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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参

腐れ剣客と白き修道女クレーリア

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「レベッカ姉ぇ! こっちこっち!」

「こら待てお前たち!」

「こっちだって! そんなんじゃ捕まんないよ!」

「ぺったんの癖に動きが鈍いぞ!」

「誰だ今胸がないって言ったのは!!」

「うわずりぃぞ! 子供相手に本気かよ!?」

「誰だ! 許さん!!」



 施設の奥、開かれた庭で子供たちがレベッカと遊んでいる。
 いや、あの様子からすると遊ばれているというのが正しいだろうか。
 ただのボールの取り合いが一人の失言によって鬼の形相になったレベッカとの追いかけっこになってしまっているが、追いかけられている子供たちの表情はとても楽しげである。
 それを庭に併設された椅子に座って眺めている鴎垓。
 テーブルに頬杖をつきながら、じっとレベッカへと視線を向けている。

「ほう、子守りが中々板についとる。
 ああだが意外に、ということでもないのか。
 あやつはそういうたちであったな、そういえば」

 怒った表情をしながらも動きを見ればそれが本当に怒っているわけではないのが分かる。
 子供たちもそれを分かっているからか、わざとレベッカの前に出ていったりなどして捕まるスリルを楽しんでいるようだ。
 借金取りの男たちがいた時には施設の奥に隠れていた彼ら。
 クレーリアの声にぞろぞろと出てきた時には鴎垓も少しばかり驚いたが、この光景を見れば何の変哲もない普通の子供なのだと思うばかり。

 鴎垓がそんな風にこの孤児院によく馴染んだレベッカの姿にしみじみとしていると、建物の中からクレーリアがお盆にポットを乗せて現れる。

「お待たせして申し訳ありませ――あっ」

 だが向かいに置いてある椅子につまずいてしまい、大きく体勢を崩してしまう。
 白い髪が扇のように開き、そのまま地面に倒れ込むかと思われたが、

「おっと」

 寸前で間に入った鴎垓に支えられ事なきを得る。
 レベッカより少しばかり小さな身長により、すっぽりと鴎垓の懐に収まる彼女。
 その際に下がった視線が彼女の豊満な胸に引き寄せられてしまったのは事故である、全くもって他意はない。
 白一色の簡素な服装でありながら若干大きさが合っていないのか体の曲線が浮き彫りになり、余計に強調されてしまっているようだ。
 しかしなるほど、これを見慣れている子供からしたら確かにレベッカは――などとちらと考えた鴎垓の背筋に悪寒が走る。

「……っ!?」

 ブルリと震え思わず後ろを見れば、そこには――

「……」

 ――目の色を無くし『無』の感情を向けてくるレベッカの姿が。
 これまでにない相棒の態度に冷や汗が滝のように背中を流れていくのを感じる鴎垓。いけないことをしたわけでもないのに何故だか責められているように感じ意図せず喉が鳴る。
 その異様な姿に流石の子供たちも警戒を露にし、彼女に近づこうとしない。心なしか緊張感が高まり始めた庭であったが、その中の勇敢な一人がレベッカ目掛けてボールを投げたことによって再び彼女の意識は遊びへと向かい、彼らは謎の緊張感から解放されるのだった。

 レベッカの死角から密かに鴎垓に向かって親指を立てるボールを投げた子供、その表情には難業をやりきった男の清々しさが浮かんでいる。
 小さな勇士の勇気ある行動に対し親指を立て返すことで応える鴎垓、この借りはいつか返すと内心で誓う。
 そしてクレーリアを椅子に座らせ、テーブルの上にお盆を置いて自分も椅子に座り直した。

「すみません、お手数をお掛けします」

「いやなに、意図せず見目麗しい女人と触れ合えたのだ。
 これも役得というものじゃよ」

「まあ、お口が達者でありますこと」

 先程のことなどおくびにも出さずそのようなことを口にする鴎垓に対し、口に手を当てながらコロコロと笑うクレーリア。ひとしきり笑った後、空中で探るような手の動きでお盆の上のカップを取り、ゆっくりと鴎垓へと手渡す。

「大したものも出せませんで、白湯で失礼を」

「いやいや、そのお心遣いだけで十分。
 ごねるほど舌が肥えとるわけでもなし、これ以上ない持て成しよ」

「そう言っていただけると助かります」

 両手でそれを受け取った鴎垓がうっすらと湯気の立つカップへと口をつけ、舌を湿らす。クレーリアも自分のカップを手に庭の方へと顔を向ける。お盆に残るもう一つのカップはレベッカのものであろう。
 鴎垓もつられるようにそちらへと体を向けた。

「皆楽しそう、最近はあまり構ってあげられなかったから本当に助かるわ」

「儂には遊ばれとるだけに見えるんだが」

「ふふふ、そうかもしれませんね」

「おい」

 以前からの知人に対し中々な言い様である。
 ツッコミを入れる鴎垓に対し「ごめんなさいね」と言っているが、それもどこまで本気なのか。
 それから暫く、二人は庭で遊ぶレベッカと子供たちの姿を見ていると、不意にクレーリアより声が掛けられる。

「気になりますか?」

 それが何を指しているのか。
 正直色々ありすぎてどれのことだか分からない、といいたいところだが、今回に至っては鴎垓も見当がついている。 

「まあ、興味がないと言えば嘘になるわな」

「ふふ、正直なお方、でもそういうのは好感を持てましてよ。
 お察しの通り――ワタシのこの両の目は、ほとんど何も見えておりません」

 視線が露骨過ぎたか。
 それとも慣れたものなのか。
 クレーリアは一切動揺することなく、自らの欠陥を口にした。
 これまでのことからある程度分かっていたことだが、本人からこうも何でもないことのように語られるとどう反応したものかと身構えてしまう。
 そんな鴎垓の逡巡しゅんじゅんなどいつものことだというようにクレーリアは自分のことについて話を続ける

「生まれついての弱視でして、世の景色どころか親の顔すら朧気にしか見たことがありません。貴方様の顔も輪郭がぼんやりと分かる程度です。
 あ、でもワタシ体は丈夫なんですよ。
 これでも神殿での修行で鍛えていたので」

 片手を振り上げ力こぶを作ってみせる彼女であったが、服が僅かに隆起する程度の細腕にどこまで力があるのかと疑問に思わざる得ない。
 ただ本人は実に得意気な様子。
 ふん、ふん、と何度も鴎垓に見せてくるものだからばっさり否定するわけにもいかず、鴎垓はこの話題を避けるため頭を巡らせ、そういえばと気になっていたことを彼女に質問した。

「その神殿というのはさっきの陽玉なんとかのことか?」

「はい、その通りでございます。
 天に燦然と煌めく御方、ワタシどもの産みの親にして光の神”エルソラ”を主神として崇める教団――それが陽玉教ようぎょくきょうでございます。
 弱者の救済と戦士への助力を教義とし、日夜魔神と戦う方々の負担を少しでも癒すための活動を主としております」

「ほう、それはまた、何とも素晴らしい団体だこと。
 しかしそれにしちゃあ……」

 鴎垓はそこまで聞いて周囲へと視線を巡らした。
 言い淀む鴎垓の頭を動かす動作から何を言おうとして語尾を濁らせたか気付いたクレーリアは臆することなくそれを語る。

「それにしては住んでる建物がお粗末なものだ、そう言いたいのでしょう」

「まあ、有り体に言えば。
 ここを見ればやっとることに対して見合った金があるとは思えん。
 さっきの連中のこともある、一体何があった?」

 明らかに老朽化した施設。
 柱や壁だけではなく、おそらく天井なども穴や亀裂が入っていることだろう。
 このカップとて一部欠けがある。
 そのような状態になった原因があの男たちにあるのか、そう聞く鴎垓に対しクレーリアは、

「……んー、内緒です。
 この問題はワタシが解決しなければならないものですから、折角来て下さったお客様にわざわざ言うべきことではありません。
 ご気分を悪くされるだけでしょうし」

 と、あくまで自分達のことだからと内情を晒すのを拒んだ。

「そうか、分かった。
 ならこっちからは聞かん」

 それに鴎垓も素っ気ない態度で応じる。

「あら、追求したりしないのですね?」

「まあ、知人のレベッカが言うならともかく、ついさっき会ったばかりの赤の他人がとやかく言うのは筋違いというやつだと思うての。
 人それぞれ事情ってもんはある。
 それともなんじゃ、首突っ込んでほしいのか?」

「あー……いえ、その。
 どうしましょう、初めて会うタイプの方で少し戸惑っています」

 鴎垓の態度がこれまでにないものだったためか、どことなく肩透かしを食らったような顔をするクレーリア。
 視線を前に向けながらそれに応じる鴎垓。

「まあ普通なら『力になります』とか『あいつら許せん』とかいうんじゃろうが、まず真っ先に行動するはずの人間が大人しいからな。
 それなのに儂一人で暴れるわけにもいかんさ」

「レベッカ様のことですか?」

「おお、一応あいつと儂は相棒みたいなもんでな。
 これから一緒に活動するってところじゃったんじゃが、儂のせいでその一歩が踏み出せんでな、そこそこ迷惑を掛けとる。
 だからというわけではないのだがまあ、あまり勝手をする気にはなれんのよ」

 相棒の活動する場所を無闇矢鱈と荒らすようなことをしたくない。
 そういう意図での言葉であったがそれをクレーリアがどう受け取ったのか、やおら色めき立ち視線の合わぬ瞳を輝かせ鴎垓へと向ける。

「まあまあ、彼女が珍しく人を連れてきたと思ったらまさかコンビを組むことになるなんて、わっ凄い、とっても驚きですわ。
 あの、よろしければ出会った経緯などお聞してもよくって?」

「うん? いや、そう面白いもんでもないぞ?」

「ええ、ええ、構いませんわ、どうぞ聞かせて下さいまし!」

「そうか、それじゃあ――」



 まあ、このまま待っているのも暇だろうし。
 遊び終わるまでの時間潰しになればいいかと。
 そう考えた鴎垓は乞われるまま、隣で耳を澄ますクレーリアへ向けこれまでの経緯を話し始めるのだった。

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