いりません、どうせ吐くので

アゲインスト

文字の大きさ
上 下
4 / 5

呼び出しは危険な薄荷の香り

しおりを挟む
「それで、すっぱりお断りしてきたわけか」


 豪勢な作りの装飾で溢れた一室に、そのお方は居た。

 顔が映るほどに磨きあげられた机の上に下品に足を乗せ、制服を着崩して胸元を盛大に開いている。しかしその姿が様になっているのだからイケメンというのは実に得な生き物だと思いながら、先ほどの教室での出来事を報告する私。


「はい、その通りでございます――殿


 教室でロベルタ様からクッキーはいかがかと言われ、それをきっぱりいらないと答えたのに対し固まる周囲の方々。

 事態を理解できないのかえーと……などと言っているロベルタ様の周りに居る方たちが慌てた様子であたふたと説明しようとしていたところ、教室の入り口からまた訪問者がやってきた。

 それはこの生徒会室の扉の横、私の後ろで腕を組みむっつりと黙り込んでいる黒髪の青年、ホルスト様。

 この国の王子である目の前の破廉恥なお方――フェルナンド様の第一の側近にして剣の天才。

 護衛として今まで数々の活躍をされてこられた方の登場に教室は色めき立ち、ロベルタ様も私の対応など忘れ彼に挨拶をしようとしたところあっさりと無視をされ。

 私に近寄ってきては短く来いと言うだけいってさっさと行ってしまうのだから、いつものこととはいえ教室まで来ることはしてほしくなかったと思いつつ、読んでいた本を置いてその後ろについていくと案の定、殿下が待つ生徒会室へと連れてこられたというわけだ。

 そして入ったときにはもうこの体勢になっていた殿下はどこから情報を得たのか知らないが、さっき教室であった出来事について聞いてきた。
 
 別にどうでもよかったのでそのままのことを答えた結果、返ってきたのは先ほどの台詞というわけである。


「ふうん、いつものこととはいえ相手が悪かったな。
 わざわざ留学生相手にそこまで強堅な態度をとらんでも」

「食べられないものを食べることはできないと、そうはっきりと言っただけにございます」

「はん、それとこれとは話が別だぞアリス・キャンベル。
 貴族として周囲との関係に罅を入れるようなことは避けるべきだ」


 あなただけには言われたくない――とは思いつつも外面だけはいいこの方はその交渉術によって様々な人脈を独自に築いていると聞く。今回のこともおそらくそこからの情報であろう。

 どこに耳や目があるか分からないところが実に恐ろしい、だから私はこの方に逆らうようなことはしないのだ。
 ただ、譲れないところがあるだけで。


「殿下のお言葉はもっともでございますが、できぬことはできません。
 私は他人を受け入れられないのです、何故なら――」

「――吐いてしまうから、であろう?
 もうそれも聞き飽きたわ」


 言おうとしたことを先に言われ、若干むっとする私。
 やれやれとでも言いたげな殿下の顔に氷のような視線を向けつつ、あくまで表情は冷静に。


「でしたら殿下もあまり無理を仰らないで下さいませ」

「やれやれ、チビの癖に頑固なのが玉に傷というか、なんというか……」

「無駄話はよしにしましょう。
 それで、本日は一体どんなご用件でござますか?」


 殿下の言葉を遮り、私はさっさと本題に入るように言う。
 そもそもどうしてここに連れてこられたのか全く分からない――ということでもない。


「ああそうだったな、今日お前を呼んだのは他でもない。
 アリス・キャンベルよ、そなたに至急調べて貰いたいものがある」

 そして案の定、殿下が今思い出したかのように机に取り出したのは――一つの木製の箱。
 机の上を滑らせこちらへと渡した殿下はそれを開けるように言い、私はそれに従って木箱の蓋を開ける。
 途端に薫る匂い――これは……。

「これは……薄荷ですか?」

「匂いだけならな、だがこれはそんなものとは比べ物にならんほどに高価なものだ」


 その言葉にいぶかしむ私に対し、殿下は面白そうなものものでも見るような顔をしてこう言う。




「何故ならこれは――特殊な製法で作られたなのだからな」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

【完結】誠意を見せることのなかった彼

野村にれ
恋愛
婚約者を愛していた侯爵令嬢。しかし、結婚できないと婚約を白紙にされてしまう。 無気力になってしまった彼女は消えた。 婚約者だった伯爵令息は、新たな愛を見付けたとされるが、それは新たな愛なのか?

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

彼を愛したふたりの女

豆狸
恋愛
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」 「……彼女は死んだ」

処理中です...