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第十八話 氾濫の開幕
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「――《大濁流》」
試合開始とほぼ同時。
ほんの短いその詠唱から放たれた――観覧席の一階を余裕で越える高さの濁り水を呼び出す魔法。
範囲はゆうに戦闘領域を覆い尽くすほどの広さ、高波となって襲いかかるそれはまるで決壊した河――さながら鉄砲水のごとし。
それを発動させたのは誰であろう――あのネルスである。
向かう先全てを押し流さんとばかりにゴウゥーー!と押し流し、瞬く間に会場のありとあらゆるものを巻き込まんとしていく。
この異常な光景に驚いたのはなにも対戦相手や観客の生徒たちだけではない。
それもそのはずだ。
学生でこの規模の魔法を行使できる者まどほとんどおらず、それを行ったのがまさかの人物であったのだからその驚きも二重になるというものである。
「――《堅牢なる土の防壁》!!」
だが敵もさるもの、目の前に迫る泥水の奔流に度肝を抜かれたものの、ガルドロフチームの一人で巨漢の土魔法の使い手・ディーチモが咄嗟の土壁を張る。
上から見れば浅い角度の三角形の作りになっていることがよく分かるだろう。それによって効果的に濁流を凌ぐ。
ドゥドゥと音を立て左右に流れていく泥水。
瞬時の判断で作り出したにしては分厚く、使い手の技量の高さが窺えるそれで辛くも自分達の安全地帯を死守するディーチモ。
濁流が壁を境にして別れる様は
あわや初手全滅かという状況を見事に潜り抜けたのだった――
『 ド―ゥウ―ン ! ! !』
――と、誰もが思ったことだろう。その隙を突くようにして次の変化が起こったのはあまりに予想外であった。
何かが弾けるような音、不自然に浮き上がる泥水、ヒビの入る壁。
一瞬にして決壊した防壁は隙間に侵食する泥水によって更にヒビ割れていく。ディーチモが慌てて修復しようとしたが間に合わないことを悟りその後ろにもう一枚の土壁を構築しようとしたところで――
「――遅い!」
「――ガッ……!?」
――瞬撃、紅い炎刃が土壁を切り裂いた。
その先から現れたのはレイシア――ではなく、まさかのネルス。先ほどまで壁の向こうで魔法の制御を行っていたはずの人物の登場にディーチモに出来た僅かな思考の空白。自分の土壁が訳の分からない内に破られてしまったこともあってその隙は致命的なものであった。
ネルスは魔法士らしからぬ、しかし明らかに熟達した歩法でディーチモの背後に回り込んで一撃――背部へと掌底を打ち込んだ。
途端まるで後ろから引っ張られたかのように吹き飛ぶディーチモ。しかしそれに反して体に感じる痛みがない、いうなれば押し退けられたかのような感覚。
今まで味わったことのない感覚、それによって録な抵抗もできず弧を描く軌道で向こう側……ネルスたちのチームの方へと飛ばされようとしているディーチモへ、ここで混乱から抜け出した仲間から助けが入る。
「ディーチモ!? ええい――《軽風の防壁》!!」
そう叫んだのはガルドロフチームの風魔法士――ヘイツだった。
チームの防御の要をこうも早い段階で失うわけにはいかない、敵の狙いが分断にあると考えた彼はそれを阻止すべく魔法を行使する。
使ったのは風の初級魔法《軽風の防壁》――使い手を威力の低い飛来物から守る程度の風の層による防壁を生み出す魔法だが、その分消費魔力も低く使いやすい。風魔法士としては覚えていて当たり前ともいえるそれを今回は強制移動から守るために使う。
ディーチモの軌道上へと設置された丸い風の層。勢いから考えればそれに接触すればその場に留まるくらいはできる、ディーチモであれば空中からの着地は容易に行えるはずだ。
――そう考えたヘイツだったが、それは見通しが甘いというもの。
「――ディーチモ、身を守れ!!」
ヘイツの後ろ、ネルスによる意外すぎる行動の数々にも動揺することなく戦況を見ていたガルドロフから激が飛ぶ。
彼だけはこの目まぐるしい展開の中、格下の相手の動きに惑わされることなく――たった一人、宿敵の動きだけをずっと想定したいた。
だからこそ彼だけが気付いたのだ。
――これもまた相手の思惑の範疇であることに。
「――《堅固の土鎧》!!」
寡黙にして忠実な男ディーチモ。彼の判断は早くガルドロフの指示が届くやいなや持てる魔力を注ぎ込み土によってできた装甲を身に纏い、岩人形のような姿となる。
彼もまたこ強制移動がただそのためだけのことではないと感じとっていたために、その行動は迅速だった。
そしてその予感は当たる。
「――《焔緋刃》!」
仲間の助けによって止まることが出来たディーチモへ下から届く声。聞こえたのは今回一番に警戒していた魔法の名称……!
「――落とすわよ!」
「――させるものか!!」
宙を翻る紅、それは先ほど自分の防壁を切り裂いたものと同じ色と形状をしていた。
それ即ち炎刃――敵の一番得意とする攻撃……!
数は五本、自身の周囲から襲い掛かる魔法の刃にディーチモは身をひたすらに固めて地面に到達するまでの間を守りきる構え。
これには空中のような不安定な足場では土魔法士は力の半分も使えないという事情もあっての選択だった。
「――《炎天星の舞》!!」
それをいいことに容赦なく攻撃を重ねるレイシア。まだ濁流による影響が残る地上に落ちるまでの数秒の間にディーチモの体は五十を越える斬撃を受けたが、鎧がボロボロになりながらも一切生身に刃を届かせることなくそれを凌ぎきった。
着地地点は自身が作り出した土壁の上。
残った残骸から鎧を修復させるディーチモ、ガルドロフからはレイシアの相手は自分がすると言い含められていたが事ここに至ってしまってはそれに従うことは難しい。
「……好き放題やってくれたものだ」
彼とてこの学園の魔法士の一人。相手がここまでの実力者とあっては血が沸き立たない訳がない。
目の所に空けた横長の穴から向ける視線の先には周囲に炎刃を待機させているレイシア、ディーチモが再び戦闘体勢を整えたことを察し迂闊な手出しを嫌ったための行動だった。
「ここまではいいようにやられてしまったな……故に、己がただの木偶の坊でないことを示さねばなるまい」
「あらそう、でも私言わなかったかしら」
「ん?」
戦意を滾らせるディーチモに向けて不適な笑みを見せるレイシア。その余裕を伺わせる態度に不信感を覚えたディーチモであったが、それが確信になったのはその次の言葉を聞いてからだった。
「だって私――」
――有言実行が信条なの。
「――ッ!?」
はっと気付いた時には遅かった。足元へと向かう意識を嘲るようにして再び爆発が起こりディーチモを襲う。
衝撃によってまたも宙を舞う彼は脳裏に先ほどの彼女の言葉を思い出していた。
(――そうか、落とすとはこれのことだったか……!!)
あの発言。
あれは自分を失格にするために発した意気込みではなかったのだ。あれは自分ではなく仲間へと向けた言葉……。
「……で、あるならば……」
相手の方へと飛ばされたために濁流の影響を受けていない固い石畳の感触を足裏に確かめながら、ディーチモは屈んだ状態から顔をあげる。
「――おぅよ。ま、作戦通りってところだな」
そこには思った通り、この試合が始まってから影の薄かった相手チームの最後の一人。
「――さあ、お前さんの相手はこの俺だぜ?」
――ユーリ=ナハトが悠然と、彼の前に立ちふさがっていた。
「……よかろう、精々足掻くがいいい」
仕組まれた対戦相手、しかしそれでも構わない。
ユーリとディーチモ。
彼らはこの試合で一足早く、一対一の本格的な戦闘を始めるのであった。
――ここまでは、作戦通り……。
試合開始とほぼ同時。
ほんの短いその詠唱から放たれた――観覧席の一階を余裕で越える高さの濁り水を呼び出す魔法。
範囲はゆうに戦闘領域を覆い尽くすほどの広さ、高波となって襲いかかるそれはまるで決壊した河――さながら鉄砲水のごとし。
それを発動させたのは誰であろう――あのネルスである。
向かう先全てを押し流さんとばかりにゴウゥーー!と押し流し、瞬く間に会場のありとあらゆるものを巻き込まんとしていく。
この異常な光景に驚いたのはなにも対戦相手や観客の生徒たちだけではない。
それもそのはずだ。
学生でこの規模の魔法を行使できる者まどほとんどおらず、それを行ったのがまさかの人物であったのだからその驚きも二重になるというものである。
「――《堅牢なる土の防壁》!!」
だが敵もさるもの、目の前に迫る泥水の奔流に度肝を抜かれたものの、ガルドロフチームの一人で巨漢の土魔法の使い手・ディーチモが咄嗟の土壁を張る。
上から見れば浅い角度の三角形の作りになっていることがよく分かるだろう。それによって効果的に濁流を凌ぐ。
ドゥドゥと音を立て左右に流れていく泥水。
瞬時の判断で作り出したにしては分厚く、使い手の技量の高さが窺えるそれで辛くも自分達の安全地帯を死守するディーチモ。
濁流が壁を境にして別れる様は
あわや初手全滅かという状況を見事に潜り抜けたのだった――
『 ド―ゥウ―ン ! ! !』
――と、誰もが思ったことだろう。その隙を突くようにして次の変化が起こったのはあまりに予想外であった。
何かが弾けるような音、不自然に浮き上がる泥水、ヒビの入る壁。
一瞬にして決壊した防壁は隙間に侵食する泥水によって更にヒビ割れていく。ディーチモが慌てて修復しようとしたが間に合わないことを悟りその後ろにもう一枚の土壁を構築しようとしたところで――
「――遅い!」
「――ガッ……!?」
――瞬撃、紅い炎刃が土壁を切り裂いた。
その先から現れたのはレイシア――ではなく、まさかのネルス。先ほどまで壁の向こうで魔法の制御を行っていたはずの人物の登場にディーチモに出来た僅かな思考の空白。自分の土壁が訳の分からない内に破られてしまったこともあってその隙は致命的なものであった。
ネルスは魔法士らしからぬ、しかし明らかに熟達した歩法でディーチモの背後に回り込んで一撃――背部へと掌底を打ち込んだ。
途端まるで後ろから引っ張られたかのように吹き飛ぶディーチモ。しかしそれに反して体に感じる痛みがない、いうなれば押し退けられたかのような感覚。
今まで味わったことのない感覚、それによって録な抵抗もできず弧を描く軌道で向こう側……ネルスたちのチームの方へと飛ばされようとしているディーチモへ、ここで混乱から抜け出した仲間から助けが入る。
「ディーチモ!? ええい――《軽風の防壁》!!」
そう叫んだのはガルドロフチームの風魔法士――ヘイツだった。
チームの防御の要をこうも早い段階で失うわけにはいかない、敵の狙いが分断にあると考えた彼はそれを阻止すべく魔法を行使する。
使ったのは風の初級魔法《軽風の防壁》――使い手を威力の低い飛来物から守る程度の風の層による防壁を生み出す魔法だが、その分消費魔力も低く使いやすい。風魔法士としては覚えていて当たり前ともいえるそれを今回は強制移動から守るために使う。
ディーチモの軌道上へと設置された丸い風の層。勢いから考えればそれに接触すればその場に留まるくらいはできる、ディーチモであれば空中からの着地は容易に行えるはずだ。
――そう考えたヘイツだったが、それは見通しが甘いというもの。
「――ディーチモ、身を守れ!!」
ヘイツの後ろ、ネルスによる意外すぎる行動の数々にも動揺することなく戦況を見ていたガルドロフから激が飛ぶ。
彼だけはこの目まぐるしい展開の中、格下の相手の動きに惑わされることなく――たった一人、宿敵の動きだけをずっと想定したいた。
だからこそ彼だけが気付いたのだ。
――これもまた相手の思惑の範疇であることに。
「――《堅固の土鎧》!!」
寡黙にして忠実な男ディーチモ。彼の判断は早くガルドロフの指示が届くやいなや持てる魔力を注ぎ込み土によってできた装甲を身に纏い、岩人形のような姿となる。
彼もまたこ強制移動がただそのためだけのことではないと感じとっていたために、その行動は迅速だった。
そしてその予感は当たる。
「――《焔緋刃》!」
仲間の助けによって止まることが出来たディーチモへ下から届く声。聞こえたのは今回一番に警戒していた魔法の名称……!
「――落とすわよ!」
「――させるものか!!」
宙を翻る紅、それは先ほど自分の防壁を切り裂いたものと同じ色と形状をしていた。
それ即ち炎刃――敵の一番得意とする攻撃……!
数は五本、自身の周囲から襲い掛かる魔法の刃にディーチモは身をひたすらに固めて地面に到達するまでの間を守りきる構え。
これには空中のような不安定な足場では土魔法士は力の半分も使えないという事情もあっての選択だった。
「――《炎天星の舞》!!」
それをいいことに容赦なく攻撃を重ねるレイシア。まだ濁流による影響が残る地上に落ちるまでの数秒の間にディーチモの体は五十を越える斬撃を受けたが、鎧がボロボロになりながらも一切生身に刃を届かせることなくそれを凌ぎきった。
着地地点は自身が作り出した土壁の上。
残った残骸から鎧を修復させるディーチモ、ガルドロフからはレイシアの相手は自分がすると言い含められていたが事ここに至ってしまってはそれに従うことは難しい。
「……好き放題やってくれたものだ」
彼とてこの学園の魔法士の一人。相手がここまでの実力者とあっては血が沸き立たない訳がない。
目の所に空けた横長の穴から向ける視線の先には周囲に炎刃を待機させているレイシア、ディーチモが再び戦闘体勢を整えたことを察し迂闊な手出しを嫌ったための行動だった。
「ここまではいいようにやられてしまったな……故に、己がただの木偶の坊でないことを示さねばなるまい」
「あらそう、でも私言わなかったかしら」
「ん?」
戦意を滾らせるディーチモに向けて不適な笑みを見せるレイシア。その余裕を伺わせる態度に不信感を覚えたディーチモであったが、それが確信になったのはその次の言葉を聞いてからだった。
「だって私――」
――有言実行が信条なの。
「――ッ!?」
はっと気付いた時には遅かった。足元へと向かう意識を嘲るようにして再び爆発が起こりディーチモを襲う。
衝撃によってまたも宙を舞う彼は脳裏に先ほどの彼女の言葉を思い出していた。
(――そうか、落とすとはこれのことだったか……!!)
あの発言。
あれは自分を失格にするために発した意気込みではなかったのだ。あれは自分ではなく仲間へと向けた言葉……。
「……で、あるならば……」
相手の方へと飛ばされたために濁流の影響を受けていない固い石畳の感触を足裏に確かめながら、ディーチモは屈んだ状態から顔をあげる。
「――おぅよ。ま、作戦通りってところだな」
そこには思った通り、この試合が始まってから影の薄かった相手チームの最後の一人。
「――さあ、お前さんの相手はこの俺だぜ?」
――ユーリ=ナハトが悠然と、彼の前に立ちふさがっていた。
「……よかろう、精々足掻くがいいい」
仕組まれた対戦相手、しかしそれでも構わない。
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