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第一章 腐れ剣客、異世界に推参
腐れ剣客と彼女の恩師
しおりを挟む「――まったく、一時はどうなることかと思ったぞ。
勝手な行動はあれほど慎んでくれといっただろうに」
「申し訳ありません、フィーゴ教官……しかし」
平地に不自然に現れた山の麓に設置されテントの中。
ランプの明かりに照らされながら二人の男女が会話をしていた。
「言い訳は聞きたくないよ。
君の軽率な行動が我々に危険を招く可能性を考えたかね?
もし君の発見がこの時点で出来ていなかったら、その時は捜索のためにこの広大な【墜界】の中をさ迷わなければならなかっただろう。今いる人員でそれをやるには何もかも足りていない。
最悪の場合、君は見捨てられていたかもしれないんだ」
「はい……それは重々、承知しております」
男の方は椅子に座り、女の方――レベッカはその前に直立している。
フィーゴと呼ばれた男は短く刈り上げた頭髪を荒く掻きながら厳しい表情で目の前の少女を睨みつけていた。
甘えは許さないというようなその視線にレベッカは緊張し二の句が告げない。
何より掛けられる言葉の全てが正論である。
「いいかい、自分たち灯士は【墜界】で戦う時にはまず、自身の命を守らなくてはいけない。
それはどんなときであろうともだ。
仲間のために行動するのはいいが、そればかりに意識をとられてしまっているようでは未熟と言わざる得ない。
折角次の灯級になれるだけの素質があるんだ、もっと自身の行動を反省してくれ」
「はい、本当に申し訳ありませんでした……」
それが分かっているからこそ、レベッカは強く反論できない。
自分の行動が仲間に大きな迷惑を掛けてしまったという事実はなくならないのだ。
「……だが、君があそこでディジーを庇ってくれなければ彼女の方が怪我を負っていたかもしれない。
足場が崩壊するという不運も重なったが、咄嗟のことで君を助けることの出来なかった自分にも責任はある。
大変な迷惑を掛けてしまったな、レベッカ君」
彼女のその姿に十分反省したと見て、フィーゴは相貌を崩して失態を謝る。
これまで厳しい言葉を掛けてきたがそれも全て彼女を心配してのことだ、ともすれば自ら危機に飛び込んでしまいかねないレベッカにはいくら言葉を尽くそうと足りない。
しかし、話せば長いが二人はただの知り合いというにはいささか複雑な関係。
そのため彼はどう接すればよいかを今だに計りかねている。
「いいえ、悪いのは私です。
期待されているにも関わらずあのような軽率な行動をして。
叱責は当然のこと、寧ろ罰を受けなければそれこそ後輩に顔向けができません」
「……ふぅ、君のその真面目なところは確かに美徳だが、それも少々度が過ぎているぞ。自分も強く言い過ぎた、今回のことでこれ以上君を責めるつもりはないよ。
ただ、もっと君自身の命を大切にしてほしい。
それだけは忘れないでくれ。
まあとにかくだ、君が無事で本当によかった。これで自分もギルド長に『有能な人材を無闇に散らせたな』などと叱責されずにすむよ」
「過大な評価に身が引き締まる思いです。その期待にお応えできるよう、お言葉は決して忘れません。
それで、その……」
そうして一通り説教が終わったところでレベッカがもじもじおずおずとした態度をし出す。それが『聞きたいことがあるけどそれを自分からは言いづらい』という葛藤の現れであることを知っている教官は教え子の相変わらずなその癖に苦笑を浮かべつつ、意地悪をせず答えてやる
「安心しろ、あの子たちなら全員無事だ。
今は疲れて眠っているよ」
「そ、そうですか!
ああ、本当に……無事でよかった」
立場的に厳しくしないといけないがついつい甘やかしてしまうおっさんと、そんな視線に気付かず安堵の声をあげる少女。
まるで年の離れた親子の会話のような一幕。
これがドラマであれば抱き合ってお互いの無事を喜ぶシーンで音楽が流れたりするんだろう。
「あのーもうそろそろ話は終わったかのう。だったらいい加減こっちをどうにかしてもらいたいんじゃがー」
そういう流れなど知ったことではないのがこの男。
半裸の変態、腐れ剣客の鴎垓である。
蚊帳の外で放置され続けその挙げ句に二人の心暖まる光景を見せられ続けていた鴎垓はもう我慢の限界とばかりに声をあげた。
つい先ほどまで絶景に当てられ呆然とした状態だったにも関わらず、いつの間にか勝手に移動させられ、気付いたらこんなところで変な格好をさせられている。
しかも女中っぽい者たち――後で聞いたがメイドというらしい――に囲まれその体勢で色々採寸を取らされているのだが、それについて質問しようにも巻き尺を持つ彼女たちの真剣な雰囲気に圧倒されできぬ始末。
そのままあれこれとポーズを取るようにという指示にあえよあれよと従い続けること暫く。
そしてこの事態を打開できそうな人たちの話がようやく終わりそうだったので、助けを求めて声を掛けたというわけである。
「ああ、待たせてすまないね。
レベッカ君から大まかな事情は聞いているが、君からも話を聞かせてもらえないだろうか。何分このような事例は珍しくてね。
自分はフィーゴ・ローレン。
レベッカ君とは別のギルドに所属している三灯級の灯士だ」
「おおこれはどうもご丁寧に、儂は鴎垓。親しい者には腐れ剣客と呼ばれておってって違う違う、そうじゃない。
こっちじゃこっち、この連中!
お前その目は節穴か?
身の上話なら後でいくらでも付き合うからまずはこの連中に儂を解放するように言ってくれ、さっきから要求がどんどん難しくなっていっとるんじゃけど。儂自分で今どんな格好してるか全くわからんのじゃけど!!」
「とても前衛的だと言っておこう。
自分も君がどうやってそんな体勢がとれているのか理解できない。
まあこうして会話ができているのだ、大事はない。
おおい君たち、もう十分採寸は済んだだろう、遊ぶのはそれくらいにして主人を呼んできてくれたまえ」
え、何これ遊びだったの?
こんだけやって儂遊ばれとっただけ? マジ?
と驚く鴎垓を他所にフィーゴの言葉に従ってテントの外へ退散していく侍女たち。
その後ろ姿を見送りながら全くえらい目にあったとボキボキと音を鳴らしながら体を元に戻しぼやく鴎垓。
フィーゴはその間にレベッカに向けていた椅子を持ち上げ鴎垓の方へと置き直す。
「中でのことは概ねレベッカ君から聞いたよ。
彼女が危ないところを救わってもらい感謝する。
ただ、君のような人物を自分も知らない、最初の集会の時にも居なかったはずだ。
だが君は記憶喪失だという話だし、よければその辺りのことも交えて情報を交換したいと思うんだがどうだろう?」
ここで一番立場が上の人間らしく、見ず知らずの人間相手でも紳士的な態度で接してくるフィーゴ。
記憶がないというのはおそらくレベッカが気を使って事前にそう言ってくれたのだろう。あれこれ訳の分からないことを伝えるよりはその方が話が通じやすいと考えて、実際鴎垓も異世界から来たなんてことを言うわけにもいかないのでこの設定はありがたかった。
「いやーそれはありがたい。
何分右も左もといった状態でな
よろしくお頼み申す、フィーゴ殿」
鴎垓もこれに快諾し、まずは自分の身に起こったことから話を始めた。内容がそこまでないので短くすむというのもあったが、何より自分の口から状況を語ることによって誠意を示すつもりでの行動。
ある程度はレベッカによって事の子細が伝わっており、詳しく聞かれたのは彼女と出会う前のことについて。一度死んだ云々は記憶喪失を利用して誤魔化し、それ以外は正直に全てを話した。
洞窟の奥地で目覚めたこと。
目覚めたら裸だったこと。
探索をしていたら声が聞こえ、その場所に行くとゴブリンに囲まれるレベッカを見つけたこと。
レベッカを助けるためにゴブリンの集団に喧嘩を売ったこと。
ゴブリンを全滅させたこと。
そしてレベッカと協力し、洞窟の外に出てきたこと。
身ぶり手振りを交えこれまでのいきさつを語る鴎垓。
そうして鴎垓が話し終えるまで沈黙を保った彼は暫くの間頭の中でその言葉を整理し、それから口を開いた。
「――なるほどな。
君、名前はオウガイというんだっらか。
ありがとう――心から礼を言いたい。
君の勇気ある行動のお陰で自分の大切な教え子が無事に帰ってこられた。それだけで君が我々に仇なす存在でないことは明白だ。
そして君を少しでも疑ったことを謝らせてほしい」
すまなかった――と、フィーゴは頭を下げ謝意を示した。
疑念はあれど教え子が救われたのは事実。
だったらそれが全てだ、天秤に掛けるまでもない。
自分の頭一つ、下げてどうなるということではないがそれでも感謝を伝えなければ気がすまないが故の行動。
それに驚いたのはレベッカたちだ。
恩師がそんな考えで頭を下げたとはは思いもよらないレベッカは予想外の出来事に慌てふためき、どうにかそれを止めさせようとする一方。
鴎垓はフィーゴが見せた謝意に驚愕しつつ、レベッカへの深い愛を感じさせるその姿にいたく感心した。
鴎垓はフィーゴに彼女が助かったのは偶然であり、それにそこまでされては逆に申し訳ない。あくまで自分は剣客として当たり前のことをしただけだといって彼に頭を上げてくれるよう求めた。
そうして自分の行動が恩人を困らせていることに気付いたフィーゴはそれ以上意地を張ることはなく、またありがとうといってスッと体勢を戻したのだった。
レベッカも落ち着きを取り戻し、場が元の状態へと戻る。
「いやはや、見苦しい姿を見せてしまったな。
こんな醜態では次の話も何もないと言いたいところだが、情報交換と言った手前ここで梯子は外せまい。
さてそうだな、改めて考えると何から話すべきかな……。
事前の知識すらないとなるとそれここ最初の最初からになってしまうのだが……」
ここで語り部は交代し、鴎垓からフィーゴへ。
ではまずはここがどこなのかというところから始めるとしようか――という前置きがあってから、彼による異世界”ホウド”についての話が始まるのであった。
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