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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
腐れ剣客、色々あって協力者を得る
しおりを挟む「何じゃお前か、今忙しいから後でな」
「いやその態度酷くねぇか!?」
建物の影から現れたその人物の正体――それは以前ギルドで因縁をつけてきたあの灯士の男だった。
しめしめというような得意げな顔をして大変不愉快である。
そしていやお前かい――と言いたくなるような圧倒的肩透かし感。
すわ商会の回し者かと警戒したにも関わらず、出てきたのがまさかこいつだったとは、二人からすれば期待はずれもいいところである。
しかるにこの態度も至極妥当な反応と言えよう。
「何かこそこそしてるとこ見られたんだからもっと驚けよテメェら! それなのに二人して余裕かましやがって、やっぱ俺のこと舐めてんだろ!!」
ただ本人からしたらそんな反応されるとは思ってもみなかったのか、もっと驚け愕然としろと主張し勝手にキレ出す。
「だって、なぁ?」
「正直に言うならこの人物表にある奴に出てきて欲しかったな、その方が手間が省けたんだが」
「だとよ」
「お願いだからもっと俺に興味持って!」
だが悲しいかな、今の鴎垓たちには彼とまともに話をする時間はないのだ。
いくらアピールされても越えられない優先順位というものがある。
言葉を交わさずに目だけで会話する二人。
あまり付き合ってはいられない。
「済まんがこっちも色々立て込んでおってな。今お前に付き合ってる暇はないんじゃよ。焼き菓子のとこの店主が折角用意してくれたもんを無駄にはできんのだ」
事情を話してさっさと去ってもらおう。
そう思って言った鴎垓であったが、男の反応は予想していたものとは少し違った。
「何? 焼き菓子屋の……何だと?」
てっきり反発するものかと思っていたが、男の反応は意外に大人しいもので。
これには鴎垓だけでなく次の標的を絞り込んでいたレベッカもおや、と思わざる得ない。
「ど、どういうことだ? どうしてお前の口からメリーさんのことが出てきやがる……」
明らかに動揺している男の様子にいぶかしむ鴎垓だったが、隣にいたレベッカのああなるほど、という呟きを拾い顔を横に向ける。
レベッカが男に聞こえないように用紙を鴎垓の耳に当て、ごにょごにょと何かを囁くとしたり顔になった鴎垓は未だ動揺したままの男に近づき気安い調子でその肩に腕を回した。
「な、何なんだよ! 何のつもりだ!
ていうか俺の質問に答えやがれ!」
「なぁにそうつんけんしてくれなよぉ。
いやな儂ら今ちょいと調べものをしとってな、この用紙に乗っとる連中に話を聞いて回っとるんじゃよ。
だが中々進まんでどうにも困っておったのよ」
「それがどうしたってんだ、悪い俺は」
「何を隠そうこれをくれたのがその店長殿でな?
大変ありがたいんじゃがどうにもこうにも当たりが引けんでなぁ、このままではあの店主に恥をかかせてしまうかもしれんのよ」
「は、はぁ!? 何言ってやがるテメェ!!」
――予想通り。
こう言えば乗ってくれるだろうと思っていたと、内心で厭らしい笑みを浮かべる鴎垓。
相手の更なる動揺に漬け込むように話を続ける。
「いやな、折角作ってもらった人物録にもし、該当する奴がおらんかった場合、儂らの行動は全くの徒労ということになってしまうじゃろう?
そうすると店主殿にそういう報告をせねばならんのだが……あの心優しい店主のことじゃ、自らの力不足を恥じて崖から転がるように落ち込んでしまうかもしれのう」
「そ、そんな……あのメリーさんが笑顔がなくなってしまう?」
「あくまでもしもの話になるが、このままでは良い報告はとてもではないができんでなぁ」
「なんてことだ! そんなのってありかよ!!」
よし、餌に食いついている。
丸で熟練の釣り師のように巧みな話術で男の感情を操り、話の方へとのめり込めさせていく。
これが何も知らない状態ならここまで上手くいってはいないが、何せこっちにはレベッカという秘密兵器が存在している。
彼女が読心によって明かした男の内に宿る慕情――焼き菓子店の主メリーに対する恋心を見抜かれた時点に既に詰み。
「そうじゃ、しかし店主殿の笑顔を守ることの出来る人物がたった一人だけ存在しておる」
「だ、誰だそいつは!」
後は釣り針を操り――
「それは――お主じゃよ」
――食いつくのを待つだけ。
「お、俺が?」
「そう! 今この場において店主殿の窮地を救うことが出来るのはお主をおいて他におらん!
寧ろお主以外にこの状況を打開できる者はいやせんのだ!
お主名は何という?」
「イ、イワンだ」
「そうかイワンか、まさに男の中に男といった名前じゃのう。
してイワンよ、儂らが求める者を連れてこれた場合、お主のその男気溢れる行動をさりげなーく店主殿へとお教えしよう」
「何!?」
更に針を動かし旨そうに演出するのを忘れない。
「ええか、あくまでさりげなーく、じゃ。
こういうのはあまり大っぴらに言ってしまうと反感を買う。
じゃからお主のことは偶然現れた善意の協力者、善意の行動であるとさりげなーく伝えておいてやる」
どうじゃ、協力してくれんか――そうイって真っ直ぐに隣の男を見つめる鴎垓。
黙りこくるイワンの頭の中では今、様々な考えが高速で巡っていることだろう。
だが散々目の前でちらつかせた餌の存在、それを無視することなどこの男にできるわけがない。
「やって、やっても……いいけど?」
――そして答えが出るのにそう時間は掛からなかった。
「お、俺は別に全く邪な考えなんてこれっぽちも持ってないけど!
メリーさんにはほんと、日頃からすっげーお世話になってるから?
これはそのお返しっていうの?
困ってる奴をそのまんまにすんのもどうかと思っただけで、それ以外のこととかほんとクッキー一枚も持ってないからマジで!」
――釣れた。
もう完璧に手玉である。
こうなったらもうこの男はこっちも思うままである。
まさにまな板の上の鯉。
「おおぉそれでこそ真の益荒男というものじゃ!
いやーお主のことは最初に会った時からそうではないかと思っておったが、まさかここまで天晴れな奴だったとは思いもよらなんだ!」
「そ、そうか? いや俺は別にそこまでの男ではないっていうか。
ほんと当たり前のことしてるだけだし」
「その当たり前の出来ん連中がごまんといる中で自分から動けることがどれほどに偉大なことか!
これを立派と言わんで何を立派と言えばよい!」
鴎垓の大袈裟なおべっかにも顔を緩ませ、そう悪い気はしないというように鼻の頭を掻いてみせるイワン。
「そこまで言われちゃあ断れねぇわな。
そ、それで? 俺は一体何をやればいいんだ」
「おう、そうじゃったな。肝心のそれを忘れておった」
そこでようやく、鴎垓はレベッカを呼んで人物表の内容をイワンへと見せてやる。
「お主にはこの中からハワード商会との関わりが深い者を見つけ出してほしいのじゃよ」
「おう、どれどれ~」
身を乗り出すようにそれへと視線を走らせたイワン。
つらつらと文字を追う内にさっきまでの威勢がどんどんと萎んでいくのがよく分かる。
震える指先で用紙を指し、隣にいる鴎垓へと怯えたような表情を向けるイワン。
「あの……これ、百人くらいいないか?」
「印の付いとる奴はもう話は聞いておるぞ」
「それでも九十」
「やってくれるな?」
「……いやその、俺も仕事があるし」
「やってくれるな?」
「流石に何日も掛かるってなると今後の予定ってもんも」
「やってくれるな?」
「――」
有無を言わせない鴎垓の態度に、思わず涙目になるイワンは助けを求めるようにして対面にいるレベッカへと顔を向ける。
慈悲を求めるこの男に対し、彼女が出した答えとは――。
「男に二言はないと聞く、やってくれるな?」
「……はい」
残念、慈悲はないのであった。
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