こましゃくれり!!

屁負比丘尼

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破裂と開錠の鬩ぎ合い

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(話の持っていき方、変じゃ無かったよねー? あー、もぅ、はっずーー……)

 少し熱くなった頬を冷ますために、煙を大目に吸い込んだ。だけど、胸に滞留する火煙のせいで余計に鼓動が早くなった気がする。恥ずかしくなって、陣内から少しだけ視線を逸らす。

(で、でも、これで舞台は整ったーー……!!)

 今日、私は戦いに来ていた。

 安瀬ちゃん風に言うのなら『戦に馳せ参じたでござる』といった感じ。わざわざ、彼のバイト先まで押し掛けた。

 その理由は単純に、今のままじゃまるで勝負にならないから。

 私の想い人は、きっとこのままじゃ堕とせない。

************************************************************

 重めな二日酔いは、2人と遅めのお昼ごはんを食べたらケロッと治った。

 安瀬ちゃんが作ってくれたアサリ出汁のにゅう麵は、腐っていた肝臓にバッチリと効いた。二日酔いの日は、陣内か安瀬ちゃんにご飯を作って貰うのが一番いい。

 西代ちゃんと『美味しい、美味しい』と言い合ってツルツルと麺を啜っていると、安瀬ちゃんは上機嫌そうに笑った。

「ふふん、そうであろう、そうであろうとも!!」

 もう二日酔いが良くなったのか、安瀬ちゃんはニッコニコだった。

「我特製の汁物にかかれば悪心おしんなどワンパンぜよ!! "心が純粋な人だけが美味しいスープを作る"で、ござるからな!!」
「…………楽聖がくせい箴言しんげん、ね。ベートーヴェンならもっと適切な物が他にあるだろう?」
「ほぉ? なんじゃ西代、申してみよ」
「"一杯のブランデーは苦悩を取り除く"」
「ふふっ、むかえ酒でもするつもりであるか?」
「くくっ、ブランデーは嫌いじゃないからね」

 そう言って安瀬ちゃんと西代ちゃんは、お互いの顔を暫く見つめった。

「「………………ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」」
「…………」

 2人はちょー仲いい。私と陣内が似ているのと同じで、2人はたぶん気狂いの波長が合ってる。地元じゃ無敵な2人ってぐらいの親友っぷりだと思う。

 まぁー、私も2人とはちょー仲いいけどね!! こういう時は普通にドン引きするけどーー!!

「い、いや、なーにそれ? 急に怖いんだけどー……」
「ふぅ、やれやれでござる。猫屋、お主も一端の酒飲みを名乗るのなら酒の格言は網羅しておくでやんす」
「まったくだね。教養のない貧乳とは何とも無様だ」
「で、あるな」
「あははっ、ぶちのめすよー?」

 平均よりもサイズが上な2人の得意気な顔は、凄くムカついた。次、胸の事でいじってきたら余計な脂肪をもぎ取ってやろうと思う。

「あ、そんなことよりもじゃ」

 安瀬ちゃんがにゅう麺の入った椀を置いて、私の方を振り向く。

「猫屋、今日はお主以外バイトでござろう? ……そうなると暇ではないかえ?」
「え、あぁー、うん、そーかも」
「それなら…………じ、陣内のバイト先に行くというのはどうじゃ? 今日、あ奴は20時上がりだったはずじゃからな。2時間くらいは暇をつぶせるである!!」
「あぁーー……」

 安瀬ちゃんの提案は嬉しいけど、ちょっと遠慮しようと思った。

「う、うーーん。でも、陣内の迷惑なりそうだからやめとくー。適当にご飯作って待っとくよーー」
「あ……そう、でござるか」
「?」

 その時、何故か安瀬ちゃんは何とも言えない顔をしていた。

「ねぇ猫屋。僕、久しぶりに猫屋のエビチリが食べたいな。辛さ控えめにして作ってよ」
「あぁーエビチリいいねーー。まかせてよーー!!」

 エビチリはよく実家で作っていたので得意料理だった。今日のバイト後ご飯の献立はエビチリと中華卵スープにしよう。

「……一応、我は胃腸薬の用意はしておくぜよ」
「えぇー? 安瀬ちゃん達って本当に大袈裟だよねー?」
「ふふっ、美味しいのは間違いないんだけどね」

************************************************************

 1時間ほどで晩御飯の準備は終わった。料理が終われば、後は1人の時間。安瀬ちゃんに言われた通り、ちょっとだけ暇。

 なので私は、妹の花梨かりんに電話を掛けることにした。

 妹とは仲が良い方だと思う。親が離婚したせいか、私が姉としての威厳を発揮し続けたおかげなのか分からないけど、花梨かりんは私に良く懐いている。なので、お互いが家を出てからもよく長電話する。

 最近の話題は、もっぱら恋愛相談だ。

「実はこの前、陣内が手のマッサージしてくれてさー。なんか、その……ああいう肌と肌の接触ってマジヤバいよねーー!! 高校の時は手ックスなんて下んなーい、とか思ってたけど、私その時テンション上がりすぎちゃって変な扉が開きそうになっちゃってさーー……!!」
「へぇー……」
「京都旅行で大きな橋渡ってた時にねー、陣内が『ちょっと歩きにくいから転ばないよう気を付けろよ』って心配そうにしてたんだよねー!! 私が簡単に転ぶわけないのにねー!! いやー、陣内って意外と心配性でさー……!!」
「ほーー……」
「それでー、金髪でスーツの陣内がちょーカッコよくってね!! なんていうかー、うーーん? ちょい悪系の王子様って感じー? それがもう、本当に良く似合っててー!! 見てて目が幸せって感じしてさー……!!」
「あーーー……」

 花梨は中々聞き上手。私の話したい事をちゃんと聞いてくれる。

「……あの、ねーちゃん、ちょっといーい?」

 いつもは楽しそうに私とお喋りしてくれる花梨が、少し暗めの声音で話を遮った。

「え、なーに? どーしたの? 彼氏君と喧嘩でもしたー?」
「もう1時間も惚気話聞いてるんだけどー、それは一体いつエッチに発展するの?」
「ふ゛゛っ!!」

 思わず噴き出した。花梨が急に舐めた事を言ったせいだ。

「す、す、するかクソボケーー!! 自分に彼氏がいるからって色ボケするなアホーーー!!」

 スマホ越しに妹を叱る。この愚妹は、彼氏と同棲を始めてから間違いなく調子に乗っている。ここは姉としてビシッとつつしみを注入してやらなければいけない。

「……姉ちゃんって今、何歳だったけー?」
「? 21だけどー? 18歳のアンタの3つ上じゃーん。んなことよりも──」
「なら悪いんだけどー、ちょっと生々しい話していーい?」
「え……う、うん」

 花梨の威圧感のある声に、私は尻すぼみした。何故か、怒った時のママみたいな圧力を妹から感じ取ってしまう。

「姉ちゃんはさー…………その歳にもなって、手つないだくらいで大はしゃぎするぐらい甘ーーい、砂糖の塊みたいな恋愛してるじゃん?」
「さ、砂糖って……そ、そんなに可愛い感じー? あ、あははは。なんか照れちゃうから止めてほしーんだけどー」

 砂糖と言う表現は概ね正しい。私は最近、凄く幸せだ。

 動かせない右腕は不便だけど、陣内大好きな人が目を掛けてくれるし、安瀬ちゃんと西代ちゃんが居てくれるから、女子だけのゆるーい楽な感じもある。こんな私に、ここまで都合の良い空間があっていいのかと不安を覚えるほど、今は充実していると思う。…………大学生活って、本当に楽しい。

「そんなガキみたいな姉ちゃんと違って、梅治さんには大人の経験があるんだよね? 元カノと〇〇〇〇とか△△△とか☆☆☆☆☆☆とかしまくってた感じの」
「く゛は゛、ぅ゛゛ッッ……!!」

 幸せな心が大ダメージを受け、血を噴き出した。

「ごふ゛っ………………か、花梨、何で急にそんなこと言うの? 酷すぎない? お、お、お姉ちゃん、心がバラバラになりそうだよー? ちょっと本気で泣きそうだよーー? う、うぅ……今まであんまり考えないようにしてたのにぃーー……」
「あぁーー……ごめん」

 妹は謝ってくれてるけど、ちょっと本当にきつかった。

 女は最後に選ばれたいって言う。だけど、私は違った。普通に一番最初が良かった……。だって普通そうでしょ? あの風説、意味わかんなーい……。

「……すんっ……ひっく……う、うぅぅぅ…………」
「ほ、本当にごめんね。真面目にごめんなさい。すいませんでしたー……」
「い、いいよー別にー……。じ、事実な訳だしーー」

 仕方ない。男性経験のない私が悪い。女学校なんかに行った私が悪い。

「あ、あのね、私が言いたかったのはー、もっと直球に責めてみたらって事なんだってー」
「……直球?」
「うん。ほらー、前に焼肉屋で相談に乗った時に言ったじゃーん? 梅治さんも男なんだから、エッチな雰囲気に持ち込めってー」
「あ、あぁーアレねーー……」

 京都旅行前の入学祝いに、そんな話を妹としていた。

「私てきにはー、胸揉ませて裸で迫るくらいのアタックを期待してたーー…………みたいな?」
「できるかぁーーー!?」

 再びスマホ越しに妹を怒鳴りつけた。それはもう恋する乙女なんて領域を超えて、もはやただのビッチだ。

「はぁ……ならさー、姉ちゃんどうするの?」

 花梨は私の怒声を軽く受け流して、呆れたような声音で私にそう聞き返した。

「梅治さんって、顔面が姉ちゃんレベルのあの2人と暮らしてて、どっちにも手出してないんでしょー? それって、かなり我慢強いよ? ちょっと異常なレベルでー」
「…………ま、まぁ、そーだねー」

 かなり長い期間恋人が居た陣内は、だ。
 それは普段の態度からも滲みでている。陣内は、ちょっとムカつくぐらい異性との付き合い方が上手だ。安瀬ちゃんには下ネタとかあまり言わないのに対して、逆に西代ちゃんにはかなり砕けた接し方をする。陣内は適切な距離感を決して間違えない。

 特殊な体質もあるのだろうけど、陣内は絶妙に女慣れしていて、女性に対する免疫が高すぎる。

 それに対して私は中高とも女学校。おまけに男子のことを考えてる時間より、人をぶちのめす方法を考えてた時間の方がはるかに長い。

 私はきっと。妹が言うように、ヤニカスの恋愛ポンコツ女だ。

「でも……」

 それでも。

「私……陣内とはちゃんと結ばれたい」

 陣内も私と同じになって欲しい。私と同じ気持ちになって欲しい。

「だから……そこまでなりふり構わないのは流石に嫌」

 陣内から求められるのなら良い。でも、私から迫りすぎるのは……女の子らしくない。可愛いくないからヤダ。

「………………姉ちゃんって、やっぱり天才肌だよね。ちょー傲慢ごうまん

 聞こえてくる花梨の言葉の意味は、よく理解できなかった。

「なら、もう純粋な女子力で殴り倒すしかないよねー」
「え、女子力? 殴り倒すー?」
「可愛さの暴力でぼっこぼこにする感じー。徹底的に、梅治さんの弱点ウィークポイントを抉らないとねーー」

 ……なんか、言葉選びが全然可愛くなかった。

「ええっとーー……つまりどーいうこと?」
「とりあえずー、梅治さんに好みタイプ聞くところから始めてみようって事」

************************************************************

「んん、好みか…………」

 対面に座る標的ターゲットは難しい顔をしていた。

「ちょっと考えてみるわ」
「よ、よろしくーー」

 低く悩ましそうに陣内は唸る。考える素振りを見せ、サワーをグビグビ飲んで、言葉を濁す。何かを待っているように見えた。

「………お、来た来た」

 配膳ロボットが追加のお酒を運んでくる。その上には、業務用のウイスキーボトルと2Lの炭酸水が直に置かれていた。

「大場のヤツ、分かってるな」

 ちょっと異常な光景だけど、それは陣内の同僚の粋な計らいらしい。彼はウイスキーと炭酸水を受け取ると、早速ハイボールを作り始める。目の前で、かなり濃い濃度のハイボールが出来上がった。

 眉間に皺を寄せながら、彼はシュワシュワと気泡が弾けるソレを飲み下し始める。

「んっ、んっ、んっ」

 ……私と同じで気恥ずかしくて、お酒に手を付けているのなら、ちょっと嬉しいかもしれない。少し胸がトクンと跳ねた。

「あ゛ぁ゛、げっふ…………やっぱり顔が良くて、痩せてて、胸が大きい女性がいいんじゃね?」
「………………」

 暖かい気持ちに冷水を掛けられた。想定している中で、一番ダメな答えが返ってきた。

「……えぇっとさー………………ぶん殴っていーい?」
「ははっ、キレんなよ」

 陣内は悪びれもせずに笑った。

「結構普通の意見だと思うぜ? 世の中見てみろよ。漫画雑誌もハーレーの表紙でさえ写ってんのはスタイルの良い水着の美人だ。悪いけど、男の感性なんてそんなもんだよ。恋人にするなら美人に越したことはない」

 陣内の語っている内容は、恋愛観と言うよりも、他人の普遍的な価値観に近いように思えた。

「というか、女だってそうじゃないのか? 性格が合うのは絶対条件として、自分の恋人はつらが良くて、背が高くて、筋肉質だった方がいいだろ」
「あ、あぁーーなるほどねー」

 感覚的には理解できる。でも、私が求めている答えはそういった方面ではない気がする。

「そういうのじゃなくてさー……もっとこう、細部に拘った感じって言うかー……ニッチな部分的なー?」
「……えっと、性癖の話? マジで? お前と猥談するのとかなんか緊張するんだけど」
「ち、が、う!! 髪の長さとかー!! 年上、年下好きとかのはなしーー!!」
「なんだ、嗜好しこう的な話か。……そうだな」

 陣内は腕を組んでうつむき、また思索にふける。

「んー…………………」

 少しだけ、陣内の頭が落ちた。

「えっと…………………………………………」

 落ちすぎて頂点の旋毛つむじが見える。

「…………………………………………………………」

 ついに、陣内は頭を抱えだした。

「……可愛い服が好きだ。ゴスロリとかその辺りのなんか凄い可愛いの」

 悩んだ末に出てきたのは、酷く曖昧な言葉だった。

「それ服じゃーん」

 加えて言うなら、結構マニアック。私服ではあんまり着られないので参考にならない。

「……服装だって異性を好ましく思う要素の一つだと思います」
「なんで敬語ー?」

 私の否定を受けて、陣内は遠い目で虚空を見上げる。自分でも、自分の回答に納得していない様子だった。

「ならー、さっき言ってた性格はどうなのー? どんな感じの人がいいの?」

 お互いに微妙な結果だったようなので、追加で質問を投げかけてみる。

「……一緒に居て楽しいなら何でも良いな。人様の性格にケチつけられるほど上等な人間じゃないからな、俺」
「あぁー、陣内ろくでなしだもんねー」
「っは、お前もだろ?」

 ニヒルに笑って、陣内は私を馬鹿にしてくる。……正直、最近はそういうイジワルな顔も好き。馬鹿にされてるのに、何故か満更でもない気分になっちゃう。

「う、うっさーい。……なら次、年の差とかはー?」

 これはかなり重要な要素だった。年齢は努力ではどうにもならないので、私にとって都合の良い回答を神様に祈る。

「上はプラス5まで、下は……条例に引っかからないまでが許容範囲だ」
「超ふつーだねー」
「まぁ、そんなもんじゃないか?」

 …………ここまでの話を聞く限り、陣内には『恋人にするなら絶対こんな人!!』という拘りが無いようだった。単純に容姿が良い人がタイプみたい。

「ふーーん。陣内ってー、意外とルッキスト外見至上主義者だったんだねー!!」

 それなら良かった。安瀬ちゃんと西代ちゃんレベルには敵わないけど、私だって容姿には自信がある。化粧が絡めばもっと自信がある。男性受けが良い薄めの化粧をしてきたのは間違いではないっぽい。

「…………あ、あれ? お、俺って、もしかして最低のクズか? 女性を外見だけでしか判断できないタイプのカス……? ……女の敵?? クソゴミウンコマンじゃん……」

 ぶつぶつと何かを呟きながら、陣内はまた頭を抱えだす。これで今日、2度目だ。

「い、いや違う!! 違うぞ!!」 

 私が出した結論が不服だったのか、陣内は首をぶんぶん振って否定の意思を表す。

「た、たしかに昔は、明るくてよく笑う美人がタイプだった!! でも今は誠実で俺を受けいれてくれる人なら────はい、俺の話終わりぃ!!」

 大声で何かを喚き散らしながら、陣内はジョッキを手に取った。そして、度数が20パーセントはありそうな濃いめのハイボールを一気に飲み干し始める。

「ぶはぁッ!! ……そう言う猫屋はどうなんだよ! なんか拘りがあるのか!!」
「え、わたしー?」
「あぁ!! 俺ばっかり答えるの不公平だ!! お前も少しは恥を晒せ!!」
「うへぇーー、陣内。その発言は人として十分恥ずかしいからねー?」

 けれど、彼の言う事ももっともだった。陣内にだけ喋らせるのはちょっとだけズルい。

「…………私の好みのタイプはー」

 一瞬だけ陣内の事を考えた。

「優しい人」

 ポロっと自然に口から漏れる。だからこれは私の本心なのだろう。

「私に優しくしてくれる人が大好き」

 額に傷を残した陣内を見て、心の底からそう思った。

「……お前ストライクゾーン凄い広いな。優しい人間なんてこの世に五万といるだろ?」
「……ふふっ、分かってないにゃー、陣内?」
「あん?」
「私の言う優しいってー、並大抵じゃないんだよねー」

 陣内は底が抜けて優しくて、強い。

「ほら、私ってこんな性格じゃーん? だから、どんな時でも私の味方をしてくれる親みたいな人が現れたら、多分一発で好きになっちゃう。甘やかしてくれる人に弱いタイプなんだよねー」

 比べて、こんな子供みたいな理想を掲げる私は脆弱だ。

 ヘラヘラした性格に裏付けられた意思の弱さ。流されやすーい薄い性根。挫折した弱っちい心。楽しそうなら何でもOKな倫理観の低さ。タバコが大好きで辞められない、社会の風潮に逆さまな感じ。……好きな人に作った傷を見て、安心してしまうようなクズ。

 陣内の額の傷を見ると、嬉しい。彼の強さと優しさの証明のようでカッコいいと思う。でも、そんな私の心は醜く歪んでいて気色悪い。

(あーー、ぜんぶ下んなーーーーー。私、性格ブスすぎーーー)

 アルコールとニコチンで溶けた思考がバットに入る。丹田たんでんの付近がじわじわと腐っていく感覚がした。……負のスパイラルに陥りそう。

「分かる。スゲェ分かる……!! それだ、猫屋!!」
「え?」

 唐突に、陣内が私に指を突き付けてくる。
 
「ガキみたいなこと言ってんのは分かってるけどさ、やっぱり好きな人には全部受け入れてもらいたいよな!」
「……う、うん」

 既に泥酔しているのか、彼は上機嫌そうにニコニコ笑って私の感性を肯定してくれた。

「それが一番しっくりする答えだぜ!! あぁースッキリした!! いやぁ、実は俺も心の底では優しい人がいいとおもってたんだよ……!!」
「うん……うん! やっぱそーだよねー!!」

 肯定されるのは気持ちが良い。受け入れてもらうのは幸せだ。暗い気持ちを吹き飛ばしてくれるのは、やっぱり私の好きな人だ。

「俺も次好みのタイプ聞かれたらそう言う事にするわ。流石に女性を外見だけで判断してますは、クズ過ぎるしな!!」
「ふふっ、たしかにー……!! ただでさえ陣内ってアル中の馬鹿なんだからさー!!」
「おい、だから俺はアル中じゃねぇよ」
「もうその主張は通らないと思うよー?」

 やっぱり私と陣内って感性が似てる。それが嬉しい。熔けた意識が混じり合うような一体感が、私を安心させてくれるから。

(……………………あははっ、告白するのこっわーー)

 だけど、同時にこうも思う。

 陣内に受け入れて貰えないのは恐ろしい。

 陣内に好かれないのは恐ろしい。陣内に否定されるのは恐ろしい。たぶん、私の弱い心じゃ耐えられない。

 振られたら、私はきっとまたみっともなく声をあげて泣く。

 そうしたら……優しい彼は情けを掛けてくれるだろう。あの時のように、泣きじゃくる私を、包むように抱きしめてくれる。

 だって、陣内は痛みを知っている人間だから。否定されて落ちる辛さを知っている人。

 優しさだけで作られた偽りの感情で、私を受け入れてくれるに決まっている。

(怖いなぁー……)

 その瞬間を想像しただけで、心がクシャっと潰れてズタズタになった。

************************************************************

 その後、1時間ほど話し込んで私は陣内と一緒に居酒屋を出た。

(……どーしよーかなー)

 今日の収穫は、正直に言って微妙とといった感じ。陣内の好みはだいだい分かったけど、それは今すぐ劇的に変わるものではなかった。

(とりま、スキンケア頑張ってー、日光に当たらないようしてーー……太らないよーにしてーー……)

 頭の中で今日得た情報をまとめる。すると、少し強めな風が私を撫でつける。

 もう夜21時。辺りはすっかり暗く、春が過ぎた5月の夜は寒暖差が大きくてちょっとだけ寒かった。

 左手だけで自分の肩を抱き寄せる。すると同時に、存在感を主張しない自分の胸部にハッとした。

(む、胸はー……ちょっとどうしようもないよねー……。うーーん……)
「猫屋」

 声と一緒に、パサっと私の肩に大きくて暖かい物が掛かる。陣内が肌寒そうにしていた私に自身の上着を掛けてくれたのだ。
 
「……いいのー、陣内?」
「あぁ、俺は冬生まれだから寒いの平気なんだよ」
「そ、そーう? あ、ありがとー」

 素直にお礼を言って、ぶかぶかのジャンバーに袖を通す。……陣内の体温が写ってきて、暖かい。陣内は平気な顔してこういうことできるのズルいと思う……。

「……いや、俺の方こそありがとな」
「へ?」
「あぁ、いや、その……なんていうかな」

 陣内はそう言うと、私を追い抜いて暗がりの道を歩き出した。ゆっくりと歩を進めて、彼は何もない中途半端な距離で立ち止まる。


「ちょっと怖くて避けてたんだ。ああいう話をするの」


 静まり返った夜の街に、真っ白で弱弱しい言葉が溶け込んだ。

「だから……ありがとう猫屋。たぶん、猫屋が話し相手だったから、今日はひときわ楽しかった」

 陣内は背を向けてる。なので、彼の表情は見えない。

 感情が乗って、芯の籠った暖かい声音しか、私には知覚できなかった。

「……飲み足りねぇな。西代のバイト先にでも行こうぜ。アイツの働いてるBAR、ここから少し歩いた所だっただろ?」
「あ、う、うん」
「よし、なら行くか。ははっ、西代に難しいカクテルでもオーダーしてみようぜ」

 先ほどの言葉はまるで存在しなかったように、陣内はいつもの調子を取り戻し、私を置いて歩き出した。

(…………よしっ!! よし、よーーしっ!!)

 心の中だけで絶叫し、陣内が見てない所で何度もガッツポーズを取る。じわじわと強い衝撃が胸を伝播していた。

(なんか今の、ちょーいい感じだった!!)

 今日、私は間違いなく陣内の心に寄り添えた。

(手が届かない訳じゃない!! 少しずつだけど前に進んでる!!)

 陣内の大切な何かに近づけた。

(きっと、いつか、絶対に、私たちは──)

 お互いの全てを分かり合えた、この世で一番仲の良いカップルになれる。

 そんな確信じみた予感を胸に秘めて、先を歩く陣内を追いかけた。
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