腐れ剣客、異世界奇行

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第一章 腐れ剣客、異世界に推参

VS暴水鬼その3 絶望極まされど光明は絶えず

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 結晶からの光を浴び、その姿を変容させていく暴水鬼。
 吹き荒れる風、この瞬間を邪魔させないとでもいうような暴風の悪意を前に身を屈め耐えることしか出来ない鴎垓たちはこの異常事態を止めるられず、最悪の結果を迎えることとなる。
 


『――グウウウウウウ……』

 その肉体――更に頑強に。
 その眼光――更に凶悪に。
 その威圧――更に強力に。

『――ゴォオオオオオオォオオオオオオオ…………!!!!!!』

 暴風が収まり、その中から出てきたものは――先ほどとは似ても似つかぬもの。
 低い唸り声が咆哮となって鳴り響く。
 まるで、己の力を天地に示さんとでもするかのように。そんなかつてゴブリンだったものは、最早人の手には届かぬ存在へと変貌を遂げたのだった――。





「これは……何と言うことだ……!」

 巨大となった暴水鬼の動きは早かった。
 炎の巨人をも越える身の丈でありながらも増強された筋力によって風の俊敏、そして性格はより悪辣に。
 鴎垓を地面に下ろしたフィーゴは敵の攻撃から仲間を守るために再び防壁を張る。
 そこへ襲い掛かる|の水弾――肉体と同じく強化されたそれは以前とは大きさも威力も段違いになっておりそのあまりの威力にフィーゴは圧倒されてしまっている。

 強靭な手足によって、地面だけでなくをも足場に使い空間をまるで蜘蛛のように縦横無尽に動き回る暴水鬼。
 あらゆる方向から水弾を放ち、決して的を絞らせない。
 その猛攻にあれほど堅牢であった防壁がその度に軋みをあげる。
 体を貫く衝撃に耐えながら、フィーゴの脳裏には”これが目的だったのか”という思考が浮かぶ。
 彼は何故レベッカが拐われたのかそうずっと疑問に思っていたのだが、今ここでその答えがようやく分かっただ。

 彼は始めはこの空間そのものが暴水鬼を強化しているのだと思っていた。守護者ガードの中にはそういった種類のものもいて、あの暴水鬼もまたそういう類いのボスだと考えていたのだ。

 そのため拐われたレベッカはあくまで自分たちに対する人質で、自分の得意な場所に誘い込むための餌のようなものだと思っていた。
 だが違う。
 そうではなかった。
 奴は決して、人質のために彼女を拐ったのではない。
 彼女はにえ――力を搾取する生け贄としてここに連れてこられたのだ。

 そして彼女は自分達が助ける前に核の結晶の中に取り込まれてしまった。おそらく最後の一滴まで力を搾り取るためだろう。
 そもそも人が核に取り込まれるなど聞いたこともないが、今目の前で起こった出来事は全て現実、そこから考えられることは……一つ。


 ――レベッカをもう、助けられないということ。
 

「いや、まだだ……まだ間に合う……!」

 何と軟弱、何たる惰弱な!
 ここまできてその考えに至った自分を叱りつけたい!
 そんなことは、あらゆる手を尽くした後に考えればいいことだ!
 今はこの敵をどう倒すかに集中しろ!

「だが、どうする……!」

 徹底的に近づかないつもりの敵をこの三人でどうやって倒す。
 打開策が見つからないまま防壁を維持しつつ、その後ろで視線を向けるフィーゴ。

「……」

 そこにはじっと目を閉じ、座り込んで何かをしている鴎垓の姿があった。
 ”少しの間任せる”とだけ言い残しそれきりの黙り込んだこの男。
 この状況下でこんなことをするなど正気の沙汰ではない。
 だが。

「君なりの手立てがあるんだろうな、オウガイくん……!」

 この男はやることには何か絶対意味があるはずだだ。
 それは必ず、この状況を打破できるもののはず。
 そうでなくては困るぞと、歯を食い縛って敵の攻撃に耐えるフィーゴ。
 まるで眠ったように静かな男に一縷の望みを託し、彼はこの場を死守することに全力を尽くす。



「そんな……ちょっとあんまりですわこれ……!」

 そして二人から離れたところにいたフランネルもまた、この事態に動揺していた。
 通常の姿勢に戻った巨人ゴーレム、あれほど頼もしかったはずのしもべを越える規格スケールの差。
 眼光を向けられただけで分かる凶暴性。
 彼女もまた暴水鬼の水弾の標的となり巨人を盾にすることで何とか攻撃自体は防げているものの、威力が増した水弾にさしもの巨人も反撃が出来ないでいる。

 その影で必死に耐えるフランネル。
 一撃一撃が巨人を作り出す力を消耗させ、徐々に彼女を追い詰めていく。
 ふと脳裏に過るのは地上に返らせた従業員たちと、そして尊敬する父のこと。
 灯士としての活躍を周りに望まれながらも、商人として生きる覚悟を認めてくれた父。そして頼もしい従業員たちの支えによってここまで来れた。
 そしてまだ、自分は皆と離れるつもりはない。
 微塵たりとも。

 

「こんなところで息絶えるなどぜっっっったいに御免でしてよ!
 私はここであいつを倒し、レベッカさんを連れて皆のところへ帰るのです!
 テイラーハンズの娘が諦めてたまるものですか!」



 決意新たに。
 解放するは更なる炎熱。
 巨人の姿が陽炎のように揺らぎ出す。
 
「私の巨人ゴーレムがこの程度ではないことを見せてやりますわ!」

 主人から送られる膨大な力を燃料に、炎の巨人はその形を変容させていく。
 過剰なまで力の上昇に亀裂が走り、逆巻く炎が吹き出していく。
 灼熱の空気が嘶き、声なき巨人の高らかなる雄叫びが暴水鬼へと叩きつけられる。
 不遜なる挑戦状。
 身の程知らずの蛮行に暴水鬼は牙を剥き、巨人へと敵意を露に空中より飛びかかる。
 再びぶつかり合う二つの巨体。
 だがこれで、敵はまた地上へと降り立った。


 


 ――そしてそれを待っていた男が一人、音もなく立ち上がる。




「うおっ!」

「……よし、それでいい。それが一番の問題じゃった」

 地面に突き立てた大剣を支えに体を引き起こす。
 急に動いてフィーゴを驚かせる鴎垓。
 それに構わず。
 内に灯る熱量はまるで敵の強さに比例するかのように、鴎垓の顔に形容しがたい笑みを形作っている。
 突き立てた剣を担ぎ直し原始的な殴り合いを繰り広げる巨大な人形ひとがたたちの方へと走り出す鴎垓へ防壁を解除し追従するフィーゴ。
 色々聞きたいことが多すぎる。

「何かやっていたのはもう終わったのか!?
 というかどうするつもりだ!
 あの中に飛び込むつもりじゃないだろうね!」

「いや、そのつもりじゃ」

「なんだと!?」

 座り込んで黙っていたと思ったら次はあの中に飛び込むだと?
 そんなあり得ないことをさも当然のように語る鴎垓。
 そして更に予想外のことを口にした。



「そうすれば――勝てるぞ、この戦い」



「は? か、勝てる……だと?」

 その言葉の意味を理解できないフィーゴは鸚鵡おうむ返しのように言葉を繰り返す。
 勝つ――この期及んでどうしてそのような言葉が吐けるのか。
 その理由を説明するためか、鴎垓は暴水鬼の方を指差してこう言い放つ。



「奴め、デカくなったはいいが肝心なことを忘れとる。
 デカくなったということは即ち――が生ずるということをな」



 聞きなれない言葉に黙るフィーゴ。
 それに構わず、鴎垓は指を動かしながら説明を続ける。

「体というのは意外に繊細でな、ただ大きくすればいいというもんではない。闇雲に肉を肥大させたところで逆に振り回されるだけよ。
 それは無論、奴にも当てはまる」

 ピッ、と走りながら示す先は暴水鬼の足。
 フィーゴの視線もそこに向く。 

「あれを見よ、もう一方と比べ儂に切られていた方の足は太くなっておる。おそらくだが体を守ろうという本能によるものじゃろう。
 その証拠に上半身なんぞはあの炎の奴の拳打を存分に浴びせられたせいか必要以上に膨れ上がっとる。
 まるで出来の悪い人形にんぎょうじゃ、立っとるのが不自然なほどにの。

 そして元の体とああまで違えばもはやと言って差し支えまい、それは即ち体を動かす経験がまたということじゃ」

 他にもいくつか構造上悪い点をあげていく鴎垓。
 その指摘一つ一つが信憑性のあるものであることに気付き、敵が変貌した直後にそこまで見抜く眼力に驚愕するフィーゴ。
 もしそうなら――絶望に閉じ掛けた思考に一筋の光が差す。
 だが驚くのはこれだけではない。



「――それにもう一つ、奴の秘密を見抜いた」


 
 肉体の弱点を見抜いた鴎垓、彼は更に別のことにも気付いていた。
 スッと動き上を示す指。
 その先にあるもの、それは――



「あの頭上に聳える角――あれこそ奴の、暴水鬼の弱点に違いあるまい」



 ――変貌を重ねる敵の中で唯一、最初から変化しないまま存在する白磁のような一本の角であった。



「あの薄気味わるい石が光を発した瞬間、それに呼応するかのように奴の角が同色に輝いた。
 おそらくじゃがあの角には何か、石から送られる力をがあるんじゃろうて。
 そしてそういうものには大抵、力をもついとるもんじゃ」

 そして一旦指で指すのを止めた鴎垓はフィーゴへと顔を向け、

「フィーゴ殿――お主あの小僧の身に起こったことを覚えとるか?」

 と、意味深なことを問うてくる。

「レットのことかね? 彼が今何と関係して……――っ、まさか!?」

 その質問の意図は一体――そう思い掛けたフィーゴの脳裏に稲妻が走る。
 決して同じとは言いがたいが状況自体はあの時と似ている。
 あまりにも突飛な、しかしありえないとは言えないもの。

「おう、そのまさかよ」






「過ぎた力に溺れれば身を滅ぼすことになる。
 その莫大な力、暴走させればあの巨体とて一溜まりもあるまい。
 お前自身の手で、その命を断ち切ってもらうとしよう」


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