上 下
24 / 72
第一章 腐れ剣客、異世界に推参

VS暴水鬼その2 フランネル大炎上、男たちの企み

しおりを挟む

 フランネル・テイラーハンズ。
 彼女は一応灯士トーチであるものの、本来は衣類を専門に扱う大商人の愛娘である。
 生まれたときより功徳を与えられ、幼少の頃より灯士として活躍することを周囲から熱望されていたが本人はあくまで父の商いを手伝うことを目標に生きてきた。
 戦うことよりも、服に触れていることの方が好きだったから。

 ただの一枚の布が熟練の職人の手に掛かれば、たちまちの内に見る者も着る者も魅了する芸術品となる。
 特に服と着用者が一体となったときのあの
 それは彼女にとって最も心揺さぶられる出来事だった。
 だからこそフランネルは自身を商人であると名乗り、これまで積極的に灯士として活動することはなかった。

 だから誰も、そして彼女自身もそれを知らない。
 彼女が本気でその身に宿る力を存分に振るった時の――その紅蓮の炎の激しさを。
 それはまさに、燃え盛る極炎と称するに値するものだということを。






 鴎垓はこの作戦を実行することを若干……いや結構……いやかなり後悔していた。本音を言えばこんな光景を見るとは思っていなかったのであれだが、頼んだのは自分なので今更の話である。
 高波が効かぬと見てか鴎垓と戦ったときに使用した水弾を次々放ちフィーゴの防壁を突破しようと試みる暴水鬼。

「普段は周りに被害が及ぶかもしれないので大分力を抑えていましたが」

 その様子を見つめながら二人より離れた位置に立つフランネル。
 周囲には彼女を中心に熱波が吹き荒れ、髪を煽りたなびかせる。

「今のわたくしの最大火力というのがどの程度のものなのか、是非この機会に試してみるといたしましょう」

 それはあくまで余波。
 大いなる力の一部に過ぎない。
 本番は――これから。



「これなるは炎神”ファイズ”より賜りし功徳。
 お出でなさい私の忠実なるしもべ――『睥睨する炎巨人オーヴァーヒート・ゴーレム』――!!」

 主人の言葉に応え、その存在が姿を現す――!!!



       《   ――   》




 それは核から供給された力によって輪郭を増した暴水鬼を上回る大きさの――炎で出来た木偶人形。
 顔と下半身が燃え上がる炎の形をして宙に浮かび、胴体から伸びる太い腕の先には四つの角ばった指がついている。
 つり上がった紅瞳が目の前の敵を睨み付け、全身から放つ熱気はそばにいる鴎垓たちをも容赦なく焼き、水浸しの地面を急速に乾かしていく。

「さあ、始めますわよ――行きなさいっ巨人ゴーレムッ!」

 フランネルの指示に動き出す巨人。
 フィーゴがタイミングよく防壁を解除し、開かれたその体躯からは想像できないほどの速度で敵へと突撃する。
 いきなりそんなものが現れた驚愕に攻撃の手が止まる暴水鬼は易々と巨人の接近を許してしまう。

「ぶちかましておやりなさい!」

 振りかぶられる巨人の右腕。
 我に返り慌てて迎撃する暴水鬼。
 圧倒的な暴力が真正面からぶつかり合う。

《――!》

『――ゴァアアア!』

 結果は互角。
 衝撃波を撒き散らし。
 互いに弾かれ仰け反るようにして距離が開く。

「まだ! もう一撃よ!」

 立て直しは巨人が制し。
 非生物特有の物理法則を無視した動きで体を操り隙を晒す敵へ、今度は左の拳が飛ぶ。

『――オゴッ……!?』

 鼻の頭にクリーンヒット。

「まだまだ!」
 
 たじろぐ追撃もうワンセット。

『――ゴガァ……ッ!?』

 咄嗟に張った水の壁。
 拳は焼け石無駄なだけ。
 炎の巨人は伊達じゃねぇ。

「ぶち抜きなさい!!」
 
《――……ッ!》

 拳拳拳の連打ラッシュ
 体の至るところに突き刺さる灼熱の打撃。
 防戦一方の暴水鬼。
 守ることしかできない。

『――ォオオオオオオオオ……!!?』 

 ――体に刻まれる焼傷。
 ――打撃の鈍い痛み。
 ――追い込まれている。
 ――ここまで強くなったというのに。
 ――足りない、まだ力が足りない……!

 炎の巨人に押し込まれ、体を縮めて耐える暴水鬼。
 一種の膠着状態――これを待っていた男たちが居た。



「よっしゃ、行くぞフィーゴ殿」

「おお、準備は万全だ! いつでもこい!」

 暴水鬼と巨人が戦っている間ちゃくちゃくと準備を進めていた二人。作戦決行のタイミングは予想以上にいい状況でやってきた。
 巨人によって押さえつけれ、片膝をついて身動きが出来なくなった暴水鬼。
 頭の位置が低くなり、想定していたよりも容易く首へ手が届く。
 だがそれでも人一人の跳躍力ではまだ切断するには力が足りない。

「では行くぞぉおおお!!!」

 それ故の――この作戦。

「こぉおおおい!!!」

 距離を離して向かい合うように並んだ二人。
 位置的にフィーゴが前となり、暴水鬼に背を向け盾を構えている。
 そのフィーゴへ向け走る鴎垓。
 一気に狭まった二人の距離――その瞬間。

「いっせー――」

 加速を維持したまま跳躍した鴎垓、フィーゴの盾を踏み台に。

「――のーっせ……っ!!!」

 『殴盾シールドバッシュ』――暴水鬼をも弾き返した一撃が、更なる後押しで鴎垓を遥か上空へと押し上げる。
 弾丸となった鴎垓は狙い通りの軌道を描き――暴水鬼の後ろ首へと一直線に降下していく。

「――その首、貰ったぁあああああ!!!!!」

 全体重に加速を勢いを足し、これまでにない威力の攻撃を繰り出そうとする鴎垓。
 そこでようやく暴水鬼はこれがこのための
 だが今更気づいたところで身動きの出来ない暴水鬼にこれを避ける術はない。


 ――獲った。


 そう確信した――まさにその時だった。


『――ォオオ』


 膝を折り、圧力に耐える暴水鬼。
 自身へ迫る恐るべき刃。
 ――これで終わりか?
 ――こんな呆気なく?
 ――いや違う!
 ――自分はこんなところで、終わる存在ではない!


 ――もっと力を。


『――オォオオオオォ……!!!』


 ――もっと、もっと。
 

『――グォオオオオオオオォォオ……!!!!!』



 ――もっと強大な力を寄越せ……!!!



 その力への渇望が、この窮地において連動する核へと届いた。
 核は自身を守る存在のため活性化を始め力を結集させる。
 その対象には核に取り込まれた――レベッカも含まれていた。



「うぁあああああぁああああ……!!?!!?」

「何っ……!?」

 体を蝕む痛みによって絶叫するレベッカ。
 それによって鴎垓の意識が思わずそちらに反応してしまう。

「レベッカさん……!!」

 それはフランネルも同様に。
 視線の先で苦しむレベッカの姿に動揺し、巨人の制御が僅かに揺らぐ。
 暴水鬼はその隙を見逃さない。

『――グォオオォオオオオオ!!!!!』

 僅かに緩まった圧力。
 拮抗していた力の天秤が大きく傾くのにそれだけあれば十分だった。
 逆転は一瞬。
 飛び上がりの勢いを利用した体当たりは巨人を浮かび上がらせ、大きく吹き飛ばす。

「きゃっ……!?」

「うぉおお……っ!?」


 意識の隙間で行われた脱出劇に対応できず、巨人に巻き込まれないようにするので精一杯のフランネルが身を竦め、突如標的が動き狙いが外れた鴎垓がそのまま空中から墜落するところをギリギリでフィーゴがキャッチ、どうにか無事に地上へと帰還する。


 
 だが、事態は最悪だ。 



 痛みに気絶したレベッカ。
 顔を伏せぐったりとしたその体を全て飲み込んだ青黒い結晶はその中央から一筋の光を放ち――


『――グォオ……ォオオオオオオオオオオオオ…………!!!!!!!!』



 ――その光を浴びた暴水鬼は、メキメキという音を放ちながら、更に巨大な化物へと成長を遂げていくのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

神竜に丸呑みされたオッサン、生きるために竜肉食べてたらリザードマンになってた

空松蓮司
ファンタジー
A級パーティに荷物持ちとして参加していたオッサン、ダンザはある日パーティのリーダーであるザイロスに囮にされ、神竜に丸呑みされる。 神竜の中は食料も水も何もない。あるのは薄ピンク色の壁……神竜の肉壁だけだ。だからダンザは肉壁から剝ぎ取った神竜の肉で腹を満たし、剥ぎ取る際に噴き出してきた神竜の血で喉を潤した。そうやって神竜の中で過ごすこと189日……彼の体はリザードマンになっていた。 しかもどうやらただのリザードマンではないらしく、その鱗は神竜の鱗、その血液は神竜の血液、その眼は神竜の眼と同等のモノになっていた。ダンザは異形の体に戸惑いつつも、幼き頃から欲していた『強さ』を手に入れたことを喜び、それを正しく使おうと誓った。 さぁ始めよう。ずっと憧れていた英雄譚を。 ……主人公はリザードマンだけどね。

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

転生兄妹の英雄譚―いずれ世界を救う兄妹は、それぞれのユニークスキルで無自覚に無双する―

椿紅颯
ファンタジー
極普通の高校生二年生、佐近守と一つ下の妹佐近恵海。 彼らは本当に極普通で特技も特にない極普通の青少年少女。 ただ、守は少しだけ人より正義感が強く、恵海は少しだけ人より笑顔が似合うだけ。 そんな佐近兄妹はある日、不慮の事故により命を落としてしまう。 時は過ぎ、それぞれに同じ異世界で再び生を受ける兄妹。 だが、再び兄妹として生まれるほどロマンチックなことは起きず、現実世界と同じ年齢になっても尚巡り合うことすらなかった。 そんなある日、アルクスは一人の少女をパイス村にて助けることに。 生まれ変わっても尚、己の正義感を捨て去ることはできず行動するのだが、それをきっかけに止まっていたかのような時間が動き出す。 再会を果たす兄妹。 それは運命の巡り会わせなのか、それとも偶然なのか。 動き出した小さな歯車は次第に大きくなり、村を、街を、国を、世界をも巻き込んでいく。

拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!

FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。

転移したらダンジョンの下層だった

Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。 もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。 そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...