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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
繋がる点と点、腐れ剣客商会の裏に迫る
しおりを挟む「――てぇわけだ」
イワンが机の上に広げた資料を囲む鴎外たち。
数十枚という紙に記された内容は鴎外たちの思考を読むやり方と比べ若干曖昧なところはあるが、それでもその量は凄まじい。
いつ、どういう理由で借金をしたか、最近どれくらいの金額を返し、その時どんな会話をしたかなどが人物ごとに細かに記載されている。
目の見えないクレーリアにはレベッカが傍につき、内容を読み聞かせている。
鴎外も文字は読めないのでそっちの情報は彼女たちに任せ、代わりにイワンからの話を聞くことにした。
どうやってここまでの数を集めることができたのか、単純に気になる。
「ふぅむ、やるではないかイワン。
この短い時間でここまで情報を集めるとはな」
「誰かさんのせいで有名人なんでな、酒飲んでるところに滑り込みゃ何でも喋るってもんだ」
それを聞いてなるほど、と納得する鴎外。
失態をそのままにせず活用するところは実に逞しい。
成り行きで選んだ協力者だったが、存外当たりを引いたのかもしれないと内心でほくそ笑む。
その間にも高速で資料に目を通していたレベッカから声が掛けられる。ある程度まで読み進めて何か得るものでもあったのかと思った鴎外だったが、しかし彼女の表情はあまり芳しくない。
「だが、それでも核心に迫るものは何もないというのがな……あと三十人ほどに絞れたいえば聞こえはいいんだが」
「まあこの手のやつは大概そういうもんさ。
ああ、それでなんだけどよ、ちょっとこっちも見て欲しいんだが」
そういって再び鞄から何かを取りだそうとしたイワン。
しかしその時、外から来客を告げるベルが鳴り響く。
「あら? お客さんでしょうか、すみません少し行ってまいります」
クレーリアが立ち上がり玄関へと向かおうとするのにまたふらつき、それを隣にいたレベッカが支え共に立ち上がる。
「私も行こう、まだ体調がよくないんだろ」
「ですが……いえ、ではお願いします」
「ああ」
すまんが行ってくる――そう言い残して彼女たちは来客を迎えに玄関の方へと歩いていく。
二人のその背中を見送りながらイワンが鞄に入れていた手を机の上に戻し、そして鴎外へと話しかける。
「あのシスターさん大丈夫かよ、顔色大分悪かったぜ」
「おお、身内が一人帰ってこんでな、それで毎晩待ち続けておるんよ。儂らもはやく休むように言っとるんだが……どうのも固くなでな。それが祟ってあの有り様というわけよ」
「はあ? お前、こんな物騒な時に呑気なもんだな。
その帰ってこない奴のこと心配じゃねぇのかよ」
「逃げる隠れるは得意そうな奴じゃったから騒動に巻き込まれても平気な顔して抜け出してくるだろうよ」
鴎外がそういうのに対し、イワンはそうではなくてと頭を振る。
「いや、そうじゃなくてよ、ほれ、あれだよあれ」
「あれ?」
「何だ知らねぇのか? ほれ、最近人拐いが頻発してるって話」
「ああ、あれか」
それを聞いて、そういえばつい先日レベッカからそのようなことを聞いたような覚えがあることを思い出した鴎外。
その様子にやっぱり知ってんじゃねぇかと呆れた態度のイワンは二人が帰ってくるまでの間、世間話でもするかのように実はと前置きして喋り出す。
「さっき言おうとしてたことなんだけどよ、その人拐いにあってるのって子供とかじゃねぇんだわ」
「ほう、となると……対象は大人か?」
「そ、しかもそいつらには意外な共通点があったのさ」
勿体ぶるような素振りを見せるイワンは先程出した紙束の中から何枚かを抜き取り、そして新たに鞄の中から取り出したものを机の上に並べ、それぞれの紙にある名前であろうところを左右の指で指し示す。
「――それはな、行方不明になった連中の大半がこの人物表に乗ってるってことよ」
そしてその口から驚くべきことを喋りだした。
「何?」
「言っとくが俺が五十人程度しか調べられなかったってのはな、そもそも調べる対象がいなかったからなんだよ。
関わりのある奴から最近見なくなったとか聞いたもんだから気になってな、ちょいと捜査の範囲を広げてみたらそこに行き着いたってわけよ」
もしそうじゃなかったら全員分集めてやってたぜ、と豪語するイワンにこいつ本当に有能だなと改めて感心する鴎垓は、しかしちょっと待てよと頭を働かせる。
「もしや……人拐いとハワード商会は、何か関係がある?」
「その可能性は高いと思うぜ? 何たってあいつら、ここ暫くは借金ある奴らからのまるで徴収でもするみたいに金巻き上げてたらしいからよ」
――借金のかたに身柄ごと盗られちまってもおかしかねぇ。
イワンの言うことも一理あるが、そんな危険をわざわざ犯すだろうかという疑問は拭えない。
「あの商会はかなりでかいところときく、どうしてそのようなことを……」
「さあな、金勘定で動くやつらのことはこれっぽっちもわかんねぇよ。男なら心に決めた女のためにだなぁ――」
それはイワンがその続きを言おうとしたその瞬間の出来事であった。
「――きゃぁあああああぁああ――!!!??」
――表から鳴り響く、クレーリアの叫び声。
はっと言葉をつぐんだイワンとは裏腹に、既に玄関の方へと駆け出した鴎垓。
数秒も掛からず表に出ると、そこには黒づくめの格好をした連中に荷馬車のようなものに担ぎ込まれようとしているクレーリアと、彼女を助けようとして相手の剣を前に思うように動けないでいるレベッカの姿があった。
「どうした!」
「来たかオウガイ――敵だ!」
鴎垓の登場に簡潔に状況を伝えるレベッカ。
すると彼女と対面している三人の敵の後ろに佇む敵の頭と見られる一人が増援が現れたことに対し特に慌てることなく、手下の者たちに指示を出す。
「……邪魔者は殺せ」
「「はっ!」」
それに短く応えた手下の内、手の空いていた二人が一足飛びで鴎垓へと迫る。
手には装飾のない長剣、黒装束と相まって個性というのをとことんまで消し去っているところはまるで暗殺者かのよう。
そんなことを考えている間に刺客は巧みな連携を披露し、無手の鴎垓に対し容赦ない連撃を繰り出してくる。
「っと……!」
「「……」」
即応する鴎垓は紙一重でそれを避け、一歩距離を取り構えを取る。
それに迂闊に攻め入るのは危険と判断したのか、二人の刺客は攻撃をやめ、じりじりと隙を伺うように左右に別れる。
「くそっ! また数の暴力か!」
「退くなよ、中に入られたら不味い!」
三人相手に少し押され気味のレベッカからまたこんなのかというような泣き言があがるが、それを鴎垓は容赦なく叱咤する。
もしここで退いて中まで追撃にこられでもしたら中にいる子供たちが危ない。
この入り口から敵を逃すわけにはいかないと考えていると、左右に別れていた方の一人、鴎垓から見て右の相手が均衡を破るように剣を腰だめに構えて突撃してくる。
どこに逃げても次の奴が対応するか――ならば迎え撃つだけだと立禅にて思考を加速させようとしたその時、迫りくる刺客の影から男の声が突如響き渡る。
「おらぁああ!!」
「……っ!?」
鴎垓に集中するあまり見逃してしまったか、その刺客は横合いからの攻撃を寸前で避けきることができず、咄嗟に防御に差し出した腕を深く切られそのまま地面へと転がる。
しかしすぐさま起き上がって距離を取れば、目の前には新たな増援。
「イワンか!」
「何素手で戦ってんだ! これ使え!」
その増援とは勿論――鴎垓に遅れてやってきたイワンに他ならず。
前に飛び出したイワンから剣を投げ渡され、抜き放ち自分も列に参加する鴎垓。
「助かる!」
「うるせぇさっさと戦え!」
そして二人はそれぞれの相手へと剣先を向け、襲撃者たちへと躍り掛かるのだった。
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