最強になりたい奴が多すぎる

アゲインスト

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第十五話 闇夜の決行

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 ――陽の明かりが落ち、夜の闇が世界を支配する時間。光の神に代わり闇の神が人々に安息を与え、営みに休息をもたらす。
 学園もまた日中のざわめきが鳴りを潜め、生徒たちは明日のために体と心を快復させようと眠りについていた。
 しかしこんな時間にこそ仕事を果たしている者たちもいる――それはこの学園においても例外ではない。
 
 夜間の見回りなどもっともたるもので、生徒たちが何か善からぬこと――例えば貴重品保管庫への侵入など――をしていないかを監視するために教師は持ち回りで巡回をしているのだ。
 
 勿論これは外敵に対しての威嚇行為でもある。
 魔物という存在こそ人類共通の脅威ではあるが、何も正しい手段ばかりが強くなる方法ではない。
 
 ――ある場所から奪う。
 
 それもまた強さを高める手段である。
 故にこそ教育のために多くの魔法具を有する学園はこれまでにも、自分勝手な魔法士から狙われていたという歴史がある。
 そのようなことに対抗するため、そして何より強敵との戦いを望む一部の教師の暑い要望によって今もなおこの慣習は続いている。
 とはいえそんな略奪行為もここ最近は全くと言っていいほどなく、朝方の出来事も混乱を避けるために一部の者にしか事情を知らされていなかった。
 特にこの日の見回り担当の一人の教師が疲れから気が緩んでいたとしても仕方のないことだった。
 
 だからだろう。
 稚拙に過ぎないその行動がバレることがなかったのはそういう要素が加わったことによる一種の奇跡が起こったのは。
 その不審者は足音を消し、影に身を隠しながら通路を進んでいく。不自然なまでに無音なその動きは事前に魔法による消音が行われているからだ。
 その歩みには迷いがなく、まるで目的地が分かっているかのようにスルスルと進んでいく。
 
 そうしてたどり着いた一つの扉。薄闇の中目を凝らし、その前に書かれている文字を読んでここが目的の場所であると確かめた不審者は恐る恐るドアノブに手を掛けた。
 
 ガチッ――
 
「ッ……!?」
 
 当然と言えば当然。
 施設への勝手な侵入を阻むために鍵が掛かっていることは至極当たり前のこと。
 それを忘れていたわけではないだろうが逸っていたのは事実。不審者にとってもこれが不本意なことであり、できることならやりたくはなかったからこその焦りでやってしまったことだった。
 
 暫し混乱する思考を何とか沈めガサゴソと懐を漁った後、取り出したのは一本の鍵。それはここの部屋のものではなかったが、されど何も問題はない。
 渦巻きのような装飾に彩られたそれを鍵穴に向ける。すると持ち手の部分に嵌め込まれていた魔石が一瞬煌めき、その後カコンと小さく音がして錠が外れたのだった。
 
 それを緊張の面持ちで見ていた不審者は鍵を仕舞い、震える手で再度ドアノブへと手を掛ける。
 その震えには怯えが混ざっていたが、ここまできて後戻りは出来ないと弱気を押し殺し扉を開ける。体が入る分だけの隙間、嗅ぎ慣れない匂いが漏れだすそこからスルリと忍びこんだ部屋の中。
 暗闇、聞こえる寝息。
 それを頼りにそろりそろりと近づいた不審者はベッドの上で盛り上がる毛布を見つけた。
 これが……標的。
 やっと辿り着いた――内心に安堵が広がるが次に自分がすること怖気が走る。
 
「……ッ」
 
 しかしだ。
 もう引き返せはしない。
 ここまできた以上自分にはこれをやり遂げる以外の選択はない。
 再び決意を新たにした不審者は鍵を入れた方とは別の所からある物を取り出した。
 
 それは怪しげな色をした液体の入った小瓶。素早くその中身を布に染み込ませた不審者はもう迷いはないと、勢いよく眠っている人物へと覆い被さった。
 
 だが――
 
 
 
「えっ……」
 
 
 
 ――そこにいたのは人ではなかた。
 精巧とは言いがたい、だがこの暗闇の中では一見しただけでは分からない程度には人に寄せられた塊。
 
「これ、土……いや、泥?」
「ご名答」
「ッ!?」
 
 混乱はそこまでだった。
 声、途端に現れる気配は背後。
 咄嗟に振り向くと目の前に迫る掌、身を捻りかわそうとしたがそれよりも早く服の一部を掴まれてしまった。
 
「は、放してっ!」
「そうはいきません、って暴れるな!」
「く、この……!!」
 
 もみ合いになり魔法の効果が切れる。こうなってはもはや意味もない、意外に強い力に自分の腕力では振り払えないと考えた不審者は魔法で攻撃しようとして――
 
「大人しく、しろって!」
「きゃあっ……!!」
 
 ――足元にあった泥が形を変え、不審者の体に巻き付いた。そこで初めてこの泥が既に発動していた魔法だと気付く。持続型の魔法ならば事前に発動しておけばその後余計な詠唱をしなくてすむ。
 それを利用して対象は罠を張っていたというのは分かった、だがどうして自分の行動がバレたのかが理解できない。
 
「な、なんで!?」
「それは何でレイシアの方じゃなくて僕の方に来るのが分かったのか、ということですか?」
 
 簡単なことですよ――
 そういって、窓から入る微かな明かりが眼鏡に反射しその輪郭だけが浮き上がった人物は――標的であったはずの、ネルスという平民だった。
 
「――うちの優秀なリーダーが、このくらいの計略を見抜けないとでも思いましたか?」
「そんな……確か意識がないって!」
「嘘の情報に踊らされましたね。それにしてもこうも言った通りになるとは……でもこんな早く仕掛けてくるとは思いませんでしたよ――ねぇ、ハイレインさん?」
 
 愕然とした表情でネルスを見る不審者。
 フードの奥で揺れる瞳を注意深く見ながらも、ネルスは内心、この展開を予想していたレイシアの頭脳に舌を巻いていた。
 不審者が持つ瓶――この存在を示唆したあの時の会話を思い出す。
 彼女はあの時、自分たちにこう指示を出したのだった――
 

 
「――誘い出す、ですか?」
「ええ、そうよ」
 
 悪巧みと言えば人聞きの悪いものであったが、この時の彼女の顔はまさにそんな感じの表情をしていた。
 犯人をどうするかという問題に出した答えがさっきのやつだ。
 しかし誘い出すとは何とも強気なものだ、ただそれにしては疑問が尽きない。
 
「誘い出すなんていいますけど、上手くいく算段はあるんですか?」
「まあ聞きなさい、今回に限って言えばそう難しいことじゃないわ」
 
 そうして彼女は疑問符を浮かべる僕たちへ向かって説明を始めた。
 
「まず、今回エイミーが呼び出されたのはおそらく――私たちが狙いだったからよ」
「僕たちが、ですか?」
「ええ、犯人はエイミーを利用して私たちの何かを知ろうとした、もしくは何か妨害をしようとしたと思うの。
 そのためにエイミーを脅そうとした」
 
 なるほど。
 
「だから殺傷力のない魔法を使ったと」
「そう、脅す相手を下手に傷つけるわけにはいかないからね。でもそこに私が和って入ったから予定が狂った。でもこの狂いは犯人にとっては有利に働くことになったはずよ」
「そっか、三人の内一人でも倒れりゃ俺たちは試験を受けられねぇからか。何だ、最初から狙いはそれだったわけか?」
「そうとも言えないわ。さっきも言ったけど本来はそこまで事を荒立てる気はなかったと思うから」
 
 じゃなきゃ最初から自分でやってるわよ――というレイシア。
 とりあえず犯人の動機は分かった。
 しかし……だとすれば犯人がこれ以上を行動することはないように思うのだが、どうやって誘い出すというのだろうか。
 
「でもね、この状況も確実ではないの。私は意識をいつ快復させるか分かったものではないし、だからといってここへはだめ押しに凝れない」
 
 貴重な薬品を扱っているこの保健室は特別な施錠がされていて特定の鍵がなければ扉を開けることはできない。
 それを管理している教師棟は並みの魔法士では破れない警戒網が張り巡らされているために容易に侵入することもできない。
 今その鍵を持っているのはここにいる保険医の人だが、仮にもこ学園の教師の一人がそこらへんの奴に遅れをとることもなし。
 故に現状、レイシアの身は確実に安全だということができる。
 
「身代わりを立てての犯行は失敗に終わった。そして一番の脅威は今のところ動けない。
 なら次に犯人が狙うのは残る二人よ」
 
 そしてその二人というのは勿論。
 
「僕と」
「俺か」
 
 まあ当然の選択だろう。
 ここで狙うならこの中じゃいまいちパッとしない僕らだろう。
 
「だからあんたら、これから私がいうことをよく聞いて。
 いい? まずは――」
 
◇ 

 ――ということがあり、こうして見事作戦通りと相成ったわけである。
 
 彼女が僕らにやらせたのは古典的な『囮作戦』――ただしその囮には僕が作りだした泥が使われていた。
 僕とユーリの寮部屋がそこまで離れていなかったからこそ可能だったこの作戦、もし向こうに行ったとしても大丈夫。
 僕は懐から取り出した箱を開き、その中に入っていた風で出来た玉へと喋り掛ける。
  
「――作戦成功だユーリ」
『――おお、上手くいったか。流石だぜ』
 
 それはユーリが得意とする《気球》の魔法に《伝達》の魔法を重ね掛けしたもの。
 本来一つの魔法なのを巧みな操作で二つに別け、即席の通信機としてお互いに持っていたのだ。
 これによってあっちに現れた場合にもこれで合図を出して高速することが可能、というわけだ。
 
『――それじゃあ俺は外で待機してる大将を連れていくから、それまで待ってろよ』
「ああ、頼むぞ」
 
 そして通話を切った僕は改めて視線を不審者に向ける。
 いや、その正体は既に分かっている。この不審者の正体、それは――
 
「さあ、それじゃあ色々話してもらいましょうか。
 ねえ――ハイレインさん?」
「くぅ……!」
 
 ――エイミーさんのチームの一人であり、昨日彼女を呼び出した張本人。
 そんな彼女がもう逃れられないことが分かったのか、泥に拘束されたままの体勢で項垂れるのだった。
 ただ、ここで僕はまたも油断した。
 この状況で彼女がこんな行動をとる何てことを予想できなかったのだ。
 
 
 彼女はまるで最後の力を振り絞るようにして――
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