GateOdyssey

あきら るりの

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廃墟にて - 許されざる者 - Phantom garden

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 それはさながら、街の残骸とでもいうべき風景だった。
 建物はあちこちに点在しているが、その姿はくすみを帯び、煤けている。
 足許の石を拾う。軽く親指でこすると、指の腹に炭の筋が走った。そして、混じる陽光を浴びて光る細かい破片。
 ここで何があったというのだろう。国内に被害が及んでいたなら──この街が再建不能なまでに焼かれたのなら。そんな出来事をマスメディアで取り扱わないはずがない。
 海岸線と境界線しか描かれていない地図。
 たどり着いた推測。……その不吉さに頭を振る。
「マットさん?」
 リュシュカさんが不安そうに尋ねる。
「はい、何でしょう」
 俺は思考を中断し、応えた。
「大丈夫ですか……?」
「ええ」
 『ならよかった』と言い、リュシュカさんはひざまずいて自分の荷物を整理し始める。
 俺はまだ握っていた石を放り落とし、手をはたいた。
「これからの予定のことなんですが」
 彼女は、取り出した書類と俺の顔を交互に見ながら話を切り出す。
「はい」
「マットさんには子供達と同じ部屋で生活してもらうことになります。それから」
 ……数ヶ月の合宿状態か。しばらくは禁酒かな。
「指揮所や機器の設置に2日ほどかかる予定です。訓練は設営が終わってからの開始となりますので、その間のマットさんの予定ですが」
 唐突に黙り込む彼女。
「……えーと、宿泊に使う建物なんですけど」
「はい」
「あるはあるらしいんですが」
 何だろう。微妙な含み具合。
「廃屋なので自分の場所は自分でやってくれと」
 ……。
 俺が返事をし損ねていると、彼女が見ていた書類を見せてくれた。
 事前にもらったものと同じ書類だが……プリンタで打ち出された紙の一番下に、妙に達筆な字の一文が添えてある。
 『経費削減にご協力を』
 ……つまりは大掃除をやれと。さすがはアヤさん、無駄がない……
 まあやることがないよりあったほうがいい。つまらないことを考えなくて済む。
「了解しました」
 同じページに描かれた地図を簡単に確認し、俺はリュシュカさんに書類を差し戻した。
 そのまま自分の荷物を肩に背負い、彼女に言う。
「行きましょうか。……お前達も、行くぞ」
 子供達の返事を確認して、俺は指示された宿舎の位置へ向かって歩き始めた。

 たどり着いた建物はやはり煤けた色をしていた。
 軍手をはめて、壁に触れる。炭色の中から、くすんだクリーム色が現れた。
 そのまま、壁を軽く叩いてみる。
「……どうしました?」
「いえ」
 彼女の声に短く返事を返し、ドアノブをひねる。微かな抵抗の後、扉が開いた──途端に細かい破片がぱらぱらと落ちてくる。
 頭に落ちた破片を軽くはたき、掌をしげしげと見つめた。……埃や煤などに混じって、細かい金属片が見える。
「……人が住んでない家は傷みますからね」
 リュシュカさんが天井を見上げて言った。
「そうですね……こりゃ寝床を運び入れる前に天井の煤だけでも掃除しておいたほうが良さそうだ。脚立かなんか借りられますか」
「予備があると思います。借りてきましょうか」
「どこにあるか教えてもらえれば自分で取りに行きますよ」
 上着を脱いで、埃をはたきながら言う。女性に物を運ばせるのは申し訳ない。
「そうしたら私、自分の宿舎に荷物を置きに行くので一緒に行きましょう」
「助かります」
 礼を述べ、子供達に向かって言う。
「しばらくここにいてくれ。外に出てもいいが、あまり離れないようにな。──ミント、頼む」
 以前聞いた説明によれば、子供達は彼ら固有の信号を持ちお互いの位置の確認や意思の疎通が可能である、とのことだった。そして司令塔にあたるのがミントであるらしい。
「じゃ、行ってくる」
 ミントが頷いたのを見て、俺は自分の荷物を部屋の隅に置き、リュシュカさんと一緒に部屋を出た。


   ***


 リュシュカさんに備品管理担当の女性と引き合わせてもらったところで別れ、俺は脚立を借りる手続きを行なった。
 担当の女性は、署名した書類を確認するとにっこり笑って頷く。
「はい、確認しました。明日までは大丈夫だと思いますが、一時的に足りなくなったらそちらまで借りに行くかもしれません」
 俺は頷いて礼を述べ、脚立を抱えて戻ってきた。
 ドアノブに手をかけた途端。
 ──どすん。
 中から伝わってくる震動。背中に冷や汗を感じる。
 ……あいつら、何やってるんだ。
「……戻った──」
 ぞ、と言いかけて。
 取っ組み合いでもやっていたのか全身が灰に染まっているのが3匹と、床に直接座り込んでいるのが4匹。……何か下に敷いて座ると言う考えはないのか。
「……随分とまあ、汚したな」
 苦笑しながらミントに話し掛けると。
「……ここから離れるなとしかマットは言っていなかった」
 ……そうですか。
 俺は腕時計を確認した。15時。これから作業して最低限寝られる状態にして……残りは明日か。
「お前ら、18時まで外で遊んでこい。あまり遠くまで行くなよ」
 それから、ミントのほうを振り返って。
「頼む」
「わかった」
「あと、出来るだけ汚さないようにしろよ。今日は洗えないからな」
 シャワーを使えるようになるのは明日以降だ。
「善処する」
 ……完璧主義者らしい答え。
 子供達は次々に外へ出てゆき──俺は脚立を広げ、一番上に腰掛けて天井をはたきはじめた。


   ***


 煤を払っては移動してまた払う。この単調な作業が半分程進んだ頃。
「マットー」
 細く小さく、自分の名前を呼ぶ声がした。……どこだ?
 声の主を探して扉の方を向く。──タイムが扉の向こうから中を覗き込んでいた。
「どうした」
 声をかけると、タイムは脚立の足許まで寄ってくる。
「えっと……その……手伝ってもいい?」
 俺は作業の手を止めて、脚立の上からタイムを見下ろした。
「……いいけど、汚れるぞ?」
「でも……マット一人でやるの、大変じゃない」
 その言葉に笑みがこぼれる。
「……じゃ、手伝ってもらおうかな」
 俺は脚立から降りて、自分の鞄を漁った。カーキ色のTシャツを取り出して、タイムに放り投げる。
「これ……」
「上からかぶっとけ。ないよりいいだろ」
「……汚れちゃうよ?」
「後で洗えばいい」
 そう言うと、タイムは頷いて、Tシャツを懸命に広げ頭からかぶった。
 やっぱりでかいな。裾が地面すれすれになってる。袖も半袖が七分くらいになってるし。
 そのあと、持ってきたバンダナを頭に巻いてやる。……不恰好だけど、まぁいいだろ。
「じゃあ地面に落ちた煤を外に掃き出してくれるか」
 そう言って部屋の隅っこに立てかけてあった小さい箒をとり、実際にやってみせる。タイムは頷いて、箒を受け取ると床を丁寧に掃き始めた。
 俺は脚立に登って、天井の煤払いの続きを始めた。
「……ローレルはどうしたんだ?」
 しばらくの沈黙のあと。俺は何気なく尋ねた。
「んー……どっか行っちゃった」
 あっさりした答え。
「ローレルはねぇ、たまに独りだけにならないと、イライラするみたいなの。だから、タイムはちょっとだけ我慢するのよ」
 可愛らしい声でお姉さんぶったような言葉に、俺は何となく訊いてみる。
「そういうのは……はっきりと判るのか?」
「ううん。……タイムが勝手にそう思うだけ」
 少しだけ寂しげになった口調。……沈黙に耐え兼ねて俺は話し掛ける。
「仲いいよな」
「……タイムはローレルのこと好きだけど……ローレルがどう思ってるかはわかんない」
 単調に続く落ちた煤を掃く音。
 俺は脚立を降りて少し移動させた。そのまま作業を再開する。
「ローレルは少なくとも、タイムのこと嫌いじゃないだろ」
 そう言った途端、箒の音が止まった。
「本当に?」
 俺は手を止めて、こちらを見上げてるタイムに応える。
「わかんねぇけどな。俺にはそう見える」
 タイムは少しはにかんだような表情で微笑った。
「……ローレルねぇ、あんまり喋らないけど、頑張り屋さんなの」
 再び繰り返される箒の音の合間に聞こえる、タイムの言葉。
「タイム達、仲間だけど……ローレルだけ『特性』が出ないの」
 ……記憶を辿る。子供達についての説明の中に、『特性』と言う言葉が書かれていた。
「けどローレル、『特性』が使えなくても足を引っ張らないように一生懸命なの」
「……タイム、その『特性』って……」
 問い掛けた時。
 ノックの音がした。
「どうぞ」
 かちゃっと扉が開き……リュシュカさんが顔を出した。
「すいません、お手伝いすること──」
 そのまま黙り込むリュシュカさん。
「……タイム……」
 うーん。やっぱり服を汚さないためとはいえ、女の子に奇天烈すぎる恰好をさせてしまったか……
「──すいません」
「あのねぇ、リュシィ」
 俺の言葉を遮るようにタイムが言う。
「マットがね、タイムの服汚れないようにって、自分の服貸してくれたの。髪の毛も汚れないようにって、頭にも布つけてくれたのよ」
 リュシュカさんは呆気にとられたような顔をしていたが、やがてゆっくり微笑んだ。
「そう。良かったわね」
「うん」
 にっこり笑い合うその顔を眺めて……俺は気が付いた。互いに似ている子供達の印象が強かったせいで今まで思い至らなかったが──リュシュカさんとタイムの顔つきはすごく似通っている。
 ということは、他の子達とも似ているということか。
「マットさん、私も手伝います。何をすればいいですか?」
 リュシュカさんの言葉を受けて、俺は思考を中断した。
「天井はもうちょっとで終わりますから……タイムを手伝ってやってください」
 部屋の片隅にもう1つ大きい箒が立てかけてあったはずだった。
「はい。……タイム、どこまで終わったのかな」
 俺は作業を再開する。──箒の音が二重になった。
「……マットさん、手馴れてますね」
 リュシュカさんの言葉。──それが掃除の手際のことだと気付いて苦笑する。
「……うちは親父がいなかったから、こういうのは俺の仕事だったんですよ」
 何気なく答えて。……ふと、振り返る。
「……どうかしましたか?」
 リュシュカさんは『いえ』と言い、掃除を再開した。
 ──気を遣わせてしまったかな。
 長い沈黙にそう思い……少しだけ、言わなきゃ良かったかなと考えた。
「……さって」
 気まずい雰囲気を打ち消すため、わざと大きい声で言う。
「天井は終わり。──有難うな。凄く助かった」
 脚立を降り、軍手を外した手でタイムの頭を撫ぜた。
 タイムははにかんだ顔で笑った。




 近づいてくる足音で俺はうっすら目を開いた。
 窓から白い光が差し込んでいる。もうそんな時間か……枕許に置いた腕時計を手にとり、時間を確認する。
 身体を起こす。そのまま立ち上がって身体を伸ばした。
 ノックの音。
「おはようございます、ミラーです」
 扉を開けて挨拶を返す。
「おはようございます」
 ……リュシュカさんが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「どうかしましたか?」
「いえ……その……何でもないです」
 顔をちょっと赤らめ、彼女はちょっとうつむいた。
 俺、何か失礼なことしたか……? 何気なく顔に手をやり──あ。
「すいません、まだ起きたばっかりで」
 寝起き故に顔も洗ってないし剃刀もあてていない。
「いえ、いいんです。……朝食出来たらしいので、呼びに来ただけですから……」
「有難うございます」
「あの……それで、あの子達の食事を用意にしに来たんですけど──入っても大丈夫ですか……?」
「あ、じゃあ俺は顔洗いに行きますから」
「すいません」
「いえ」
 自分の荷物からタオルと石鹸を取り出し、部屋を出る。
 普段は下着だけで寝ているのだが、参加メンバーのほとんどがが女性ということで昨日は寝る前に上下だけ着替えて横になった。その判断は正しかったようだ。
 建物の裏にあった水道へいく。ライフラインが優先ということで昨日のうちに工事が行なわれ、深夜にはもう水が出るようになっていた。
 大きく蛇口をひねる。勢い良くでてくる水には鉄錆などが混ざってる様子もない。
 水を細くして俺は顔を洗った。きん、と音を立てそうなほど水は冷たい。乾いたタオルを顔に押し付けて、その温度にほっとする。
 続けて剃刀もあてる。鏡はないけど、手櫛でさっと髪の毛を撫でつけて。
 再び部屋に戻り……ちょっと考え込んで、扉をノックする。
「大丈夫ですよ」
 リュシュカさんの返事に、扉を開ける。
 中では、子供達が食事の真っ最中だった。──それを食事と言っていいのなら。
 色のついた飲み物。何かのクリームがはさんであるパン。飴玉。ショコラーデ。……それをがつがつ食べてる子供達。
 ……見ていたらだんだん気持ち悪くなってきた。
 自分の寝床に腰掛け、なるべくそちらを見ないようにしながら靴紐を結びジャケットを羽織る。
 しばらくして、だいぶ甘い匂いが薄まったので改めて食卓を眺めた。
 机には空の皿、椅子には満足そうな子供達。うわ、あれ全部食べたのか。
「なぁ、マットー」
 シナモンが寄ってくる。あーあ、口の周りべたべたにして。
 拭いてやるかとあたりを見回したが、先程洗顔の時に使ったタオルしかない。
 仕方がないので濡れてない場所を選んで、それで拭き取った。──ごめんな、女の子なのに。
「……今日は? 今日は?」
 そういえば、何も言ってなかった。
 掃除と洗濯と……あと、結局2階は手をつけられなかったのでそっちも片付けて物置にできるレベルには片付けなければなるまい。そうなると、午前中だけでも外に出ていてもらったほうがいいか。
「お前ら、自分の使った皿は片付けて、そしたら午前中は遊んでていいぞ」
 そういうと。子供達はきょとんとして、お互いの顔を見合わせた。
「『片付け』って何?」
 ──何だと?
「マットさん。分かりませんよ、この子達には」
 リュシュカさんが流しの前で、袖をまくりながら言う。
「この子達、片付けなんてしたことありませんから」
 てことは。
「掃除は」
「職員の仕事です」
 そういうことか。
「じゃ、今日からでいい。自分の使った皿は自分で運べ」
「……マットさん?」
 頷いてテーブルに向かう子供達と俺の顔を交互に見て、リュシュカさんが途惑った顔を見せる。
「いくら人の手で造られたものだって、考える頭もあるし動く手足だってある。自分の面倒くらい覚えさせたほうがいいでしょう」
「……」
 彼女の返事はなかった。
 皿を持ったマロウが訊ねる。
「運んで、どうするの?」
「流しの上に置くか、リュシュカさんに渡して」
 本来なら自分で洗い物までさせるのが筋だが、まだ背丈もさほど高くないから、蛇口までは手が届きそうにない。運ぶくらいまでが妥当だろう。どうせ落としたって割れやしないし。
「はい、リュシィ」
「……あ、有難う」
 皿を受け取って、リュシュカさんは片付けを始めた。
「明日は俺がやりますよ。──食事に行ってきます」
「……はい」
 そう答えた彼女の横顔は、惑いを抱えているように見える。
 その表情が心にひっかかったが……俺はそのまま表に出た。


   ***


 昨日の夜。
 寝床の運び込みが終わったあと、帰ってきた子供達はあまりにも汚れていて──リュシュカさんに子供達の着替えを頼んで俺は外に出た。
 あてどもなく周囲を歩く。
 ふと、瓦礫が山になっている角地で俺は立ち止まった。
 その場に屈み、軍手をはめて積み重なっている石を注意深く除けていく。

 黒く染まった街を見て、最初に連想したのは燃料気化爆弾による空爆だった。
 空気中に散布されたナノエナジーミストに点火するその兵器は、周囲を数千度の高熱で包み込み人体を焼くどころか蒸発させる。その上副次的に発生する爆発による衝撃波の瞬間最大風速は毎時1600kmに達し、大型台風の4万倍の破壊力を持つ。これで建造物は完全に瓦礫と化す。
 だが、この街の建造物は元の形を保っていた。
 建物の壁に触れた時。コンクリートで出来ているはずのその壁は、何故か光を反射する結晶を含んでいた。
 これは、コンクリートの中に混ぜられた石が硝子化したことを示している。──建物は数十万度の超高温にさらされ、急激に冷やされ固まったと推測できる。そんなものは光学兵器以外に考えられないが、いかんせん規模が大きすぎる。

 そんな場所だからこそ、選ばれたというわけか。

 瓦礫を除ける作業が進み、一段と大きな破片を除けた時だった。
 白い小さな石が、ぱらっと転がった。俺は思わずそれを拾い、凝視する。
 石ではない。──恐らく、人体の骨の一部。

 俺は作業を中断し、立ち上がり──よろめいた。
 心拍数が上がる。思い出したくない記憶が頭をよぎった。

 ──大きく息を吸う。
 これは、ただの骨だ。
 自分に言い聞かせ、身体を意思の力で支える。
 こいつらは俺を見ていない。──俺を責めている訳ではない。
 ……冷たい空気が肌にまとわりつく。
 身体中に冷や汗をかいていたことに気付き、思わず自嘲の笑みを洩らす。
 『死体が怖い軍人』なんて目もあてられやしない。

 何のために生きることを選んだのか、考えろ。
 安心しろ、マティアス──お前は、どうしたって赦されることはないんだから。
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