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女たらし
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冬休みに入って早くも5日が経過した。キャンプに行った以外は、いつものように集まって酒を飲む日々。講義が無いのに、なぜ酒飲みモンスターズは我が家に集まるのだろうか。今日も猫屋が遊びに来ている。というか、昨日もいた。
今は二人で昼ご飯を作っている。ピーマンの肉詰めだ。
少し手間だが熱々のご飯、それにビールとの相性はバッチリだろう。
「ねぇー、陣内?」
「なんだ?」
俺がひき肉をこね、猫屋はピーマンの下処理。
今日はお互いにバイトはないので、酒を飲みながらだ。恥ずかしながら俺達4人はキッチンドリンカー。家事をするときは基本、お酒がセットだ。
「明日、クリスマスイブだねー」
「あぁ、そうだな」
今日は12月23日。キリストの生誕、前々日。外国ではどのように祝うのか知らないが、日本では恋人とデートする日だ。
「猫屋は彼氏とデートとか行くのか?」
「それさー、私に絶対彼氏がいないと思って聞いてるよねー」
俺の分かりきった質問にふてくされる彼女。
彼氏がいたのなら俺の家に入り浸りなどはしない。
「そもそも、明日は私達全員バイトでしょー」
「……嫌になるなぁ」
聖なる夜ぐらいは働かずに、七面鳥とシャンパンを飲んでゆっくりしたい。
しかし、繁忙期にバイトとというモノは中々休めないものだ。
「カラオケはクリスマスとか特に忙しんじゃないか?」
「うん、夜10時から朝5時まで働きっぱなしー。恋人と子供連れで店内がごちゃ混ぜになるらしー」
彼女は明日の事を想像して憂鬱そうに顔を曇らせる。確かに、レジャー施設などはクリスマスは大忙しになりそうだ。
「俺もバイトは夜からだな。まぁ、明日の昼間はゆっくりしてようぜ。どうせ今日も泊まっていくだろ?」
「……………………」
俺の確認に彼女は少し黙った。何かを考え込んでいるのか、ビーマンの種を除ける手が止まっている。
「じんなーい……?」
そうして、こちら下からのぞき込むように見ると、ニヤリと意地悪そうに笑った。
「明日、私とデートしよっかー」
「……っ!?」
慮外の発言に驚き、言葉に詰まる。
デート? 俺と? 猫屋が?
「おい、冗談はよせよ。心臓が止まると思ったぞ」
「えー、ひどーい。冗談じゃないよー?」
「はいはい」
ひき肉まみれの手をプラプラと振って、適当に彼女をあしらう。
「私、今日は家に帰るからさー、明日はちゃーんと車で迎えに来てね?」
「……本気か?」
その発言で、一気に言葉の真実味が増した。今日の夜は安瀬と西代が来る。
いつもの飲み会だ。それを蹴ってまで、デートの準備をしてくると彼女は言っているのだ。
「うん、陣内もー、ちゃんとお洒落してきてねー」
「え、あ、あぁ」
生返事で返してしまったが、どうやら本気らしい。俺に彼女の隣に立つほどの身支度などできるわけがないだろう。
だが、男として進められたグラスを引くような真似はできない。彼女の真意が何なのか分からないが、とりあえずこの余興には付き合おう。
そんなこんなで、明日は何故か猫屋とクリスマスイブデートすることに決まってしまった。デートと言っても、どうせ適当に遊ぶだけだろうが……
************************************************************
翌日。
ヘアアイロンで柔らかくして、ワックスで自然に束感を出した髪。
黒いダウンジャケットにデニムズボン、そしてお気に入りの真っ白で大きな靴。
そして最後に、香りの薄目な柑橘系の香水を軽く振る。
ガチガチでお洒落してしまった……!!
デートという言葉を本気にしてると思われて引かれたら、どうしよう。
この姿を見て、『あ、ごめん。冗談だったのに……なんかごめんね?』とか言われたら泣く自信があるぞ。
俺は猫屋が自身の賃貸から出てくるのを、車の中で待っている。
本当にデートみたいなっているので、緊張してきた。酒を飲んで誤魔化したい。
悶々としていると、コンコンっとドアのミラーを叩く音が聞こえてくる。
「ごめーん、お待たせー。ちょっと準備に時間かかっちゃったー」
猫屋が窓越しに俺に話しかけてきた。
目がいつもより大きく見える薄い化粧。桜色のリップが唇に光沢と潤いを演出している。綺麗に巻かれた艶のある金髪。耳には丸いイヤリング。
それは俺が彼女の誕生日にプレゼントしたモノだった。今日の為に着けてきてくれたのだろう。そんなに高くない物だが使ってくれると嬉しい。
俺はドアのロックを外して彼女を車内に招き入れる。
彼女の全容が露になる。上着は灰色のロングコート。下には珍しく丈の長いスカートを穿いている。いつもはジッポを太腿で点けるために、ジーパンを好むはずなのに。黒いストッキングがその細い足をさらに強調している。
よかった、この気合を入れように今回はマジのデートのようだ…………。マジのデートってなんだよ。
「おぉー、中々かっこいいじゃーん」
「お前にはボロ負けだよ」
「アハハハ、ありがとー」
ニコニコと朗らかにほほ笑む彼女。
雑に褒めたが、本当に可愛らしいなコイツ。
「で、今日はどこいくんだ? 悪いけど、急な予定だったからプランなんて考えてないぞ」
それに、クリスマスイブだからどこも予約でいっぱいだろう。
行ける所としたら、映画館くらいしか思いつかない。
「大型ショッピングモールまでよろしくー」
「……そんな所でいいのか?」
「今日の目的はー、西代ちゃんの誕プレ選びなわけよー」
唐突なデート目的のカミングアウト。だがようやく、合点がいった。
「そう言えば、あいつの誕生日1月7日だったな」
「年明けすぐだからねー。誕生会はできないけど、プレゼントはちゃんと選んでおこうと思ってー」
西代の誕生会は行われない。当の本人が不在のためだ。彼女はなぜか実家で祝ってもらうそうだ。その頃にはすでに冬休みは終わっているはずだが、アイツまた講義をサボるつもりだろうか。
「ていうかー、デートって言ってたから単純な陣内は意識しちゃったかにゃー?」
ぶりっ子口調で俺を嘲笑う猫屋。その表情は小悪魔的に口角を釣り上げている。
……酒のない俺には、今日のコイツの姿は目に毒だ。よし、思いっきりふざけて返事してやろう。
「あぁ、凄い意識してきた。興奮して昨日は寝付けなかったくらいだ」
俺らしくない真剣な声音で声を作る。
ガチガチコーディネートと合わさって効果がでればいいが、どうだ……?
「へ、へー……。あ、その、ね、うん、ありがとー……」
猫屋は俺の真面目な回答に顔を少し赤らめ、頬をポリポイと掻いた。
それは彼女が恥ずかしがっている時の癖だ。どうやら仕返しは成功したらしい。
「……っくふ」
その様子がどこか可笑しくて、俺は堪らず笑いがこぼれてしまった。
「あ、あーー!! 謀ったな、きさまーー!!」
「はははっ! 安瀬みたいなこと言うのな。……まぁ今回、先に仕掛けたのはお前だ。これくらいはいいだろ?」
「ぐ、ぐ、ぐーー……!」
猫屋は何も言えずに押し黙った。俺はカーナビに目的地を入れて、車をだす。
俺たちのなんちゃってデートはこうやって始まった。
************************************************************
「人、多いねー」
「休日だしな」
クリスマス仕様のショッピングモール。店内広場には大きなモミの木に装飾が施されており、子供たちが群がっている。他にも俺達みたいな男女のペアもちらほらと見られる。
「今日はどこもこんな感じなんだろうな」
「だねー、……フフっ、迷子にならないように手でも繋ぐー?」
「それ、俺がいいよって言ったらどうするつもりなんだよ……」
さっきの会話から彼女は何も学んでいないようだ。
「……なーんか周りに染められて頭がピンクになってるかも、私」
「わかる」
すれ違う男女のカップル。その多さは普段の非ではない。
人間は集団的生活をする生き物だ。長い者には巻かれろ、朱に交われば赤くなる。無意識に周りに影響を受けているのは気のせいではないだろう。
「さっさと目的の物を買って帰ろうぜ。夜はバイトがあるし」
「だねー、家で煙草をスパスパしてゴロゴロしたくなってきたー」
猫屋に賛成だ。外に気合を入れて出かけた時ほど、何故か帰りたくなる事がある。
今回の場合は人の多さと雰囲気が理由だ。
「で、西代に何を送るかは決まってるのか?」
「実はそれが全然決まらなくてー……」
「え? 何で?」
「西代ちゃんの趣味ってさー、酒と煙草とギャンブルに、後は本ぐらいしかないんだよねー」
「あー……」
確かに彼女の言う通りだった。西代の賃貸に行った事があるが、最低限の家電を他に本棚しかなかった。服も女としては最小限。部屋にはTVすら無く、ミニマリストかと思うほどのガランドウ。
西代曰く、『酒と煙草と本。それに程々のスリルがあれば、僕の暮らしは十分に豊かなのさ』らしい。アイツの言うスリルは絶対に程々ではないが。
「なら本でいいんじゃないか?」
「それも考えたけどー、本って自分で選びたい物でしょ? それに私、小説とか読まないから詳しくなーい」
「……そうだな」
俺達4人の中で読本を嗜むのは安瀬と西代だけだ。安瀬が読むのは歴史小説だけだが。彼女らは偶に読んだ歴史小説の感想をグラスを傾けて語り合っている。その姿は俺と猫屋にとってはどこか近寄り難い大人の雰囲気だった。恰好がついて、ちょっと羨ましい。
「俺も思い浮かばんな……」
「ならもうお店をグルグル回って、ビビッと来るものを探すしかないよねー」
「なるほど、俺が誘われた理由は相談役か」
「そーいうことー」
二人で探せば、ある程度まともな物が選べるであろう。
「とりあえず、プレゼントだし消耗品は無しだよな」
「明日のクリスマス会で、皆がお酒を持ち寄るしねー」
明日の夜は、全員がバイト後に集まってクリスマスを祝う予定だ。
その時にプレゼント代わりに各自がお酒を持ち寄る。予算は5000円以内。
俺はシンデレラシューを3本ほどをクリスマスセールで購入した。
いわゆるパリピ酒。ガラスでできた靴の瓶が特徴的な品だ。中に入っている酒を選べたので、ピンク、黄色、青の3種類にした。それぞれが別種の果実種になっている。結構、綺麗なので喜んでくれると嬉しいが。
まぁ、今はそんな事より西代の誕プレ選びだ。
「雑貨店にでも行くか」
「それが無難かなー」
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俺たちは西代好みそうな品を探して歩き回る。
結果はあまり良くなかった。気づけば自分たちが欲しい物ばかりに目がいっている。
「わぁー……! このチークかわいーー」
「…………」
今なんぞ、猫屋に付き合って化粧品コーナーに入っていた。男の俺にとっては全く縁遠い場所だ。最近の男は化粧をする奴がいるらしいが、俺はしない。
猫屋は化粧品に夢中なようだか。
「西代って、あんまり化粧に熱心なイメージないな」
名目上は誕プレ探しなので、そちらに目的を戻そうとする。
「んー、そうだよねー。西代ちゃん、マジで可愛いからもったいないよねー」
「化粧は最低限て感じだよな。まぁ、俺も着飾るよりは酒と煙草だけどな」
「アハハー、わかっちゃうー」
そう言う猫屋であるが、我が家では一番のお洒落さんだ。化粧は上手いし、上品な着こなしをする。実際、目の前の彼女は魔性だ。横顔から見える唇がいつもより濡れて艶やかに見える。
「でも女って凄いよな。素材が良ければ、口に紅を塗っただけで唇にハリがでるもんなんだ」
例え美男が紅を塗っても、あぁは綺麗にならないだろう。
俺の言葉に、彼女はピクンと反応する。何が言いたそうだ。
「そんなわけないじゃーん。化粧って大変なんだからー。唇がふっくらしてるのは、カプサイシンの効果だよー」
「か、かぷ……!?」
カプサイシンは確かトウガラシなどに存在する辛味成分のはずだ。
「お前は重度の辛い物好きだと知ってたが、化粧にまで転用するとは……」
「そんなわけないじゃん!! 最近はカプサイシン入りのリップが売ってるのー。唇が少し腫れて、ハリがあるように見えるって理屈」
「……化粧てすげーな。マジで」
というか女が凄い。なんという情熱と発想力だ。口紅に辛料を仕込むなんて、俺には絶対考えつかない。美の探求者だな。
「痛くないのか?」
「ぜんぜーん。人によるらしいけどー」
なるほど、彼女なら余裕で耐えられるか。
「それにしても随分熱心見てるな、欲しいのか? そのチーク」
「うーん、やっぱりいいや。似たようなの持ってるしー」
そう言って彼女は周りを見渡す。次に行く所を見繕っているようだ。
俺も彼女に習って、周りを見てみる。
すると、あるフロアに目が留まった。
「あ、花か……」
彩り豊かな花が咲く、品揃えが良さそうなお花屋さん。
「花? でも西代ちゃんて、小まめに水やるタイプー? そりゃあ貰えば世話はするだろうけどさー」
「まぁ、いいからちょっとついて来い」
「え、ちょっとー」
不満そうな猫屋の声を無視して、1人で先に行く。俺の見立てが正しいなら良い物が置いてあるはずだ。
店内に入った俺は、ガラスで覆われた1本の青い薔薇を見つけた。
他にも芍薬や睡蓮、ガーベラといった綺麗な花たちがガラスドームのインテリアとして販売されている。
「やっぱり、あったな。アイスフラワー」
冷凍によって美しいまま、寿命を延長された花。決して、配管工のパワーアップアイテムではない。
「わぁー、綺麗……。いーじゃんコレ! でも枯れないの?」
俺に追いついた猫屋がアイスフラワーに見とれている。
「5年くらいは持つらしい。西代の何もない部屋にはピッタリなインテリアになると思わないか?」
「……いいねー、それ!」
机に置かれた酒のグラスと一本の青い薔薇。
それを背景に本を読む西代を想像すると恐ろしく絵になる。
「私、この青い薔薇にするー! ……陣内は他の花にするの?」
「俺は地元に帰った時に探すわ」
西代の誕生日は年明けだ。今焦って買う必要はない。
「そっか、じゃあ私はコレ買ってくるねー」
「行ってら…………あ、悪い。俺ちょっと個人的に買いたい物あるから先に車で待っててくれ」
そう言って、彼女に車のキーを差し出す。
「へ? ……あ、うん」
猫屋は間の抜けた声を出してそれを受け取った。特に詮索される事はなかった。
俺は彼女と別れて店の外に出た。
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「待たせたな」
「遅くなーい?」
必要な物を買い揃えた俺は車に戻ってきた。
猫屋の言うとおり、結構時間がかかってしまった。
「悪い悪い、コレやるから許してくれ」
俺は有無を言わさず、紙袋を手渡した。
「え、……コレなーに?」
「クリスマスイブのプレゼント」
その言葉に猫屋は大きな瞳を収縮させた。
女性とイブにデートして手ぶらで返すほど、俺は非紳士的ではない。
「え、え、ちょっ! なんで? というか私へのプレゼント買いにあそこで別れたの!?」
よっぽど驚いているのか、緩い口調はどこかに飛んでいってしまったようだ。
「まぁ、そんな所」
適当に誤魔化しておく。恥ずかしいわけではない。
「えー、うー、嬉しいけどなんか悪いー」
「いいよ別に、今日は結構楽しかったし。そのお礼とでも思ってくれ」
「い、いい男だなー、陣内のくせにー」
猫屋は今朝と同じように、ポリポリと頬を掻いた。プレゼントは一応成功のようだ。
「ねぇ、中見てもいーい?」
「どうぞどうぞ」
俺の許可をわざわざ取って、彼女は紙袋から商品を取り出す。変な所で律儀な奴だ。
「リボン?」
「すまんな、あんまりセンスが無くて」
淡い緑色の長い紐。初めは彼女が熱心に見ていたチークにしようとしたが、似たような物を持っていると言っていた。それに、化粧品の良し悪しなど俺には分からない。なら猫屋に似合う物を贈るべきだと考えた。
だか、普段から洒落た彼女には子供らしすぎただろうか?
「そんな事ないよ」
そう言って、猫屋は自身の髪にリボンを結び始めた。手先を器用に使って髪に紐を結う動作は、隣に座る友人が女性である事を俺に強く意識させる。
「どう? 似合ってるでしょーー!」
落ちてきた夕日に照らされる、優しい顔。
一瞬、目を奪われた。
「……ぁ、ああ。俺の目に狂いはなかったみたいだな」
誤魔化すように、威勢のいいことを口走る。
ぐぐぐ……俺が恥ずかしがってどうする。
「なにそれー、褒めるのか自画自賛かわかんなーい」
「ちゃんと褒めてるよ」
ただ、真正面から褒めるのは酒が入っていないとできそうにない。
「……さ、帰ろうぜ。俺のバイトの時間も近い」
「ぐぇー、バイトマジで行きたくないなー」
「俺も……」
俺たちはバイトの愚痴を言い合いながら帰宅した。運転中、赤信号に止まるたびに夕陽を反射してキラキラと光る彼女の金髪に見惚れてしまっていた。
プレゼントのお返しを貰った気分だ。
もちろん、そんな恥ずかしい事は猫屋には死んでも言わない。
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翌日の深夜3時。クリスマス会終わりで女子3人が寝静まった時間。
俺は1人で台所の換気扇下で煙草を燻らせていた。なんとなく眠れなかった。酒の興奮作用のせいだろう。
その時、ガラッと台所のと扉が開かれる。
「ん、なんじゃ、起きておったのか」
そこには、寝ていたはずの安瀬がいた。
なぜか目を覚ましたようだ。
「まぁな、お前はどうした? 煙草か?」
「煙草が吸いたくて起きる阿呆はおらんじゃろ。喉が渇いたから何か飲みにきただけでござる」
寝室は加湿器で加湿してあるが、冬なのでどうしても乾燥する。それに加えて酒を飲めば喉も渇くか。
「あぁなるほど……麦茶でいいだろ?」
俺は冷蔵庫を開いて、大量に作り置きした麦茶を取り出した。そして、返事も待たずにコップに注ぐ。
「うむ、良きにはからえぜよ」
「なんだそりゃ」
彼女なりのお礼らしいが、感謝の意は全く伝わって来なかった。俺は冷めた麦茶を彼女に手渡す。
それを受け取り、美味しそうにゴグゴクと飲み干す彼女。
「ふぅ、……これでよく眠れそうである」
「明日の夜にはお兄さんと一緒に実家に帰るんだろ? なら、今のうちに酒抜いてよく寝とかないとな」
陽光さんが早めに仕事納めに入れるらしく、安瀬もそれに合わせて一緒に帰るようだ。やっぱり仲の良い兄妹だ。
「兄貴はネチネチとうるさいのでありんす。もう子供でもないのじゃから、酒くらい自由に飲ませて欲しいでござるよ」
「ハハハ、俺らはまだまだ子供だと思うぞ。無茶苦茶に酒を飲む所とかがな」
クリスマス会も大人から見れば下品極まりない内容だった。用意した酒を一晩で飲みきり、ダーツやTVゲームで大騒ぎ。罰ゲームで人の不様を大声で嘲り笑う。
良識ある大人にはまだまだなれそうに無い。
今が楽しいので、なる気もないが。
「はぁ……まぁ、正月は家に篭って兄貴でも酔い潰して遊ぶかの」
「え、安瀬の方がお酒強いのか? 体格的にお兄さんもかなり強そうに見えたけど」
体が大きければ、それに合わせて臓器も大きい。当然、大きい方が性能が高いと考えるのが普通だろう。
「兄は父親似じゃからの。肝臓は並の性能でありんす」
「……そうか」
……二人もいないし、渡すならこのタイミングだな。
俺は台所の収納スペースに置いてあって紙袋を取り出した。
「なんであるか、それ?」
「アイスフラワーと酒と甘味だ。実家に持って帰ってくれ」
猫屋と別れた後、俺は緑のリボンを買ってもう一度花屋に戻っていた。
その時に購入したそれらを、安瀬に押し付けるように手渡した。
「…………っ」
受け取った彼女は面食らったような顔をして硬直していた。まぁ、突然渡したらそんな反応になるよな。
俺は煙草を灰皿に押しつけ、安瀬に背を向けるように寝室の方へ歩いた。
「じゃあ、俺も寝るわ。コップの片付けは自分でやってくれ」
捨て台詞を言い、台所の扉を閉める。
彼女個人に送った物ではないが、小っ恥ずかしいので早く逃げたかった。
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「……カッコつけすぎじゃ、馬鹿」
安瀬しかいない台所で独り言がポツリと響く。ギュッと彼女は紙袋を大切そうに抱きしめた。安瀬にとって陣内の贈り物は、自分が貰うよりも嬉しかった。
紙袋の中に入っていたのは、青い薔薇ではなくピンク色の睡蓮だった。
今は二人で昼ご飯を作っている。ピーマンの肉詰めだ。
少し手間だが熱々のご飯、それにビールとの相性はバッチリだろう。
「ねぇー、陣内?」
「なんだ?」
俺がひき肉をこね、猫屋はピーマンの下処理。
今日はお互いにバイトはないので、酒を飲みながらだ。恥ずかしながら俺達4人はキッチンドリンカー。家事をするときは基本、お酒がセットだ。
「明日、クリスマスイブだねー」
「あぁ、そうだな」
今日は12月23日。キリストの生誕、前々日。外国ではどのように祝うのか知らないが、日本では恋人とデートする日だ。
「猫屋は彼氏とデートとか行くのか?」
「それさー、私に絶対彼氏がいないと思って聞いてるよねー」
俺の分かりきった質問にふてくされる彼女。
彼氏がいたのなら俺の家に入り浸りなどはしない。
「そもそも、明日は私達全員バイトでしょー」
「……嫌になるなぁ」
聖なる夜ぐらいは働かずに、七面鳥とシャンパンを飲んでゆっくりしたい。
しかし、繁忙期にバイトとというモノは中々休めないものだ。
「カラオケはクリスマスとか特に忙しんじゃないか?」
「うん、夜10時から朝5時まで働きっぱなしー。恋人と子供連れで店内がごちゃ混ぜになるらしー」
彼女は明日の事を想像して憂鬱そうに顔を曇らせる。確かに、レジャー施設などはクリスマスは大忙しになりそうだ。
「俺もバイトは夜からだな。まぁ、明日の昼間はゆっくりしてようぜ。どうせ今日も泊まっていくだろ?」
「……………………」
俺の確認に彼女は少し黙った。何かを考え込んでいるのか、ビーマンの種を除ける手が止まっている。
「じんなーい……?」
そうして、こちら下からのぞき込むように見ると、ニヤリと意地悪そうに笑った。
「明日、私とデートしよっかー」
「……っ!?」
慮外の発言に驚き、言葉に詰まる。
デート? 俺と? 猫屋が?
「おい、冗談はよせよ。心臓が止まると思ったぞ」
「えー、ひどーい。冗談じゃないよー?」
「はいはい」
ひき肉まみれの手をプラプラと振って、適当に彼女をあしらう。
「私、今日は家に帰るからさー、明日はちゃーんと車で迎えに来てね?」
「……本気か?」
その発言で、一気に言葉の真実味が増した。今日の夜は安瀬と西代が来る。
いつもの飲み会だ。それを蹴ってまで、デートの準備をしてくると彼女は言っているのだ。
「うん、陣内もー、ちゃんとお洒落してきてねー」
「え、あ、あぁ」
生返事で返してしまったが、どうやら本気らしい。俺に彼女の隣に立つほどの身支度などできるわけがないだろう。
だが、男として進められたグラスを引くような真似はできない。彼女の真意が何なのか分からないが、とりあえずこの余興には付き合おう。
そんなこんなで、明日は何故か猫屋とクリスマスイブデートすることに決まってしまった。デートと言っても、どうせ適当に遊ぶだけだろうが……
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翌日。
ヘアアイロンで柔らかくして、ワックスで自然に束感を出した髪。
黒いダウンジャケットにデニムズボン、そしてお気に入りの真っ白で大きな靴。
そして最後に、香りの薄目な柑橘系の香水を軽く振る。
ガチガチでお洒落してしまった……!!
デートという言葉を本気にしてると思われて引かれたら、どうしよう。
この姿を見て、『あ、ごめん。冗談だったのに……なんかごめんね?』とか言われたら泣く自信があるぞ。
俺は猫屋が自身の賃貸から出てくるのを、車の中で待っている。
本当にデートみたいなっているので、緊張してきた。酒を飲んで誤魔化したい。
悶々としていると、コンコンっとドアのミラーを叩く音が聞こえてくる。
「ごめーん、お待たせー。ちょっと準備に時間かかっちゃったー」
猫屋が窓越しに俺に話しかけてきた。
目がいつもより大きく見える薄い化粧。桜色のリップが唇に光沢と潤いを演出している。綺麗に巻かれた艶のある金髪。耳には丸いイヤリング。
それは俺が彼女の誕生日にプレゼントしたモノだった。今日の為に着けてきてくれたのだろう。そんなに高くない物だが使ってくれると嬉しい。
俺はドアのロックを外して彼女を車内に招き入れる。
彼女の全容が露になる。上着は灰色のロングコート。下には珍しく丈の長いスカートを穿いている。いつもはジッポを太腿で点けるために、ジーパンを好むはずなのに。黒いストッキングがその細い足をさらに強調している。
よかった、この気合を入れように今回はマジのデートのようだ…………。マジのデートってなんだよ。
「おぉー、中々かっこいいじゃーん」
「お前にはボロ負けだよ」
「アハハハ、ありがとー」
ニコニコと朗らかにほほ笑む彼女。
雑に褒めたが、本当に可愛らしいなコイツ。
「で、今日はどこいくんだ? 悪いけど、急な予定だったからプランなんて考えてないぞ」
それに、クリスマスイブだからどこも予約でいっぱいだろう。
行ける所としたら、映画館くらいしか思いつかない。
「大型ショッピングモールまでよろしくー」
「……そんな所でいいのか?」
「今日の目的はー、西代ちゃんの誕プレ選びなわけよー」
唐突なデート目的のカミングアウト。だがようやく、合点がいった。
「そう言えば、あいつの誕生日1月7日だったな」
「年明けすぐだからねー。誕生会はできないけど、プレゼントはちゃんと選んでおこうと思ってー」
西代の誕生会は行われない。当の本人が不在のためだ。彼女はなぜか実家で祝ってもらうそうだ。その頃にはすでに冬休みは終わっているはずだが、アイツまた講義をサボるつもりだろうか。
「ていうかー、デートって言ってたから単純な陣内は意識しちゃったかにゃー?」
ぶりっ子口調で俺を嘲笑う猫屋。その表情は小悪魔的に口角を釣り上げている。
……酒のない俺には、今日のコイツの姿は目に毒だ。よし、思いっきりふざけて返事してやろう。
「あぁ、凄い意識してきた。興奮して昨日は寝付けなかったくらいだ」
俺らしくない真剣な声音で声を作る。
ガチガチコーディネートと合わさって効果がでればいいが、どうだ……?
「へ、へー……。あ、その、ね、うん、ありがとー……」
猫屋は俺の真面目な回答に顔を少し赤らめ、頬をポリポイと掻いた。
それは彼女が恥ずかしがっている時の癖だ。どうやら仕返しは成功したらしい。
「……っくふ」
その様子がどこか可笑しくて、俺は堪らず笑いがこぼれてしまった。
「あ、あーー!! 謀ったな、きさまーー!!」
「はははっ! 安瀬みたいなこと言うのな。……まぁ今回、先に仕掛けたのはお前だ。これくらいはいいだろ?」
「ぐ、ぐ、ぐーー……!」
猫屋は何も言えずに押し黙った。俺はカーナビに目的地を入れて、車をだす。
俺たちのなんちゃってデートはこうやって始まった。
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「人、多いねー」
「休日だしな」
クリスマス仕様のショッピングモール。店内広場には大きなモミの木に装飾が施されており、子供たちが群がっている。他にも俺達みたいな男女のペアもちらほらと見られる。
「今日はどこもこんな感じなんだろうな」
「だねー、……フフっ、迷子にならないように手でも繋ぐー?」
「それ、俺がいいよって言ったらどうするつもりなんだよ……」
さっきの会話から彼女は何も学んでいないようだ。
「……なーんか周りに染められて頭がピンクになってるかも、私」
「わかる」
すれ違う男女のカップル。その多さは普段の非ではない。
人間は集団的生活をする生き物だ。長い者には巻かれろ、朱に交われば赤くなる。無意識に周りに影響を受けているのは気のせいではないだろう。
「さっさと目的の物を買って帰ろうぜ。夜はバイトがあるし」
「だねー、家で煙草をスパスパしてゴロゴロしたくなってきたー」
猫屋に賛成だ。外に気合を入れて出かけた時ほど、何故か帰りたくなる事がある。
今回の場合は人の多さと雰囲気が理由だ。
「で、西代に何を送るかは決まってるのか?」
「実はそれが全然決まらなくてー……」
「え? 何で?」
「西代ちゃんの趣味ってさー、酒と煙草とギャンブルに、後は本ぐらいしかないんだよねー」
「あー……」
確かに彼女の言う通りだった。西代の賃貸に行った事があるが、最低限の家電を他に本棚しかなかった。服も女としては最小限。部屋にはTVすら無く、ミニマリストかと思うほどのガランドウ。
西代曰く、『酒と煙草と本。それに程々のスリルがあれば、僕の暮らしは十分に豊かなのさ』らしい。アイツの言うスリルは絶対に程々ではないが。
「なら本でいいんじゃないか?」
「それも考えたけどー、本って自分で選びたい物でしょ? それに私、小説とか読まないから詳しくなーい」
「……そうだな」
俺達4人の中で読本を嗜むのは安瀬と西代だけだ。安瀬が読むのは歴史小説だけだが。彼女らは偶に読んだ歴史小説の感想をグラスを傾けて語り合っている。その姿は俺と猫屋にとってはどこか近寄り難い大人の雰囲気だった。恰好がついて、ちょっと羨ましい。
「俺も思い浮かばんな……」
「ならもうお店をグルグル回って、ビビッと来るものを探すしかないよねー」
「なるほど、俺が誘われた理由は相談役か」
「そーいうことー」
二人で探せば、ある程度まともな物が選べるであろう。
「とりあえず、プレゼントだし消耗品は無しだよな」
「明日のクリスマス会で、皆がお酒を持ち寄るしねー」
明日の夜は、全員がバイト後に集まってクリスマスを祝う予定だ。
その時にプレゼント代わりに各自がお酒を持ち寄る。予算は5000円以内。
俺はシンデレラシューを3本ほどをクリスマスセールで購入した。
いわゆるパリピ酒。ガラスでできた靴の瓶が特徴的な品だ。中に入っている酒を選べたので、ピンク、黄色、青の3種類にした。それぞれが別種の果実種になっている。結構、綺麗なので喜んでくれると嬉しいが。
まぁ、今はそんな事より西代の誕プレ選びだ。
「雑貨店にでも行くか」
「それが無難かなー」
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俺たちは西代好みそうな品を探して歩き回る。
結果はあまり良くなかった。気づけば自分たちが欲しい物ばかりに目がいっている。
「わぁー……! このチークかわいーー」
「…………」
今なんぞ、猫屋に付き合って化粧品コーナーに入っていた。男の俺にとっては全く縁遠い場所だ。最近の男は化粧をする奴がいるらしいが、俺はしない。
猫屋は化粧品に夢中なようだか。
「西代って、あんまり化粧に熱心なイメージないな」
名目上は誕プレ探しなので、そちらに目的を戻そうとする。
「んー、そうだよねー。西代ちゃん、マジで可愛いからもったいないよねー」
「化粧は最低限て感じだよな。まぁ、俺も着飾るよりは酒と煙草だけどな」
「アハハー、わかっちゃうー」
そう言う猫屋であるが、我が家では一番のお洒落さんだ。化粧は上手いし、上品な着こなしをする。実際、目の前の彼女は魔性だ。横顔から見える唇がいつもより濡れて艶やかに見える。
「でも女って凄いよな。素材が良ければ、口に紅を塗っただけで唇にハリがでるもんなんだ」
例え美男が紅を塗っても、あぁは綺麗にならないだろう。
俺の言葉に、彼女はピクンと反応する。何が言いたそうだ。
「そんなわけないじゃーん。化粧って大変なんだからー。唇がふっくらしてるのは、カプサイシンの効果だよー」
「か、かぷ……!?」
カプサイシンは確かトウガラシなどに存在する辛味成分のはずだ。
「お前は重度の辛い物好きだと知ってたが、化粧にまで転用するとは……」
「そんなわけないじゃん!! 最近はカプサイシン入りのリップが売ってるのー。唇が少し腫れて、ハリがあるように見えるって理屈」
「……化粧てすげーな。マジで」
というか女が凄い。なんという情熱と発想力だ。口紅に辛料を仕込むなんて、俺には絶対考えつかない。美の探求者だな。
「痛くないのか?」
「ぜんぜーん。人によるらしいけどー」
なるほど、彼女なら余裕で耐えられるか。
「それにしても随分熱心見てるな、欲しいのか? そのチーク」
「うーん、やっぱりいいや。似たようなの持ってるしー」
そう言って彼女は周りを見渡す。次に行く所を見繕っているようだ。
俺も彼女に習って、周りを見てみる。
すると、あるフロアに目が留まった。
「あ、花か……」
彩り豊かな花が咲く、品揃えが良さそうなお花屋さん。
「花? でも西代ちゃんて、小まめに水やるタイプー? そりゃあ貰えば世話はするだろうけどさー」
「まぁ、いいからちょっとついて来い」
「え、ちょっとー」
不満そうな猫屋の声を無視して、1人で先に行く。俺の見立てが正しいなら良い物が置いてあるはずだ。
店内に入った俺は、ガラスで覆われた1本の青い薔薇を見つけた。
他にも芍薬や睡蓮、ガーベラといった綺麗な花たちがガラスドームのインテリアとして販売されている。
「やっぱり、あったな。アイスフラワー」
冷凍によって美しいまま、寿命を延長された花。決して、配管工のパワーアップアイテムではない。
「わぁー、綺麗……。いーじゃんコレ! でも枯れないの?」
俺に追いついた猫屋がアイスフラワーに見とれている。
「5年くらいは持つらしい。西代の何もない部屋にはピッタリなインテリアになると思わないか?」
「……いいねー、それ!」
机に置かれた酒のグラスと一本の青い薔薇。
それを背景に本を読む西代を想像すると恐ろしく絵になる。
「私、この青い薔薇にするー! ……陣内は他の花にするの?」
「俺は地元に帰った時に探すわ」
西代の誕生日は年明けだ。今焦って買う必要はない。
「そっか、じゃあ私はコレ買ってくるねー」
「行ってら…………あ、悪い。俺ちょっと個人的に買いたい物あるから先に車で待っててくれ」
そう言って、彼女に車のキーを差し出す。
「へ? ……あ、うん」
猫屋は間の抜けた声を出してそれを受け取った。特に詮索される事はなかった。
俺は彼女と別れて店の外に出た。
************************************************************
「待たせたな」
「遅くなーい?」
必要な物を買い揃えた俺は車に戻ってきた。
猫屋の言うとおり、結構時間がかかってしまった。
「悪い悪い、コレやるから許してくれ」
俺は有無を言わさず、紙袋を手渡した。
「え、……コレなーに?」
「クリスマスイブのプレゼント」
その言葉に猫屋は大きな瞳を収縮させた。
女性とイブにデートして手ぶらで返すほど、俺は非紳士的ではない。
「え、え、ちょっ! なんで? というか私へのプレゼント買いにあそこで別れたの!?」
よっぽど驚いているのか、緩い口調はどこかに飛んでいってしまったようだ。
「まぁ、そんな所」
適当に誤魔化しておく。恥ずかしいわけではない。
「えー、うー、嬉しいけどなんか悪いー」
「いいよ別に、今日は結構楽しかったし。そのお礼とでも思ってくれ」
「い、いい男だなー、陣内のくせにー」
猫屋は今朝と同じように、ポリポリと頬を掻いた。プレゼントは一応成功のようだ。
「ねぇ、中見てもいーい?」
「どうぞどうぞ」
俺の許可をわざわざ取って、彼女は紙袋から商品を取り出す。変な所で律儀な奴だ。
「リボン?」
「すまんな、あんまりセンスが無くて」
淡い緑色の長い紐。初めは彼女が熱心に見ていたチークにしようとしたが、似たような物を持っていると言っていた。それに、化粧品の良し悪しなど俺には分からない。なら猫屋に似合う物を贈るべきだと考えた。
だか、普段から洒落た彼女には子供らしすぎただろうか?
「そんな事ないよ」
そう言って、猫屋は自身の髪にリボンを結び始めた。手先を器用に使って髪に紐を結う動作は、隣に座る友人が女性である事を俺に強く意識させる。
「どう? 似合ってるでしょーー!」
落ちてきた夕日に照らされる、優しい顔。
一瞬、目を奪われた。
「……ぁ、ああ。俺の目に狂いはなかったみたいだな」
誤魔化すように、威勢のいいことを口走る。
ぐぐぐ……俺が恥ずかしがってどうする。
「なにそれー、褒めるのか自画自賛かわかんなーい」
「ちゃんと褒めてるよ」
ただ、真正面から褒めるのは酒が入っていないとできそうにない。
「……さ、帰ろうぜ。俺のバイトの時間も近い」
「ぐぇー、バイトマジで行きたくないなー」
「俺も……」
俺たちはバイトの愚痴を言い合いながら帰宅した。運転中、赤信号に止まるたびに夕陽を反射してキラキラと光る彼女の金髪に見惚れてしまっていた。
プレゼントのお返しを貰った気分だ。
もちろん、そんな恥ずかしい事は猫屋には死んでも言わない。
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翌日の深夜3時。クリスマス会終わりで女子3人が寝静まった時間。
俺は1人で台所の換気扇下で煙草を燻らせていた。なんとなく眠れなかった。酒の興奮作用のせいだろう。
その時、ガラッと台所のと扉が開かれる。
「ん、なんじゃ、起きておったのか」
そこには、寝ていたはずの安瀬がいた。
なぜか目を覚ましたようだ。
「まぁな、お前はどうした? 煙草か?」
「煙草が吸いたくて起きる阿呆はおらんじゃろ。喉が渇いたから何か飲みにきただけでござる」
寝室は加湿器で加湿してあるが、冬なのでどうしても乾燥する。それに加えて酒を飲めば喉も渇くか。
「あぁなるほど……麦茶でいいだろ?」
俺は冷蔵庫を開いて、大量に作り置きした麦茶を取り出した。そして、返事も待たずにコップに注ぐ。
「うむ、良きにはからえぜよ」
「なんだそりゃ」
彼女なりのお礼らしいが、感謝の意は全く伝わって来なかった。俺は冷めた麦茶を彼女に手渡す。
それを受け取り、美味しそうにゴグゴクと飲み干す彼女。
「ふぅ、……これでよく眠れそうである」
「明日の夜にはお兄さんと一緒に実家に帰るんだろ? なら、今のうちに酒抜いてよく寝とかないとな」
陽光さんが早めに仕事納めに入れるらしく、安瀬もそれに合わせて一緒に帰るようだ。やっぱり仲の良い兄妹だ。
「兄貴はネチネチとうるさいのでありんす。もう子供でもないのじゃから、酒くらい自由に飲ませて欲しいでござるよ」
「ハハハ、俺らはまだまだ子供だと思うぞ。無茶苦茶に酒を飲む所とかがな」
クリスマス会も大人から見れば下品極まりない内容だった。用意した酒を一晩で飲みきり、ダーツやTVゲームで大騒ぎ。罰ゲームで人の不様を大声で嘲り笑う。
良識ある大人にはまだまだなれそうに無い。
今が楽しいので、なる気もないが。
「はぁ……まぁ、正月は家に篭って兄貴でも酔い潰して遊ぶかの」
「え、安瀬の方がお酒強いのか? 体格的にお兄さんもかなり強そうに見えたけど」
体が大きければ、それに合わせて臓器も大きい。当然、大きい方が性能が高いと考えるのが普通だろう。
「兄は父親似じゃからの。肝臓は並の性能でありんす」
「……そうか」
……二人もいないし、渡すならこのタイミングだな。
俺は台所の収納スペースに置いてあって紙袋を取り出した。
「なんであるか、それ?」
「アイスフラワーと酒と甘味だ。実家に持って帰ってくれ」
猫屋と別れた後、俺は緑のリボンを買ってもう一度花屋に戻っていた。
その時に購入したそれらを、安瀬に押し付けるように手渡した。
「…………っ」
受け取った彼女は面食らったような顔をして硬直していた。まぁ、突然渡したらそんな反応になるよな。
俺は煙草を灰皿に押しつけ、安瀬に背を向けるように寝室の方へ歩いた。
「じゃあ、俺も寝るわ。コップの片付けは自分でやってくれ」
捨て台詞を言い、台所の扉を閉める。
彼女個人に送った物ではないが、小っ恥ずかしいので早く逃げたかった。
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「……カッコつけすぎじゃ、馬鹿」
安瀬しかいない台所で独り言がポツリと響く。ギュッと彼女は紙袋を大切そうに抱きしめた。安瀬にとって陣内の贈り物は、自分が貰うよりも嬉しかった。
紙袋の中に入っていたのは、青い薔薇ではなくピンク色の睡蓮だった。
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