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ステージで歌う俺
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ネクタイをゆるめて、ワイシャツを外に出し、ちょっと伸びをしたら肌が見えるくらいにボタンを外す。
ステージに上がると、直前のピアノ演奏の影響で会場は落ち着いていた。このままではキツい。
まずは自己紹介がてら、コールアンドレスポンスをすることにした。
「入社三ヶ月のナオです! ちょっと皆さんのこと聞かせてよ。OK?」
耳に手をつけて会場の反応を待つポーズをとる。最初は反応が薄くても大丈夫。あとは二択の質問をしまくる。
「きのこ派、声上げろ! 元気いいな。たけのこ派存在するの? え、こっちもすげぇ~!」
どうでも良いネタほど答えたくなるのが人間だ。朝型 or 夜型、そば or うどん、サッカー or 野球……どんどん返ってくる声は大きくなり、ギャラリーが集まってくる。
そして、最後に聞くのはこれ。
「犬派? 猫派?」
普通の質問と見せかけて、ちゃんと意味がある。
「俺は猫派。ネコちゃんだ~い好き!」
ベッドの上でネコちゃんを可愛がるのが好きだよっていう堂々のタチ宣言というわけ。下品とかダサいとか言われても知らん。俺は今夜ひとりで帰る気はない。同じような気分のネコちゃんを炙り出し、歌い終わったら話しかけに行こうと観客を確認する。目が合えばウインクとかしちゃう。
「じゃ、ミュージックスタート!」
俺が選んだのは、今年一番のヒット曲と言って良いだろう。幼稚園児でも踊れる、アニメのオープニング曲、ブリンブリンのやつだ。
コールアンドレスポンスで体が解れたところにノリの良いイントロが聞こえてくれば、勝手に体が動き出し、歌詞を知っていれば口ずさみたくなる。酔っ払いたちは俺の狙い通りに動き出した。
これで、ちょっとくらい音を外したって大丈夫。思い切り歌うだけで簡単に盛り上がる。
はいはい、ブリンブリン、みなさん上手。
いい感じにバンバンボ~ン!
歌詞に『鏡』と入っているのを思い出し、ちょっとしたイタズラを思いつく。
間奏中にターゲットを見つけるとステージを下り、シャンパン片手に近づく。そして、澄ました顔でガス入りのミネラルウォーターなんて飲んでる氷の貴公子にグラスを渡した。
俺が肩を組めば、加賀美にもスポットライトが当たる。冷たい表情を浮かべたままだが、気にせず顔を覗き込み、挑発するように眉を片方あげて視線を送った。
俺が歌う間に加賀美はグラスを空けた。
そして計算通りにこのフレーズがやってきた。
『カガミよ、カガミ、教えてよ。誰が最高?』
さぁ、どう出るか。
加賀美にマイクを差し出すと、身を乗り出した。
『お前に決まってるだろ?』
無茶振りにも関わらず、会場には美声が響きわたる。加賀美の冷めた態度は有名らしく、意外なノリの良さに会場がどよめいた。
正面のスクリーンに映し出された加賀美はうっすら口元に笑みを浮かべている。シャンパンの影響か、少し目を潤ませたレアな表情に、会場は更に沸いた。
さすが、若手の出世頭。これくらいじゃミスしないか。
さっきの嫌味を根に持って、恥をかかせてやろうと思ったが、逆に株を上げてしまったかもしれない。目論見は失敗だが、つまらない上司の意外な一面に、俺のテンションは上がった。
おかげでステージは大盛況となり、出番を終えるなり、ハイタッチだハグだと、もみくちゃにされる。
一応お礼をしようと加賀美を探すと、トイレに消えるネイビーブルーの背中が見えた。
「加賀美さん、さっきはありが——む?!」
ふりむきざまに唇を押し付けられた。事故か、と思ったがぬるりと合わせ目から侵入しようとする舌が妖しく誘う。
タイプ外の男、しかも上司なんて、絶対にやめておけ。
友人、知人、バーで隣り合った客、誰が相手でも相談されたらそう断言するのに、ステージの興奮に浮かされた俺は誘いに乗った。
思いの外強い力で個室に押しこまれる。
「うぁっ」
急激な体温の上昇に加賀美の中性的なフレグランスが立ちこめる。
舌を絡めると口の外に吸い出された。ちゅくちゅく、と小刻みに唇で舌を扱かれる動きはセックスそのもので、普段は冷え切った男が下品に俺を貪る状況に、頭が沸騰する。
やっと離れた加賀美は熱っぽい目で俺を見下ろした。
俺の口からどちらのものともわからない唾液が糸を引く。
「お前、さっきのステージかっこよかった。しびれた。なにあれ」
いつもの冷えた声色が嘘みたいに興奮した声だった。口調まで違う。俺の背中にしっかりと手を回し、腰を寄せてくる。擦り付けてくる股間は熱く硬い。啄むようにキスをしながら、下がってきた手が俺の尻を割るように揉んだ。
いやいや、ないない。
吊り目、上司、絶対にタチ。
やめておけ。
「我慢できなくなるからアルコールはやめてたのに、お前がのませるから」
かすれた声が降ってくる。
加賀美がアルコールに弱いとは意外だった。ワインをクルクルさせて飲んでそうなのに、ギャップをかわいいと思ってしまった。
壁に押し付けられ、両足を割るように膝が差し込まれる。再び唇が重ねられ、今度は舌を捩じ込まれた。反射的に吸うと、舌はゆるゆると上顎をこすりながら出入りする。
「んぅ……」
巧みなキスにいつの間にか腰が砕け、加賀美の膝に体重をかけていた。
「くそ、やっばいな。いい顔すんじゃん。部下だからブレーキかけてたのに。お前みたいなの見ると育てたくなる……」
加賀美がつぶやいた言葉なんて気にならないほどキスに夢中だった。
膝頭で後ろをゆるゆると刺激されながら、舌に口内を犯される快感に、ありえない妄想が広がる。
もっと激しく、深いところをこすられたら、どうなる?
「なぁ、高原」
普段よりもかすれた甘い声、荒っぽい言い方。そんなの反則だろ。
「……ヤリたい」
加賀美は耳元でささやくと、俺の耳の穴にゆっくりと舌を差し込んだ。
ステージに上がると、直前のピアノ演奏の影響で会場は落ち着いていた。このままではキツい。
まずは自己紹介がてら、コールアンドレスポンスをすることにした。
「入社三ヶ月のナオです! ちょっと皆さんのこと聞かせてよ。OK?」
耳に手をつけて会場の反応を待つポーズをとる。最初は反応が薄くても大丈夫。あとは二択の質問をしまくる。
「きのこ派、声上げろ! 元気いいな。たけのこ派存在するの? え、こっちもすげぇ~!」
どうでも良いネタほど答えたくなるのが人間だ。朝型 or 夜型、そば or うどん、サッカー or 野球……どんどん返ってくる声は大きくなり、ギャラリーが集まってくる。
そして、最後に聞くのはこれ。
「犬派? 猫派?」
普通の質問と見せかけて、ちゃんと意味がある。
「俺は猫派。ネコちゃんだ~い好き!」
ベッドの上でネコちゃんを可愛がるのが好きだよっていう堂々のタチ宣言というわけ。下品とかダサいとか言われても知らん。俺は今夜ひとりで帰る気はない。同じような気分のネコちゃんを炙り出し、歌い終わったら話しかけに行こうと観客を確認する。目が合えばウインクとかしちゃう。
「じゃ、ミュージックスタート!」
俺が選んだのは、今年一番のヒット曲と言って良いだろう。幼稚園児でも踊れる、アニメのオープニング曲、ブリンブリンのやつだ。
コールアンドレスポンスで体が解れたところにノリの良いイントロが聞こえてくれば、勝手に体が動き出し、歌詞を知っていれば口ずさみたくなる。酔っ払いたちは俺の狙い通りに動き出した。
これで、ちょっとくらい音を外したって大丈夫。思い切り歌うだけで簡単に盛り上がる。
はいはい、ブリンブリン、みなさん上手。
いい感じにバンバンボ~ン!
歌詞に『鏡』と入っているのを思い出し、ちょっとしたイタズラを思いつく。
間奏中にターゲットを見つけるとステージを下り、シャンパン片手に近づく。そして、澄ました顔でガス入りのミネラルウォーターなんて飲んでる氷の貴公子にグラスを渡した。
俺が肩を組めば、加賀美にもスポットライトが当たる。冷たい表情を浮かべたままだが、気にせず顔を覗き込み、挑発するように眉を片方あげて視線を送った。
俺が歌う間に加賀美はグラスを空けた。
そして計算通りにこのフレーズがやってきた。
『カガミよ、カガミ、教えてよ。誰が最高?』
さぁ、どう出るか。
加賀美にマイクを差し出すと、身を乗り出した。
『お前に決まってるだろ?』
無茶振りにも関わらず、会場には美声が響きわたる。加賀美の冷めた態度は有名らしく、意外なノリの良さに会場がどよめいた。
正面のスクリーンに映し出された加賀美はうっすら口元に笑みを浮かべている。シャンパンの影響か、少し目を潤ませたレアな表情に、会場は更に沸いた。
さすが、若手の出世頭。これくらいじゃミスしないか。
さっきの嫌味を根に持って、恥をかかせてやろうと思ったが、逆に株を上げてしまったかもしれない。目論見は失敗だが、つまらない上司の意外な一面に、俺のテンションは上がった。
おかげでステージは大盛況となり、出番を終えるなり、ハイタッチだハグだと、もみくちゃにされる。
一応お礼をしようと加賀美を探すと、トイレに消えるネイビーブルーの背中が見えた。
「加賀美さん、さっきはありが——む?!」
ふりむきざまに唇を押し付けられた。事故か、と思ったがぬるりと合わせ目から侵入しようとする舌が妖しく誘う。
タイプ外の男、しかも上司なんて、絶対にやめておけ。
友人、知人、バーで隣り合った客、誰が相手でも相談されたらそう断言するのに、ステージの興奮に浮かされた俺は誘いに乗った。
思いの外強い力で個室に押しこまれる。
「うぁっ」
急激な体温の上昇に加賀美の中性的なフレグランスが立ちこめる。
舌を絡めると口の外に吸い出された。ちゅくちゅく、と小刻みに唇で舌を扱かれる動きはセックスそのもので、普段は冷え切った男が下品に俺を貪る状況に、頭が沸騰する。
やっと離れた加賀美は熱っぽい目で俺を見下ろした。
俺の口からどちらのものともわからない唾液が糸を引く。
「お前、さっきのステージかっこよかった。しびれた。なにあれ」
いつもの冷えた声色が嘘みたいに興奮した声だった。口調まで違う。俺の背中にしっかりと手を回し、腰を寄せてくる。擦り付けてくる股間は熱く硬い。啄むようにキスをしながら、下がってきた手が俺の尻を割るように揉んだ。
いやいや、ないない。
吊り目、上司、絶対にタチ。
やめておけ。
「我慢できなくなるからアルコールはやめてたのに、お前がのませるから」
かすれた声が降ってくる。
加賀美がアルコールに弱いとは意外だった。ワインをクルクルさせて飲んでそうなのに、ギャップをかわいいと思ってしまった。
壁に押し付けられ、両足を割るように膝が差し込まれる。再び唇が重ねられ、今度は舌を捩じ込まれた。反射的に吸うと、舌はゆるゆると上顎をこすりながら出入りする。
「んぅ……」
巧みなキスにいつの間にか腰が砕け、加賀美の膝に体重をかけていた。
「くそ、やっばいな。いい顔すんじゃん。部下だからブレーキかけてたのに。お前みたいなの見ると育てたくなる……」
加賀美がつぶやいた言葉なんて気にならないほどキスに夢中だった。
膝頭で後ろをゆるゆると刺激されながら、舌に口内を犯される快感に、ありえない妄想が広がる。
もっと激しく、深いところをこすられたら、どうなる?
「なぁ、高原」
普段よりもかすれた甘い声、荒っぽい言い方。そんなの反則だろ。
「……ヤリたい」
加賀美は耳元でささやくと、俺の耳の穴にゆっくりと舌を差し込んだ。
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