上 下
69 / 109
ダボンナ王国独立編 ~リーズ・ナブルの馬事《まこと》騒ぎ~

治療院では静かに、お医師さんや患者さんの邪魔にならないようにしましょう

しおりを挟む
 治療院。
 この世界では主に治療の方法が二つに別けられる。
 薬草などで自然治癒を高める普通の治療と、回復魔法で傷を癒す魔法治療だ。
 
 どちらが優れているか、というのは場合によってという他ない。軽度の傷ならば魔法で一瞬で治してしまえるし、最悪切り落とされたような手足を繋げることもできる。
 しかし、回復魔法でも複雑骨折によって体内に散らばった骨の欠片を取り除くのは無理だし、毒や病気なんかに対しては効果がない。あくまで肉体を治すのが回復魔法なのだ。
 そういう場合には医師の診断のもと、症状に適した対抗薬を処方する他ない。いくら奇跡のような力があっても、人にできることは限られているのだ。
 そのため希少とされる回復魔法が使えずとも、日々研鑽を重ね人々の命を救うことを志す者たちがいる。
 
 彼らの存在のお陰でこの危険に満ちた世界でも人が生還することができる。とても大切な存在だ。
 そんな彼らが掲げる象徴、交差するように重ねられた二つの白十字にはこんな意味がある。
 
『医の道に区別なく、救う命に貴賤なく、全ては交わりの中にあり』
 
 人の命は同価値であり、それを救う自分たちの技術もまた同価値である、ということらしい。
 まあどんな技術だろうと身に付けておけば損はないということなんだろう。芸は身を助けるというのと同じことじゃないかって勝手に思ってる。
 なにはともあれ、そういった志を持つ人たちが怪我人相手に頑張っているのだ。邪魔にならないようにしなければなるまい。
 
 
 
 
 
 
 
 治療院の中は外から見た通りの木造そのまま、という感じだった。
 掃除は行き届いており目立つような埃はない。正面に受け付けがありその前には診察を待つための背もたれの長椅子がいくつか置いてある。
 何人かはそこに座って自分の番を待っているようだった。
 
 俺は入り口から邪魔にならないところで待ちながら中の様子を見ている。先に建物に入っていたマチルダが受け付けの女性と話をしていてるからだ。どうやらお見舞いにきたことを話しているらしい。
 少し話をしてから受け付けの女性は二階に続く階段を指し示した。
 
「リーズ」
「はいよ」
 
 会話を終えたらしいマチルダに呼ばれた。
 呼ばれるままに近寄る俺に対し、彼女は注意を促してくる。
 
「これからガーゼル夫妻の部屋に行くが、くれぐれも静かにしろよ」
「そんな常識のないことするかよ、子供じゃあるまいし」
「いやな、確かにそんなことをするような奴じゃないのはわかってはいる。しかしな、夫妻の主治医がその……初対面の奴だと驚くような方でな」
 
 なにそれ?
 びっくりするような主治医ってなんだよ。
 
「何? そんなにホラーなの? ホラーなホスピタルなのここ?」
「ホラーなのは彼だけだ。見ろ、彼女はホラーとはほど遠いだろう」
「むしろホルスタインとかそういう類いだな、あんたと違って」
「セクハラだな。名誉毀損と侮辱罪でブタ箱にぶちこんでやろう」
「助けてお姉さん、仮の上司が俺をいじめるんだ」
「漫才してないでさっさと行ってください」
 
 ちぇ。
 傷心を慰める軽いジョークだというのに、あんまし付き合ってくれなかったな。
 ブー垂れる俺を呆れたような様子のマチルダに首元を掴まれて連れられていく。
 持ち上げられて苦しくなるのをタップして訴えかけるが見向きもされない。完全にお仕置きを受けているなこれは。
 仕方なくこの状態でぎりぎり呼吸ができるくらいに体を動かしてされるがままになっておく。
 しばらくこの状態で背中で揺れていたら、目的の場所についたのかストンと床に落とされた。
 言いつけを守り静かな着地を決めた俺は、身だしなみを整えて前を向く。そして目の前にはしっかりとした作りの扉が。
 こちらがそうやっているの見たマチルダもまた、少しばかり格好を整えている。
 眠っているとはいえ目上の人たちの前に立つのだ。格好だけでもしっかりしておかねばなるまい。
 
「いくぞ」
「あいよ」
 
 マチルダが扉に手を掛けて押し開き、中から漏れ出す空気からこういう所特有の鼻を突くような薬品の臭いがしてきた。
 さあ、ご対面だ。
 
 
 
 
 
 
 
 患者を運び出したりということを考えてか、割かし広めな作りとなっている室内。
 扉の先に大きな窓があり、薄いカーテンが覆い淡い光を室内に差し込ませていた。
 そして、並べられるようにして置かれているベッドの上で二人の人が眠っているのが見えた。
 
 この人たちが、俺がここに来た目的。
 この街の英雄にして、俺が今関わってしまっている問題のある意味での原因とも言える、悲劇の登場人物たち。
 この夫婦は、そんな悲劇の結果がどうなっているかなど知る由もなく、ただただ瞳を閉じていた。
 隣に立つマチルダはそんな夫婦の姿を痛ましそうな目で見ていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

嫌味なエリート治癒師は森の中で追放を宣言されて仲間に殺されかけるがギフト【痛いの痛いの飛んでいけぇ〜】には意外な使い方があり

竹井ゴールド
ファンタジー
 森の中で突然、仲間に追放だと言われた治癒師は更に、 「追放出来ないなら死んだと報告するまでだ、へっへっへっ」  と殺されそうになる。  だが、【痛いの痛いの飛んでけぇ〜】には【無詠唱】、【怪我移植(移植後は自然回復のみ)】、【発動予約】等々の能力があり······· 【2023/1/3、出版申請、2023/2/3、慰めメール】

処理中です...