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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
腐れ剣客とナターシャ、カフェにて
しおりを挟む「とりあえずさあ、お兄さんが二人と関わりがあんのは分かったよ。
疑ってごめんね、これはそのお詫びだから遠慮せず飲んでね」
あの後、有無を言わさぬナターシャによって建物の裏から強引に連れ出された鴎垓、腕を引かれながら人の行き交う道を掻き分けて行き、そしてとある喫茶店へと連れてこられていた。
まばらに客が入り物静かな店内。
調度品も落ち着いた色彩のものが配置され憩いの場所という風情だ。目の前に差し出された琥珀色の茶のようなものは以前の焼き菓子の店とはまた違う香ばしい匂いがし、鴎垓の鼻腔をくすぐっている。
勿論これはレベッカからの申し付けに反することであり、もしこんなことをしているのがバレでもしたらどんな説教を受けることになるか分かったものではない。
「出来れば手短に頼むぞ、もし勝手に動いとるのがバレたらレベッカに殺されかねん」
「はっ、もう尻に敷かれてんの? ちょっとウケるんだけど」
「ただの堅物だと思っとったらこれが意外にやり手でな、しかも便利な目を手に入れたせいで更に手が付けられんのよ」
「え、それってもしかして功徳のこと? ちょっとそこんとこ詳しく!?」
遠慮するのもなんだからとコップを手に取りその中の液体を口に含み、その苦味と旨味に内心で舌を巻きつつ対面に座るナターシャへ事情を話すよう促すが肝心の彼女はレベッカについての話題の方に食いついて話せ話せと催促する始末。
これではどっちが聞き取りをしているのか分からないと思う鴎垓だったがここで気持ちよくさせておけば口も軽くなるかと思い、先程省いたこれまでのことについて語り聞かせる。
目をキラキラさせながらそれを聞くナターシャ。
鴎垓が語り終えるともう堪らないととでもいうように体を大きくそらし感嘆のため息を吐きだした。
「うわーなんかお姉ちゃんが好きそうな話だー。
ていうかまた遠退いちゃったかー、やっぱレベッカさんスゲー」
「嫉妬しとるんか憧れとるんか知らんが、こっちはお主の望みを叶えたんじゃからそっちの話というのをはよせい。
こっちは説教を食らうかどうかの瀬戸際なんじゃぞ」
「まあまあそう固いこと言わないでよ、て言うかレベッカさんの功徳
が鏡の神様のやつってのがちょっと意外かも。
アタシてっきり水系のやつかと思ってた」
鴎垓が飲んだものと同じものを飲みながらそう言ったナターシャ。
その言葉に鴎垓の頭に疑問符を浮かぶ。
まるでそっちの方が当然かというような物言い。
一体どういうことだというのが顔に浮かんでいたのか、ナターシャ
はまるで常識を語るように鴎垓へと話をする。
「あれ、知んないの?
【墜界】の攻略で得られる功徳って大体そこの環境だとか敵だとかに関係した神様のやつになるの。
今回のでいうならゴブリンと、そのボスが使ってた水に関係する功徳になると思ったんだけどそうじゃなかったからさ」
うんと考え込む鴎垓。
そう言われると確かに……しかしそれならレベッカの灰眼は一体何だというのだろうか。
鴎垓はあの精神世界のようなものを操る神だからと、てっきりそうだと思っていたが……ともすればあれはいわば水鏡のようなものだったということなのだろうか。
レベッカに宿ったのはその”鏡”の部分だけなのか?
ではもう一つの”水”の部分は一体どこへ行ったというのだろうか……。
「まあ必ずしもそうだって話じゃなくて、時々そういうこともあるみたいだからそこまで深く考える必要ないと思うよ。
さってと、話聞いて満足したしアタシの番だね。
とりま事情から話していくから聞いといてよ」
相方のことについて考えを巡らす鴎垓に気にすることないと助言し、ようやく本題へと方向を戻すナターシャ。
気を取り直した鴎垓の方に頭を近づけながら、彼女は声を潜めるようにして昨日、何があったかを喋りだす。
「いやさ、昨日ギルドに言いつけてやるって息巻いたのはよかったんだけどさ、途中で考えが変わってさ。やっぱこういうのって証拠がないと駄目じゃん?
一応こんなんでも真面目にやってきたつもりだけど、まだ半年しか実績ないわけだし、だからぐうの音も出ないほどの証拠を手に入れてやろうと思ってあいつらのこと探ってやろうしたわけよ」
どうやらあの後、ギルドには行っていないということらしい。
そうすると今ギルドに聞き込みに行っているレベッカは本当に無駄足ということになる。
お疲れさまと後で労っておこう。
「そんで昨日の路地裏に行ってみたんだけどもう居なくって、前に聞いたことがある街外れの根城に向かったの。
そしたらビックリ、あいつらお姉ちゃんが借金してるところの人間と会ってたんだ。それでさ、あいつらの会話盗み聞きして、アタシにあんなことしたのもそいつら指示のせいだって知っちゃたわけ」
「何?」
まさかまさかだ。
全く関係がないと思っていた連中がまさかそこで繋がるなどは思いもしなかった。
驚く鴎垓にナターシャは話を続ける。
「何でかは知んないんだけど、あのハワード商会の連中孤児院のこと狙ってるみたいなの。アタシの報酬がめたのも借金の返済を少しでも送らせようってことだったみたい。
お姉ちゃんあそこから金を借りるときに変な契約したみたいでそれと関係してるみたいなんだけど、そのあたりの詳しいこと聞こうとしてちょっとミスっちゃってさ」
盗み聞きしてたのがバレて夜通し追いかけっこしてた、ってが昨日変えれなかった理由――
「ふぅむ、そうなことが」
「幸い顔は見られてなかったみたいだからアタシだってのはバレてないと思うけど、あんなこと聞いちゃって何もしないわけにはいかないんだよね。
だからあいつらが何を企んでるか知るまでは帰れないよ」
そう言ったナターシャは幼い顔をキリリと強張らせ、瞳には強い意思を感じさせる輝きが宿っている。
責任感が強いというのは本当らしい。
しかし相手は組織、この少女だけでは何かと不安が残る。
やはり一度孤児院に戻ってもらうのいいだろうと思い、口を開き掛けたのだが……。
「ふぅむ、そうか、しかしそれなら……」
「まあそんなわけだからさ、お兄さんたちの方からアタシはまだ帰れないってことは伝えといてよ。
もし帰るとこ見つかって家に来られても困るしさ、ああそうだアタシはこれからあいつらの店に忍び込んでみるつもりだけどそれは黙っといてね」
「は? おいおいおい、それはいくらなんでも無謀っちゅんじゃぞ」
「大丈夫、それに関しては自信あるからさ、そんじゃそういうことでね」
ここで押し止めなければ。
そう思う鴎垓よりもナターシャの行動の方が一歩早かった。
手首に着けていた腕輪のようなものに反対の手で触れたかと、瞬く間にその体が縮んでいく。
思わず立ち上がった鴎垓。
まるで縮小――目を疑うようなその光景に彼が驚いている間にナターシャの姿は完全に見えなくなってしまう。
「これは……」
そして数秒後。
机の上にコップだけを残し。
ナターシャは完全に鴎垓の前より消えてしまったのだった。
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