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7.俺ばっかり

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 回数を重ねることで生まれる無言の約束事は、どうしてこんなにも甘いのだろう。

 洋ドラの鑑賞会という名のお泊まりを続けて季節は過ぎる。

 ちっともDVDの消化は進まないのに、いつの間にかクーラーがなくては辛い季節がやって来た。

 炎天下の中外を歩くのは辛いが、今日の俺は涼しい顔。

 だって背中のリュックサックには冷凍鶏もも肉3キロが入っているからだ。

 バイト先の居酒屋で定期的にやる冷凍庫清掃は、面倒だけどお楽しみ付き。

 発掘された賞味期限切れ食品をバイトで山分けして良いから頑張れる。

 今回の目玉を勝ち取った俺は、他のメンバーの羨ましがる視線を存分に浴びて勝者の笑みを浮かべた。

 何を作ろうか。

 大量の鶏肉の調理はもちろん自分一人でしたってつまらない。

 修の家で思いきりガスを使ってやろうとレシピをピックアップする。

 王道の唐揚げはもちろん、細かい切れ目を入れてカリッと仕上げるチキンステーキも良い。

 修に最近買ったという多機能オーブンを自慢されたから、思い切り脂が弾けるグリル料理にも挑戦しよう。



『次の週末はチキン祭りな』

『了解』



 そっけない返事。なにそれ? とか聞いて欲しいが、それを修に要求しても無理がある。

 とりあえず速攻で返信が来たから、それで我慢するべきだろう。

 我慢。

 そう、最近の俺はおかしい。

 修にして欲しいことばかりあって、時に腹を立ててしまう。

 他のメンツと一緒にいる時は全く話さなくたって、目が合わなくたってなんとも思わないのに、二人になれば耐えきれなくなる。

 いつも通りギャーギャーと煩い俺の馬鹿話に呆れ顔でいいから反応して欲しい。

 なにも言わなくていいから、視線を合わせて欲しい。

 でも恥ずかしいからあまりこちらを見ないで欲しい。

 いつキスするの? 

 まだシナイの? 

 煩わしかったはずのスキンシップを待ち侘びて、DVDの内容はちっとも頭に入ってこない。

 当然のように、後ろに座る修へ身体を預けて、何でもないフリをする。

 酒のせいにしてるけど、元から顔は熱を持っているし、心臓は帰り道を一緒に歩いていた時からうるさくて仕方がない。

 どんどん準備を整えるのが素早くなって、シャワーを上がる頃にはどこもかしこも疼いている。

 本当はテレビなんて見ないで、いきなりベッドに押し付けてくれれば良いのに。

 そんなことを思っているなんて死んでも言いたくないし、多分バレたら恥ずかしくて死ぬ。

 でもどこかでそれを望んでいるのかもしれない。

 俺の履修していない授業のレポート作成があるから先に行っててと言って、修はキーケースから自宅の鍵を外してこちらに差し出した。



「おう……なんだよ?」



 受け取ろうと思って掴んだのに、修は手を離さない。



「このままだと落とすな」

「いやいや! 平気だって!!」



 俺の手から鍵を取り返した修はカバンをゴソゴソ引っ掻き回して何かを探している。

 筆箱についていたカラビナを外すと鍵につけた。



「大丈夫だってのに。過保護かよ」



 差し出した俺の手をスルーして背中に回ると、勝手にバックパックを開けた。



「わ! 待った!!」



 今日の俺のカバンには冷凍の鶏もも肉だけでなく、絶対見られたくないものがある。

 それはアナルセックス用ローションの徳用ボトル。

 いつのまにかシーツに垂れてシミを作ってしまうのをどうにかならないかと思ったら、少量で垂れにくいと評判の商品を見つけたのだ。しかも徳用ボトルが二本セットでお試し価格。条件反射でポチったのは良いが、もちろん修に言い出すことなんて出来っこない。

 こっそりどこかに置いておこうと思ったのに最低最悪のシチュエーションで見つかるとは!!

 もう目を閉じて俯くしかない。

 カチリとカラビナをどこかに引っ掛けた音がしてバックパックのチャックが閉まる。



「なるべく早く切り上げるから、気をつけてな」



 耳元で意味ありげに囁くと、ぽんと大きな手が頭を軽くひと撫でしていった。

 顔を上げた時にはもう修は後ろを向いていた。



「おうよ!」



 自分がどんな顔をしているかなんてわかりきっているから助かった。

 ちげーよ。暑いだけだよ。今日は真夏日なんだろ。

 ガチガチに凍った肉の塊を解凍するのにもってこいの日だよ。

 いつもは二人で寄るスーパーに一人で向かい、野菜を買い込む。

 あぁ、一人でカゴを持って買うのはこんなにも腕が疲れるんだと忘れていた。

 カートを使えばよかったと思ったが、買いすぎ防止になるからこれで正解な気もする。

 背中の肉と両手に下げた野菜がいっぱい入った買い物袋に俺の身長は少し縮んでしまいそうだった。

 見慣れた修の部屋のドアの前でとりあえずインターフォンを一度鳴らす。無人とわかっていても、癖でそうしてしまう。

 一人暮らしを始める時に両親から口酸っぱく言われたのがこれだった。万が一空き巣がいて鉢合わせたら困るから、インターフォンを鳴らして存在をアピールしてから家に入れ、と。

 だから、俺は荷物を一旦置くと、バックパックを前に抱え、鍵を取り出している所だった。



「おっかえり!!」」



 いきなり勢い良く開く玄関扉に俺のおでこは弾かれる。



「ぼあっ!!」



 後ろに二、三歩さがり廊下の壁に背中が当たる。

 あまりの痛さにそのまましゃがみ込むと、知らない声が降ってくる。



「うわぁああ! ごめん! 大丈夫? 絶対大丈夫じゃないか! ってか誰? 修じゃないっしょ。修の連れか?!」



 修のサンダルをつっかけて出てくる足先が見えた。

 おしゃれな謎柄の靴下が派手で目を引いた。



「ごめんよぉ……」



 情けない声で謝りながら俺の頭を優しく撫でる男。お前は誰だ? 

 相手の顔を見られないまま、週末の始まりに浮かれていた胸が萎んでいく。

 修の家にいた俺の知らない人。随分、親しそうだな。
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