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ダボンナ王国独立編 ~リーズ・ナブルの馬事《まこと》騒ぎ~

決勝戦 その4 side ベン

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 ふらつき、ボヤける視界のせいで周りの様子が分からない危険な状態だが、俺は中々そこから回復できなかった。何とも凄い蹴りだったなと、まるで他人事のように思う自分がいることに何故か笑えてくる。
 さて、相手さんを待たせておくのも申し訳ねぇ。さっさと立ち上がるとしますかね。
 ちょっとずつ、白けていた視界が回復していく。
 体の方もどうにか動いてくれそうで、少しずつ四肢に力が戻っていく。ずりずりと情けねぇ限りだが、どうにかこうにか。
 多少ふらつきが押さえられていないが、それでも二本の足で立つ。
 
「……悪いな、待たせて」
「……」
 
 ああ、まだ黙りか。
 いい加減、台詞の一つでも聞きたいもんだが。だがまあ、所在なさげに長剣を眺めてんのはいい気味ってな具合だね。
 もう武器とは呼べなくなったそれにまじまじと眺めているジョンに向かって、どうやったかを説明してやる。
 
「よかったぜ……色々やらせてもらったが……あんたの武器を奪えたんなら上手く行ったと、言えるからな」
 
 俺も武器なんぞこれ一本以外になくしちまったが、それも勝利のためなら惜しくはねぇ。それも含めて対策の一部だからな。
 
「あんたに勝つには、って考えた。こいつはあんたが負かしたケインって奴より難しいことだ。何をやってどう攻めれば、とかが実力が離れすぎててどうにもならん。俺も作戦だとか対策だとか言ってるが、考える頭のあるあんた相手にどこまで通用する確証もなかったからよ」
 
 だからまず、目に見えて分かり易い弱点を突かせてもらった訳だ。
 
「まず始めに足を狙った。あんたの体力を削るのもそうだが、あんたに俺の攻撃を印象着ける役割もあった」
 
 対策第一弾「格下」は、次の対策全ての布石だった。
 奇抜な行動をするってこと前提とした戦いをするっていうこと、俺はこいつに見せつけた。
 
「第二弾じゃあもっと奇抜だったろ。ちょいと参考にしてる奴がいてな、効果の程はこの目で確かめてるからこれは驚いたんじゃねぇの?」
 
 ケインとの戦いで奴が披露した、視界を奪う戦い方。
 経験の少ないケインにとって剣で切り合うことが戦いであったが、それに対して別の技術で戦う奴ってのはなかなかに厄介だと思い知らされた。
 
「体力を削り、思考を削り。そこまでやって今の結果だってのに納得いかないか? でも見てみろよ。あんた手には使いようがなくなった長剣の残骸っていうのに対し、俺は切れ味抜群のナイフときてる」
 
 前の二つに合わせ、武器も奪った。さらに言えばさっきの蹴りで足にもそれなりにダメージがあるはずだ。頭っていう体の中で堅い部類に入るところを攻撃したんだからよ。
 
 散々動かした。
 散々翻弄した。
 削れるだけその戦力を削り、力を発揮できる時間すら削った。
 もう、あんたは無敵とは言えなくなってる。もちろんそれで勝てると思う程、俺も夢見てるわけじゃねぇさ。
 でもな。
 
「もう、避けられねぇな。今のあんたじゃ」
 
 ジョンへと向け、俺はチェックを掛けた。
 奴はもう肩で息をしているのを隠せないでいる。俺を蹴ったであろう足は体を支えられないのか力のない様子で小刻みに震えている。
 半分になった剣も、何とか握っているといった感じでだらりと下げられている。「格下」戦法で無駄に振らせた甲斐がある。
 
 見れば見るほど、戦えるとは思えないような姿となっている。これまでジョンの戦いを見てきた奴らからしてみたら、ここまで弱体化するとは夢にも思わなかっただろというぐらいに、弱々しい姿となっている。
 ……はず、なんだが。
 
「ここまできてんのに諦めてる感じが微塵もねぇとは、見上げたもんだよほんと」
 
 戦力を削がれ、体力を削がれ、それでもこの男に敗戦を認めるような気配は存在していなかった。
 寧ろ逆。
 その表情は以前として見えないのにも関わらず、溢れ出る覇気のようなものは戦う前よりも激しく強いものとなっている。
 今にも倒れそうな奴がこんなにも恐ろしく感じるなど、それこそ魔物との戦いででもなければ味わえないだろう。
 
「……生憎、俺もそこまで余裕があるわけじゃねぇ」
 
 それでも、ここまでして負けを認めるなんざできやしねぇ。
 お前と完全な勝敗を着けるために、ここで逃げるわけにはいかねぇんだよ。
 
「こっちからいかせてもらう……それでしまいにしようぜ」
 
 胸元に構えたナイフの切っ先がジョンへと向けられる。
 腰を落とし、最後の一撃のために力を溜める。
 呼吸から何から、全ての機能をこの一撃のために集中させる。
 
 相手もまた、それに応えるようにして気配を強烈になっていく。そしてケインに見せた構えでもって対峙する。
 そのどこまでも自分の戦い方を曲げない姿勢に、俺は敬意のようなものを胸に抱きながら準備を整え終わった。
 
「……いくぜ!!」
 
 渾身の力を込めた第一歩。
 大きく俺の体を押し出し加速させる。まるでケインと同じような展開、あの神速の一撃がくるのは間違いない。対策はこの時もために、少しでも勝利の確率を広げるためにあった。
 なら俺は、その可能性を信じて刃を突き立てるだけだ……!
 
「ぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
 
 雄叫びを上げ迫る俺に対し、ジョンは覇気を放ちながらも静かにその時を待っている。
 駆ける俺が後一歩でナイフが届くいうところで、遂に奴は動いた。
 
 相も変わらず恐ろしい速度の一撃が、切れた断面を突き立てるかのようにして俺の腹を狙って迫る。
 しかし、それはケインに放ったときとは格段に劣った速度での一撃。作戦は確実にこいつの動きから繊細さを失わせていた。
 
(……ごぉっ!?)
 
 それでも最後の攻防だからだろう、避けようなどと考える前にはもうすでに俺の体に突き当てられていた。
 傷を負ったところを正確にぶち当てられ、激痛が全身を支配する。
そしてその一撃が俺の立っていられる力を根こそぎ奪い去っていったことを直感で理解する。
 ああ、負ける。
 負ける。
 このままじゃあ……
 
 
「……まけられっかよぉおおおおおお!!!」
 
 それがどうしたと言わんばかりに、無理矢理に突きだした俺の攻撃は、本来当てようとしたところから掛け離れたところにすり抜けていってしまった。
 でもそれは―――
 
 
「うそ……だろ」
 
 俺の放った最後の一撃は、この男の秘密を思いもよらず明らかにした。
 その事実は、勝敗がついたことよりも俺に衝撃を与えていた。
 最後の交差によって、ジョンの顔を隠していたフードに俺のナイフが当たり中ほどまで切り裂いていた。
 フードは風に煽られ、その中身である素顔が露になっている。
 受けた一撃によって、地面に転げた俺は起き上がる力すらもうないにも関わらず、今まで戦っていた相手の顔をじっと見ることしかできない。
 それほどまでに、ジョンの素顔はありえない人のものであったからだ。
 
 
「なんであんたが……」
 
 どうしてだ、どうしてあんたがここにいる。
 
 
 
 
「―――なんでだ、ドイルさん」
 
  
 会場内にて一人立ち竦む、勝者であるはずの男。
 正体不明の男の真実は、全くもって予想できない人物であった。
 痩せ細った顔で俺を見るその人は、しかしその弱々しい印象からは考えられないほど気さくな笑みを浮かべていた。
 それは俺が見慣れた、ドイルさんそのものと言える彼の癖のようないつもの顔だった。
 何が何だか分からない俺は勝敗だとかを気にする余裕はなく、司会が割って入ってくるまで混乱しているだけだった。
 一体、何がどうなっているんだ?
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