39 / 72
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
腐れ剣客と白き修道女クレーリア
しおりを挟む「レベッカ姉ぇ! こっちこっち!」
「こら待てお前たち!」
「こっちだって! そんなんじゃ捕まんないよ!」
「ぺったんの癖に動きが鈍いぞ!」
「誰だ今胸がないって言ったのは!!」
「うわずりぃぞ! 子供相手に本気かよ!?」
「誰だ! 許さん!!」
施設の奥、開かれた庭で子供たちがレベッカと遊んでいる。
いや、あの様子からすると遊ばれているというのが正しいだろうか。
ただのボールの取り合いが一人の失言によって鬼の形相になったレベッカとの追いかけっこになってしまっているが、追いかけられている子供たちの表情はとても楽しげである。
それを庭に併設された椅子に座って眺めている鴎垓。
テーブルに頬杖をつきながら、じっとレベッカへと視線を向けている。
「ほう、子守りが中々板についとる。
ああだが意外に、ということでもないのか。
あやつはそういう質であったな、そういえば」
怒った表情をしながらも動きを見ればそれが本当に怒っているわけではないのが分かる。
子供たちもそれを分かっているからか、わざとレベッカの前に出ていったりなどして捕まるスリルを楽しんでいるようだ。
借金取りの男たちがいた時には施設の奥に隠れていた彼ら。
クレーリアの声にぞろぞろと出てきた時には鴎垓も少しばかり驚いたが、この光景を見れば何の変哲もない普通の子供なのだと思うばかり。
鴎垓がそんな風にこの孤児院によく馴染んだレベッカの姿にしみじみとしていると、建物の中からクレーリアがお盆にポットを乗せて現れる。
「お待たせして申し訳ありませ――あっ」
だが向かいに置いてある椅子に躓いてしまい、大きく体勢を崩してしまう。
白い髪が扇のように開き、そのまま地面に倒れ込むかと思われたが、
「おっと」
寸前で間に入った鴎垓に支えられ事なきを得る。
レベッカより少しばかり小さな身長により、すっぽりと鴎垓の懐に収まる彼女。
その際に下がった視線が彼女の豊満な胸に引き寄せられてしまったのは事故である、全くもって他意はない。
白一色の簡素な服装でありながら若干大きさが合っていないのか体の曲線が浮き彫りになり、余計に強調されてしまっているようだ。
しかしなるほど、これを見慣れている子供からしたら確かにレベッカは――などとちらと考えた鴎垓の背筋に悪寒が走る。
「……っ!?」
ブルリと震え思わず後ろを見れば、そこには――
「……」
――目の色を無くし『無』の感情を向けてくるレベッカの姿が。
これまでにない相棒の態度に冷や汗が滝のように背中を流れていくのを感じる鴎垓。いけないことをしたわけでもないのに何故だか責められているように感じ意図せず喉が鳴る。
その異様な姿に流石の子供たちも警戒を露にし、彼女に近づこうとしない。心なしか緊張感が高まり始めた庭であったが、その中の勇敢な一人がレベッカ目掛けてボールを投げたことによって再び彼女の意識は遊びへと向かい、彼らは謎の緊張感から解放されるのだった。
レベッカの死角から密かに鴎垓に向かって親指を立てるボールを投げた子供、その表情には難業をやりきった男の清々しさが浮かんでいる。
小さな勇士の勇気ある行動に対し親指を立て返すことで応える鴎垓、この借りはいつか返すと内心で誓う。
そしてクレーリアを椅子に座らせ、テーブルの上にお盆を置いて自分も椅子に座り直した。
「すみません、お手数をお掛けします」
「いやなに、意図せず見目麗しい女人と触れ合えたのだ。
これも役得というものじゃよ」
「まあ、お口が達者でありますこと」
先程のことなどおくびにも出さずそのようなことを口にする鴎垓に対し、口に手を当てながらコロコロと笑うクレーリア。ひとしきり笑った後、空中で探るような手の動きでお盆の上のカップを取り、ゆっくりと鴎垓へと手渡す。
「大したものも出せませんで、白湯で失礼を」
「いやいや、そのお心遣いだけで十分。
ごねるほど舌が肥えとるわけでもなし、これ以上ない持て成しよ」
「そう言っていただけると助かります」
両手でそれを受け取った鴎垓がうっすらと湯気の立つカップへと口をつけ、舌を湿らす。クレーリアも自分のカップを手に庭の方へと顔を向ける。お盆に残るもう一つのカップはレベッカのものであろう。
鴎垓もつられるようにそちらへと体を向けた。
「皆楽しそう、最近はあまり構ってあげられなかったから本当に助かるわ」
「儂には遊ばれとるだけに見えるんだが」
「ふふふ、そうかもしれませんね」
「おい」
以前からの知人に対し中々な言い様である。
ツッコミを入れる鴎垓に対し「ごめんなさいね」と言っているが、それもどこまで本気なのか。
それから暫く、二人は庭で遊ぶレベッカと子供たちの姿を見ていると、不意にクレーリアより声が掛けられる。
「気になりますか?」
それが何を指しているのか。
正直色々ありすぎてどれのことだか分からない、といいたいところだが、今回に至っては鴎垓も見当がついている。
「まあ、興味がないと言えば嘘になるわな」
「ふふ、正直なお方、でもそういうのは好感を持てましてよ。
お察しの通り――ワタシのこの両の目は、ほとんど何も見えておりません」
視線が露骨過ぎたか。
それとも慣れたものなのか。
クレーリアは一切動揺することなく、自らの欠陥を口にした。
これまでのことからある程度分かっていたことだが、本人からこうも何でもないことのように語られるとどう反応したものかと身構えてしまう。
そんな鴎垓の逡巡などいつものことだというようにクレーリアは自分のことについて話を続ける
「生まれついての弱視でして、世の景色どころか親の顔すら朧気にしか見たことがありません。貴方様の顔も輪郭がぼんやりと分かる程度です。
あ、でもワタシ体は丈夫なんですよ。
これでも神殿での修行で鍛えていたので」
片手を振り上げ力こぶを作ってみせる彼女であったが、服が僅かに隆起する程度の細腕にどこまで力があるのかと疑問に思わざる得ない。
ただ本人は実に得意気な様子。
ふん、ふん、と何度も鴎垓に見せてくるものだからばっさり否定するわけにもいかず、鴎垓はこの話題を避けるため頭を巡らせ、そういえばと気になっていたことを彼女に質問した。
「その神殿というのはさっきの陽玉なんとかのことか?」
「はい、その通りでございます。
天に燦然と煌めく御方、ワタシどもの産みの親にして光の神”エルソラ”を主神として崇める教団――それが陽玉教でございます。
弱者の救済と戦士への助力を教義とし、日夜魔神と戦う方々の負担を少しでも癒すための活動を主としております」
「ほう、それはまた、何とも素晴らしい団体だこと。
しかしそれにしちゃあ……」
鴎垓はそこまで聞いて周囲へと視線を巡らした。
言い淀む鴎垓の頭を動かす動作から何を言おうとして語尾を濁らせたか気付いたクレーリアは臆することなくそれを語る。
「それにしては住んでる建物がお粗末なものだ、そう言いたいのでしょう」
「まあ、有り体に言えば。
ここを見ればやっとることに対して見合った金があるとは思えん。
さっきの連中のこともある、一体何があった?」
明らかに老朽化した施設。
柱や壁だけではなく、おそらく天井なども穴や亀裂が入っていることだろう。
このカップとて一部欠けがある。
そのような状態になった原因があの男たちにあるのか、そう聞く鴎垓に対しクレーリアは、
「……んー、内緒です。
この問題はワタシが解決しなければならないものですから、折角来て下さったお客様にわざわざ言うべきことではありません。
ご気分を悪くされるだけでしょうし」
と、あくまで自分達のことだからと内情を晒すのを拒んだ。
「そうか、分かった。
ならこっちからは聞かん」
それに鴎垓も素っ気ない態度で応じる。
「あら、追求したりしないのですね?」
「まあ、知人のレベッカが言うならともかく、ついさっき会ったばかりの赤の他人がとやかく言うのは筋違いというやつだと思うての。
人それぞれ事情ってもんはある。
それともなんじゃ、首突っ込んでほしいのか?」
「あー……いえ、その。
どうしましょう、初めて会うタイプの方で少し戸惑っています」
鴎垓の態度がこれまでにないものだったためか、どことなく肩透かしを食らったような顔をするクレーリア。
視線を前に向けながらそれに応じる鴎垓。
「まあ普通なら『力になります』とか『あいつら許せん』とかいうんじゃろうが、まず真っ先に行動するはずの人間が大人しいからな。
それなのに儂一人で暴れるわけにもいかんさ」
「レベッカ様のことですか?」
「おお、一応あいつと儂は相棒みたいなもんでな。
これから一緒に活動するってところじゃったんじゃが、儂のせいでその一歩が踏み出せんでな、そこそこ迷惑を掛けとる。
だからというわけではないのだがまあ、あまり勝手をする気にはなれんのよ」
相棒の活動する場所を無闇矢鱈と荒らすようなことをしたくない。
そういう意図での言葉であったがそれをクレーリアがどう受け取ったのか、やおら色めき立ち視線の合わぬ瞳を輝かせ鴎垓へと向ける。
「まあまあ、彼女が珍しく人を連れてきたと思ったらまさかコンビを組むことになるなんて、わっ凄い、とっても驚きですわ。
あの、よろしければ出会った経緯などお聞してもよくって?」
「うん? いや、そう面白いもんでもないぞ?」
「ええ、ええ、構いませんわ、どうぞ聞かせて下さいまし!」
「そうか、それじゃあ――」
まあ、このまま待っているのも暇だろうし。
遊び終わるまでの時間潰しになればいいかと。
そう考えた鴎垓は乞われるまま、隣で耳を澄ますクレーリアへ向けこれまでの経緯を話し始めるのだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~
クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。
だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。
リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。
だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。
あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。
そして身体の所有権が俺に移る。
リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。
よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。
お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。
お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう!
味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。
絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ!
そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
冷遇ですか?違います、厚遇すぎる程に義妹と婚約者に溺愛されてます!
ユウ
ファンタジー
トリアノン公爵令嬢のエリーゼは秀でた才能もなく凡庸な令嬢だった。
反対に次女のマリアンヌは社交界の華で、弟のハイネは公爵家の跡継ぎとして期待されていた。
嫁ぎ先も決まらず公爵家のお荷物と言われていた最中ようやく第一王子との婚約がまとまり、その後に妹のマリアンヌの婚約が決まるも、相手はスチュアート伯爵家からだった。
華麗なる一族とまで呼ばれる一族であるが相手は伯爵家。
マリアンヌは格下に嫁ぐなんて論外だと我儘を言い、エリーゼが身代わりに嫁ぐことになった。
しかしその数か月後、妹から婚約者を寝取り略奪した最低な姉という噂が流れだしてしまい、社交界では爪はじきに合うも。
伯爵家はエリーゼを溺愛していた。
その一方でこれまで姉を踏み台にしていたマリアンヌは何をしても上手く行かず義妹とも折り合いが悪く苛立ちを抱えていた。
なのに、伯爵家で大事にされている姉を見て激怒する。
「お姉様は不幸がお似合いよ…何で幸せそうにしているのよ!」
本性を露わにして姉の幸福を妬むのだが――。
異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜
アーエル
ファンタジー
女神に愛されて『加護』を受けたために、元の世界から弾き出された主人公。
「元の世界へ帰られない!」
だったら死ぬまでこの世界で生きてやる!
その代わり、遺骨は家族の墓へ入れてよね!
女神は約束する。
「貴女に不自由な思いはさせません」
異世界へ渡った主人公は、新たな世界で自由気ままに生きていく。
『小説家になろう』
『カクヨム』
でも投稿をしています。
内容はこちらとほぼ同じです。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
異世界複利! 【1000万PV突破感謝致します】 ~日利1%で始める追放生活~
蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。
中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。
役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる