セフィロト

讃岐うどん

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『黄金卿』編

第一話 『飢餓』

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──10年後。

それは、正午だった。

「いや! 来ないで!」
女性の叫び。
ロシアはシベリア。
ソ連時代において開拓の進んだ地。
だが、開拓は果てまで終わることはなく、ソ連の崩壊と共に中止された。
「悪いな、オラァ今腹減ってんだ」
猛吹雪の最中、地図にも乗らぬ集落で、事件は起きていた。
村長?の家は他より少し大きい。
と言っても、部屋が1、2個多いというレベルだ。
リビングには象徴である白のカーペット。
カーペットはシミひとつなく、念入りに手入れされていた。
だが、
「やめて! やめてやめてやめてやめて!」
「るさいなぁ!」
そんなカーペットは、朱く染まってしまった。
それは、『飢餓』による捕食。
「お、オマエが悪いんだぞ! 腹減ってるのに、きたからぁ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
人型の『飢餓』は口を大きくあける。
顎が外れたかの様。女性の頭なんて簡単に丸呑みにできる。
涎をボドボドと垂らし、口を近づける。
「いただきまーす!」
恐怖で目を瞑る。
今から死ぬ?
いやだ。何で? 私、何もしてないよ。
どうして? どうして? どうして?
「いや……!」
絶対的な死。ドクドクと鼓動が聞こえる。
激しく、恐れて。
「……え?」
10秒。20秒。
喰われることはなかった。
理由は分からない。目を開けれない。
怖い。何が起こってるの?
「神技──『絶創・クリシュナ』!」
誰かの声。女の子の声だ。
あんな怪物じゃ無い。
べちゃ、と顔に何かがかかった。
「みがぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「……?」
瞼の先で、何が起こっているの?
気になった。気になっては、止められない。
彼女はゆっくりと目を開けた。
「……え?」
その光景に、彼女は固まった。
怪物の胸が、鋭い槍で貫かれていたのだ。
「……あんまり図に載るなよ、ヨルザ」
ヨルザと呼ばれた怪物は、貫かれた部分を中心に、
「許さないから」
彼の身体は、バラバラに裂かれた。
朽り、落ちていく破片の中、怪物の後ろが見えた。
そこには、
「生き残ってる?」
少女が居た。
黄金の髪に、黄金の瞳。長く伸ばした髪は後ろに靡いていた。
「……あな、たは?」
「ん、あー。しがない救世主だよ」
彼女は死体をゴソゴソと漁り、小さな玉を取り出す。
その玉は綺麗な赤色で、ビー玉程の大きさだ。
それを、躊躇無く呑み込む。
「やっぱ不味いかぁ……」
不満を漏らした。
彼女は槍を持ち、
「戻っていいよ、エディア」
小さく呟く。
すると、槍は1秒も経たないうちに小さな球体となった。
『逆に、1人だけ生きている方が辛いのでは無いか?』
「そこは……私に言われても困るよ。『飢餓』に喰われたら、どうしようもないし」
球体からの声に、少女が反論する。
異様な光景。腰を抜かした女性は大きく呼吸し、少女に尋ねる。
「貴女は、一体何者なの?」
「だから、しがない救世主……あーいや」
言葉を中断し、改めて女性を見つめ直した。

「アストラル。正義のヒーローだよ」

アストラル。
そう名乗った少女は、有無を言わさず飛び去った。
1人、残された女性は呆気に取られている。
(何なの……)
「ッ!?」
極限下の緊張が解れ、眠気が襲いかかった。彼女は抵抗できず、そのまま眠ってしまった。





──1週間後、同時刻、日本


しゅうさぁ、オマエ何してんの?」
「ん、絵書いてる」
「絵って、これがか?」
秀。
そう呼ばれた少年は昼休みを満喫していた。数少ない友達である和也かずやに見守られつつ、ペンを握っている。
「何この化け物。脳みそ? キショいなぁ」
「分かんない。ただ、頭に浮かんだのそのまま書いただけだから」
弁当片手に絵を批評する和也。
秀は絵から目を離さず、彼の批評に答えた。
「それに、何だよこれ」
ノートのページを捲る。
すると、そこには仮面を被った男の絵が。
「分かんない。これも、アレと同じなんだ」
仮面の模様は禍々しく、とてもこの世のものとは思えなかった。
「へー秀くん、そんなの書いてたんだー」
「なんか文句あるか? 実瑠みる
横槍で覗く、実瑠と呼ばれた少女。
ニヤニヤとしながら秀を見ている。
「いや? 文句無いよ。ただ、意外だなーって」
「意外、ねぇ」
喧嘩腰に対応する秀に対し、実瑠は、
「結構書いてるじゃん」
「あ!」
するり、とノートを取り、ページを捲った。ペリペリと何ページも過去に戻る。

首が二つあるカカシ。
羽の生えた悪魔。
所謂厨二病というやつだ。
「いいね、特にこの絵が好きかな」
「あー、それ?」
彼女が見せたのは、だ。
彼の絵にしては珍しく、背景まで描かれている。
背景は、巨大な木の幹だ。
シャープペンシルの力加減だけで再現されたそれは、どこか生命を感じられる。
「右側の子、かっこよくない?」
「右側……ああ、そっちか」
右側の子は、整った髪を後ろに靡かせていた。左手はツルの様なもので覆われている。
「俺は、左だな」
黙っていた和也が口を開いた。
「俺もどちらかと言えば左だね」
左の少年。
自身の背丈程の大剣を持っている。右側の子とは対照的に髪は荒ぶっていた。
「確かにそっちもいいね!」
「だろ?」

そうやって、楽しい時間は過ぎていく。
どこか退廃的で、退屈な時間が愛おしい。
口には出さず、表情にも出さず。


でも、そんな時間は、
「は?」
今日で、終わった。
ホームルームも終わり、それぞれの帰路に着く。部活動には所属していないため、いつも早く帰れた。
だけど、今日は違った。
和也と共に外食をした。ラーメンを食べた。お陰で、いつもよりも遅くなった。
そのせいで、そのせいで。
「何だ……何なんだよ! オマエは!?」
彼の意識を支配する焔。
黒い、黒い焔に包まれた、男。
だが、どこかで見覚えがあった。
(あれ……何だ?)
「──見つけた」
男は宙に浮いていた。
焔は秀の周りを囲む。
逃げ場は無くなった。
「漸く、鍵が揃う」
「鍵? いったい何を言って……ッ!?」
ブォン!
炎弾を刹那で躱す。
ただ、その一撃には殺気が篭っていない。
彼にとっては、お試し程度だろう。
(今のが当たったら……)
確実に、焼け死ぬ。
運が良ければ火傷で済む。
固唾を呑み込み、死に向かって叫んだ。
「……何なんだよ!」
焔の背中に展開される無数の炎弾。
10、20、30。
倍々に増えていく死。
救いがあるとすれば、時間が時間のおかげで、彼以外の被害者がいないことである。
「悉くを斬ろう。悉くを焼こう」
終焉の言葉に、秀は無意識で一歩引いた。
逃げ場はないというのに。無駄なことだった。
「神技──『創世の刻かみはここに』!」
男の言葉。
「アッツ!」
それがトリガーとなり、焔はより強くなった。中はサウナみたいだ。というよりは、鍋の中の水だ。
蒸し暑い。
(死ぬ……?)
死、スレスレの状態になると、人間の反応は大きく分けて二つ。
ひとつは死を理解し、受け入れるタイプ。
もうひとつは死を否定し、抗うタイプ。
秀は前者だった。
(嫌だ)
そう思っても、身体は動かない。
(嫌だ)
そう思っても、指一本動かない。
(嫌だ)
そう思っても、目すら動かない。
(嫌だ)
そう思っても、そう思っても。
(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)
身体は、少したりともいうことを聞いてくれない。
「死にたく、無い!」
その恐怖が背中を押した。
喉を刺激し、叫ばせた。
それがトリガーとなったのだろう。
「我は、深淵アビスに至れる」
炎弾は、彼目掛け飛ぶ。
「嫌だ!」
叫び、目を瞑った。
その時だった。
「はぁ!」
カン!
届いたのか。否、そんなわけない。
ここには誰も訪れない。
人間は。

「……え?」

少女。
焔で靡いた金髪に、槍。

守護者ピルグリムの子!」
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