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第一章 腐れ剣客、異世界に推参
腐れ剣客怒られる、その後
しおりを挟む「まったくお前は……自分が何をしたのか分かっているのか!」
「本当ですわ! ああ私の商品がこんな姿に……はやく脱いで下さいまし!!」
「はっはっは、すまんすまん」
鴎垓とリット。
二人の突発的な戦いはリットの力押しに対して圧倒的な技でもって上回った鴎垓の辛勝という形で終了となった。
この勝敗はリットがまだ力を扱いきれておらず、鴎垓も剣を抜かないというハンデがあったからだが、それはそれとして二人ともズタボロとなったのはいうまでもない。
鴎垓はリットの攻撃を薄皮一枚のところで避けるために全身に小さな出血をいくつも作りズタズタ、リットも鴎垓の拳打の嵐によって体の大部分に軽い打撲を負いボロボロ、最後踏み荒らされた地面に倒れ込んだことで土まみれになっていたからだ。
そんな二人の戦いが終わったと見るやいなや、駆け足で近寄ってきたレベッカとフランネルに無理矢理連れられて説教と同時に傷の手当てを受けている。
ガミガミと五月蝿い二人に挟まれ、さしもの鴎垓もたじたじ。
ちなみにリットの方は怖い顔をしたフィーゴが直々に担いでいっていた、あちらも後が空恐ろしい次第だ。
「本当にお前というやつは、お前自分が何をやったのかわかってるのか? 結果何もなくてよかったものの、一歩間違えば大怪我で済まなかったかもしれないんだぞ!!
怪我だってこんなに……覚悟しろよ!」
「そうですわ!
あなたが着ているのはただの試作品ではありませんことよ!
これはこれからの衣類の歴史を変える栄えある叩き台、それを任されておきながらああも無様な戦いをして無駄に傷をつけるとは!
さあお脱ぎなさい! 私どもの商品がこんなものではないことをたっぷりと分からせてやりますわ!」
純粋に鴎垓のことを心配してくれている方とそうでない方からやいのやいの言われつつ、服を引き剥がされ再び褌スタイルへと逆戻りとなった鴎垓。
奇声をあげながら従者たちの方へと爆走していく少女を見ながら、怪しい眼光で手当て道具を持つレベッカの情け容赦ない消毒攻撃に耐える。
怪我の治療のためなのか、最初にあった時のあの狼狽えようは鳴りを潜め、言葉とは反対に優しい手つきで処置をしていく。
そのまま包帯を巻き始まるまで一切の抵抗を諦めていた鴎垓はある程度までそれが進んだところで口を開いた。
「いやーしかし、あの商人殿、ありゃほんとに大物じゃのう。
まず言うべきことが服とは、天晴れなもんじゃ。
して小僧は? 無事か?」
「……フィーゴ教官に任せてる。
無理をしすぎたんだあの馬鹿」
自身の傷については何も言わず、倒した相手のことを心配する鴎垓に何かモヤモヤとしたものを感じつつも、それに答えるレベッカ。
実際怪我の度合いで言えばこっちよりもあっちの方がよほど酷いだろう。
「――あいつが使った『灯気活性』は、誰にでも使えるものじゃない。一時的に超人的な力を出せるようになる代わりに、その後の反動が凄まじいからだ」
なまじそれが出来る才能があっただけ、あいつは不運だったのかもしれない――。
包帯を巻く作業を止めず、そういってリットが使った技について話し出すレベッカ。その声はどこか後悔のような響きが混じっている。
「本来体内に留まっている灯気を外に溢れ出させるほどに活性化させるということは、それだけ体に負担を掛けるということなんだ。
二や三の力しか通らない管に無理矢理十も二十も流そうというんだからな、未熟な奴は出来たとしてもせいぜい五や六の力しか扱えない。それ以外は制御が出来なくなって体から出ていってしまうんだ。
当然その分の灯気は消費されるし、灯気の奔流に体が耐えきれない」
――その結果があの姿だ。
「……服の下は内出血でいくつも斑点ができていた。
おそらく内蔵にも傷を負っているだろう、静かなのが逆に心配だ」
「……そうか」
それに、鴎垓は何もいうことが出来ない。
だがそれで納得ができないレベッカは彼の背へ向けてどこか責めるように、言葉を言い募る。
「……なあオウガイ、お前はどうして戦うことを選んだんだ。
もし最初にお前があいつを諌めてくれていれば、こんなことにはならなかったはずじゃないのか?
確かにあいつの行動はよくなかったが、それでも……」
その言葉にどうしたものかと内心で悩む鴎垓。
どうしてとか言われてもそんなのはごく個人的な理由だし、これを言うともっと怒られそうだしで言うか迷ったが、リットを心配するレベッカのことを考えるとここはきちんと理由を言わなくてはならないと思い、鴎垓は口を開いた。
「……欲目が出た」
「欲目?」
「そうじゃ、あいつの尋常ならざる動きにどう返せばよいか、それを考えたら無性に試したくなってしまったのよ。ただそのせいでどうにもやり過ぎてしまった」
唐突に。
ぽつりぽつりと。
男は語り出す。
「確かにお主の言う通りじゃ。
いくら小僧の態度にむかっ腹が立っていたとはいえ、自重を忘れてはならんだろう。
しかしな――」
どうしてなのか。
どうして分かっていながら止められなかったのか。
そんな感情に思わず声をあげそうになる彼女の動きを、その次の言葉が引き留める。
「――こういう奴がいるのだと思うと、嬉しくなってしまってなぁ」
しみじみと漏らすその言葉に、レベッカの瞳が揺れる。
責められているのに、駄目なことだったと分かっているのに。
どうしてこいつはこんなにも――嬉しそうなのだろう。
それが見えない鴎垓はそれに気づかず、独白を続けていく。
「前におったところではな、儂は自分の剣士としての限界をありありと感じておった。
相手するのは人ばかり。
獣を相手にしようとも、それ以上はいない。
諦めこそせんかったが、目ぼしい奴もおらんくなって、これが自分の出来る限りのことで、これ以上には行けないだろうと。
そうする内、あまりに遠い目標は儂から気力を奪っていった。
こっちにくる寸前の儂はそれこそ枯れ木と同じようなもんじゃった。
だが、こっちに来てからはどうじゃ?
数で勝り、自身の身の丈に勝るような化物相手に伍するどころか易々と乗り越える連中ばかり、こんなもんを見せられて興奮するなというほうが無理というもんじゃ!」
しかしそれは男の奥底にある、苦悩そのものだった。
どれだけ修行に身をやつしても甚だ見えぬその境地。
高すぎる理想を前に、この男は常に苦しめられてきた。
「だから思うた。
もしかしたら、ここでならもしかしたら、成せるかもしれんと」
だがどうだ、この世界は。
これまでの常識などまるで通用しない化物と、それと戦う人々。
想像を遥かに越える次元で戦う者たちのなんと羨ましいことか。
言うなれば理想――この異常極まりない異世界は、まさに鴎垓にとっての理想とする場所!
「長年の夢、我が悲願!
目指せども正解は見えず霞の如く消え、ただ漠然と頭の中にあるのみ!
だが小僧との戦いを通し確信した――!
猪武者の未熟者でもあれだけの力を得ることができたのだ――!
それを手中に獲ることが出来るならば……今度こそ叶うはず……!!!」
唐突に跳ね上がる声量。
ビクリと体を震わせ思わず産毛が逆立つレベッカ。
穏やかな語り口からこの変わり様、それに背中から感じるこの……熱量は一体?
いや、背中だけではない、全身から溢れるこれは――闘気とでも言うべきものか?
それはまるで星が降った後の焼け融けた地面のような莫大な熱量を錯覚し、心身に重くのし掛かる重圧は呼吸が苦しくなるほど。
「儂が真に斬りたいのは、あんな出来損ないの化物ではない!
もっとずっと、強大で凶悪で尊大な――ありとあらゆる邪悪の頂点に立つような隔絶した超常たる存在!
あの日より儂を苦しめ続ける奴を打倒するに必要な力を得られるのなら、儂はいくらでも戦おう!
どんな化物でも倒そう!
そして強くなって強くなって……!!
その果てに、儂は……」
「……お前」
その先を、鴎垓は言うことが出来なかった。
がくりと頭を落とし、項垂れる。
無意識に周囲へ放っていた闘気も収縮し、レベッカの呼吸も元に戻る。数度深呼吸して落ち着いたところで改めて前を見れば先程とはまるで違う、しょぼくれた鴎垓の背中。
傷だらけなのも相まって何故だか、酷く寂しそうに見える。
言葉を止めたのはここまで感情的になってさえ、吐き出せないものがあったからだろうか。それともその背中が物語る――孤独故なのだろうか。
抱える過去の大きさを感じ、胸が詰まるような感覚がレベッカの喉から言葉を奪う。
「――すまない二人とも、大変なことが起こった」
そうして黙り込む二人のところへ、荒く足音を立てながらフィーゴが現れた。
同じようなタイミングでそちらへと視線を向ける鴎垓たち。
何やら緊急事態らしく、フィーゴの顔は焦燥に濡れていた。
いぶかしむ二人へ彼は教官としての立場から毅然とした態度でそのことを告げる。
――休憩所から、リットが姿が見当たらなくなった、ということを。
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