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11. 修は譲れない〜修視点〜

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 せっかく守にノンアルコールカクテルを渡したのに、気がつけば謙の酎ハイと交換していた。夜職の経験もある謙は、話を盛り上げながら自然と守に酒を飲ませる。



「おい、謙。もう飲ませるのやめとけよ」

「なんで? 修に関係なくない?」



 挑発的にこちらを見る謙は全てをわかっているとでも言い出しそうだった。



「おさむ? のめー。おれはぁ、まらのめるからぁー……う?」



 俺の名前を呼びながらも視線を向けているのは謙の方へだった。グラグラ揺れる頭は自然と隣にいる謙の肩へと着地する。居心地の良い場所を探すように守は目を瞑り顔を擦り付けた。



「もう守はベッド行けよ」



 イラつきを隠せずに立ち上がると、守を謙から引き剥がし抱き上げた。急に動かされ守は不機嫌そうに呻いたが、目は閉じたままだ。



「ほーほーそうですか。そうですか」

「謙、邪魔。もう帰れ」

「えー? どうしよっかな?」



 守以上に飲んでるはずなのに顔色ひとつ変えない謙を無視して、守をベッドに移動させる。顔に明かりが当たらないようにタオルで囲ってやると、謙の元へ戻った。



「謙、来るなら連絡入れろよ」

「前はそんなこと言わなかったのに? ……ウソウソ。マジで修の顔怖いんだって。わかったよ」



 謙は立ち上がると玄関に向かう。



「スマホ、財布、OK! 忘れ物なーし! じゃ、お邪魔様」

「本当だ」

「ひどいなぁ。いつも通り差し入れの服、持ってきたってのに」

「頼んでない」

「はいはいっと。……あ、マモ、かわいいね? 俺気に入っちゃった」

「お前、余計なこと言ってないだろうな」

「こっわ! 知らなーい! ばいばーい」



 そう言うと謙はするりと玄関のドアを出て行った。

 急に静かになった部屋に、独り取り残された気分になる。

 キッチンを片しながら蘇るのは仲良く盛り上がる守と謙の姿だった。三人でいたはずなのに、そこに自分の居場所はなかった。せっかく守の作った食事を食べたのによく思い出せない。

 ベッドの守を覗き込めば、静かに寝息を立てて眠っている。やっといつも通り二人きりになったのに、なぜか守を遠く感じた。

 ベッドに入ればあっという間に眠くなる。記憶をなくす直前に身体に擦り寄る温かさを感じて胸に抱き込んだ。これが守なら、もう何もいらないな。決して大袈裟じゃない。それが俺の本心だ。





 アラームはかけずに寝たので、目が覚めたのは昼近くだった。すぐ隣がゴソゴソと動いたので守も起きているらしい。一晩眠っても、残念ながら昨夜感じた不安は消えなかった。いつものように守に手を伸ばして抱き込んでも良いものか考えていた時だった。



「いっ! たぁ……」



 守の小さな悲鳴が上がる。布団を捲り視線をやるだけで、何でもないと言うから、何かあるんだろう。ズボンをゴソゴソやって誤魔化しているらしいが丸わかりだ。ウエストに手を差し込むと、迷わず下着ごと一気におろした。



「わぁ! 痴漢! 躊躇なく脱がすなよぉ……」



 立ち上がった股間を隠すように身を捩るが、それよりも気になる場所があった。へその少し下の部分。



「赤いけど……」

「あー、多分あせも? 気がついたらこうなってた。多分寝てるうちに掻いたんじゃないかな」

「痛い?」

「ちょっとな」



 守の体毛は濃いというほどではないが、それなりに生えている。そこを整えると言う考えはないようで、元気いっぱいに茂っている。



「熱がこもるのかも」

「最近アチ~からな。電気代ケチってクーラーの設定温度下げたのが不味かった」

「うち来ればいいのに」

「……何でそうなんだよ」



 口を尖らせて守はそっぽを向くが、満更ではないことを示すように否定の言葉に力はない。もう少し特典をチラつかせばどうにかなりそうだったが、それより優先すべきは、肌の治療だ。柔らかな肌が傷つくのは痛々しい。これ以上酷くならないためには方法は一つしかない。



「毛を剃ろう」

「はぁ?!」

「だって熱がこもるんだから、風通しを良くすれば解決する」

「いやいやいや」



 守は全く乗り気じゃないが、俺はどうにかしてやり遂げるべき仕事だと心に決めた。スマホで検索して方法を決める。なるべく肌を労るやり方で、綺麗にサッパリさせるにはどうすれば良いのか。こっそりパンツを履こうとする守の両手を押さえながらでもスマホは簡単に操作できる。



「よし。やるぞ」

「やらねーよ!」

「じゃ、皮膚科行ってパンツ脱ぐ方がいいのか?」

「う。それはヤダ」

「じゃ、頑張ろうな?」



 風呂場に連れて行くと、守は着ていたTシャツを脱いで放った。急に目の前に現れた胸の先は赤く尖り、思わず誘われた。



「んッ!!…修、ばかやろぉ。何吸ってんだよ! 違うだろ?!」

「ごめん。つい」

「つい、で吸うとこじゃないんだよ」

「吸うだろ」



 正直に言えば、守は赤い顔で俺を蹴り飛ばした。



「痛い」

「お前が悪い。ちゃっちゃとやろうぜ」

「おう」



 さっきまでゆるりと首をもたげていた守のちんこはすっかり元通りになっていた。俺のはちっとも治まらないのに。



「ざっくりハサミで短くしてから剃る」

「自分でやる」

「だめ」

「何でだよ~」

「守は料理以外不器用だから」

「う。悪口だぞ、それ」

「事実。動くなよ」



 あいにく家には調理用のハサミと工作用のハサミしかない。切れ味の良さなら調理用だが、見た目の恐ろしさが守を怯えさせそうだったから、工作用にした。

 守を立たせ、俺は跪く。ザクザクと切っていくのを守は何も言わずにじっと見ていた。



「ちょっとちんこ持って。周り切るから」



 言われた通りにちんこを持ち上げる守に言葉はない。



「心配? 大丈夫だよ。俺は絶対守のことを傷つけない」

「絶対とか簡単に言うなよ」

「簡単に言ってない」

「どうだか」

「……じゃ、剃ろうか」



 俺の言葉に、守の喉が鳴る。

 マッサージ用のオイルを取り出すと手のひらに取り出し、守の肌に塗り広げた。



「のわぁっ! 何? オイル? 何すんの?」

「オイル。毛を剃る」

「知ってるわ! 何で泡じゃないんだよ? 普通泡でやるんじゃないの?」

「これが一番肌に優しい気がするからオイルにした」

「何でこんなの持ってるの? マッサージとかするの意外なんだけど」

「たまにする」



 嘘だ。俺にマッサージの趣味などもちろんない。これは完全に守といつか使おうと100パーセント下心で用意してあったものだ。ボトルのオイルが全く減っていないのだからわかりそうなものだが、守は俺を疑うつもりがないのか素直に騙されてくれる。



「そんなに念入りにしなくていい」

「だめ」



 へそ下からゆっくりと手を滑らせ、毛の生えている範囲全体にオイルを塗り広げていく。上から下へ行きつ戻りつすれば、時折、守は身体を小さく揺らした。竿全体にするりと手を滑らせれば、たった一回の往復で守のちんこは身体から浮き上がる。知らないふりをして玉をそれぞれやわやわと包みながら中指を会陰部に沿わせた。



「ん、……はぁ、もういいって。ん。修、くどい」



 ゆらり、ゆらりと頼りなく身体を揺らす守の漏らす息は甘い。

 本当はこのまま指を突き立ててしまいたかった。

 顔を見たらきっと止まれなくなる。俯いたまま買い置きの新しい髭剃りを手に取った。



「動かないで」

「わかってる」



 ショリ、ショリ、とカミソリの音がやけに大きく聞こえる。

 桶に溜めた水で一度カミソリを洗えば守が大きく息を吐いた。思わず顔をあげれば、守は視線を浴室の壁にやり唇を噛んでいた。急いで目をつぶるが意味はない。今目にした光景はハッキリと脳裏に焼き付いている。小さく息をついて自分の股間を見れば、硬いジーンズを履いているのに勃ち上がっているのがわかる。想像以上にこれは大変な作業だった。



「守、ちんこ持って」



 なんでもないように言えただろうか。守の反応がないから判断はどうにもつかない。



「はぁ、はぁ、あぁ……」



 もうカミソリの音なんか聞こえない。荒い息と共に漏れる守の声が風呂場に響く。守が右手で持つちんこはどう考えてもオイルじゃないもので滑り出していた。



「後ろ向いて。浴槽に手ついて、……そう。もうちょっと足開いて」



 挿入を待つような卑猥なポーズなのに、守は俺に言われるがままに動く。

 後ろから会陰部を確かめるように指を這わせれば、ひぅ……と声が漏れる。ぷるりと尻たぶが揺れる様に奥歯を噛み締めた。



「もう少し我慢して」



 本当は会陰部も、尻の狭間も剃る必要などない。ほんの申し訳程度にしか毛は生えていないのだから。それでも守が何も言わないのを良いことに、執拗に指を這わし、割れ目を大きく開くようにしてそっとカミソリを当てた。



「あぁ……!!



 耐えきれずに守が声をあげて背筋を逸らした。

 いつも俺が指を入れる時のことを思い出したのだろうか。少しも触れていないのに目の前の窄まりは呼吸するように動く。早く終わらせて守に挿れたい。そう思うと同時にこの何の意味のない行動を長引かせて悶える守を見ていたいとも思う。



「もういい? おわった? ……おさむ?」



 弱々しい声をあげて守が振り返る。今にも滴をこぼしそうなほど潤んだ瞳に脳が焼かれた。



「……あと少しだから。頑張れるか?」



 健気に何度も小さく頷く守が心底愛しい。こんな馬鹿げた俺の戯れに、何の疑いもなく身を委ねるなんて、どこまでも守は素直で可愛い。

 俺が特別なら良いのに。でもきっと違う。俺がこうやって守を好き勝手できるのはラッキーだっただけだ。他の誰かがこうしていたって不思議はない。

 例えば、謙とか。

 少し冷静になった頭で後孔を傷つけないように手早くカミソリを滑らせた。これですっかり綺麗になった。



「終わり」



 その言葉に守はしゃがみ込んだ。

 シャワーを出して、湯になるのを待っている間にお互い冷静になる。



「こっち向いて」

「ん」



 ぬるめの湯でオイルと貼り付いた毛を流すのを守は大人しく待った。



「すっきりしたな」

「うん。思ったより掻いた範囲が狭くて良かった」

「毛がないと子どもちんこだな」

「……それ、誰と比べてんの?」



 いつもの軽口のつもりだったのに、守は呻くように言った。

 視線をやれば暗い顔で俯いている。



「なぁ、もしかして謙と比べてる?」

「え?」

「どうせ謙と比べてんだろ? 俺より仲良いじゃん」



 思いがけない名前が出てきた。どうしてそういうことになる? 

 顔を覗き込もうとしたら、守は俺を押し退けて出て行こうとする。



「待てよ」

「離せ」



 急いで掴んだ腕をそう言われて離す訳はない。



「誤解だよ」

「だって謙は家で待ってたよ? どうせ謙には前から鍵渡してんだろ。俺はもらってないのに!」

「鍵、欲しい?」

「……何でもない。間違えた。忘れろ」

「やだ。守、うちの鍵欲しいのか? どうして?」

「いらない! だって俺は謙の代わりなんだろ? バカみたい。一人で色々考えて、特別なんだって自惚れて。でも謙が本命で、俺セフレじゃん。……離せよ」

「絶対離さない。守逃げるから。ちゃんと話聞いてくれよ」

「嫌だっ!」



 守は無理にでも俺から逃れようと暴れ出したので、浴室の壁に押し付けた。

 両手を束ねて頭上にあげれば、大粒の涙をこぼす顔があらわになる。



「いってぇ……くそ」

「ごめん。風呂場で暴れんの危ないから」

「お前が離せば良いだけだろ」

「うん。でも出来ない。話聞いて欲しいから。守は誤解してる。謙に鍵は渡してない。ガスメーターに暗証番号付きのボックスをつけてあって、中に合鍵が隠してある。それは実家と同じやり方だからわかったんだと思う。だから謙は家にいた。理由は、服を届けに来たんだと思う。アイツ服好きだし、モデルやってるからそのツテで俺に服をくれんの。本当にそれだけ。今ここで謙に電話しても良い。信じてもらえるなら何でもする」



 瞬きを繰り返す守の目からポタポタ垂れる雫が止まるのを辛抱強く待った。

 呼吸する胸が大きく上下する。平静になろうと必死に酸素を送り込む動きまで健気で愛おしい。

 ずずっと勢い良く鼻を啜ると守は口を開いた。



「お前、めっちゃ喋るじゃん」

「ん、そうだな」

「初めてじゃね? こんなに一度にしゃべるの」

「そんなことないだろ」

「えーそうか?」



 守は納得しないが、その表情は柔らかい。

 そっと束ねた両腕を下ろすと、それぞれの手に指を絡めた。



「今度は俺の質問に答えて」

「何だよ。これ恥ずいんだけど……」

「合鍵欲しい?」

「……そういうのは俺に渡すもんじゃないだろ。ちゃんと好きなやつに」

「俺、守が好きだよ。友達としてじゃない。ちゃんとそういう意味で好き。セフレだなんて思ったこともない」



 薄く口を開けたまま動きを止めた守は何も言わない。こちらに向けられた瞳は俺を見ているようでそうでないから、黙る守の心意を測ろうにも無理な話だった。



「迷惑? それなら、もう前みたいな友達に戻る」



 守の手から絡めた指を外そうとしたら、強く握り込まれた。



「俺、まだ答えてないんだけど」

「聞かせてくれるのか?」



 俺の言葉に守は大きく頷くが、言葉が出ない。口を開きかけては閉じる動きに守の迷う心がみえる。



「守、無理しないで良いから。風邪引くから、とりあえず出て服着るぞ」

「違う! 無理じゃないの! 俺だって修のこと好きだってば!」

「……本当?」

「本当。ん!」



 何も考える暇もなく身体が動いた。驚く守の唇に自分のそれを押し当てる。包み込むように食めば、切ない涙の味がした。それでも俺の唇に応えるように守が舌を差し出したからあっという間に甘いキスになる。



「本当にびっくりした。守のこと、謙に取られるかと思った」



 正直に胸の内を告げれば、守の眉毛が高く上がり、目は丸くなる。



「そんなわけないだろ! 驚いたのは俺だよ。帰ったら綺麗な顔の知らない男が出て来るんだぜ?! 修のことよく知ってるみたいだし! 本当に心臓に悪かった!!

「綺麗だと思うの? 謙のこと」

「綺麗じゃん。だってモデルしてるぐらいだろ。いや、でも俺が好きなのは修の、顔、だから」



 自分で言いながらみるみる顔を赤くする守の破壊力にもう俺は耐えられなかった。



「守、しよ」

「わ、待て待て! 準備するから一旦出てろ!」

「やだ!」

「やだじゃねーよ!!

「もう守は俺んだ」



 思わず溢れた言葉だった。その場にずるずると座り込んだ守は赤い顔で俺を見上げる。



「そうなの? 俺そんなの何にも言われてないよ」

「ごめん。ちゃんと言う」



 守と視線の高さが合うように俺もその場に座ると、繋いだ両手を顔の前に持ってきて、それぞれの甲にゆっくりと唇を押し当てた。



「守、好きだ。誰にも渡したくない。俺だけの守でいて欲しい」



 瞬きもせずにじっと俺を見つめていた守の目からポトリと一滴だけ涙が溢れた。

 ふっと表情が緩んで笑顔に変わる。



「うん。俺も修が好きだ。嬉しい」
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