腐れ剣客、異世界奇行

アゲインスト

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第一章 腐れ剣客、異世界に推参

腐れ剣客は飯が食いたい

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「――おいクソ野郎! 俺と戦え!!」
 


 
「……いや、今は飯時なんじゃけど?」
 
「関係ねぇ! いいから俺と戦えってんだよ!!」
 
 それはようやく昼食が始まる、という正にその時だった。
 皆が出来上がった暖かい食事に目を輝かせ、準備が整うまでの間一つの輪となり即席の食卓を囲んでいたところ、唐突にそのような要求が赤毛の少年、リットの口より発せられた。
 
 当然その内容は受け入れ難いものであり、その相手である鴎垓しかり他の者たちしかり、皆困惑の表情でリットを見ていた。
 
「リット、一体どういうつもりだ。
 今は皆で昼食を囲み、親睦を深めこれからの戦いに備えようという時間だと理解してのことか?」
 
「そうだぞリット、こんなに美味しそうな食事を前にしてそんなこと、お前も早く座れ、冷めてしまうぞ」
 
「そうですわよリット、これは折角シェフが腕によりを掛けて作った特製ランチでしてよ。」
 
「それって今しなきゃいけないことなのかなリット、僕」
 
「他人に迷惑かけてる自覚あるリット? 私たちがこんなご飯食べられる機会なんてそうそうないのよ」
 
「だそうじゃが」
 
「うるせぇええええーーーーー!!!
 お前ら全員腹ペコかコラぁあああーーー!!!」
 
 ――そうだよ。
 おそらくほぼ全員がそのことを思ったに違いない。
 だが今それを言ってはまた燃え上がるだけだと誰もが口をつぐんだ。
  
「飯なんぞ後でいくらでも食えるだろうが!
 それよりさっさと立てよ! そして俺と戦えクソ野郎!!」
 
「ええ……なしてお主と戦わねばならんのじゃ。
 それは飯より優先せなばならんことなのかのう」
 
「当たり前だろうが! テメェちょっと活躍してるからって調子に乗ってるみてぇだがなぁ、それは所詮テメェの勘違いだってことを教えてやるんだよ!」
 
 相手が思うように乗ってこないことに腹を立てたのか、言葉遣いがどんどんと乱暴になっていくリット。やるというまで引くつもりがない様子にどうしたものかと頭を悩ませる鴎垓。
 正直言ってここまでやられる理由が理解できない。
 
「ふむ……」
 
 さてどうすべきか。
 当然のことながら飯は食いたい。
 だがこの問題を放置するのもいかがなものか。
 二つを天秤に掛け悩む鴎垓。
 そこにフィーゴが救いの手を差し伸べてくる。
 
「オウガイ君、受ける必要ないぞ。
 リット、お前も少し落ち着け。そんなことをする必要がどこにある」
 
「黙れよオッサン! あんときゃ黙ってやったけどな、やっぱり灯士でもない奴がここにいるのは納得いかねぇんだよ!
 【墜界ネスト】攻略は灯士だけに許された神聖な戦いなんだよ、それなのに商人やその従者を参加させただけじゃ飽きたらず、今度はただの一般人だと! 
 ふざけんじゃねぇ! 
 いつからここはお遊戯の場になりやがったんだ!!」
 
 
 
 ――ここはなぁ! 戦場なんだよ!――
 
 
 
 教官の声を押し退け、少年の叫びが坑道内に響き渡る。
 その主張は彼にとって譲れないもの、決して犯されてはいけない絶対のルールに等しい。
 それを土足で荒らす存在は誰であろうと許さない。
 そうした意思が瞳にありありと現れていた。
 
「なるほど……つまりお主は儂のことが気に入らんということじゃな」
 
「そうだ! テメェはここに相応しくねぇ、そのことをじきじきに教えてやる! さあ立てクソ野郎! 俺が勝ったらその足でこっから出ていきやがれ!」
 
 そしてそのもっともたる存在として、彼は目の前の男に牙を向いた。
 激情に駈られるその瞳に射られる鴎垓。
 それにすぐに反応することなく、黙ったまま彼はただ真っ直ぐに受け止める。
 何がこの子供をそこまでの感情に駆り立てるのか。
 思案に刈られ黙り込むその様子に鴎垓の顔色を伺っていたレベッカはこれ以上はよくないことが起こる、やめさせるべきだと口を開いたのだが、
 
「おいリット! お前なにを勝手なことを――」
 
「ええぞ、やろうか」
 
 
 
 ――その前に鴎垓が突然快諾。スタッと席より立ち上がったのだ。
 
 
 
「っオウガイ、お前まで何をっ!?」
 
「男がそこまで言うんじゃ、これを受けねば沽券に関わる。
 だがもしお主が負けた場合、分かっておろうな?」
 
 まさかの申し出。
 驚愕するレベッカに取り合わず、今だ鋭い眼光を向けるリットへ向けて脅しのような言葉を掛ける鴎垓。
 既に腰には剣が据えられ、今すぐにでも戦えると言いたげな格好である。
 それを見たリットはニンマリと好戦的な笑みを浮かべ、
 
「はっ! もう勝った気でいやがるか。
 ますます気に入らねぇ……そんなもんはテメェが俺にズタボロにされて終わりだから考える必要もねぇ」
 
 と、強気な発言で切って捨て、クイと顎で移動するよう示してくる。
 それに応じた鴎垓は食卓から十分に距離を取ったところで立ち止まり、同じように移動したリットが剣を構えた状態でその前に相対する。
 唐突に始まった二人の決闘まがいの私闘に周囲の人間は置いてけぼりである。
 本来であればこの戦いを止めねばならない立場のフィーゴですら、この急激な展開についていけていなかった。
 
 しかし、そんなこと二人には関係ない。
 既に互い以外は目に入っていない彼ら。
 自然体で佇む鴎垓。
 浅い呼吸のリット。
 
 待ちの構えの鴎垓に切り込む隙でも作ろうかとでも思ったのか、いつまでも剣を構えない相手に焦れたリットは催促するように挑発を掛ける。
 
「……どうした、抜けよ。
 ご自慢の剣技を披露するんじゃねぇのか?」
 
「生憎こいつは借りもんじゃ。
 それに、利かん坊のガキに抜くような剣ではないのでな。
 教官殿の持ち物に教え子を傷付けたような曰くを付けるわけにはいくまいて」
 
 
 
 
 ――無手でよい。遠慮なくこい、ガキ――
 
 
 
 
「なめんじゃねぇええぞコラぁああああああ!!!」
 
 
 ――激昂が迸る。
 鴎垓のその言葉が開始の合図となった。
 
 先制はリット。
 肩口で構えた剣を突撃の勢いのまま振り下ろす。
 容赦なく、しかし考えなしのその一撃に鴎垓これを体捌きのみで避ける。
 続く連撃。
 これも同じく。
 
「どうした! おら! 大口叩いてっ! 避けるばっかか!」
 
「そう思うならそう思っとけ、今のお前では儂に一撃たりとも当てることはできん」
 
「ほざけクソ野郎ぉ……!!」
 
 吠えるリット。
 更に激しさを増す斬撃。
 やたらめったら。
 増える手数。
 反面。
 遠い有効打。
 
「だぁらぁああ!!」
 
「――甘い」
 
 渾身の一撃。
 だが未熟。
 それ故食らう肘打ち|《カウンター》
 
「ぶっ……!?」
 
 諸に鳩尾。
 急所。
 痛み。
 どっと出る汗。
 ついで胃袋。
 吐き出したくなるも意地が拒む。
 
「ほれ続けんか。
 まだ始まったばかりじゃぞ」
 
「う、うるせぇ……言われなくても、そのつもりだボケェええええええ!!!!」
 
 叫ぶ。
 奮い立たせる。
 この相手だけはと感情が拒絶する。
 怒り。
 反発。
 原動力に。
 前へと体が突き進む。
 
 

 
 ――だが。
 
 
「それい」
 
 幼き戦士のその行進は、たった一歩で阻まれた。
 深く、体の奥底にねじ込まれる拳。
 衝撃は先の比ではない。
 悶絶必至。
 打たれた腹を抱え地面へと沈む少年。
 
「……こんなものか」
 
 確実に決めた。
 そう確信する鴎垓は宣言通り剣を抜くことなく、無謀な挑戦者を一蹴した。
 倒れ伏す相手に一瞥をくれ、後を去ろうとする。
 
 
「――待てよ」
 
 
 だからこそ、その声は幻聴かと思った。
 振り返る。
 そこには震える足で体を支え、口元の吐瀉物を袖で拭うリットの姿が。
 
 
 
「――まだ終わりじゃねぇ、こっからだ。
 本当の灯士トーチの戦いってやつは」
 
 
 
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