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第一章 腐れ剣客、異世界に推参
腐れ剣客とアラワレシモノ
しおりを挟む松明の灯りに照らされた道。
その先の地面にうつ伏せで倒れているリットの姿を見つけたレベッカは手に持っていたそれを放り投げ急いでリットへと駆け寄った。
「リット! おいリット……!
無事か、意識があるなら返事をしろ!!」
力の入っていない体を起こして仰向けにし、頬を叩きながら呼び掛けるレベッカ。右腕の二の腕を切り裂かれてそこから血が出ているのを見て痛ましい顔をしつつも素早い動きで布で締め付けそれを止血する。
そうして体を触られていたからか、閉じられていたリットの瞼がピクリと動いた。
「……あ」
「――っ気付いたか! 私だリット、レベッカだ!
もう大丈夫だぞ、!」
小さな呻き声。
意識が戻ってきたのに感づいたレベッカが必死に呼び掛けを続ける。
その後ろで佇む鴎垓。
どことなく警戒の色をした視線を道の先へと向けている。
「……め」
「無理に喋らなくて、今安全なところまで運んでやるからな。
まったくお前は勝手にいなくなって、皆心配したんだぞ」
そのことにリットの介抱をしていて気付かぬレベッカ。
何かを伝えようとするリットに無茶をさせるまいとし、わざと明るい調子で励ましの言葉を掛けている。
他にどこか悪いところはないか、れっとの体のあちこちを触りそれ以上の怪我がないことに安心し、運び出すための準備をしようと渡されていたポーチから道具を出そうと中身を探り。
「め、だ……、げ」
「だから喋らなくていい。
おいオウガイ、何をやってる!
こっちに来て手伝ってくれ、早く休ませてやらないと」
「いや、それは無理じゃ」
――そうしてようやく、同行者の様子がおかしいことに気がついた。
「……オウガイ?」
「いいか、小僧を抱えたら全速力でこっから逃げろ。
何があっても決して振り向くでないぞ」
並みでないその険しい様子に思わず戸惑いの声をあげてしまったが、それに構うことなく剣を抜きすぐに逃げろと言ってレベッカたちの前へと進む鴎垓。
その姿から感じるかつてないほどの警戒心。
こんな鴎垓は見たことがない、急な展開についていけないレベッカ。
「お、おい一体何の」
「はよせい! 死にたいかっ!!」
そして逃げろと言ったにも関わらずまだ状況を飲み込めていないレベッカへ怒声を浴びせる鴎垓。そこにはこれまであった余裕など微塵もない、切羽詰まって仕方がないというような響きがあった。
「だめだ……あいつはお前でも、敵わない。あいつ、あいつは――」
そしてその僅かな戸惑いが、彼らから貴重な時間を奪った。
リットがうわ言のように唱えていたもの。
――それは「あいつから逃げろ」という、リットからの警告だったのだ――
「行けぇえええええ!!!!」
「うぉ、おおおおおおお!!!!」
感じた。
今度ははっきりと。
あまりにもおぞましい威圧感――何故自分はこれが分からなかったのかという疑問は恐怖によって掻き消され、鴎垓の絶叫に呼応するようにして体が自然と動いた。
瀕死のリットを背に全力で走るレベッカ。
彼女の頭にはあったのは、それから必死に逃げることだけだった。
その滑稽な姿を、そいつはたいして興味もなさそうな顔をして見逃す。
それが自分より遥かに劣る存在であると本能で悟り、わざわざ相手をするまでもないと判断して。
ああだが、あれはさっきの小さいのよりもなぶり甲斐がありそうだ。
そう思うと途端に惜しくなる、だから追おう。
目の前のこの存在を蹴散らして。
『――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!』
狭い洞窟内に特大の咆哮が響き渡った。
その衝撃は大気を激しく揺らし、正面にいた鴎垓へともろにぶち当たる。
「くっ――!?」
両手で顔を庇い踏ん張ることでそれに耐え、咆哮が終わるのを待ってようやくそいつの全貌が視界へと収まる。
地面に落ちた松明に下から照らされ、より一層恐ろしさを際立たされるその姿。
「……こいつはどうにも、とんでもない奴と出会うてしまったようじゃのう」
その偉容、正に筋骨隆々。
青い肌には赤茶の刺青が施され。
腕、脚に荒縄を巻き、腰には分厚い腰巻き。
得物たる大剣は鍔がなく武骨、包丁の如く光は鈍く。
鋭い牙と黒い瞳を備える頭部には荒々しく生える鬣のような毛髪。
そしてその額からは白磁のように白く聳える--一本の角が伸びていた。
「はっ、餓鬼やどうたらと言っとったがお前の方がよほど鬼らしいではないか。
それにしても……もしやお前が――守護者というやつか?」
レベッカより聞いた、この領域の最後の守り。
敵の総大将、最大戦力。
人間抹殺の神造兵器。
最奥にて待ち構えているはずのその存在と、何故このような場所で相対せねばならぬのか。
「核のある場所におるんではうおぉっ……!?」
その疑問に対する返答は容赦のない一撃であった。
何も考えていない横振り。
しかしそれがとにかく速い――!
相手の動きに注目していなければ反応できなかったであろうそれを辛うじて避ける鴎垓。目標を捉えられなかった大鬼は煩わしいとでも言いたげに表情を歪め再度大剣を振るう。
「うおぅ……!?」
またも紙一重。
ぎりぎりでそれを避ける。
旋風が髪を煽る。
「……おいおいおい、ここまでか。
強いというても流石に限度ってもんがあるじゃろう」
軽く言っているように見えるが既に思考加速--立禅は発動中である。その加速した世界に身を置きながらも攻撃をよけるので精一杯、あまりの圧の強さに攻め手の立てようがない。
脳に負担は掛けるがここは持久戦しかないと気を引き締める鴎垓だったが、敵に不審な動きがあり――
「何じゃっ、――……っ!?」
――あまりの速さに体が追い付かなかった。
無茶な体勢で何とかかわす。
避け切れず裂ける肩口、途端に血が滲む。
辛うじて致命傷にならなかったのは万全の体勢と思考加速の賜物か。
鴎垓に冷や汗を流させた敵の攻撃の正体。
それは彼も目を疑うものであった。
「み、ず……?
水を吐きおったのか、こいつ!」
かわす瞬間ちらと見えたそれ。
何か針のような、槍のような形状。
それは確かに、あの大鬼の口より吐き出された水の塊であった――!
「くそっ、これは不味いっ!!」
その攻撃が意味することにすぐさま思い至った鴎垓は苦悶に顔を歪めた。
その理由は主に二つ。
まず一つは手数。
ただでさえ対処のしずらい強攻撃に飛び道具まで加わるのだ。しかもそれが避けるしかなく、鴎垓の持つ剣だけではリーチの差もあって不利。例え水矢を避けたところで次の大剣がどうにも出来ない。
次に場所。
狭い一本道というこの場所、敵の大剣の軌道をある程度見切りやすくしてくれていたものの、高速で迫る水矢を相手取るには狭すぎる。
これがまだ逃げながらであれば話は違ったかもしれないが、それだけは選ぶことはできない。
残されたのは真っ向からのぶつかり合い。
水矢をかわし、大剣を潜り抜け、その肉に塊に剣を届かせる。
その手段を思考する間を与えぬとでもいうように、大鬼が再び大剣を振りかざす。
「来るかっ!」
またも咆哮。
気圧されぬようしっかりと地面に踏ん張り剣の軌道から目を逸らさない。
寧ろ逸らすのはその軌道――横合いより剣を挟み込み体全体で毛皮流しを行い剛力をやり過ごす。
金属が擦れる不快な音が木霊し洞窟内に反響する。
「ちぃいい……!!!」
手の痺れに舌打ち。
たった一撃受け流しただけでそれだ。
そうそう何度もできるものではない。
反対に相手はそれが通常攻撃だ、理不尽とはこのことであろう。
「舐めるなよデカブツが!!」
しかしさしもの鴎垓。
二度目にしてコツを掴んだか一撃目よりも多少負担を少なく剣撃を受け流し、その僅かな余力で懐に飛び込んだ。
狙うは脚。
機動力をまず削ぐつもりのその一閃は――
――ガギン……!!!--
「かた……、っしま――」
――肉とは思えぬ音を立てて阻まれた。
予想以上、いやこれはまるで予想外。
これなる大鬼の体皮、なんという堅さであることか。
さながら岩を思わせるほどの手応え、借り物では到底太刀打ちできぬ。
意表を突くその堅牢さに気を取られ、迫る迎撃に反応が遅れる。
「っ、ぉああ……っ!!?」
壁に激突。
強く背中を打つ。
「お、おぼぉ……けはっ……っ!?」
咳き込む。
肺が苦しい。
息が出来ない。
踞る鴎垓に興味をなくしたか、逃げた獲物の行方を追う方を優先してか。空いた道を我が物顔でのし歩く大鬼。
レベッカを追うことに比重を置いたこの行動、待ったを掛ける者があり。
「――待たんかいコラぁ……」
自分から離れていく敵の背へ向け、荒い口調で投げ掛ける。
その言葉の意味は分からずとも、それに込められた感情は理解できたのだろう。
先程よりも濃密なその殺気に、大鬼も足を止めざる得ない。
「なに止めを刺さんうちに行こうとしとるんじゃ。
こちとら伊達や酔狂で剣客名乗っとるわけではないぞ」
割れた額より垂れし血に染まり、真っ赤な仮面のような有り様を呈するその顔に。
鋭い眼光厳と怒らせ、よろめく肢体で宣言す。
「――行かせんよ。
あやつらを追うならまず、この儂をどうにかしてからにするがいい。言っておくが、儂ゃただで道を譲るつもりは毛頭ないぞ」
その手には二剣。
右にフィーゴの借用剣。
左にリットの置き去り剣。
それらそれぞれ手中に納め。
構えしは下方、上弦の月が如く。
「強者に合うてはこれに挑むるは剣客の性。
されどそれが人の道理も知らぬ化物とあらばさもありなん、一方的に名乗らせてもらうぞ」
「――自流・腐れ剣客の鴎垓。
夢想果たせず無様に死した愚か者だが、この好機に巡り会えたのならばそれもよし。
幾万と重ねし修練の成果、今仲間を守らんがために振るおうぞ」
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