セフィロト

讃岐うどん

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出会い

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「ウォォォォォォォ!!」
 それは、怪物の咆哮。常人なら1秒もたたず鼓膜が破れるだろう。
「お腹……空いた……」
 だが、そんな轟音の中を突き進む、1人の少年が居た。5歳児程度だろうか。
 ぼろぼろのパーカーらしきモノを見に纏った、黒髪の子供だ。
 幼き少年は腹部を揺すり、身振り手振りで空腹をアピールしていた。
「ウォォォォォォォ!!」
「ドラゴン……ドラゴンかぁ……」
 ドラゴンと呼ばれた怪物は10メートルの身長を持つ。4本腕に、ムカデの様な無数の脚。それに加えて、巨大で鋭い赤い牙。
「ウォォォォォォォ!!」
「いっかぁ! お腹、空いたぁ!」
 ズドン!
 振り下ろされたドラゴンの拳。
 轟音と共に出現したクレーターは、威力を示していた。
「ウォォォォォォォ!!」
 再度、咆哮がなった。
 勝利を手にした歓喜の声だ。


「だから、お腹空いたって!」
 だが、それは虚像の勝利だった。




 アメリカはシリコンバレー、ある一介のコーヒーショップで、2人が話をしていた。
「いいか? 夜衣よるい。お主の任務は」
「わかってますよ。深淵アビスに居る人間の調査でしょ」
 うんざりした様に話を遮った、夜衣と呼ばれた女。青紫色の髪を伸ばし、茶色のローブを着ていた。
「うむ。紋衣もんいによれば、彼奴は中層『レギオン』に生息しておる」
 もう1人は杖を地面に突き刺し、コーヒーを啜っている老人だ。
 ヨボヨボの皮膚に、ポツポツと生えた白髪。
「生息って一応、人間なんでしょ?」
「そこが、お主の調査内容だ。本当に人間かどうか、世界にとって害であるか、判断をしろ」
「害はないって判断すれば、好きにしていいんだっけ?」
 湯気の切れたコーヒーを啜り、目を細める。
「ああ。殺すにしろ生かすにしろ喰らうにしろ、その是非は問わぬ」
「喰いませんよ。私を何だと思ってるんですか……」
 呆れつつ、背もたれに寄った。
「人間に害がないだけの『飢餓きが』。それ以上でもそれ以下でもないわい」
「文句は色彩にでも言ってくださーい。少なくとも天の衣こっちは喰ってませーんだ」
 言って、夜衣は立ち上がった。
「お代は払ってよ? 私、あんまり手持ち無いから」
「……これで7度目、まぁ良かろう。だが、任務はしかと果たせよ」
「無論です、博衣はくい。では、また数年後」
「うむ。期待しておるぞ、夜衣」
 カランカラン。
 出入り口の鐘が鳴り、彼女は店から退出した。
 1人、残された老人はただ、何をする訳でもなく空を見上げている。
「メフィストよ。お主は今、何処におるのだ」
 誰に言う訳でも、誰が聞いた訳でも無い、ただの独り言。



 ──2時間後


「虚空は隣に、希望は刹に。復元せしは、久遠の神格。開け、無辜の門よ」
 ぐぐぐ。
 夜衣の言葉は世界を歪め、正面の空間を破壊した。
 月明かりの下、ラジオ体操をする。
「イッチ、ニー、サン、シー」
 5度のジャンプの後、準備ができたのか割れた空間の前に立った。
「さて、行きますか!」
 トン。
 散歩でもするかのように、虚空へと入り込んだ。
「はは、ここに人いるってマジ?」
 地面に降り立った時、初めに出た言葉がそれだった。

 深淵アビスは主に3層に分けられている。
 第一層『キレイム』
 第二層『レギオン』
 第三層『ラストレ』
 奥に行けば行くほど、深く堕ちれば落ちるほど、歪みは大きくなる。


(重力が強い……)
 地上の倍以上はある。
 押しつぶされそうだ。
「その上、足場は飛ばないと届かない、か」
 足場は足場として機能していない。
 一歩先は奈落。底は見えず、ボロボロと岩の破片が落ちていっていた。
「流石に、使うか」
 とん、とん。
(何なのこれ?)
 一度地面から足を離せば、重力は軽くなる。地球というよりは、月の方が近い。
「ッ!?」
 刹那、一閃が彼女の頬を裂いた。
 身体を振らし、致命傷を躱す。
「よぉ! オマエ、美味そうだなぁ!」
 ズドン!
 上空から着地した大男。見上げても見上げ切れない大きさを前に彼女は、
「悪いけど、君には興味ないんだ」
 怯む事なく、
「空節」
 拳を叩き込んだ。
 ふくよかな腹に、衝撃波が走る。
 だが、
「ふは。オマエ弱いな!」
 傷はつかず、ダメージは無いように見える。
「好きに言ってなよ。最後の言葉ぐらいは自由にするといい」
「は?」
 刹那、大男の腹が文字通り抉れた。
 朱と共に勢いよく飛び出た内蔵。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 死が先か、夜衣は無言で奥へと走り出す。
(中層までは残り10キロ)
 このまま行けば、5分もかからない。
 天井を走る。滑り、なじるように。滑空に近かった。
(思ってたより『飢餓』の数が少ない……キレイムなら、もう少し多くてもおかしく無いぞ)
 奈落を飛び越え、欠落の先をゆく。
 彼女は人間では無い。
 フォルムは人間。だが、その内は、人を模した廃棄物『飢餓』。
 生命が誕生する時、ある一定の質量が使われる。粘土の様にコね、千切り、形を整える。そうして生まれるのが、人間を筆頭にした生き物だ。
「───────────!!」
「咆哮!」
 構成する上で使われなかった部位は本来なら、廃棄されず、さりとて2度と使われることはない。
 だが、はそれを良しとしなかった。
 その結果、
「ドラゴンに……はぁ? 子供ぉ?」
 無駄によって産まれた歪んだ命、それが『飢餓』。
 彼女は固唾を飲んだ。
(『飢餓』じゃない。まさか……本当に?)
 ドラゴン。彼の実力は現世でも有名だ。
 どんな一撃にも耐えうる鱗に、絶対的な一撃の大爪。
 レギオンだけで言ったら、10本指には入るだろう。
「……何なの、これ」
 本来なら、戦闘にすらならぬ、一方的な殺戮だ。だが、
「たり……ない」
 彼女が目撃したのは、その逆。
 少年が、ドラゴンを捕食していた。
 鉄より硬い鱗にも構わず、大爪で身体中を裂かれても構わず。
「───────────!!」
 ただひたすらに、喰っていた。
 それは人の食事というより、獣の捕食だ。
 栄養を満たす為じゃない。
 ただ、腹を満たす為、本能の前、欲望のまま、ただ喰らっている。
(あれが、調査対象)
 少し離れたところで光景を見ていた彼女は幼年との距離を計り直し、
(警戒に越したことはない、か)
 その力の片鱗を、身体の流れに乗せた。
 すぅ、と深呼吸をし、話しかける。
「やぁ、そこの君」
「? ボク?」
 幼年はキョロキョロと辺りを見渡した。
 10秒ぐらい経って、漸く夜衣と目が合う。
 赤い液体が、口から溢れていた。
「そうそう。君だ」
 質問に頷き、とん、と跳んだ。
 岩盤を渡り、竜の死体の下へ。
(改めて見ると……ちっちゃいなぁ)
 良くて、下半身ぐらいの大きさ。
 彼女自身、そのまで身長が高い訳ではない。それでも、小柄だと感じた。
「だれ?」
 当然の言葉に、「あー」、と目を逸らす。
「んーとね、私は夜衣。呼び方は何でも良いよ」
「よる、い。あなたは、何者なの?」
 今度は目を逸らさず、はっきりとその眼差しを受けた。
(……正直には言えないし、そもそもどうするかあやふやだし。でも、質問には答えないと……)
 熟考し、答えを捻り出す。
「君を助ける神さま、かな?」
「神、さま」
「そう、神さまだ!」
 純粋無垢。幼年の第一印象はそれだった。
 善悪は無く、ただ本能に従う獣。
 育ち次第で悪にでも善にでもなれる。
(なら、私が育てれば……もしかしたら)
 苦笑とともに、彼女は手を差し出した。
「君、名前は?」
 幼年は手を握り、立ち上がった。
「無い。ボクが誰なのかも、知らない」
 首を横に振り、ごくん、と竜を飲み込んだ。
「なら、私が名前を付けよう」
 夜衣は屈み、幼年と目線を合わせ、言う。

「君は、天衣てんい。天衣無法だ!」


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