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第二十三話 最後の敵は
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「くぅ……っ!!」
会場に生じた突然の灼熱の突風――全身を蝕むそれに抗うため、僕はほとんど反射といってもいい速度で地面に伏せ、更に体全体を泥で覆っていた。
泥の表面を舐める高熱の舌、沸騰を通り越し硝子化しだすほどのその熱量にただただ耐えるしかなく。
なけなしの魔力をかき集め、熱の侵食を食い止めること暫し……ようやくその勢いが弱まったことを察した僕は泥の防空壕から身を晒す。
「無茶苦茶しやがって……」
漏れた言葉は意識をしてのものではなく、変貌した景色を見て自然と口から出た言葉であった。
先ほどの熱波の影響で更にボロボロになった土壁、敷き詰められた石畳からもシュウシュウという音と共に湯気がそこかしこで立ち上っている。およそ壇上の半分、土壁に区切られたこっち側は全てそのような有り様である。
あれだけの歓声に溢れていた会場もあまりのことに言葉も出ないというように今は静寂に支配されている。
僕が視線を向けた先、おそらくこの瞬間で一番の注目を集めているその場所に――その男は立っていた。
災害にも匹敵するような魔法の行使――こんなことを仕出かせるのはこの戦場においてはたった一人だけ。
「――ちっ、これでも駄目か……やるじゃねぇか」
――ガルドロフ=バーンリングス。
相手チームの総大将。
長剣を自在に振るい恐るべき炎魔法を扱うこの男の見据える先には――
「――当たり前よ、こんなんでやられるもんですか」
――幾重にもの重なった炎刃を眼前に浮遊させている僕らのリーダー――レイシア=スカーレッドが、熱に煽られた風に深紅の髪を翻して威風堂々とその眼光を受け止めていた。
状況から見るにあれであの凄まじい熱波を防いだのだろう、恐ろしいまでの防御力……彼女の魔法にはあのような形態も存在していたのかと内心で舌を巻く。
そしてそれを引き出したガルドロフ、彼もまた頭一つ抜け出した実力者だ。正直な話、僕の相手が彼だったら万に一つも勝機はなかっただろう。
どういった攻防が繰り広げられていたのかはちらと見た程度で分からなかったが、こっちとは比べ物にならないような激しい戦いだたはず。それでもまだまだ余裕というような顔の二人に驚くばかりだ。
そんなことを考えている間にも二人は機を伺うように会話を重ねている。
「……《輪炎甲高く天を焦がす咆哮》――本来なら魔物どもの群れを中央から消し去るっつう広域魔法だが……生意気にも生き残るかよ」
「驚いてないわけじゃないわ。流石にあれだけの魔法を囮に使うなんてこれまでのあんたからは考えられない選択だったから。
でも慣れないことはするもんじゃないわね、お陰であれが誘いだって直前に分かったから」
「……そうかよ、やっぱりまだ発動の繋ぎに無駄があるみてぇだな。それさえなきゃ反応もさせずにテメェを焼き焦がしてやれたってのによ」
「お生憎様、私を獲るには火力が足りなかったわね」
不殺のルールを何とも思っていないようなガルドロフの言動に微塵も揺るがず、寧ろそんな程度では自分には届かないと煽ってみせるレイシア。
二人は最強へと至ると公言する者同士、”誇り”が退くことを許さないとでもいうような気迫がこちらにも伝わってくる。
「――よっと」
そんな二人の睨み合いの最中、場違いなほど軽い調子の声が横切る。
その聞き覚えのある声に、よくこうもタイミングよく現れるものだと逆に感心してしまう。
「――お、やっぱまだ続いてたか」
そうして最初に空けた土壁の穴からひょこりと顔を覗かせたのは案の定、向こう側で土魔法の使い手と戦っていたユーリであった。
「おお、ネルスじゃん。見る限り無事に終わったみてぇだな」
「ああ、何とかな。そっちはどうだった?」
「熱風様々ってところか、それで相手が体勢崩したところに最大威力をドカンよ。まあなけりゃ結果は逆だったかもな」
詳しいことはこの後話してやるよと、ユーリは顎で指す。その先は勿論、絶賛大将同士が睨み合いを行っている方向。
僕たちは二人から距離を取ったところへとそれぞれ歩いていき、そこからまずユーリから声を掛けた。
「おーい大将ー、こっちは何とか無事に終わらせてきたんだが、どーするー?
手ぇ貸さないってことでいいのかー?」
試験の準備期間中に色々起こったせいでややこしいことになってしまっていたが、元はと言えばこの二人の因縁から今回のことは始まっている。
こうして余分な戦いを終わらした時点で、僕とユーリには彼と戦う理由がない。
だからこそ、僕らは静観し二人の決着を見届けようという提案なのだった。
「おいふざけんな」
のだが。
「そんなこと俺が許すと思ってんのか?」
その提案によりにもよって相手側から待ったが掛かる。
「舐めた真似してんじゃねぇぞ、魔法士なら最後まで戦いやがれこ
の野郎ども」
僕やユーリの登場で仲間が失格になったことを理解しているだろうにこの反応。
正直こういう対応は僕個人の感情としては止めていただきたいのだが、本人は実にヤル気満々といった様子である。
「いや、僕ら野暮じゃないんで。邪魔とかしませんよ」
そういって参戦の意思がないことを示そうとしたのだが、
「はっ、それこそ馬鹿な話だ」
と断られてしまう。
「このまま戦ってりゃどっちにしろ時間がきちまう、例えここでこいつに勝ったところで判定はお前らの勝利を告げるだろうぜ。
だがそれは俺の主義に反する。
俺はな、中途半端は絶対に許せねぇんだよ」
中途半端とは?
こんな状況でも優先するほどの主義とは、この場における中途半端とは一体如何なるものなのか?――そう疑問に思う僕の表情を見てか、別にしなくてもいいのにご丁寧にも説明してくれるガルドロフ。
「簡単な話だ、俺はな――”判定負け”が許せねぇだけだ。
俺の中でそれは本当の決着とは言えねぇ、一番我慢ならねぇ事柄よ。
だがこれまで俺たちの戦いは全部それで終わってた、クソうぜぇことに実力が拮抗してたからな」
そこで一旦言葉を途切れさせるガルドロフ、彼の言うことを纏めるならば『完全決着主義』ということになるだろうか。
「え、もしかしてそんなことで彼女のこと卑怯者とか呼んでたんですか?」
驚きの事実に思わず声が出てしまったが、これはしょうがないと言わせて欲しい。
だってそうだろう、あれだけ執着していた理由が本当に個人的なものだったのだから。
「だからどうした」
それに当たり前とでもいうような表情で返答するガルドロフはこれっぽっちも間違っていないという自信に満ちた態度で宣言する。
「俺は誰かに決められた勝敗に興味はねぇ。それは俺が決めることだ、それ以外のものに俺が納得するものかよ」
その言葉を皮切りに。
じりじりと、彼の魔力が空気を熱しだす。それは徐々にこちらへと伝わりだし、僕らの体に汗が吹き出し始める。
「それによう――」
「――ここで全員倒せば、それだけ俺は最強に近づける。そんなチャンスを見逃すほど、俺の勝利への欲求は安かねぇんだよ」
そうして、
戦場で孤軍と成り果てたガルドロフは、
決して諦めることなどなく、
寧ろ気炎を滾らせて、
「――簡単だ、三人纏めて倒しゃあいいだけの話だろ」
――この試合最後となるであろう、自身の最大魔法を唱え始めた。
会場に生じた突然の灼熱の突風――全身を蝕むそれに抗うため、僕はほとんど反射といってもいい速度で地面に伏せ、更に体全体を泥で覆っていた。
泥の表面を舐める高熱の舌、沸騰を通り越し硝子化しだすほどのその熱量にただただ耐えるしかなく。
なけなしの魔力をかき集め、熱の侵食を食い止めること暫し……ようやくその勢いが弱まったことを察した僕は泥の防空壕から身を晒す。
「無茶苦茶しやがって……」
漏れた言葉は意識をしてのものではなく、変貌した景色を見て自然と口から出た言葉であった。
先ほどの熱波の影響で更にボロボロになった土壁、敷き詰められた石畳からもシュウシュウという音と共に湯気がそこかしこで立ち上っている。およそ壇上の半分、土壁に区切られたこっち側は全てそのような有り様である。
あれだけの歓声に溢れていた会場もあまりのことに言葉も出ないというように今は静寂に支配されている。
僕が視線を向けた先、おそらくこの瞬間で一番の注目を集めているその場所に――その男は立っていた。
災害にも匹敵するような魔法の行使――こんなことを仕出かせるのはこの戦場においてはたった一人だけ。
「――ちっ、これでも駄目か……やるじゃねぇか」
――ガルドロフ=バーンリングス。
相手チームの総大将。
長剣を自在に振るい恐るべき炎魔法を扱うこの男の見据える先には――
「――当たり前よ、こんなんでやられるもんですか」
――幾重にもの重なった炎刃を眼前に浮遊させている僕らのリーダー――レイシア=スカーレッドが、熱に煽られた風に深紅の髪を翻して威風堂々とその眼光を受け止めていた。
状況から見るにあれであの凄まじい熱波を防いだのだろう、恐ろしいまでの防御力……彼女の魔法にはあのような形態も存在していたのかと内心で舌を巻く。
そしてそれを引き出したガルドロフ、彼もまた頭一つ抜け出した実力者だ。正直な話、僕の相手が彼だったら万に一つも勝機はなかっただろう。
どういった攻防が繰り広げられていたのかはちらと見た程度で分からなかったが、こっちとは比べ物にならないような激しい戦いだたはず。それでもまだまだ余裕というような顔の二人に驚くばかりだ。
そんなことを考えている間にも二人は機を伺うように会話を重ねている。
「……《輪炎甲高く天を焦がす咆哮》――本来なら魔物どもの群れを中央から消し去るっつう広域魔法だが……生意気にも生き残るかよ」
「驚いてないわけじゃないわ。流石にあれだけの魔法を囮に使うなんてこれまでのあんたからは考えられない選択だったから。
でも慣れないことはするもんじゃないわね、お陰であれが誘いだって直前に分かったから」
「……そうかよ、やっぱりまだ発動の繋ぎに無駄があるみてぇだな。それさえなきゃ反応もさせずにテメェを焼き焦がしてやれたってのによ」
「お生憎様、私を獲るには火力が足りなかったわね」
不殺のルールを何とも思っていないようなガルドロフの言動に微塵も揺るがず、寧ろそんな程度では自分には届かないと煽ってみせるレイシア。
二人は最強へと至ると公言する者同士、”誇り”が退くことを許さないとでもいうような気迫がこちらにも伝わってくる。
「――よっと」
そんな二人の睨み合いの最中、場違いなほど軽い調子の声が横切る。
その聞き覚えのある声に、よくこうもタイミングよく現れるものだと逆に感心してしまう。
「――お、やっぱまだ続いてたか」
そうして最初に空けた土壁の穴からひょこりと顔を覗かせたのは案の定、向こう側で土魔法の使い手と戦っていたユーリであった。
「おお、ネルスじゃん。見る限り無事に終わったみてぇだな」
「ああ、何とかな。そっちはどうだった?」
「熱風様々ってところか、それで相手が体勢崩したところに最大威力をドカンよ。まあなけりゃ結果は逆だったかもな」
詳しいことはこの後話してやるよと、ユーリは顎で指す。その先は勿論、絶賛大将同士が睨み合いを行っている方向。
僕たちは二人から距離を取ったところへとそれぞれ歩いていき、そこからまずユーリから声を掛けた。
「おーい大将ー、こっちは何とか無事に終わらせてきたんだが、どーするー?
手ぇ貸さないってことでいいのかー?」
試験の準備期間中に色々起こったせいでややこしいことになってしまっていたが、元はと言えばこの二人の因縁から今回のことは始まっている。
こうして余分な戦いを終わらした時点で、僕とユーリには彼と戦う理由がない。
だからこそ、僕らは静観し二人の決着を見届けようという提案なのだった。
「おいふざけんな」
のだが。
「そんなこと俺が許すと思ってんのか?」
その提案によりにもよって相手側から待ったが掛かる。
「舐めた真似してんじゃねぇぞ、魔法士なら最後まで戦いやがれこ
の野郎ども」
僕やユーリの登場で仲間が失格になったことを理解しているだろうにこの反応。
正直こういう対応は僕個人の感情としては止めていただきたいのだが、本人は実にヤル気満々といった様子である。
「いや、僕ら野暮じゃないんで。邪魔とかしませんよ」
そういって参戦の意思がないことを示そうとしたのだが、
「はっ、それこそ馬鹿な話だ」
と断られてしまう。
「このまま戦ってりゃどっちにしろ時間がきちまう、例えここでこいつに勝ったところで判定はお前らの勝利を告げるだろうぜ。
だがそれは俺の主義に反する。
俺はな、中途半端は絶対に許せねぇんだよ」
中途半端とは?
こんな状況でも優先するほどの主義とは、この場における中途半端とは一体如何なるものなのか?――そう疑問に思う僕の表情を見てか、別にしなくてもいいのにご丁寧にも説明してくれるガルドロフ。
「簡単な話だ、俺はな――”判定負け”が許せねぇだけだ。
俺の中でそれは本当の決着とは言えねぇ、一番我慢ならねぇ事柄よ。
だがこれまで俺たちの戦いは全部それで終わってた、クソうぜぇことに実力が拮抗してたからな」
そこで一旦言葉を途切れさせるガルドロフ、彼の言うことを纏めるならば『完全決着主義』ということになるだろうか。
「え、もしかしてそんなことで彼女のこと卑怯者とか呼んでたんですか?」
驚きの事実に思わず声が出てしまったが、これはしょうがないと言わせて欲しい。
だってそうだろう、あれだけ執着していた理由が本当に個人的なものだったのだから。
「だからどうした」
それに当たり前とでもいうような表情で返答するガルドロフはこれっぽっちも間違っていないという自信に満ちた態度で宣言する。
「俺は誰かに決められた勝敗に興味はねぇ。それは俺が決めることだ、それ以外のものに俺が納得するものかよ」
その言葉を皮切りに。
じりじりと、彼の魔力が空気を熱しだす。それは徐々にこちらへと伝わりだし、僕らの体に汗が吹き出し始める。
「それによう――」
「――ここで全員倒せば、それだけ俺は最強に近づける。そんなチャンスを見逃すほど、俺の勝利への欲求は安かねぇんだよ」
そうして、
戦場で孤軍と成り果てたガルドロフは、
決して諦めることなどなく、
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