕いではいない。
 座って、誰かを待っていた。
 街灯に照らされ、影とのコントラストがさらに美しく感じさせる。
「やぁ、遅かったじゃんか」
 気づいたのか、彼女は手を振った。
「いや、集合時間も集合場所も伝えてくれなかったじゃんか」
 呆れつつ、言い返す。
「……じゃあ、まず基礎の勉強だ」
(無視か……)
 はぁ、と小さくため息を出す。
 いいやと思い、切り替えた。
「まず『飢餓』について。一応聞くけど、何か知識は?」
「無いよ。昨日初めて知ったわけだし」
「そう。『飢餓』は一言で言えば、無駄だ」
 無駄。彼女はそう言い切ると、ブランコを漕ぎ始めた。
「星が命を生み出す時、どうやって作り出すと思う?」
「分からない」
「だろうね。正解は質量を捏ねて形と魂を造る、だ」
「質量を? 捏ねて? 形と魂?」
 何が何なのかさっぱり。
 顔に出ていたのか、彼女は疑問についての答えを提示してくれた。
「質量はそのまま。学校で習ったでしょう? 捏ねて、は。粘土をイメージして。質量を粘土とすると分かりやすいかな?」
「あー、あ? うん?」
 理解できるような、できないような。
 ギリギリのラインの例えだ。
「いや、見せた方が早いか」
 そう呟き、
「とう」
 大きく揺れるブランコから、飛び降りた。
 スタっと着地し、木の枝を拾う。
 ギュッと握り、それを掌に乗せた。
「見てて」
「うん」
 刹那、枝が燃え尽きた。
「!?」
 それは、炎だった。
 青色? 赤色? 黄色? どれでもない。
 虹でもない、彩を持たぬ色が、熱をぶつけたのだ。
「分かった? 炎の元が質量。炎が質量の応用……『捏ねる』だね」
「昨日のあれも、同じ原理なのか?」
「そ。分かってきたね」
 焔を肌で感じたのだ。死を感じたのだ。
 忘れたくとも忘れられない。
「で、この質量は『命力めいりょく』って呼ばれてる。割とそのままの意味」
「『命力』……」
「その命力の応用が、さっきの」
「……」
 命力。そんなのがあったのか。
 初めての事実に驚きつつも耳を傾ける。
「命力の応用が『神技じんぎ』。必殺技みたいなものだね」
「昨日のあれも……」
「そう。イスカトル昨日のやつの神技だ」
 焔の円。
 焼け野原を思わせるアレは陽炎男の神技。
「ゲームのRPGに例えよう。命力はMP。神技はMPを消費する技だ。
 まぁ、ゲームと違う点があるとすれば、命力が無くなれば死ぬって事かな?」
「はぁ!?」
 例えと共に明かされるエゲツナイ事実。
 いや、字面から何となく察せてはいたけど。
 それでも言われるのは違う。
「アンタは、使えるのか?」
「一応ね。あーでも、普通の人間は使えないよ」
「何でだ?」
『神技とは、「飢餓」特有の性質だ。バグである者だからこそ使えるのだ』
(また謎の声)
 声の先は、ポケットからだろう。
 太く低い声は彼女の代わりに説明してくれた。
「まぁ、使えないとは言ったけど、使えない訳じゃない」
「は?」
 一文で矛盾するな。
「条件があるの。大まかに2つ。寿
 寿命と継承。
 寿命は、よく言われる寿命の事だろう。
 だが、継承とは?
「飢餓は神技を他者に渡す事ができる。渡す本人の同意があればね。
 渡される側に拒否権は無い」
「つまり?」
「飢餓を脅して神技を奪えば、使える」
「極論すぎないか!?」
 彼女はゆらりと歩き、今度は階段を登る。
 頂上まで行って、すーっと滑る。
「滑り台も結構楽しいね」
「……」
 絶句した。
 能天気。それ以外に言い表せない。
 そんな姿と昨日の姿が重なって、疑問が浮かび上がった。
「なぁ、何で飢餓は人を襲うんだ?」
「生きるため」
「生きるためって、そんな理由で? そんな理由だけで?」
「人間だって同じだよ。生きるために何かを喰べる。お腹が空いたから喰べる。それと同じだよ」
 雑草をむしり、焔で燃やす。
 焼き尽くされる命。
「飢餓は産まれが特殊な以上、常に飢えている。寿命もとても短い。下手したら蝉よりも短命なんじゃ無い?」
「……」
「でも、だからこそ、かな。彼らは喰ったモノの寿命をそのまま自分のものにできる」
「な……」
「例えばキミを喰ったとしたら、最低でも40年の寿命は得れる。40年だ。魅力的だろう?」
「……分からないや」
「それでいいよ。解ってしまったら、戻れなくなる」
 重い、静寂だった。
 時間にして5分もなかったと思う。
 でも、体感はそれの何百倍も長かった。
 気まずい? いいや。
 秋だというのに蝉が鳴いていた。
 みーんみーん、と。やかましい。
 でも、そのやかましさが愛おしい。
 悠久とも思える無言の中、彼女が口を開く。
「続きはまた明日にしよっか。あんまり長すぎても、覚えられないでしょ?」
「あ……ああ。そうしよう」
「うん。じゃあね、また明日、同じ時間ここで」
「ああ。また明日」
 手を振って、彼女を送り出す。
 1人、残された。誰もいない公園。
 一人ぼっちでベンチに腰掛ける。
 疲れた。
 チカチカと街灯が音を立てた。
 長く伸びた影。身長の倍以上はある。
「あ?」
 
 自分は動いていない。1人でに。
 咄嗟に後ろを振り向く。
(誰も……いない?)
 安心と恐怖が同時に襲いかかる。
(長居は不味い?)
 早く帰ろう。
 そう思って、走り出した。




 さぁ、我が主よ。
 さぁ、我が命よ。
 此処は暗く。此処は重く。
 光すら逃げれぬ虚数の世界。
 ゼロへと至る、終焉の咎。
「千年ぶりだ。千年貴様を探し求めた」
 我が使命は此処に。
 幾千の時の果て。極東へ。
「さぁ、殺し合おう!」

 彼女はただ槍を振う。
 斬る。斬る。斬る。斬る。
 狂気の果てよりその名は付けられた。
 飢餓は、人は、調律師は、彼女を呼ぶ。

拒む者カルガルム』 と。
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