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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
彼、見えなくとも
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「ここは……」
掌に感じる石畳の感触。
いつの間に解けたのか、口を塞いでいた布はない。
クレーリア――彼女は自分が今、どんな状態でいるのか分からない程の混乱の中にいた。
確か自分は来客を告げるベルが成り、レベッカと共に孤児院の入り口へと歩いていったはず。
それはしっかりと覚えている。
しかしそれから先はまるで川の流れに翻弄される木の葉のようで、次々と変わる展開に思考が追い付かない。
最初、レベッカが入り口に荷馬車が来ているというので来客というのがいつも食料などを届けてくれる業者の人たちかと思った。
しかし聞きなれない誰かの号令が聞こえたかと思えばレベッカの焦るような声がして、自分は何人もの手によって瞬くまに彼女から引き離された。
必死の抵抗も空しく手と腕を拘束されて、荷馬車の荷台らしきところへと投げ入れられて。
走り出した荷馬車の中には号令を出した男が一人。
自分に対してあれこれということなく、暴れれば殺すと一言。
それが冗談や軽口でないことはその冷酷なまでの声色から理解できた。
だが、それに対して恐怖は感じない。
そんなことよりも、男の手下に襲われたレベッカや彼女の声を聞いて出てきた鴎垓、そして孤児院に残している大切な子供たちの無事だけが心の底から心配だった。
もし誰かが犠牲になっていたのなら――そう考えるだけで心臓が締め付けられたような痛みを発し、手足の先から冷たくなっていくような感覚が襲ってくる。
そんな時だ――幌の上に彼が落ちてきたのは。
「っ……そうです、彼は、オウガイ様は……!?」
こうしてはいられないと、必死になって周囲を探る。
眼が見えなくとも耳で、肌で、鼻で、そうして得たありとあらゆる情報から自分が今、荷馬車の中から解放されていることを理解する。
そうだ、追い付いた彼が荷馬車を止めようとして、自分を監視していた男と戦いになったのだ。
しばらく剣の振るわれる音や、幌を踏みしだく音。
ぎしぎしと軋む骨組み、きんと金属同士がぶつかったような音がして、幌の中に何かが突き刺さるようなことがあって、それから荷馬車の横にぶつかるような衝撃。
そしてまた上から戦いの音が響く。
だがそれもいつに間にか、外から聞こえる戦いの息づかいがやんで――彼の出す音だけになったと思ったその時、何か嫌な音が二つ続けてして……浮遊感が。
投げ出されるような感覚、地面に叩きつけられて。
そして……。
「――はぁあ!!!」
「っ!?」
その声に、沈んでいた思考が現実へと戻ってくる。
彼の声だ――よかった無事だ。
そう意識した途端、聞こえてくる金属がぶつかり合う甲高い音、それによってまだ戦いが終わっていないことを悟る。
「シュッ! シャオ――ッ!!」
またも聞きなれない声。
大きな喜びの感情、興奮、狂気。
戦いが楽しくて仕方がない、そんな男がその感情の赴くままに暴力を振り撒いている。
「ああ鬱陶しい!!!」
それに対し憤るような声をあげているのは彼――オウガイの方。
どこか繊細を欠く動きの音、怪我をしているのか足運びに若干だが乱れがある。
だがそれ以上にいになるのは声に込められた感情。
苛立ち、怒り、そしてこれは……嫌悪?
「どうして……」
彼から感じる感情には、相手に向けるものと同じくらい大きな、自分に対する嫌悪がある。
自己嫌悪だ――何故そのような感情が彼の中にあるのか。
まるで……今戦っている相手と何か通ずるものがあるようではないか。
「どうしてあなたは、何をそんなに苦しんでいるのですか……」
知りたい。
その苦しみの理由を。
そう思うと体が動くのを止められなかった。
もっと、近くへ。
もっともっと近くで
あなたの心を――
――ベチャ
「え?」
しかし、だからだろう。
あまりにも彼のその感情に魅せられてしまっていたから、それに気付くことができなかった。
地面を這い、戦いを繰り広げる二人の傍へと近づいて。
不意に掌に感じた……ねばつくような感覚。
水よりも粘土の高いそれは暖かく、手に張り付いてる。
「あ」
意識が向いて、臭いが分かった。
これは、この生命の根源との言えるようなこれは――
「あ、あああああ、ああぁあぁぁぁあっぁぁああぁぁぁあぁあぁぁ――!!!!!!!!!!!」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!
分かっているのに、認めたくなくて。
そんな私の叫びが邪魔になってしまうこと何て、考えるまでもないことだったのに。
「っクレーリア……!?」
だからそれは、全てワタシのせい。
「隙を見せるな愚か者がぁああ!!!」
二人の声がしてまた、肉を強引に引き千切るような音がした。
そしてワタシの近くに何かが音を立てて落ちてくる。
「く、ぁあ……」
「……あ」
それが彼だと、遅蒔きながら理解して。
苦悶の声に、あの音がしたのは彼の体からなのだと、新たに加わった血の臭いが教えてくれた。
「戦いの最中に敵から目を逸らすとは……期待を裏切るようなことをしてくれる」
「くっ……!」
失望したかのような男の声が頭上から掛けられる。
そしてよくも邪魔をしてくれたなというように、向けられる殺気は簡単にワタシから身動きする自由を奪った。
男がそのようにするのも当然だ。
もしワタシが叫び声をあげなければ、彼が気をとられることもなかっただろう。
何ということをしてしまったのだ……!
大きな後悔が胸の中で広がる。
「――おい、その不躾な殺気を止めんか。
お前の相手は儂じゃろうが」
しかし、彼は。
見えなくてもそのあまりに濃い血臭によって全身が血まみれであるその体で。
無謀にも、男との間に立ち塞がった
「っオウガイ様……!」
「心配するな、かすり傷じゃっ……う……」
それが強がりであることなど明らかで。
しかしそれでも彼が戦意を衰えさせることはない。
だがそれは目の前の男からすれば虚勢にしか見えていないようだった。
見透かしたかのような感情がその声に乗る。
「女一人に何をそこまで……いや違うな。
なるほど、今までお前は一人きりで戦ってきたのか。
周りは敵しかいないような状況ばかりだったのだろう、だから庇う必要のない者ならともかく、周囲に守らなければならない存在がいる状況に慣れていないのだ」
その言葉にやはり自分のせいで彼が怪我を負ってしまったのだと、自身を苛む後悔が大きくなるのを感じていると、彼の体勢が崩れ地面に膝を着く音がした
――まさか!?
「はぁ……はぁ……」
「我が牙槍は毒蛇そのもの、当然この牙には毒がある。
お前を今苦しめているのは血を固まりづらくする毒だ、直に全身の血がなくなって死ぬ」
息が荒くなる彼。
最早男の声に応える気力もない。
収まる気配のない血の臭いはやはりそういうことだったのかとワタシが思うよりも早く、彼が地面へと倒れる音がした。
「そんなっ……!?」
弾かれるようにして彼の傍へと近寄り、その体を触る。
脇腹を大きく抉ったような傷は深く、内蔵こそ傷つけていないものの毒の影響もあって血が止まる気配が微塵も感じられない。
意識も朦朧としているようで、言葉にならない呻き声があがるばかり。
このままでは……。
「――死なせない、ワタシの前で死なせてたまるものですか!!」
駄目だ、それだけは何としても阻止しなくては……!
ワタシはありったけの力を集め、彼の体に注いでいく。
この大きさの傷を治すには、本当なら教徒の証たる指輪がなくてはならない。
体を治せても毒まではどうにもできないからだ。
だが今はそんな泣き言は言っていられない。
「ほう……」
しかし、その姿に何か思うところがあったのか。
必死になって彼に治療を施すワタシに向けて、男はある提案をしてくる。
それは今、ワタシにとって願ってもいないこと。
例え罠だったとしても断るわけにはいかず。
ワタシはその提案に了承の意を示すのだった。
掌に感じる石畳の感触。
いつの間に解けたのか、口を塞いでいた布はない。
クレーリア――彼女は自分が今、どんな状態でいるのか分からない程の混乱の中にいた。
確か自分は来客を告げるベルが成り、レベッカと共に孤児院の入り口へと歩いていったはず。
それはしっかりと覚えている。
しかしそれから先はまるで川の流れに翻弄される木の葉のようで、次々と変わる展開に思考が追い付かない。
最初、レベッカが入り口に荷馬車が来ているというので来客というのがいつも食料などを届けてくれる業者の人たちかと思った。
しかし聞きなれない誰かの号令が聞こえたかと思えばレベッカの焦るような声がして、自分は何人もの手によって瞬くまに彼女から引き離された。
必死の抵抗も空しく手と腕を拘束されて、荷馬車の荷台らしきところへと投げ入れられて。
走り出した荷馬車の中には号令を出した男が一人。
自分に対してあれこれということなく、暴れれば殺すと一言。
それが冗談や軽口でないことはその冷酷なまでの声色から理解できた。
だが、それに対して恐怖は感じない。
そんなことよりも、男の手下に襲われたレベッカや彼女の声を聞いて出てきた鴎垓、そして孤児院に残している大切な子供たちの無事だけが心の底から心配だった。
もし誰かが犠牲になっていたのなら――そう考えるだけで心臓が締め付けられたような痛みを発し、手足の先から冷たくなっていくような感覚が襲ってくる。
そんな時だ――幌の上に彼が落ちてきたのは。
「っ……そうです、彼は、オウガイ様は……!?」
こうしてはいられないと、必死になって周囲を探る。
眼が見えなくとも耳で、肌で、鼻で、そうして得たありとあらゆる情報から自分が今、荷馬車の中から解放されていることを理解する。
そうだ、追い付いた彼が荷馬車を止めようとして、自分を監視していた男と戦いになったのだ。
しばらく剣の振るわれる音や、幌を踏みしだく音。
ぎしぎしと軋む骨組み、きんと金属同士がぶつかったような音がして、幌の中に何かが突き刺さるようなことがあって、それから荷馬車の横にぶつかるような衝撃。
そしてまた上から戦いの音が響く。
だがそれもいつに間にか、外から聞こえる戦いの息づかいがやんで――彼の出す音だけになったと思ったその時、何か嫌な音が二つ続けてして……浮遊感が。
投げ出されるような感覚、地面に叩きつけられて。
そして……。
「――はぁあ!!!」
「っ!?」
その声に、沈んでいた思考が現実へと戻ってくる。
彼の声だ――よかった無事だ。
そう意識した途端、聞こえてくる金属がぶつかり合う甲高い音、それによってまだ戦いが終わっていないことを悟る。
「シュッ! シャオ――ッ!!」
またも聞きなれない声。
大きな喜びの感情、興奮、狂気。
戦いが楽しくて仕方がない、そんな男がその感情の赴くままに暴力を振り撒いている。
「ああ鬱陶しい!!!」
それに対し憤るような声をあげているのは彼――オウガイの方。
どこか繊細を欠く動きの音、怪我をしているのか足運びに若干だが乱れがある。
だがそれ以上にいになるのは声に込められた感情。
苛立ち、怒り、そしてこれは……嫌悪?
「どうして……」
彼から感じる感情には、相手に向けるものと同じくらい大きな、自分に対する嫌悪がある。
自己嫌悪だ――何故そのような感情が彼の中にあるのか。
まるで……今戦っている相手と何か通ずるものがあるようではないか。
「どうしてあなたは、何をそんなに苦しんでいるのですか……」
知りたい。
その苦しみの理由を。
そう思うと体が動くのを止められなかった。
もっと、近くへ。
もっともっと近くで
あなたの心を――
――ベチャ
「え?」
しかし、だからだろう。
あまりにも彼のその感情に魅せられてしまっていたから、それに気付くことができなかった。
地面を這い、戦いを繰り広げる二人の傍へと近づいて。
不意に掌に感じた……ねばつくような感覚。
水よりも粘土の高いそれは暖かく、手に張り付いてる。
「あ」
意識が向いて、臭いが分かった。
これは、この生命の根源との言えるようなこれは――
「あ、あああああ、ああぁあぁぁぁあっぁぁああぁぁぁあぁあぁぁ――!!!!!!!!!!!」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!
分かっているのに、認めたくなくて。
そんな私の叫びが邪魔になってしまうこと何て、考えるまでもないことだったのに。
「っクレーリア……!?」
だからそれは、全てワタシのせい。
「隙を見せるな愚か者がぁああ!!!」
二人の声がしてまた、肉を強引に引き千切るような音がした。
そしてワタシの近くに何かが音を立てて落ちてくる。
「く、ぁあ……」
「……あ」
それが彼だと、遅蒔きながら理解して。
苦悶の声に、あの音がしたのは彼の体からなのだと、新たに加わった血の臭いが教えてくれた。
「戦いの最中に敵から目を逸らすとは……期待を裏切るようなことをしてくれる」
「くっ……!」
失望したかのような男の声が頭上から掛けられる。
そしてよくも邪魔をしてくれたなというように、向けられる殺気は簡単にワタシから身動きする自由を奪った。
男がそのようにするのも当然だ。
もしワタシが叫び声をあげなければ、彼が気をとられることもなかっただろう。
何ということをしてしまったのだ……!
大きな後悔が胸の中で広がる。
「――おい、その不躾な殺気を止めんか。
お前の相手は儂じゃろうが」
しかし、彼は。
見えなくてもそのあまりに濃い血臭によって全身が血まみれであるその体で。
無謀にも、男との間に立ち塞がった
「っオウガイ様……!」
「心配するな、かすり傷じゃっ……う……」
それが強がりであることなど明らかで。
しかしそれでも彼が戦意を衰えさせることはない。
だがそれは目の前の男からすれば虚勢にしか見えていないようだった。
見透かしたかのような感情がその声に乗る。
「女一人に何をそこまで……いや違うな。
なるほど、今までお前は一人きりで戦ってきたのか。
周りは敵しかいないような状況ばかりだったのだろう、だから庇う必要のない者ならともかく、周囲に守らなければならない存在がいる状況に慣れていないのだ」
その言葉にやはり自分のせいで彼が怪我を負ってしまったのだと、自身を苛む後悔が大きくなるのを感じていると、彼の体勢が崩れ地面に膝を着く音がした
――まさか!?
「はぁ……はぁ……」
「我が牙槍は毒蛇そのもの、当然この牙には毒がある。
お前を今苦しめているのは血を固まりづらくする毒だ、直に全身の血がなくなって死ぬ」
息が荒くなる彼。
最早男の声に応える気力もない。
収まる気配のない血の臭いはやはりそういうことだったのかとワタシが思うよりも早く、彼が地面へと倒れる音がした。
「そんなっ……!?」
弾かれるようにして彼の傍へと近寄り、その体を触る。
脇腹を大きく抉ったような傷は深く、内蔵こそ傷つけていないものの毒の影響もあって血が止まる気配が微塵も感じられない。
意識も朦朧としているようで、言葉にならない呻き声があがるばかり。
このままでは……。
「――死なせない、ワタシの前で死なせてたまるものですか!!」
駄目だ、それだけは何としても阻止しなくては……!
ワタシはありったけの力を集め、彼の体に注いでいく。
この大きさの傷を治すには、本当なら教徒の証たる指輪がなくてはならない。
体を治せても毒まではどうにもできないからだ。
だが今はそんな泣き言は言っていられない。
「ほう……」
しかし、その姿に何か思うところがあったのか。
必死になって彼に治療を施すワタシに向けて、男はある提案をしてくる。
それは今、ワタシにとって願ってもいないこと。
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