上 下
6 / 72
第一章 腐れ剣客、異世界に推参

腐れ剣客と洞窟再び

しおりを挟む

 
 
「――おりゃあぁあああ!!!」
 
 大声をあげながら一人突撃する赤髪の少年。
 使う獲物はレベッカが使っていたものと同じ長剣だが、力任せに振り回すだけで技も何もない。
 敵のゴブリンを追いかけてどんどんと仲間から孤立していくのを後ろからレベッカがフォローしてどうにか囲まれるようなことにはなっていないが、本人はそれを理解してはいまい。
 
 
「――こ、こっちこないでぇ!!!」
 
 その後方で弓矢を構える茶髪の少女。
 怯えの叫びは本心からだろう、狙いを付けなくてはならないはずが目をつむって適当に矢を放っている。時折赤髪やレベッカの方へと飛んでいったりするが如何せん怯えによる引き絞りの甘さが原因でへにょりと地面に落ちている。
 肝心の敵への命中率もお察しだ。
 
 
「――えい! やぁあ!! とうぉお!!!」
 
 そしてその二人の中間あたりで槍を握るもう一人の少年。
 三人の中で一番背が高く体格もまともそうだが、動きの方を見る限りその実力は他二人とあまり遜色ないようだ。
 威勢よく声を発し勇敢に槍を振ってはいるものの、それは敵の前方の空間を横切っているだけ。
 あれでは敵を倒すとか以前の問題だ。
 
 
 見ている方からすればため息すら吐きたくなるようなお粗末具合。
 それでも彼らがあの数と戦いになっているのは単にレベッカの献身的な手助けと、とある男の活躍によるものであった。
 
 
 
 
 
 
 
「――ふっ!」
 
 言うなれば熟練。
 まるで滑るように群れの前に移動し、すぐさま攻撃に転身。要したは一呼吸――その間に倒したゴブリンの数、なんと五匹。
 恐るべき速さと正確さによる剣撃で赤髪の背後から迫っていた敵を倒し、そのまま前線へと陣取る。
 全身を金属製の鎧で固め、唯一露出した頭を前に向けながら戦闘を続ける。
 
「リット! 前に出すぎるな!! 一旦下がれ!!
 レベッカはあまりリットの動きを意識し過ぎるな、防御が疎かになっているぞ!!」
「うるせぇ! 俺に指図するな!!」
「すみません! フィーゴ教官!!」
 
 左腕に取り付けた円形の盾を時に防御に攻撃にと巧みに使い分けながら、右の剣で確実にゴブリンの数を減らしていくその男。
 的確な判断と素早い行動で三人の足手まといを抱えていてもなお余裕がある。
 
「ディジーはいい加減適当に矢を放つのを止めろ! やるならしっかりと狙え!!
 ミーリックお前は今まで何をやってたんだ! 一旦落ち着いて基礎を思い出せ!!」
 
 更には各自へと指示を飛ばし、個人プレーに走りがちな集団を纏める司令塔の役割をしっかりと果たしている。
 それもこれもこの男――フィーゴのがなければ成り立っていなかっただろう。
 そんな彼の活躍によってあれほどいたゴブリンの群れはやすりに掛けられるかのような様相でその数を減らしていくのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ふぅむ、あれが『灯気フレア』――というやつの力か。
 何とも面妖なものよのぉ、元いたところでは考えられんような動きじゃわい」
 
 そんな五人の様子を少し遠くから見学している男がいた。
 そいつはつい最近自分が異世界に来ちゃったんだと認めたばかりの、現状レベッカのおまけにしてここにいる誰よりも立場の低い一般人。
 無職以上雑用未満の男。
 ご存じ、腐れ剣客の鴎垓である。
 
「はぁ~あ……しかし、つまらんのう」
 
 現状彼に命じられているのはここで五人の戦闘を見ていることだけ。
 勝手な戦闘は許可されていない。
 彼の立場上仕方ないこととはいえ、これは流石に退屈だ。
 そう思いながら憮然と佇んでいる彼の後ろに近付いてくる気配が一つ。
 
 
 
「――あら、何とも暇そうですこと。
 こちらは仕事が進まずじまいで困っているというのに、羨ましいですわ~」
 
 
 
 カツカツと音を鳴らしながら歩み寄ってくるその人物。
 からかうかのような間延びした口調、レベッカ以上に若さを感じさせる声の主の方へ鴎垓はチラと視線を向ける。
 
「まあ?
 ワタクシどもの商品を実際に使ってもらうのですから?
 このくらいの労力はわけないのですけどぉお?
 これじゃあいつになったら検証が始められるのか分かったものではありませんわね~」
 
 レベッカとは毛色の違う、蜂蜜に似た金髪。
 それを竜巻を思わせる形に仕立て上げて頭の横に一房生やした奇抜な髪型。
 一目で金持ちと分かるような高価な装いに身を包み。
 どこか愛嬌のある顔をした少女が不満タラタラな感じで管を巻く姿がそこにはあった。
 ただまあ言葉ではこんなことを言っているが実際のところは一人ぽつねんとしている鴎垓を見かねて話しかけたのだ。
 
 ただ素直にそう伝えるのは気恥ずかしいのでわざとこんな言葉遣いをしているのである。
 彼女の後ろに控えている従者たちもそのことを分かっているのか、常の無表情が若干緩んで微笑ましげである。
 そんな小さな商人の心遣いに報いるべくそちらのほうへと向き直る鴎垓。
 
「おー、フランネル殿か。
 いやーほんに済まんな、あれが終わるまでは待っとれと言われとる。
 身柄の保証をしてもろとる以上逆らうわけにもいかん。
 それにそろそろあちらも方が付く、それまでこの服の試しをするのはもう少し辛抱してはくれまいか?」
 
 悪戯猫のような瞳に見つめられながら殊勝な態度で対応する鴎垓。
 それに鼻をならしながらツンとそっぽを向くフランネル。
 そしてそんな二人の様子を見守る従者たち。
 殺伐とした向こうとは違い、こっちは何とも和やかな雰囲気に包まれていた。
 
 そんな彼の格好は二人の会話から分かる通り、いつの間にやら大きく様変わりを果たしていた。
 
 
  
 今彼が着ているのは所謂西洋風な普段着の上下セット。
 例えるなら”村人B”といったところだろうか。
 シンプルな作りのそれは防御力という面ではあまり頼りにならなそうなものだが、木綿に似た肌触りと体の曲げ伸ばしが容易な伸縮性があり、すこぶる着心地がよい。
 素材にこだわったというこれはレベッカたちが着ているような鎧系統のものに馴染みのない鴎垓にとってまさにおあつらえ向けな代物であった。
 
 そんな試作品であまり数のないという貴重なものをぽんと貸し出してくれるのだから感謝もひとしおというものだ。
 
「ふん、だったらレベッカさんに感謝することですわ。
 本来灯士トーチでないものには【堕界ネスト】に立ち入ることは禁止されているのです、それでもあなたが同行を許可されたのは彼女の進言があったからですわ、そのことをきちんと胸に刻んでおくように」
 
 
 ――しかし、いくら講習とはいえ初心者に毛が生えたような方たちと一緒に居なくてはいけないとは、ギルドも少々勇み足ではないかしら~――
 
 懐から取り出したコンパクトで化粧の具合を確かめながらそんなことを言うフランネル。
 それに反論もせず、ただ苦笑してお茶を濁すだけの鴎垓。
 それからもぐだぐだ二人が会話している間にも戦闘は続き、ゴブリン退治は佳境へと向かっていくのであった。
 
 
 
 
 
 ――さて。
  一度洞窟から抜け出すことに成功したはずの鴎垓。
 彼が何故またも洞窟の中へと舞い戻り、今更ゴブリン退治の見学を行っているかと言えば。
 
 
 それは数時間前――鴎垓が自分が異世界に来たことを悟り、その事実に呆然自失となっていた昨夜のこと。
 洞窟から出てきたレベッカたちの姿を見つけ、遠くから大声をあげて駆け寄ってくる人物との出会いが切っ掛けであった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう

味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...