セフィロト

讃岐うどん

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『黄金卿』編

第二話 アストラル

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守護者ピルグリムの子……!」
 彼女の後ろ姿は凛々しかった。
 獅子を思わせる安心感を覚える。
「初めましてだね、『久遠の狭間くおんのはざま』イスカトル」
 イスカトル。
 それが、彼の名前だ。
 彼女は槍を振り払い、切先をイスカトルに向ける。
「まさか、極東に来て早々人喰いの瞬間に出くわすとは思わなかったよ」
「それは、こちらもだ。まさか、キサマが日本に訪れるとは」
 2人の話していることに理解ができない。
 何を言っているのかさっぱりだ。
「円陽を解け。そうしたら、今は見逃してあげる」
「それこそ無理な話だ。調律師」
 そう言うと、彼は炎弾を繰り出した。
 同時、彼女が跳んだ。
 ドン!
 地面が抉れ、破片が飛び散る。
 飛び散った破片は炎に呑まれ、消えた。
「はぁ!」
 飛びかかる炎弾を弾き、斬る。
 イスカトルは特段焦る様子もなく、新たな炎弾を彼女目掛け投げる。
 斬る。投げる。斬る。投げる。
 その繰り返し。
 だが、着実に間合いは縮まっていた。
(イスカトルの神技は……)
 神技。
『飢餓』のみ使える異能の力。
 種類は無限。『飢餓』の数だけ神技がある。
 神技は命力を使う。命力は彼らの寿命に直結する。命力切れ、即ち死となる。
(こうも簡単に炎弾を弾くか。少し、手法を変えなければ)
 このペースでいけば、あと15秒もなく近接戦に入るだろう。
 近接戦になれば、彼に勝ち目はなくなる。
「トスカ・ソイカ・レザスティック」
 ぶつぶつと呟いた。
 すると、
「!?」
 炎弾が、爆発した。
 バン!
 不意の轟音に、咄嗟に耳を塞ぐ。
 音と共に放出された光に、彼女は怯んだ。
 だけど、タダでは終わらない。
「はぁ!」
 槍を伸ばし、振り払った。
 槍はイスカトルの頬を裂く。
 掠り、鮮血が飛び散った。
「コチラとしては、これ以上無駄な小競り合いをしたくない。撤退を推奨する」
 更に飛び上がるイスカトル。
(指先が、黒く?)
 深淵の様に、ブラックホールの様に。
 呑み込まれそうなそれを、
「避けるなよ?」
 指先から、銃が如くアストラルに向け撃ち込んだ。
 命力の弾丸は音速を超え、ソニックブームを引き起こす。
 命力の応用技『結留ドン』だ。
 空間を裂き、槍と衝突した。
「ッ! 舐めるな!」
 弾き、炎弾と同じ結末を迎えさせた。
 睨むアストラル。蔑むイスカトル。
 両者、刹那の硬直を迎えていた。
「ッ!?」
 槍を持っていた指先が、結留と同じく黒く染まっていた。
 視認と同時、
(何? 力が)
 咄嗟に槍を突き刺さす。
 何とか倒れることなく敵を睨む。
『よりにもよって、葬楽そうらくか』
 槍の声、エディアが答えた。
「……チッ」
 彼もまた、追撃を出来なかった。
 理由は単純。
(痺れが……)
 彼女の槍は、『飢餓』に対しての毒となる。
 血、肉、骨、命力。
 どれかに触れると発動する特殊能力。
 言わば、武器の『神技』だ。
 掠った一撃。
「噂には聞いていた。だが、実際の実力は噂以上だ」
「あっそう、ありがと」
 槍を構え、拳を構え。
 少し治れば二撃目を打ち込む。
 刹那の殺気が辺りを支配した。
(……逃げなきゃ)
 そう秀は思った。
 だけど、逃げ場はどこにも無い。
 帰路は失った。前に進む以外、地獄を歩む以外、未来は無くなった。
(……俺の為に、見ず知らずの誰かが闘ってくれてる)
 今も彼女は槍を振るう。
 繰り出される焔を弾き、元凶を討つ。
「が」
 元凶は強い。イスカトルと言ったか。
 人智を超えた力を以って、彼女を迎えている。
 間合いを詰めた彼女を、
「ふぅ……」
 全身全霊の体術で追い詰めていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 イスカトルは本気だろう。
 一挙手一投足に無駄は無く。
 確実に急所を狙って打っている。
「はぁ!」
「ふん!」
 これで10度目。
 炎円が勢いを増す。
 暑い、熱い。
 汗が滲む。手に力が入る。
(俺に何ができる?)
 彼女の為に、動きたい。
 でも、非力だ。イスカトルに襲われたのを現在進行形で助けられているのだ。
(くそ……)
 下手に動けばそれこそ足手纏いだ。
 思った。思って、空を見上げた。
 その時だ。

「……チッ」
 振り上げた拳が、中で止まった。
 振り下ろした槍が、眼前で止まった。
「膠着状態。今の私なら、このまま押し切れる」
「だから何だ? それは脅しか?」
 殺気は変えず、言葉だけを交わす。
「違う、交渉だ。炎円を解き、中の人間を解放しろ」
「そうすれば見逃す、か?」
 続いた言葉に、こく、と頷いた。
「今回は、ね。次は無い」
「本気で言っているのか?」
 調律師としては、正気を疑う発言だ。
 人喰いの『飢餓』を見逃すなど、あってはならぬ行動だ。
「……良いだろう」
 指先に籠った命力が散布する。
 拳は突き出したままだが、敵意を撤回した。
 敵意の消失を確認して、槍を球体に戻す。
 後ろに振り向いたイスカトル。
「ひとつ、聞いておきたいことがある」
「何だ?」
 首だけを後ろに、少女の声に耳を傾ける。
 次の彼女の言葉に、一瞬目を見開いた。
「『』は、どこにいる?」
「……知らん。我が他の『飢餓』に興味が無いのは知っているだろう」
 言って、焔は夜に溶けた。
 ハナからそうであったかの様に。
 秀を囲った焔も燃え尽き、元の住宅街へと姿を戻す。
「ふぅ。流石に……強かったなぁ」
『アレで全力では無い、とはな。久遠を冠するだけはある』
 ゆらりと地面に座り込むアストラル。
 槍……黒い球体を落とし、空を見上げた。
 思いっきり息を吸う。そして吐く。
「あの……」
「ん。あぁキミ、大丈夫?」
 よ、と立ち上がった。
 さっきまでの姿が嘘だったかの様だ。
 獅子の女は、見た目相応の少女に戻った。
 少女の声では無い、第三者の声が鳴る。
『まさか、イスカトルに狙われるとはな。災難であったな、少年』
「誰?」
 ごもっともな質問に、彼?は答える。
『正義のヒーローだ。生憎、悪人も助けるがな』
 少し野太い声。何者かは分からぬが、彼女の味方である事は確かだった。
「下手に喋らない方がいいんじゃないの?」
『イスカトルの神技を受けたのだ。今更の事よ』
「それもそっか」
 少女はトコトコと秀に近づく。
「キミ、名前は?」
「周防 秀。アンタは?」
「アストラル。キミを護った恩人だ」

 アストラル。
 少女はそう名乗った。
 白い肌に、金髪金眼。
 美しく、凛々しい。
 そんな印象だった。

「さて、キミは『飢餓』を知った。助けられたとは言え『飢餓』から生き残った。生き残ってしまった」
『本来ならば記憶を消去するか、存在そのものを消す──その二択だ』
 いきなり物騒な事を言い出した。
 だけど、その目は本気だ。名前を言った時の様な慈愛じゃない。真剣な、大人の目だ。
「存在を消す……って、一体……」
「そのままだよ。今風に言うのなら、かな?」
「……!」
 聞き間違いを疑った。
 今、確かに、この少女は殺すと言った。
 言い切った。
「けどまぁ、私はそんなの望んで無い。キマリは結局、本人の判断に委ねられる訳だし」
「……」
 固唾をのみ、彼女の言葉を待つ。
 無意識に引いた一歩。気づけば、尻餅を付いていた。
「そこで二択だ。ルールに従い、ここで死ぬか、
「協力?」
 考えもしなかった新たな選択肢。
「そう、協力。この町に巣喰らう『飢餓』を討つ為に、協力して?」
「俺に、何ができる?」
 もとより、これがあるのなら、選択肢は決まっていた。
 せめて、助けてくれた分を取り返したい。
「解らない。人間は『飢餓』に比べてとても弱い。でも……」
「でも?」
 静寂。先は言われず、目を合わせてくれなくなった。
 無言で手を差し伸べられる。
 意図がわからず、ただ掴む。
「うぅん。何でも無い。暫くこの町に滞在するから、
「ああ、また明日」
 それだけを言って、彼女は消えていった。
 と言うより、どこかへ飛び去った。
 屋根から屋根を越え、その先へ。
 月明かりの刺す方へ、ただ進んだ。

「ん? また明日?」
 冷静に考えれば、おかしかった。
「まぁいいや……疲れた」
 今日は、いろいろなことがあった。
 アドレナリンが無くなった今、疲労はどっぷりと彼を襲う。
 疲労は眠気に変換され、瞼を重くする。
「知らね、考えたくも無い」

 思って、寝た。
 また明日、日常が来ると信じて。
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